変装
「すぅ…すぅ…。」
ベットにエルミアを寝かせた俺は優しく毛布をかける。
よっぽど疲れていたのだろう。あれから俺に抱きついたエルミアは、安心して気が抜けたのか、しばらくすると抱きついたまま眠ってしまった。
窓から差し込むオレンジ色の光を見てもう夕方になるのだと気づく。もうしばらくすればルドルフも戻るだろう。
「……ふーむ。」
エルミアの寝顔を見る。女性の寝顔を見るなんて酷い性格だと思うだろうが、腹が減っている状態で目の前に極上のステーキがあったら我慢できるだろうか?否!出来るはずが無い!
「(うひょ~!最近、苛立った顔しか見れなかったからな~!)」
『…それで良いのか?イサミよ…。』
外野の言葉など耳に入らない俺は、天使の寝顔と言っても過言ではないエルミアの寝顔を近くで見つめる。
俺を信頼してくれているのだろう。とても安らかな寝顔で寝ている。時折、「ん…。イサミぃ…。」と、男なら聞いているだけで恥ずかしくなるが、同時に誇らしく感じる言葉を呟いている。そんなエルミアに俺はニッコリと微笑みかけながら…
「(ぐへへ!いやぁ!最高でやんすなぁ!!)」
『なぜだ!なぜ雰囲気は良い感じであるはずなのに、こうも噛み合っていないのだぁ!?』
---1時間後---
コンコン。
「ん?」
小さくドアのノックが聞こえたので俺は咄嗟にエルミアから離れる。あ、やべ。ヨダレ拭かないと。
「失礼します。お嬢様…、おや?イサミ殿ではありませんか。」
小さな証拠隠滅した後で、入ってきたのはルドルフさんだった。
「ふむ、エルミアお嬢様と仲直りされたのですね。それは良かった。」
俺が簡単にルドルフさんに説明すると、穏やかな笑顔を浮かべて喜んでくれた。どうやら、俺とエルミアの事を心配していたようだ。
その後、エルミアと会った時の話をするとルドルフさんが腰のレイピアを抜いて無言で部屋を出て行こうとしたので慌てて止めた。
「“フィーロの奴はもう罰を受けましたし、ブレトンという男の件は、頼れる人にお願いするので大丈夫だと思います。”」
「…承知しました。しかし、イサミ殿が居てくれて助かりましたな。」
今回は薬によるもので隙を突かれたが、普段ならエルミアの実力ならフィーロ如きに負けはしないし、奴隷商人の無理やりな誘拐でも対処できるとルドルフさんは考えていたらしい。
「この街も最早安全とは言えないのですね…。」
ふと小さく呟いたルドルフさんの言葉はやけに重みが感じられた。街中でも気を張っていないと安心できないなんて、それはとても大変で辛いものなのだろう。
どう会話を続ければ良いのか考えていると、ルドルフさんがふと何かを思い出したような顔をする。
「あぁ、そういえば先程、下でマロク君と出会いましたよ。なんでもイサミ殿を見つけたら下に来て欲しいとの事でした。」
「(マロクが?なんだろうか?)」
ルノリックさんに連絡し終えたのだろうか?とにかく下に行くべきか。と考えながら扉を開けると背後から声がかかる。
「イサミ殿。明日、リングネース島に向かう船に乗りますから、準備しておいて下さいね。」
俺は頷くと静かに部屋を後にした。
宿屋の一階に向かうと入り口の近くで壁にもたれ掛かっているマロクがいた。向こうも俺に気づくと壁から離れて手を振る。
「こっちこっち~。」
「“どうしたんだ?”」
「ん~、ブレトンの別荘の場所が分かったから教えに来たんよ。」
ん?なぜブレトンの別荘の場所を知る必要があるんだ?
「“その件はルノリックさんに任せるんじゃ?”」
「あんなモン、半分冗談にきまっとるやん。」
淡々とした感じに答えるマロクの言葉に、俺は驚きのあまり目を丸くしてしまう。そして、すぐに苛立ちの感情が生まれた。
「“嘘を言ったのか?”」
「だ~か~ら!半分って言ってるやん?流石の師匠でもすぐに動くのは無理やからね。多分、ブレトンを止めるのにも時間が掛かるで。」
そこで、マロクは俺に一歩近づいて耳元を近づけるような仕草をする。そして、俺が耳を近づけると誰にも聞こえないような声で呟いた。
「実は、すでにエルフの娘の1人がブレトンの所に連れて行かれとるかもしれんと言う情報を手に入れてな。」
「(なッ!?)」
「正直あまり正確な情報で無いから、デマかもしれんけど…イサミはんの事や。気にならない訳無いやろ?」
そこまで言うと、マロクは俺から離れて
「どうする?ほっとく?それとも…今から向かう?」
とても楽しそうな顔で呟いた。
---ニューポートタウン街中(夜中)---
「ここやで。」
辺りは既に真っ暗になり、所々に街中を照らす松明の光がハッキリと見える時間となっていた。そんな中、俺とマロクは1つの大きな屋敷の近くまで来ていた。
「う~ん、やっぱり警護の人間がおるね。どうする?」
俺は壁際からこっそりと目指す屋敷を見る。周囲は高い壁で囲われており、正面玄関であろう大きな門の近くには松明を持った男が2人立っている。他に入り口が無いか探すがそれらしきものは見つからない。
「(ここは裏から金剛で壁をぶち壊して…。)」
「イサミはん。入り口が無いからって裏から壊して入ろうとしたらあかんで?」
「“それぐらい分かっている。”」
っち、やっぱりだめかぁ。だけどそれが駄目となると正面突破しか無い気がする。
「(正面から堂々と突撃しても良いけど、それじゃあ絶対にばれるし…。)」
『イサミ。こういう時こそ、夢幻を使えば良いであろう?』
「(ヤシロ。マロクが居る事を忘れていない?)」
『むぅ、そうだったな。』
とは言ったものの、夢幻で突入する事が一番な気がする。実際、王都の一番警護が厚いであろう王城にも入れたしな。
「“よし、マロク。お前帰れ。”」
「いやいやいや!?なぜに“よし”なの!?」
お前が居たら夢幻が使えないからだと、言うわけにも行かないので1人ならば正面から入る自信があると伝える。
「ほぉ~~、それをワイに言いますか。こう見えてワイ、隠密には自信があるよ?」
「“そういう問題ではないんだ”」
「じゃあ、どういう問題?」
ぐっ、面倒だな。仕方ない。こうなれば密かに考えていた作戦で行くか。
「“今から俺は変装して中に入る。”」
「…へ?変装?」
もう無茶苦茶な気がしてきたが、そういうことにしておこう。ここは突き通すのみ!
「いや、イサミはん。あんた、変装の心得があるんかいな?」
「“自信はある。”」
「…へぇ~。なら見せてもらって良い?ワイも多少なら変装の心得があるから変なところが会ったら指摘するさかい。」
まぁ、それで良いだろう。俺はマロクから少しは慣れた所に行き、チラッとマロクを見て、こちらに来ていない事を確認する。そして、隠れたところから夢幻の霧をブレトンの館を周囲に薄く発生させる。
「(これで…良し。後は、マロクや他の奴に俺が違う人間に見えるようにすれば良いだけ。)」
『人間に化けるのか?誰に化けるのだ?』
「(う~ん。そうだなぁ。)」
一瞬、頭に過ぎったのは渡辺さん。だが、これからやろうとしているのはまぁ、あまり良い事ではないからな。仮初とは言え彼女に失礼だろう。ならば、エルミア?いやいや論外だ。俺が許さん。
「(となると、あいつだな。)」
俺は頭の中でとある人物を思い浮かべて、出来るだけ鮮烈にイメージする。そして、夢幻の形ができた事を感じると俺は歩き出した。
「(最近のあいつの事は良く知らないが、多分こんな感じだろう。)」
一応、心の中で小さく謝っておきながら、俺はマロクの前に姿を現す。
「お?早かったね。それで変装の…でき…は……」
無言。静かに風が吹く音だけが耳に入る。あり?失敗したか?
俺は未だ固まっているマロクの前を手を振ってみるがまったく反応無し。目を大きく見開いて口を開けたまま固まっている。
「“おい、大丈夫か?”」
「…いう…ちゃ…。」
「…??」
「一体全体どういうこっちゃあああああぁぁぁぁああああああ!!!!!!???????」
マロクが今まで聴いたことが無いくらい大声を上げて俺を指差した。
マロクには目の前に勇者“彩華”の姿が見えていた。




