ドリーム・S
564年 日時及び時刻、不明
「――私、殺されちゃうね。多分」
錆びかけた鉄格子がはまった小汚い窓の奥に見える月光の空を仰ぎながら、エレーナは確信の意を込めて呟いた。(かなり軽々しく)
この独房めいた場所に連れてこられたのは、おそらく三日前(曖昧なのは、その間の記憶がないから)そして、今日、食事が何時もより豪華になり。さらに、夜には、これまで禁止されていた風呂が許可された(ぶっちゃけ言うと風呂なんて代物じゃない、よく解らない藻のような物がプカプカと可愛らしく浮かんで前。突然謎の集団に拉致られて、そして、え――
……なわけあるか!)
なんて、無理に平常心を保とうとしても限界がある。少なからず私の精神は、かなりのところまで廃れていた。
十中八九、明日には殺されるだろうね。
この場所で目覚めた時から、ミジンコ位の覚悟はしていた。だが、正直に言えば、理不尽を思いっきり嘆きたかったし、誰かに八つ当たりしたい位だった。
でも、そんな事をしても、助っ人みたいな英雄なんて来るはずが無い。だったら、残された時間を少しでも楽しく過ごしたいと、エレーナは考えていた。
よし、いつまでもネガティブな思考回路でいたって仕方ないので、いつものようにポジティブに行こう、お― !
そうだね――
最近テレビに出てくるようなニヒルな男性と恋をしてみたかった(笑)
最近第二のアキバになりつつある○宮にいそうな男と恋してみるのも悪くは無い(すいません嘘です)
つい前まで、薄い本を読んでた時の全てを我が物にと、と言いそうな俺様系男子。
死を前にして出てきた平凡かつ不可能な願望に、自分で可笑しくなってきてしまった、思わず笑い声が飛び出してしまう。HAHAHA!!!!
そうだね。
子供の頃に兄貴がかってきたのを読んだ絵本(薄い本)ならば、ディープインパクト(ちと古いか)に乗った親父様(いえ王子様)が助けに来てくれる場面だろう。(と断言してみる)
そして、黒馬に乗った王子様と、お姫様は恋に落ちるの。でもね、現実は厳しいもんである。助けは、きっと(いや絶対)来ないのだ。
そんなくっだらない夢見たいナ事を考えていると、エレーナの背後から鍵が解除される音が、この場所に響き渡った。
整った顔立ち。きめ細かな白い肌。スラッとした長身に、真っ黒なスーツを身につけていてそれは、自分のために全力を尽くす執事そのものであったらいいな(あくまでも願望)と、若干妄想を膨らませてみる。
だがそこには、極普通の一般市民が着るような布地の服とズボンに不似合いな革の靴、そして一般市民では持たないであろう剣を腰に下げた、黒髪黒瞳で多少整った顔立ちの、食事を満足に取っていないのか細身すぎるほど細身だが鍛え上げられた肉体を持った、17歳程に見える少年の姿があった。決して大人びてるわけでもなければ、童顔というわけではない
自分の空想(妄想)が全く当てはまらなかった目の前の光景を、エレーナは呆然と眺めていた。すると、着痩せしてそうな少年がニコリと微笑み、唇を動かした。
「えーっと、オレロピザです。ベーコンエッグピザと、オレロ式ラザニアバーガーをお持ちしました
……って」
あ?
突然、抑揚のある声がエレーナを包み込む。彼女は、苦虫を踏み潰したかのように、徐々に歪んでいるのがわかる。
「あれれ、誰も居ないな。注文どうでしょう? う~ん」
少年は、受け取り主が居ないと知ると、声を濁らせ頭をくしゃっと掻き毟りながらエレーナの元へ近寄ってきた。そして――
声を出す間もなく、少年(ピザ配達員)は咄嗟にアリスの口を塞いだ。
え? ちょ……まっ いきなり? 嘘、嘘!
エレーナは頬を赤く染め声にならない叫び(多分、歓喜)を、心の奥底で上げていた。さっきまでの夢妄想がもう叶ってしまったんだからそれはそうだろう。嬉しいに決まっている(断定)。
「もご、もごもごごごももmごごごっごごごもご!」
訳「わが生涯に……一片の!」
「でゅくし!」
「ドス」
それは、突然の出来事だった。独房らしき腐り切った部屋に現れ、ピザの請求を、そして、また口にすらしてないのに、エレーナは、少年に謎の制裁を喰らった。
いや、これ理不尽だよね? レディに向かって、でゅくし なんて中二にもほどがアルョ!と、また奥底で嘆いていた少女(彼氏募集中)、エレーナは、ゆっくりと埃が積もっている床へ、崩れ落ちた。g
「あ……あなたは」
「わ、悪いな、本当はこんな事したくなかったんだけど、世の中『コレ』じゃん? しかたないってことよ」
少年は、グッっと親指と一指し指で輪をつくってからキッ! っと犬歯を剥き出しにし、エレーナを嘲笑う かのようにじっと見つめてきた。
「こ、これがお父様に知れ渡ったらどうなるか!」
「無理だろ」
「は?」
エレーナが、私には助け舟が何隻も来るぞ。MSなんか怖くないんだからね! と自信満々に言い放ったが、それは、一瞬で塵と化した。
少年の一言で。
「ちょっと! どーいうこと? 今頃、城内では他の国と連携を取って国内、いや、国外に渡って探し回っているに……
「温室育ちの、腐女子お嬢様。……いや、トーランド連立王国時期後継者、エレーナ・ヘン・トーランド様」
「!」
「ピザの店員が、ミドルネームを含めた本名を口にするだけで何故にそんなに驚く必要があるわけ? 今の時代ググればなんでもかんでも出てきちゃうんだから」
「それじゃあ、なんで拉致ったの?」
エレーナは、確信の無い言葉を目の前の少年に投げつけた。さっきの一撃が思ったより強かったらしい、若干意識が遠のいてるのが分かる。
「それは、自分の心に聞いてみたらどーだい? 最近、内政がぐっちゃぐっちゃで皇帝院の奴らでさえ王のことで愚痴ってたからな、誰かが拉致ってもそんな大差ないだろ。それに、君のお父様だってそんなに気にしてないよ。書類の束が積み重なる毎日、死にものぐるいで業務をこなしたって、そんなの終わるわけがない」
ピザの少年は、エレーナの質問を軽く受け流してから
国の内部状況を語りだした。正直言って、エレーナとは全くもって繋がりのない事だったが、ここ数日の間に関しては無知だったので、腹部の痛みを堪えながらエレーナは、彼の言葉を聴くことにした。
「で、今のところ国の状況はどうなってるのかしら?」
「知りたい~~~?」
「もちろん!」
「え~っ、と?」
「?」
「し~らなぁい!」
「!?」
「嘘だって、そんな驚きの顔を見せつけるなよ」
「好きで見せてるわけじゃない」
エレーナは、右手を少年の方へと翳して、ブツブツと何かを唱え始めた。それに呼応するかの如く、右手にどす黒い小さな小火がスッ、と現れる。
「だよなぁ、いつもは自室で一人、薄くてえっちぃ本をダラリとよみふけっているからなぁ、少しは運動しなきゃなぁ……って、毎日してるか! ォ――
少年が、HAHAHAとせせら笑いをし始めるのと同時に、
鉄格子がかかった独房らしき場所から、業炎が水のように湧き上がって少年へと襲いかかり
四方八方へと爆ぜた
「っつ! いきなりなんだ!」
「魔法。 貴方もそれ位は知ってるでしょう? 魔法を知らないピザ店員さんも、この世の中には存在するのね。 ってか、個人情報(泣)」
「っつーか、魔法名名乗らないなんて、オトナ過ぎるZE。もうちょっとカッケー技とかねぇの? 」
「……」
「ハルベリオンー! とか、グランド・ペインとか、ガトチュ! ゼロ――
「アルケイム・ブラストォォォォ!」
チュ。
ズドォォォォォォォォォォオオオオオオオオオンンン!
「のぁぁぁぁぁ!? 何すんだよ! 」
「お望みどおり魔法名を言ってやりましたが何か文句でもあるのかしら。っつーか何処かの誰か様が何故に知りえもしないプライバシーを侵そうとしているんですかぁ?」
「いや~それは、その、ググったら、出てきたわけで別に疚しいことに使おうとしてるわけではなくてですね私利私欲のためにちょこっとてを出して一攫千金をねらってみようかなぁ、なんて、あはははは、あははははははh」
「いっぺん、死んでみる? 」
「結構! って、あぁぁぁぁ! わかった! わかったから!」
などと漫才染みたことをやったってギャラは一銭も入ってきゃしない。エレーナは、あくまで平静を装い二回手を払ってから深い溜息を吐きそれとともに口を開いた。
「よろしい」
「ったく、あぶねーあ。タイムリミットまで間に合わないんじゃないかと思った。流石に緊張感が走るぜ、冷汗バンバンだぜ、魔法ってモンはもちーっと余裕のある場所で使わんと」
「は?」
エレーナは、思わず擬音を漏らした。魔法の正しい使い方ではなく、少年が言うタイムリミットとはどんなものか理解できないでいた。それでも、彼女を置いてきぼりにして少年は喋り続けた。
「ど、どういう」
「さっき、王女様の綺麗な唇に僕の汚らわしい左手が触れてしまいました」
少年は、急に丁寧口調になりおとぎばなしを話す時の容量でゆっくりとエレーナに手を差し伸べた。誘導され左手で応じるエレーナ。
「その時、左手に隠されてあった、水なし一錠これ一粒を口へと運ばせたわけです。あなたは、もうじき永遠の眠りに付くでしょう」
「はぁ? なに言ってんの?」
「言葉の通り、貴方は、死ぬ!」
え? は? うそ……し、死ぬ? まさ、か、とエレーナは心の奥底に隠れて怯えている自分を引っ張り出しながら少年が告げた不可解な死の宣告を、鵜呑みにしていた。
そ、そんなわけ、自分が死ぬなんて、あり得ない――エレーナは、自分に言い聞かせた。
あり得ないありえないありえないありえないアリエナイ。
シヌコトナンテ、アリエナイ
アリ……エナイ
何度も何度も、ウワゴトのように繰り返しながら、まるで、誰かに操られているかのように同じワードを発する。自制が利かず彼女は、軽い錯乱状態に陥っていた。
「さぁ、姫君。このまま、安らかにお眠りください」
少年が、高らかに指を鳴らす。それに合わせ、光が彼の下に集まり、軽く弾けた。それとともに、
エレーナは、音を立てて崩れ落ちた。キッ! っと少年の方へ一瞥する暇もなく、ただただ、睨みつけている。だがしかし、少年は、全く動じず、ジッとエレーナを見つめていた。そして、優しく本当におまいは王子様なんじゃないかって言う程のイケメン口調で、一泊置いて、一言、ただ一言、
「おやすみ……なさい」
こう告げた。
だが、その時は既にエレーナの意識は無く、薄暗い闇の中に一人身を投じる破目になった。
少年の名前を知ることもなく……あっけなく。
堕ちた。