終わりよければ全てよし!
えー、ただいま侯爵令嬢にあるまじき状態になっております。どんな状況かって? 簀巻きです。
街に買い物に行った帰りに攫われてしまってこのザマなんですよねー。しかも今日に限ってお忍びとかいって侍女と服装を交換するというお遊びをした結果、モブ顔が効果絶大で、侍女が侯爵令嬢として扱われていて、私は簀巻き。
侍女は相手が何をするのか分かるまでは自分が偽者だと言わないつもりのようで、私の目の前で相手を挑発してる。
さすが覇王が厳選した侍女。何故か侯爵家の使用人は覇王に絶大な忠誠を誓っているから、兄が溺愛する私への態度も凄い。頼りになるけれど、自分を大切にしてほしい。
「私にこのようなことをして、ただで済むとお思いですか?」
「むしろあなたを汚して我が物とするんですよ!」
ブロンツィーニ様以外にも物好きがいたのかなと思っていたら、侍女と対面している男は下卑た笑いを浮かべた。床に転がってる私からも見える角度。
うーん、侍女が襲われそうになったらどうやって止めよう。よくある誘拐って侍女が真っ先に被害に遭うイメージだったんだけど。簀巻きも被害といえば被害なんだけど、思ってたんと違う。
「あなたとの婚姻は手段でしかない。いずれはジョーゼット嬢と……!!」
あー、そっち。それもそうですよねー。このモブ顔を本当にブロンツィーニ様が好ましく思っているのかも微妙だというのに。一瞬この人もと思った私、ちょっと調子に乗ってましたゴメンナサイ。
それにしてもどう見ても相思相愛の兄とジョーゼット様の仲を割けると本気で思ってるのかしら?
あの覇王に惚れているジョーゼット様の好みにかすりもしない外見に見えるんだけれど。自分に都合の悪いことは無視できる人って結構いるらしいからそれか。
予定していた時間に私が帰らないと、それが五分でも遅くなれば捜索隊を放つ兄が私を探さないはずもない。
猟犬並みの嗅覚で、寄り道をしていた私を必ず見つけだす兄を出し抜いて事に及ぶのは無理ではないかな、などと思っていたら外から大きな音がした。何かが破壊された音。
壊してるの、ドアだけじゃなく壁もかなー。あの兄なら怒りでやりかねない。
「シルビア嬢! こちらにおられますか!?」
この声!?
見張り達と思しき者達が蛙のような声をあげて倒れていく音が別の部屋から聞こえる。ブロンツィーニ様、人を連れて助けに来てくれたのね!
ドアが吹っ飛んだ。良かった。私のほうに飛んでこなくて。簀巻きにされてるから転がるしか私には回避手段がない。
床に転がってる私にブロンツィーニ様が駆け寄る。
「シルビア嬢!」
侍女に対面していた男は、ポカンとした顔をしてる。
ジョーゼット様が目当てだったから私の姿絵をまともに見てなかったんだろうな、きっと。
ブロンツィーニ様は私を簀巻きから解放してくれた。
「ありがとうございます、ブロンツィーニ様。ですが何故こちらに?」
「閣下に稽古をつけていただいていたところ、シルビア嬢のご帰宅が遅れていることを知りまして」
既に稽古をつけられてた!!
「馬をお借りしてこちらに馳せ参じた次第です」
「よく場所がお分かりになりましたね?」
なお、私とブロンツィーニ様が話している間に侍女と誘拐犯が対峙してる。あの侍女、強すぎない?
ブロンツィーニ様は笑顔になり「話はまた後ほど」と言って立ち上がり、振り返り様に誘拐犯の顔にぐーぱんをかました。吹っ飛んだ誘拐犯は壁にぶち当たり、そのまま床に倒れた。三人で生死の確認をする。……うん、生きてるみたい、よかった。
それにしてもワンパンでのすなんて、ブロンツィーニ様、強い!
「シルビアー!!」
あ、この野太い声は兄。
ズシャアという謎の効果音をさせて登場した兄は、気絶している誘拐犯の襟首を片手で掴んで持ち上げてる。鎧姿なのもあって、どう見ても戦争しに来てるとしか。
「お兄様、曲がりなりにも貴族ですから、私刑は駄目ですよ」
相手が平民でも私刑は駄目なんだけれど、この厳しい階級社会では前世の道理が通らない。
「今すぐ始末してやりたいが、致し方あるまい」
心底嫌そうな顔で誘拐犯を睨みつける。意識があったらこの顔で気絶するに違いない。
「始末は駄目でもちょっとくらいならいいのでは?」
ブロンツィーニ様が不穏なことを言い出した!
「そなた、なかなかに良いことを申すではないか」
「いけません!」
侍女に身だしなみを整えてもらいながら止める。
「然るべき処分は受けていただきたいと思いますが、私は早く屋敷に戻りたいのです。このようなことが知られたら何と言われるか」
それに自分が原因だったとジョーゼット様が知ってショックを受けたらいけないし、穏便には無理だろうけれど、ことを大きくしないようにですね。
「ご主人様、その男はお嬢様と婚姻し、行く行くはジョーゼット様を籠絡しようと目論んでおりました!」
侍女ーー!!
「ジョーゼットに対して無礼! その上我が妹を目的を達成する為の駒にしようとしただと!? 万死に値する……!!」
アッ、誘拐犯の襟首を掴む手に力が。誘拐犯の顔色が悪く……。
ブロンツィーニ様の笑顔も怖い。殴りたいの我慢してる顔だわ、アレ。
……五体満足で引き渡されるかしら……。
人の口に戸は立てられぬもの。
私が誘拐されたことは社交界にあっさりと知れ渡ってしまった。というより筋書きを書いてジョーゼット様が広めたのが正しい。
誘拐されそうになった私をブロンツィーニ様が助けだし、ブロンツィーニ様の想いを私が受け入れて婚約した、という大変ツッコミどころのある筋書き。
ことの次第を知ったジョーゼット様は、二度とこのような愚か者が現れないように、嫌だけれど私を婚姻させるべきだとお兄様に言って、お兄様も嫌だけれどそれを認めると言った。二人して嫌だけれどが前置きなの止めませんか? 大体覇王はブロンツィーニ様に稽古つけておきながら嫌がるのおかしくない?
二人がブロンツィーニ様に出した条件は、何があっても私を守ること。それから当家に婿入りすること。それならば当家が持つ子爵位を与えると。
ブロンツィーニ様は伯爵家の嫡男なのだから無理難題と思っていたのに、あっさりとブロンツィーニ伯爵家の後継者の座を捨て、私の婚約者となることを選んだブロンツィーニ様ことアルベルト様。
……私が言うのもなんだけれど、後悔しない? 覇王との鍛錬という嫌なオプションもついてきちゃいますよ?
ブロンツィーニ様イケメンだから、彼を狙っていた令嬢達に私が嫌がらせを受けたらどうしよう。
「シルビア様! アルベルト様を解放してください!」
ほらー、やっぱり来ちゃったじゃないですか。
確かブラウン伯爵家のエマ嬢。大変見目麗しい方で、信奉者も多いとか。分かる。
それにしてもジョーゼット様の生家、ロンコーニ公爵家主催の夜会で私に絡んでくるなんて、強気なのか無謀なのか。ちょっと心配になる。
いつの間にやらジョーゼット様とアルベルト様が隣に。兄は……背後か。
兄の人相に怯えつつも耐える令嬢。何という胆力。凄い。生まれつき見ている私と違って耐性ないだろうに。
「シルビアからアルベルト様を救いたいとおっしゃるなら、正々堂々と戦わなくてはね」
「望むところです! どんな戦いにも勝ってみせます……!」
令嬢同士の戦い。キャットファイト。キャットファイトにも色々あると思うけれど、ジョーゼット様のいうキャットファイトは口喧嘩ではないのよね。
「こ、こんなの無効よ……!!」
私と剣の勝負をして負けたエマ嬢が叫ぶ。
「どんな戦いにも勝つと言ったのは貴女じゃないの。嫌だわ」
おほほ、と何故かジョーゼット様が笑う。その隣でアルベルト様が目をキラキラさせて私を見る。いや、普通の令嬢は剣は嗜まないから、エマ嬢が無効だと言う気持ち、よく分かる。
「我が妹は、この私より強い」
ヒッと悲鳴をあげてエマ嬢は一目散に逃げて行った。
……そう、実は私、覇王より剣術が上なんですよね。どういう理屈なのか自分でもよく分からない。剣で兄に負けたことは一度もなかったりする。
そんなに強いならなんで誘拐されて簀巻きにされたんだって?
私が得意なのは剣だけなので、傘でも持っていたなら話は違ったんだろうけれど、持っていなかったんです。
「アルベルト、シルビアを守れるようにもっと強くなれ」
「はい……!」
……師弟関係ができつつある二人を見ながら、侯爵家の娘として行き遅れなかったので良かった、と思うことにした。




