その3
扉が開いた後、ゆっくりと中へ進んでいくエルミアの背中を見ながら俺は頭の中で葛藤していた。
「(落ち着け、落ち着け。慌てる事じゃない。偉いエルフのお嬢様だと思っていたら、エルフの国の王女様だっただけの事…って、落ち着けるか!)」
なんで王女様が旅に出てんだよ!?とか、何このテンプレ!実際に目の当たりにしたら、面白い!とか、盛り上がるぅ!なんて感じるどころかどうしたら良いかわかんねぇ!?
そんな感じに今だ混乱する感情を必死に抑えつつ、目の前の光景を見る。
前方には、今進んでいる道を挟んで複数のエルフ達が立ち並んでおり、ジッとこちらを見ている。そして綺麗な鎧を着た女性エルフ達に守られている最奥には、精密な細工が施された樹の椅子にひときわ綺麗なエルフの女性が座っていた。
「(あの人が女王?…つまりエルミアのお母さん?…わ、若い!しかも超美人!)」
親子だからだろうか?どこかエルミアとよく似た美貌に思わず見惚れながらも、立ち並ぶエルフ達の間を進んでいく。女王の近くまで来ると前もって打ち合わせでもしていたかのように、エルミアとルドルフの2人は同時に跪いた。少し遅れて俺とマロクもならってその場に跪く。
「お母様。只今戻りました」
「よく戻りました。無事で何よりです」
「…はい。」
エルミアの言葉に対して、女王様は事務的な声で返事をした。久しぶりの親子の再会だと言うのに一体どうしたのだろうか?少しだけ顔を上げてエルミアの方へ視線を向けると、彼女は辛そうな表情を浮かべていた。ひょっとしたら喧嘩でもして無理やり国から飛び出したのだろうか?
「いやはや、本当に心配いたしましたよ」
「(…誰だ?)」
急に横から知らない男の声が聞こえてきた。跪いたままでチラリと見ると、ゆったりとした茶色の外套を着た男性が歩いて来ていた。ローブの下に見える顔つきは20代後半から30代前半ぐらいの若い男性に見える。そして相手を見下すかのように顎を少し上げ、眼鏡をクイッと位置修正する仕草から、いかにも自分に自信も持っていそうな印象の人物だった。
男はさも当然と言わんばかりに、女王陛下の近くに並び立つと此方を見下ろす形で話しかけてきた。
「エルミア様、無事に戻られまして何よりでございます。…しかし、貴女もエルフの王族の1人であることをしかと認識されて頂きたいものです。リリアーナ女王陛下は大層心配されておりましたよ」
「そうですよね?リリアーナ女王陛下?」と男性が女王陛下に尋ねると、女王は静かに頷いた。途端にエルミアが声を上げた。
「ラタトスク!貴様!なぜそこに立っている!それ以上、お母様に近づくな!」
「おぉ、怖い怖い。ですが、ここにいるのは全て女王陛下のお許しを得てのこと。故に文句を言われる筋合いは有りませんな」
「なっ!?本当ですか!?お母様!」
エルミアは何時もの口調とは違い、強い口調でラタトスクと言う男に向かって声を発していた。それに対して男はまったく怯むことなく、悠々自適に返答をする。そして、エルミアの問いかけにリリアーナ女王は不快な顔を浮かべながら答えた。
「エルミア。なぜそこまでラタトスク殿を嫌うのですか?この方は世界樹を救う方法を唯一知っている私達の救世主と呼べる方なのですよ?」
「そんなこと…本当かどうか分からないではないですか!この者は世界樹を救うと言う甘い言葉を隠れ蓑に、私達エルフに近づいてきた邪な人間に違いありません!」
絶対に認めないと言う意思を感じるエルミアの言葉に、周囲のエルフ達が少しうろたえ始める。だが、当の男は相変わらずまったく意に介さない感じだ。
「おやおや、どうしてそこまで嫌われてしまったのか…。私はエルフの皆様を思って行動しているつもりなのですがね?」
「何をぬけぬけと…。あなたが世界樹を救う為に提示した要求内容の何処が私達を思っての行動と言うのよ!」
どうやらこの男は世界樹を救うために何らかの要求をしたらしい。まぁ、それはそうだろう。誰だって慈善事業をしているわけではない。彼も何かしら益が欲しくて行動しているのだろうから、今のところ男の人が間違っているように思えないが…。
「何を仰いますか。私が要求する内容はたったの三つ。それだけで世界樹を救うことが出来るのですよ?」
「…貴方が要求した内容、それは入国検査の撤廃に人間族の優位待遇だったわね。そして…」
「領事裁判権の確立。たったそれだけです」
「(あ、これ、アカンやつや)」
エルミアの横にいるルドルフは難しい顔をし、マロクは驚いたような顔をしている。だが、周囲のエルフ達は何を言っているのか分かっていないようだ。
「ただ私はこの国でも商人達が自由に活動できるようにしたいだけです。そしてそれが、人間国とエルフ国との友好のかけ橋となればと思っているだけなのです」
「…別に入国検査の撤廃と領事裁判権の確立はまだ良いわ。それでも人間族の優遇待遇は認める訳にはいかない。この国はエルフの国よ!」
「そこまであからさまに優遇しろとは言っていません。ただエルフ達と対等の立場にして欲しいだけです」
「あなたの言葉が本当かどうか信用できないのよ。一度契約した後で、態度が変わる恐れがある!」
エルミアの言葉に「困ったお人だ。」とラタトスクは溜息をついている。そして眼鏡の位置を戻す仕草の後、少し低い声をだした。
「…ではどうするのです?こちらの要求が飲んで頂けないとなるとこちらも例の物を用意するわけにはいきませんな」
「なっ!?お、お待ちを!ラタトスク殿!」
呆れた様子でこの場から退散しようとするラタトスクをリリアーナ女王が引き止める。すると待ってましたと言わんばかりに、すぐに振り返った。
「リリアーナ女王陛下、貴女もお人が悪い。エルミア様が反対しても貴女がお決めになればこの話はすぐに済んだものを…。」
「それは…、悪いと思っています。しかし、エルミアとの約束が――」
「約束!あぁ、そうでしたな!エルミア様が、たった!数ヶ月で世界樹を救うためのアイテム、幻獣ディアリームの角を持ってくるという馬鹿げた約束がありましたな!」
「……」
まるで面白い冗談だと言わんばかりに笑い始めるラタトスク。それに対して、エルミアは無言を貫いていた。だが、こっそり見ると口元が少し上がっている。理由は…言わずもがな。
「はっはっは!それで?目的の品は見つかりましたか?エルミア王女?まさか見つからず只時間を費やしただけと仰るつもりでは――」
「えぇ、当然見つけてきましたとも」
「――なっ!?」
「ルドルフ!」
「はっ!」
今まで沈黙していたルドルフがコレでもかと言うぐらい大声でエルミアに答えると、幻獣ディアリームの角を包んでいた布をゆっくりと剥がしていく。そして、姿を現した角を持ってゆっくりとリリアーナ女王に近づいていく。
その姿にラタトスクは信じられないと言った顔をしていた。そしてルドルフさんが横を通り過ぎる際、目が飛び出るのでは無いかと思うぐらい角を凝視していた。
「こちらが幻獣ディアリームの角でございます。お納めください」
「これが…」
信じられないと言った顔をしていたのは、ラタトスクだけではなかった。その場にいた、俺達4人以外全員が驚いていた。そして、リリアーナ女王が角を受け取った瞬間、エルフ達が「おおぉっ!」と歓声が上がった。
だがその状況が面白く無いのか、すぐさま行動したのがラタトスクだった。
「お、お待ちください!それが本物である証拠などありません!もしかすると偽物である可能性が…いや!偽物に違いない!」
「いいえ!本物よ!そこまで言うならこれで確かめれば良いわ!」
エルミアが言うや否や、腰のポーチから虫眼鏡っぽい物を取り出してラタトスクに渡す。おぉ!懐かしい!あれは角を渡した最初の時に使っていた鑑定アイテムだ。
「これは…マグニ!?」
「そうよ。使い方は…分かるわよね?」
「と、当然です!」
虫眼鏡を受け取ったラタトスクは「失礼します。リリアーナ女王陛下」と言ってから角を鑑定し始めた。すると、徐々にラタトスクの体が震え始めて顔から汗が流れ始めた。
「こ、これは…っく!?そんな馬鹿な!?」
「どう?本物でしょう?」
「…えぇ、どうやらそのようですね」
遂に諦めたといった口調でラタトスクが答えながら虫眼鏡を返している。その姿にエルミアがフフンッ!と言わんばかりに胸を張っている。その姿は、正に天使!あぁ!なんて可愛いんだーー!!
「これで、貴方に角を用意してもらう必要は無くなったわ」
「…それで?例え用意出来たとしても、これを使って世界樹を救う方法は貴女は知らないでしょう?知っているのは私だけだ!」
かなり苛立っているのか、眼鏡をクイッと上げながら見下ろすような表情でエルミアを睨みつけている。
「角はこちらで用意したのだから、貴方の要求内容を減らしてもらうわ。こちらの要求は人間族の優遇待遇を無くす事よ!」
「あぁ…、そう言う事ですか…」
エルミアの言葉に、ラタトスクはニヤリと笑い眼鏡を上げる。
「確かに、非常に残念ではありますが…、良いでしょう。人間族の優遇待遇は無しに致します。ですが、残り2つは認めて頂きたい」
「…えぇ、仕方ないけれど――」
「(ちょ、ちょっと待ったーーー!!)」
余りの事態に咄嗟に「待った!!」と抗議の声を上げたくなったが、声を上げる訳にはいかない。なので俺は慌てて立ち上がると、手を打ってパンッ!と大きな音を出した。




