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第5話

 東方の大国の血を引く我がシノビア公爵家秘伝の術の1つにして、この私、マルティナ・シノビアが最も得意とする術。それが『分身の術』。

 端的に言えば、新たな自分自身を自在に召喚する事ができるというものです。

 そして、この術で召喚した存在は術を使った存在と同じ顔、同じ髪型、同じ姿形、そして同じ記憶を持ちます。

 これを使い、我がシノビア公爵家はご先祖様の代から諜報や攪乱といった任務から掃除や洗濯といった家事まで様々な方面で縦横無尽に活躍した、と両親は昔から口酸っぱく私に教えてくれたものです。

 この術を使いこなすようになるまでには厳しい修行が必要になる、という忠告と共に。


 「「「「「「「「「「ふふ、いかがでしたか?」」」」」」」」」」


 そして今、私は長年の修行の成果を王子やリリアンの前で存分に披露した、という訳です。


「ひっ!?」


 『分身の術』を活用し、晩餐会の会場を埋め尽くす私たちは頭のてっぺんからつま先、服のしわ1つに至るまで寸分違わぬ同じ姿。

 一斉に私たちが同じ声で笑うと、王子はどこかうっとりするような表情を見せる一方、リリアンは恐怖の感情を露わにしていました。

 仕方ないでしょう、ここまで同じ人物が無尽蔵に溢れる状況、普通なら考えられないでしょうから。


 すっかり混乱しきったリリアンに対して、私――いえ、私たちは容赦なく説明を続けました。

 

「「「実は『分身の術』、貴方に見せたのは今回が初めてではないのですよ」」」

「な、な、なにを言い出すのよ……い、意味が分からない……!」


「「「この屋敷の近くの庭園で、私が貴方を馬鹿にし続けていると嘘偽りを言いふらした時」」」

「……えっ……!?」

 

 この私、マルティナ・シノビアの悪評を伝えようと御友人に虚言を述べた時。

 私に罪を擦り付けるため、わざと階段から転げ落ちた時。

 そして、友人の方々と親しげに話しながら密かに『魅了』の魔法を使い、じわじわと自分の言いなりに動く駒にしようとした時。

 それらの全ての行為は、私の心の中にしっかりと刻まれています。

 何故って?それは――。


「……ま、ま、まさか……!?」

「「「「「ええ。貴方が利用したと思い込んでいた人たち……」」」」」

「「「「「「「「「「それは全て、分身した『私』が変身した姿なのですよ」」」」」」」」」」


 ――他者の姿を模倣する『変身の術』と自分の分身を無尽蔵に増やす『分身の術』を駆使し、私はリリアンを好き勝手に泳がせつつ、その動きを注視し続けていました。

 その結果、私と王子の予想通り、リリアンは次々に嘘偽りの言動を披露し続けたのです。

 何度か変身の術で成り済ました『本物』の方々と鉢合わせになりそうな事態もありましたが、別の私や王子による誘導もあって御本人と出会ったり奇妙な事態を噂されたりする事態は何とか起きず、これらの作戦は無事に成功。

 リリアンは見事に私たちの掌の上に乗っかってくれた、という訳です。


「そ、そんな……じゃ、じゃああたしは今まで……!」

「「「「「まあ、『欺瞞(ぎまん)の術』を使ったとはいえ……」」」」」」

「「「「「国を乗っ取ろうとする大罪人の味方をするのは若干心苦しかったですね、私」」」」」

「「「「「全くですね、私」」」」」」


 すっかり唖然とした表情のリリアンを見て、私たちは彼女にある重大な事実を述べました。

 リリアンが私たちにかけようとした『魅了』の魔法は、知識欲に溢れるウィルソン王子によって大半が研究されていた事を。

 そして、私たちシノビア家に伝わる東方の術を応用した、『魅了』の魔法を無力化する魔法を、私たちは事前に王子にかけて貰っていた事を。


「あ……あ……そ……そんな……!」


 つまり、彼女がこの晩餐会に至るまで仕組んだ壮大な罠は、最初から最後まで全てが無駄に終わったのです。


「「「「「リリアン、私たちの宴、楽しんで頂けましたか?」」」」」」」」」」」」」」」


「い……い……いやあああああ!!」


 夥しい数の私の声の大合唱を聞いた直後、リリアンは我慢が限界に達したかのような甲高い悲鳴を上げました。

 そして、そのまま王子の傍を離れ、この空間から逃げ出そうと懸命に動き出したのです。


「「「どうしました、リリアン?」」」

「「「まだまだお食事は残っていますよ?」」」

「「「もっと一緒に私たちと楽しみましょう♪」」」

「あああああああ!!」


 四方八方から聞こえる声に耳を塞ぎ、笑顔で見つめる大量の私の肉体を押しのけながら、リリアンは懸命に走り続けました。

 そして、這う這うの体でようやくたどり着いたのは、屋敷の出入り口である大きな扉。

 先程別の『私』が『衛兵たち』に捕らえられ、外へ追い出された場所です。

 そして、リリアンは喉が枯れそうな程の大声をあげながら、扉を懸命に叩きました。


「開けて!!開けてよ!!早く開けなさいよ!!!!」


 そんな彼女の願いが通じたのか、ゆっくりと扉は開かれました。

 ですが、扉の向こうに広がる景色を見た途端、リリアンは腰を抜かし、その場で尻もちをついてしまいました。

 仕方ないでしょう、そこにずらりと並び、リリアンを笑顔で見つめていたのもまた、髪型も服装も何もかも同一の『私』――マルティナ・シノビアの大群だったのですから。


「「「「はーい♪」」」」


 そう、あの時『私』――追放を言い渡された私を連れ去った『衛兵たち』は、全員揃って変身の術を用いて姿を変えた私自身。

 屋敷の中も外も、あらゆる場所に『マルティナ・シノビア』が溢れかえるこの空間に、リリアンが逃げる場所はどこにも残されていなかったのです。 


「ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」ふふふ……♪」…


「あ……あ……あ……」


 数えるのも億劫になりそうなほどに増えた私に取り囲まれたリリアン・アクティ男爵令嬢は、四方八方から響き続ける笑い声に包まれながら、とうとう意識を失ってしまいました。

 それを見た私たちはすぐさま彼女を抱きかかえ、王子の元へ向かいました。


「「「完全に意識を失ってしまいましたね……」」」

「まあ、しばらくしたら目覚めるだろうね」

「「「「少々やり過ぎたでしょうか?」」」」

「大丈夫だと思うよ。この国の未来が奪われる事に比べたら遥かにマシさ」

「「「「確かにそうですね。あ、それと王子……」」」」


 そして、王子の元に現れた別の私たちは、首にさげていたネックレスを一斉に外し、王子に渡しました。

 そのネックレスには共通して、群青色に輝く宝石――ここまでの出来事をばっちり『記録』した特殊な宝石が付けられていました。

 分身した幾人かの私が念のためにと用意していたものですが、王子の宝石がリリアンによって破壊されてしまったことで、結果的に重要な証拠品になった物たちです。

 そして、屋敷から少し離れた場所で待機するよう連絡した『本物』の衛兵の皆さんに、気絶したこの大罪人を受け渡せば、長期に渡った私と王子の作戦は全て完了、という訳です。


「「「「「私たちの作戦、無事に成功しましたね♪」」」」」


 そして、分身の術を解いて元の1人(・・)へ戻る前に、私たちは一斉にやりきった表情を最愛の存在に見せました。

 返ってきたのは、私――いえ、『私たち』の奮闘を労う、ウィルソン王子の笑顔でした……。

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