第6話「深淵からの挑戦者」
それは、何の変哲もない水曜日の午後だった。
五時間目の授業が終わり、気の抜けた空気が教室に満ちた、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
地鳴りのような不気味な振動が校舎全体を揺らした。
生徒たちが「地震!?」と騒ぎ始めるが、揺れはすぐに収まった。
しかし本当の恐怖はそこからだった。
「ぎゃああああああ!」
廊下から、耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
直後、教室のドアが勢いよく蹴破られ、緑色の肌をしたゴブリンの群れがなだれ込んできた。
「な、なんだこいつら!?」
「モンスターだ! なんで学校に!?」
教室はパニックに陥った。泣き叫ぶ女子、腰を抜かす男子。
俺も血の気が引くのを感じた。こんな時にガチャは…まだ使えない!
その混乱の中、ただ一人、冷静な人物がいた。
「みんな、落ち着いて! 私の後ろに!」
月島凛だった。
彼女は机を蹴り倒してバリケードを作ると、いつの間にか手にしていた白銀の剣を構え、ゴブリンたちの前に立ちはだかった。
その姿は、あの夜公園で見た、孤高の剣士そのものだった。
「月島さん!?」
「事情は後で説明するわ。とにかく、ここから動かないで!」
彼女はゴブリンの群れに単身で斬り込んでいく。
舞うような剣技で、次々とモンスターを斬り伏せていく。
あまりに現実離れした光景に、クラスメイトたちは言葉を失っていた。
「陽菜、みんなを安全な場所に誘導してくれ! 怪我人がいたら頼む!」
俺は隣にいた陽菜に叫んだ。
彼女は一瞬戸惑ったが、すぐにこくりとうなずき、震える生徒たちを教室の隅へと避難させ始めた。
校内放送が、悲鳴混じりに『校舎の地下に未確認の高難易度ダンジョンが出現した』と告げた。
どうやらそこからモンスターが溢れ出してきているらしい。
月島は強い。だが敵の数が多すぎる。
しかも廊下の奥から、ひときわ大きな地響きと共に、ゴブリンたちとは比較にならない威圧感を放つ巨大なオーガが現れた。
「ボスクラス…!」
月島がうめく。
オーガが振り下ろした巨大な棍棒を、彼女は剣で受け止めるが、その衝撃で壁まで吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ…!」
「月島さん!」
オーガが、倒れた月島に容赦なく追撃しようと迫る。もう、見ていられない。
俺はポケットを探った。そうだ、昨日引いたガチャのアイテムがまだ残っているはずだ!
確か、とんでもなく役に立たないと思っていた、『Cランク:派手に光るだけのクラッカー』。
俺はそれをオーガの顔面に向かって全力で投げつけた。
パーン! という派手な音と共に、目くらましのような閃光が弾ける。
「グオッ!?」
オーガが怯んだ、その一瞬。
俺は覚悟を決めた。もう隠している場合じゃない。
陽菜に生徒たちのことを任せ、倒れた月島の元へと駆け寄った。
「神谷くん!? なぜ…!」
「説明は後だ!」
ちょうど日付が変わり、スマホのガチャアイコンが光る。
俺は最後の希望を託し、画面をタップした。
頼む、ここを切り抜けられる、最高のやつを!
『SSランク:時を止める砂時計』
手の中に現れたのは、黄金のフレームに収められた美しい砂時計だった。
迷わず、それをひっくり返す。
その瞬間、世界から音が消えた。
絶叫も、怒号も、オーガの咆哮も、全てが止まる。
俺と、俺が触れている月島を除いて、全ての時間が静止していた。
振り下ろされようとしていた棍棒も、空中でぴたりと止まっている。
「こ、これは…?」
「今のうちに逃げるぞ」
俺は月島の腕を掴み、オーガの攻撃範囲から脱出する。
そして安全な場所まで移動すると、彼女を支えるように抱きかえた。
砂時計の砂が全て落ちきり、再び世界が動き出す。
ドンッ! とオーガの棍棒が空振りに終わり、床を砕く。
オーガは獲物を見失い、きょろきょろと周囲を見渡している。
「…助けて、くれたの…?」
腕の中で、月島が呆然とした様子で俺を見上げていた。
息遣いが、すぐ近くで聞こえる。
もう、ごまかしは効かない。
俺は覚悟を決めて、フードも被っていない素顔のまま、彼女の目を見てうなずいた。




