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その2

 香苗は今のアルバイト的な仕事をやめて、資格試験でも受けて正社員の職に就きたいと思っていた。葵が税理士としてばりばりやっているのを目の当たりにして、焦りも感じていたのだ。

 

 暫くここに置いて欲しいの……という香苗の強引な頼みを快く受けて、葵は昼間の部屋を香苗に開放して出勤した。


 香苗はこの部屋の電話に入る留守電の声を全部聞いた、というより聞えてきた。

 ほとんど簡単な伝言で秘密めいたものは一切なかったけれど、香苗にとっては葵のプライバシーを覗き見するようで、その感覚はスリリングなものだった。

 

 夕食は一緒にしようと言い残して、葵は朝出勤するのだが、帰りの遅い彼女を待つ身の香苗は、夜8時ごろになると空腹を我慢できなくなる。

  天井まで届きそうな冷蔵庫を開けると、特製の柔らかそうなハムや色の違った珍しいチーズ、それに野菜と果物がたっぷり買い揃えてある。棚には洒落た壜の酒とワインがずらりと並んでいた。

 食欲を掻き立てられるこれらの品々を目の当たりにして、香苗は無意識にぬっと手が伸びる……ワインの栓を抜き、ハムとチーズをほんの少しと思いつつ食べてしまうと、もう止まらない衝動に駆られるのだった。

香苗は今まで味わったことのない満腹感に満たされていた。


 

 誰も見ていないその部屋で、香苗の中には湧き上がる欲望がそろりと芽生え始めていた。

1間幅より広めのクローゼットの開き戸をずらせて、恐る恐る開けて中を覗いてみた。オフィスレディとして揃えられた地味ではあるが高級なスーツの数々、レジャー用とも思えるカラフルなシャツとカットソー。小箪笥の引き出しにはスカーフとストッキングがきっちり畳まれて並んでいた。


 香苗は思わずその一枚を取り出し、襟元に巻いて備えつけの鏡に写してみた。そして……もう一枚、巻いてみる。鏡の中の自分がうっすらと笑っているようだ。



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