その4
その後一週間ほど、葵の帰宅が遅い日が続いた。
会社では個人的なメールをする時間がないくらい忙しくて、信也への連絡は途絶えていた。
一方香苗は葵のマンションで独りで過ごすことに少々退屈してきた。かといって資格試験の準備を始めるでもなく、只いたずらに日が過ぎていくことに焦りも感じていた。そんな空虚な毎日を送っている内、電話のディスプレイに残っている信也の番号がいやに気になり始めた。
――香苗は或ることを思いついた。
香苗にとって、それはほんの悪戯気分に過ぎないと思っていた。信也が残したディスプレイの電話番号をプッシュすること。
*
「はい。信也です」
呼び出し音が消えると同時に、この間初めて聞いた信也の快いあの声が返ってきた。
「あの、葵さんのマンションに居候している香苗と申します」
「あっ、この間電話に出た女性ね」
「葵さんから伝言を頼まれたもので……」
何度メールをしてもレスがなくいらいらしていた信也にとって、それはうれしい知らせだった。
「えっ。伝言って何ですか?」
「明日の日曜日にですね、信也さんがもしよかったらこのマンションの前の公園でお会いしましょう、とのことでした。葵さんは必ず行って待ってるそうです」
そう言い切ると、香苗はまるで犯罪を犯しているかのように急いで受話器を置いた。