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作者: カイン
掲載日:2012/08/07

「・・・暑い・・・」

私はうちわで扇ぎながら呟いた。

これでは家事をやる気にもならない。

クーラーはついているが、今月は少々家計が厳しいので節約をしなければいけない。

「シャワーでも浴びよ・・・」

汗が張り付いて気持ち悪い。

ふと、窓の外を見た。

むかつくほどに青い空と、真っ白な雲。

「・・・あ・・・・・・」

不意に十歳頃の出来事を思い出した。

そうだ、確か、あの日もこんなむかつくほどに青い空だったのだ。


私は幼い頃、無口で、口下手で、おとなしい子だった。

友達も決して多くは無く。

美人でもなく、どちらかというと地味でつまらない子だった。

夏休みに入ったその日も、遊ぶ相手もおらず、家の陰の中から青い空を眺めていた。

「・・・ね、何してるの?」

いきなり声をかけられ、驚いて外を見た。

知らない男の子がニコニコとしながら笑っている。

「え・・・空、見てるの」

白い肌と水色の服。それなりに整った顔立ち。

「そっち行っていい?」

「・・・いいよ」

靴を脱ぎ、上がってきた男の子と二人で空を見上げた。

陰の暗さで、彼の肌の白さが強調された。


どうしてそうなったのだろう。


暑かった私は、男の子がいたのにその時着ていた服を脱いだのだ。

下着姿になった私に、男の子は驚いた顔をした。

「どうしたの?」

「暑いの」

「そっか・・・ね、冷やしてあげようか」

そう言って、彼は抱きついてきた。

体温が低いのか、ひんやりとする身体に体重を預ける。

(気持ちいい・・・)

そう考えると、服がとても邪魔に思えた。

「ねぇ・・・服が邪魔・・・」

「え?ああ、うん、そうだね」

畳の上。

お互いの脱いだ服に囲まれながら、私達は下着姿で抱き合った。

背に、首に手を回し、肌を密着させ、脚を絡めあい。

蝉の鳴き声が、やけにうるさく感じられた。

自分のものではない鼓動と、肌と、匂いと、呼吸と。

全てを自分の中に吸い込むように、私は大きく息を吸った。

同じように大きく息を吸った男の子が耳に口を寄せた。

「・・・甘い匂い、するね・・・」

「・・・そう・・・?」

「うん・・・それに・・・すごく柔らかい・・・」

なぜか小声で囁きあった。

悪いことをしているような緊張感と、罪悪感と。

もう少し、このままでいたいという欲望。

「気持ちいい・・・?」

「ん・・・暑くないの?」

「暑くない・・・あったかいよ・・・」

「・・・そっか、良かった・・・」

少し腕に力を込める。

すると、男の子も力を込めた。

それからは、お互い無言で抱き合っていた。


その後の記憶は無い。

いつのまにか眠ってしまっていたらしい私は、服を着て、タオルケットがかけられていた。

服を着た覚えはないし、もちろんタオルケットなんて覚えはない。

帰ってきたらしい母に聞くと、私は服を着た状態のまま眠っていたのだとか。

タオルケットは母がかけたらしい。

夢だったのか。

でも、夢にしては、肌の感触や、鼓動の音、彼の匂いなどがあまりにもリアルすぎて。

母には何も言えず、その不思議な出来事は私の、私だけの思い出となった。


その後、彼と再会なんていうドラマのような展開はなく。

私は大学で出会った彼と、結婚した。

月の家計簿をつけたり、料理に凝ったりする平凡な専業主婦だ。

(よっし、今日は何にしようかな)

シャワーで身体が軽くなり、気分も向上する。

洗濯物を回している間、掃除をして、晩御飯を作って、彼の帰りを待って。

私は、私の日常を過ごす。


私にとって、あれは大切で、儚くて、不思議な思い出だ。


・・・いつかは男の子だったとしか思い出せない時がくるのだろう。

しかし、私はそれでもなぜか思うのだ。

きっと、私は。

彼のあの冷たい肌と、青い空は忘れないのだろうと。


たぶん、あれは、あの時の気持ちは。

恋と呼ぶにはあまりにも儚くて、消えそうで、朧げで、柔らかくて、優しくて、短くて。

そんなナニかだと思うのだ。


私は夏の、むかつくほどの青い空を見るたびに、思い出す。

あの日の、一人の男の子が連れてきた、不思議な出来事を。

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