貝殻の首飾り
ラザレスとの戦闘があった日から三日たった。船員さんが言うにはそろそろリングネース島に着くらしい。
「イサミはんイサミはん」
「ん?」
特にする事が無かった俺はベッドに寝転がっていた。そんな時、マロクが二段ベッドの上のほうから顔をだして俺に尋ねてきた。
「“どうした?”」
「いやね。イサミはんって、エルミア嬢の目的って知ってるんかなっと思って」
いつもと違い、少し真顔になって聞いてくるマロクの質問に、俺はすぐに答える事が出来なかった。以前、ルドルフさんに旅の目的について尋ねた時、彼は自分では答える事ができないと言ったいた。
「“俺には分からない。だが、目的がなんであれ。俺はエルミアとルドルフさんについて行くつもりだ”」
「…イサミはんは忘れてるかも知れんけど、イサミはんはオークや。幾らそないな仮面をしていたところでいずれバレる。そんな時、イサミはんはどうするんや?」
体を起こして仮面に手を触れながら考える。確かに俺はオークだ。人々から嫌われている魔物であり、討伐される対象だ。それも当然だと思う。なぜなら前に洞窟にいたオークを見る限り、この世界のオークは悲しくもイメージどおりであり、下種で本能のままに生きるだけの生き物だ。討伐しなければ誰かが襲われてしまう。
そんな魔物に俺はなってしまった。どうしてこうなったと言いたい。大声で叫びたい。
「……」
「イサミはんを知ってるワイやあの2人は大丈夫でも、初めてイサミはんを見た人なら、まず間違いなく攻撃してくるで?特にエルフはオークを忌み嫌ってるって話や…」
「あの2人が特殊なだけやで」とマロクは言いながら二段ベッドの上から降りてきた。
「今ならまだ引き返せるで?このまま船から下りずに引き返す事ができる。それでも、あの2人についていくんか?」
「……」
俺は黙って俯くしか出来なかった。
---夜中---
「イテッ!」
俺は針で怪我をした指を口に含む。指を見ればプクッと赤い血が出てくるが、すぐに回復で傷跡すらなくなった。その事を確認した俺は再び持っていた針を貝殻に通す。
沢山の星々が輝き、月の光だけで足元が見えるほど明るい。そんな夜中に俺は甲板の端で1人こっそりと作業を行っていた。
足元には港町で買った綺麗な貝殻が転がっており、その1つを手にとって商人からおまけで貰ったやすりとニスっぽい液体で貝殻を加工していく。
オークになったせいで、指が前よりも太くなってしまい思うように作業が捗らない。細かい作業がしずらくなっているこの体を少し恨みながら、1つずつ削った後で軽く色で紋章を書く。最後にニスで艶を出させて、乾かす。そうして、完成した貝殻を1つの針を通している。
作っているのは貝殻で出来た首飾りだ。と言っても売っていたような豪華なものではなく、手作りのちんけな物だ。だからこそ少しでもマシになるようにここ最近、夜にこっそりと何度も作り直してきたんだけども。
「…よし!出来た」
何度も針で指を怪我をしたりしたが、ようやく完成した貝殻の首飾りを目の前に広げる。加工した貝殻の中から特に綺麗だと思った数枚を通しただけの簡単な首飾り。それでも自分で作ったと考えると少しだけ誇らしく感じる。
眺めるのに満足した俺は、首飾りを大事に仕舞う。俺の中のヤシロは、最近お気に入りになっている酒をたらふく飲んだ為か、今は静かになっている。その事に何故か可笑しくなって、苦笑しながら心地良い潮風を受けながら夜空を見上げた。
「…俺はどうしたいんだろうな?」
昼にマロクに聞かれた質問の内容、結局それに俺は答える事が出来ず、マロクは「…まっ、ワイはイサミはんの判断に従うよ」と言っていた。
エルミア達の目的は知らない。このままついていくと、2人の邪魔になるだけなのではないだろうか?と考えるのは、前にルドルフさんに聞かれた時を含めて二回目だ。
俺はオークだ。エルフでもましては人間でも無い。忌み嫌われる存在。頭ん中は人間でも体は完全にオーク。この世界に初めて来たときに心が挫折しかけた事実だが、あの時は何も知らないであるが故に「嫁を作るんだ!」と気概で乗り切った。だが今はどうだろうか?
知性は持たず、常に異性に発情し、襲い、犯し、喰らう。そんな醜い化物。それがオークであり、今の俺。
(そんな奴を一体誰が相手をすると言うのだろう?)
そう考えた時、なぜか俺はエルミアの姿を思い浮かべる。エルミアはオークであるにも関わらず普通に接してくれている。そう考えると、とても嬉しい気持ちになる。
…俺だってエルミアを想うこの気持ちが何なのかぐらい見当がついている。只、本気で考えたくないだけ。絶対に成就しないであろうこの気持ちなんて忘れたほうが良いと、心のどこかで考えている自分がいる。
(…もし、俺がこの世界に来たときも人間だったら?)
そう考えてならない。もしも人間だったら少しは俺にも、自分の気持ちを伝えるだけの勇気が持てただろうか?
そんな女々しい自問自答を繰り返していると、
「イサミ?そこで何してるの?」
「ッ!?(エルミアッ!?)」
船内から出てきたのであろうエルミアが急に横から声をかけてきたので、俺は慌てて足元に転がっていた道具を片付ける。
「どうしたの?そんなに慌てて」
エルミアはそんな俺の行動が可笑しかったのか口元に手を当てて笑っていた。その姿がとても可愛くて、そしてとても綺麗だった。
ぼうっと少し呆けていた俺の横にエルミアがちょこんと座る。
「…もう少しでリングネース島に着くね」
「“エルミアが生まれた島だよね?どんな所か楽しみだよ”」
「…うん。そうだね」
それからしばらく沈黙が続く。俺は何を話せば良いのかと、あたふたと心の中で考えていると先にエルミアが口を開いた。
「イサミは…不安にならないの?」
「“不安?”」
「これから向かうところはエルフの島。オークはいない所だよ。そんな所に私は、私の我侭でイサミを連れて行こうとしてる。本当ならイサミを解放してあげて、自由にさせるべきなのに…」
一瞬、どういうことか分からなかった。だが、少しずつ分かってくる。恐らく、これから向かうところは同種族であるオークは一匹もいない所であり、そんな所に連れて行くことに罪悪感を感じているのかもしれない。
まぁ、これが俺が人間でこれから向かうところが、人間が1人もおらず、よく分からない種族だけとなると確かに不安にはなるだろう。だけど、俺はオークが仲間だとは思っていないし、むしろ沢山のエルフが見れると思うとワクワクして仕方ないのだが…。
「“大丈夫だよ。エルミアやルドルフさんがいるし。ついでにマロクもね”」
「…ふふ、強いねイサミは。でも、それでもイサミを解放すべきなんじゃと思って――」
そこで俺はエルミアの口元に指を軽く当てて言い終える前に阻止する。
「“本当に大丈夫だよ。俺はエルミア達と出会えた事で、世界が変わったんだ。もし、出会えなかったらあの森で一生を終えたかもしれない”」
「それは…」
それでも悩んでいる様子のエルミアに、俺は大事に仕舞っていた先程の首飾りをこっそり取り出す。
「“エルミア、目を閉じて”」
「え?こう?」
俺の言葉にエルミアは何の疑いもせずに素直に目を閉じた。その事に、俺は男として警戒されていないのかな?と思ってしまう。だが、何故か不快な気分じゃない。苦笑しながらも感謝の心を込めてエルミアの首の後ろに手を回して首飾りを取り付ける。
途中で、今更ながらこんな物で良かったのだろうか?とか、女性に贈り物とか初めてだなぁと考えてしまうと、自然と心臓が高鳴り始めてきた。周囲の音が自分の心臓音しか聞こえなり、指先が震えながらも何とか付け終える。そしてエルミアの肩を軽く叩いて目を開けさせた。
「どうしたの?一体……え?これって?」
「“エルミアに感謝の気持ちを込めて作ったんだ。良かったら貰ってくれないかな?”」
首飾りに気づいたエルミアは、目を大きくさせながら、何度も手に持った首飾りを見つめていた。そして、
「~~~~ッ!!ありがとう!イサミ!!大事にするね!」
感極まったかのようにエルミアは俺の首もとに飛びついてきた。慌てながらエルミアを抱き止めるとゆっくりと降ろす。
降りたエルミアは、首飾りを手に持ち月明かりに当てて、「うわぁ…綺麗…」と見つめてうっとりとしていた。その事に、作ったおれは嬉しくも恥ずかしくなって、自然と頬をかいて海の方を向く。
少し落ち着いたのか、エルミアはゆっくりと俺の横に近づいてきて一緒に海を眺め始める。
「…実はね。王都であんなにイサミに冷たく当たったのは…羨ましかったからなの」
「“羨ましい?”」
「うん、イサミとワタナベが仲良さそうに話してたのを見てたら、どうして私とは話してくれないんだろうって思ったの。イサミとワタナベとの間にしか分からない何かがあるのかと考えると…。とてもワタナベが羨ましかった。そしてその事を話してくれないイサミにムカついて…その…」
俺は首を振って気にしていないと伝える。しかし、俺と渡辺さんと話していた所を見られていたとは思わなかった。言葉が通じるのは勇者である渡辺さんだけ。残念ながら、俺はエルミアとは言葉で話す事はできない。
でも、言葉が通じない理由をまだ話していないエルミアから見れば、俺が渡辺さんだけと話しているかのように見えたのも仕方ないと言えるだろう。
ここまで来ると、隠す理由なんて無いと考えた俺は、すぐに俺自身の正体についてエルミアに伝えようとするが、書き始める前にエルミアに止められる。
「いいの。多分、理由があるんでしょ?私はイサミを信じてるし、無理に聞こうとは思ってないから」
「……」
首飾りを大事そうに触れながら、優しく微笑んでくれる彼女の顔を見つめながら、俺は先程まで考えていた事を思い出す。
この先、エルミアとどうなっていくのかは分からない。もしかしたら、とても後悔するかもしれない。
でも、この女の子と一緒に居たいと思う今の気持ちにだけは…、大事にしたいと俺は強く思う。
「…少し、潮風が冷たいね。船内に戻ろう?」
結局、前にルドルフさんに答えた時と何も変わってないと内心苦笑しながら、エルミアの言葉に頷いて後に続く。
翌日、朝が明けると同時に船員による大声によって叩き起こされた。
「見えたぞ~!リングネース島だ~!」




