その1
こっそりと久しぶりに投稿
「――えたぞぉ!」
突然、響き渡った男の大きな声によって目が覚めた。まだ室内は薄暗く、眠い目を擦りながら体を起こして部屋の窓を見てみると、霧が出ているのか白いモヤモヤしか見えない。
「見えたぞ!世界樹だ!」
まだ覚醒しきっていない頭の中にまたしても男の声が入ってきた。そして言葉の意味を理解した俺はハッとして、すぐに準備を整えて部屋を出る。
見張りの男の声に、船中にいた人たち全員が目を覚ましたのだろう。大勢の人が船の甲板を目指して急ぎ足で進んでいた。その人の流れに従って俺も甲板へと目指していく。
甲板に出るための扉をくぐると、白い霧が視界一杯に広がる。まるで雲の中にいるかのようだと思っていると、ふと耳に変わった音が聞こえてくるのに気がついた。
「(鈴の音?)」
微かに聞こえるそれはチリーン、チリーンと鈴が小さく鳴っている音だ。その音はとても優しげな心地良い音をしており、何時までも聞いていたいと思えるような不思議な音色だ。
音の発生源を見つけようと、聞こえてくる音を頼りに視線を向ける。どうやら船の船首部に取り付けられているようで、船の先端に小さな鈴が巻きつけられているのが見える。昨日は付いていなかったはずだが、何時の間に取り付けたのだろうか?
「あっ!イサミ!おはよう!」
「おはようございます。イサミ殿」
船首のほうに意識を集中していた為、2人の接近に気がつかなかった。少しビックリしながらも2人に挨拶する。そして三人で船の進む先を眺める。
「…遂に帰ってきたわね、ルドルフ」
「はい。長い旅でございました」
2人はなつかしの故郷に帰ってくる事が嬉しいのかどこか声が弾んでいる気がする。
未だ辺り一面霧が覆われている為、何も見えない。もしかするとまだ日が昇っていないのでは?と疑うぐらい薄暗い。こんな景色の何処に見張りの男はリングネース島にあると言われる世界樹を見たと言うのだろうか?
そんな風に俺が考えている事が分かったのか、エルミアは面白そうに笑いながら答えてくれた。
「ふふっ、今に分かるよ。…あっ、ほら。霧が晴れるよ」
エルミアの言葉がまるで合言葉だったかのように、船の先の霧がまるで割れていくかのように晴れていく。
「ッ!?」
霧が晴れたと思った途端、明るい光が一気に差し込んできた。眩しくて思わず腕で目を隠したが、しばらくすると目が慣れてきたのでゆっくりと腕を下げた。
「(なっ!?お、おおおおぉぉッ!)」
視線の先にはとてもつもなく強大な巨木が聳え立っていた。
空と海がとても澄んだ青色をしている中で、世界樹の翠色はとても映えて見える。樹の下にはその巨体を支える為に存在しているかのような大きな島があり、かすかにだが街も見える。だが世界樹のせいで街がとても小さく見えてしまう。
まだまだ距離がある筈なのに、世界樹は既に俺の腕ぐらいの大きさを有している。今でこれだけ大きいのだ。島の傍まで行くと一体どれだけ大きいのかと想像しただけで心が弾んでしまう。
「どうやら問題なく着く事ができたようだ。これで親父に怒られずに済むな!」
大きく笑いながら声をかけてきたのはラザレスだった。相変わらず海賊と間違えてしまいそうな服装をしている。
「えぇ、ありがとう。ラザレス」
「感謝します、ラザレス殿」
「良いって。それよりもそろそろ降りる準備をしておいてくれよ?」
ラザレスの言葉に俺たち三人は頷いた。
---リングネース島---
島に向かう途中、エルフの軍船と思われる巨大船が一隻近づいてきた。だがラザレスさんが大きな声で船に向かって話しかけ、舟に取り付けていたあの小さな鈴を見せると、軍船は離れていった。
あの鈴は何なのか?とエルミアに聞くと、なんでもあの鈴は島を守っている霧の中において勝手に鳴る鈴らしく、鈴がなる方向に進めばエルフの島にたどり着くことができる貴重なアイテムらしい。それだけにエルフ達が認めた信用の置ける人間にだけ与えているのだとか。だからこそ、鈴自体が通行証明書になっているようだ。
ともかく問題なく島に近づいていくにつれて、樹に向けていた視線が自然と少しずつ上に上がっていき、改めて世界樹の大きさに感嘆を抱く。遂には天辺が見えなくなってきた時、船は港へと到着した。
「よっしゃぁ、着いたぜ!リングネース島だ!」
ラザレスの言葉が合図に、港と船の間に橋となる板がおろされる。船に乗っていた俺達以外の乗客たちがゾロゾロと降り始める。
「さぁ、行きましょう!」
「はい、お嬢様」
「はいなぁ~」
マロクに続いて俺も頷くと、エルミアを先頭に船を降りる。降りる途中でラザレスに別れの挨拶をかわしながら、俺たちはエルフが治める島、リングネース島に初めて足を下ろした。
「(うほほほぉ~!そこら中にエルフ達がいるぞぉ~!)」
右を見てもエルフが、左を見てもエルフがいる。どれも男女問わず見目麗しい姿をしており、俺はかなり興奮していた。
「(こ、ここが!ここが俺の幻想郷やぁ~!)」
「お~い、イサミはん。嬉しいのはわかったから、無言で両手を上げて喜ぶのをやめや。」
マロクの突っ込みにハッとする。どうやら俺は興奮のあまり無意識に両手を上げてしまっていたようだ。周りのエルフたちは何だあれ?と言った感じで此方をみている。
「……?」
はじめは俺の奇怪な行動に対する訝しげな視線だけかと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。と言うより、視線の多くは俺よりもマロクのほうに向いている?
「…普段、この島にやってくる人間は顔なじみの商人や船乗りだけです。ゆえにはじめて見る人間であるマロク殿を不審に思っているのでしょう」
ルドルフさんが俺の疑問に答えてくれた。…人間であるだけでこれほど見られるのか。今でこそローブや仮面で正体を隠している俺が正体とばれるとどうなるのだろうか?
嬉しかった気持ちが一転して不安な気持ちに変わっていく。そんな時、エルミアがスッと一歩前に進み出た。そして頭の部分のローブを脱いで素顔を見せると、
「皆!この2人は私の仲間だから心配いらない!安心して!」
大きな声が辺り一帯に響き渡った。エルフたちは声の主を見ると、訝しげな顔から一転して嬉しそうな顔に変わっていった。
「エルミア様だ!」
「えっ!?本当だ!エルミア様だ~!」
一気にエルミアの名前がエルフ達によって発声される。そして、我先にとエルミアの元に駆け寄ってきた。
「遂に戻られたのですね!」
「お怪我はありませんでしたか?」
「心配しておりました!」
口々に発せられる言葉は全てエルミアを気遣う声ばかりで、それに対してエルミアも笑顔で「大丈夫よ!」「ありがとう!」と返していた。
そんな光景を一歩下がった所から見ていた俺は、
「“エルミアってもしかしてかなりの有名人?”」
「なにを今更言うてんねん。そんなモン、ルドルフさんという超~強い人が大事そうに守っている時点でお察しやろ。…てか、それよりも~」
マロクは一歩俺の横に近づくと肘で軽く俺を突いてきた。
「エルミア嬢の持ってるあの貝殻で出来た首飾り。昨日はしてなかったはずなんやけどぉ?イサミはぁ~ん、もしかしてぇ、プレゼントぉ?」
「白状せぇや~」とニヤニヤしながら聞いてくるマロクの顔が非常にムカついたので、とりあえず胸倉を掴んで海に放り投げておいた。その光景に周囲のエルフ達が少し怯えていたが、エルミアが「いつもの事だから」とフォローしてくれた。さすがエルミアちゃん!分かってるぅ!
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「(た、高い)」
港での一件が終わった後、俺たちは街中を進んでいた。エルミアとルドルフさんの2人がいつものようにローブを被ってはおらず、素顔のままで街中を歩いている。何時もと同じ速度で歩いている筈なのに、その姿は何処か嬉しそうに見えた。
だが俺はその事に喜んでいられる状況ではなかった。俺達が今進んでいる道…、いや橋と言ったほうが良いのだろうか?大木と大木を繋ぐ橋の上で出来る限り下を見ないように移動していた。
エルフの街は文字通り自然と一体になった街だった。世界樹程ではないが、それでもかなりの大木が並び立つ森の中にエルフの街は存在していた。最初の港があった街からこの森の中の街に行く時に、ロープウェイのような乗り物で高い樹の中腹まで移動して今に至る。
どうにか橋を渡りきると、樹を切り出して作られた大きな広場でエルフの子供達が楽しそうにボールで遊んでいた。あぁ!天使達が沢山いる!ふふふ、可愛いなぁ。ところでボールとか…落ちたらどうするんだろう?
「イサミ殿、マロク殿。こちらです」
ルドルフさんが先頭にさらに街の中を進んでいく。先程の広場のようにエルフの町は大木の一部を削って家を作っているらしく、どの家も大木と一体となっている。とはいえ、まったくの木造だけではなく精密に加工された石などを組み込んである家などもあって正にファンタジーの世界通りの光景だ。そんな見事な街並みだが、見上げてみればさらに高いところにも橋や家などが多く見えるのだからおもわず感嘆の溜息が出てしまう。
そんな俺をよそに、エルミアとルドルフさんはどんどん奥のほうへと進んでいく。どうやらこの辺りが目的地ではないらしい。2人の横に歩み寄ると目的地について尋ねる。
「“どこまでいくのですか?”」
「この更に奥にある私達エルフの城、アイナリンド城です。そこで、我等が主であるリリアーナ女王に報告しに行く必要があります」
なるほど、なるほど。恐らく2人は女王の命を受けて旅をしていたと言う事か。そしてそれが叶ったから報告するって事だな。
納得した俺はそれ以上何かを聞かずただ静かに2人の後について行く事にした。
「(……あれ?アイナリンドってどこかで聞いた事があるような?)」
どこかで聞いた気がするのだが、どうしても思い出すことが出来ず、モヤモヤとしたまま2人につき従って行った。




