『見た目いじめられっ子の俺は喧嘩売られたので反抗してみたif高校教師2 後編
「!? し、しかしあの子達は」
奏介の冷酷な判断に、校長は躊躇いを見せる。相手は子供であり、若気の至りという奴なのだから。
「見て下さい、真岡の顔。赤く腫れてるじゃないですか。クラスメイトを傷つけるなんて。あれはもう犯罪者ですよ。庇う価値もありません。在学させておくとまたやるでしょう。何より、我が校がいじめを放置していると世間に思われたら大変でしょう。メディアに叩かれるのと、あの2人を警察に突き出すのとではどちらが良いですか? あの2人に、そこまでして庇う価値があるのですか?」
「⋯⋯っ!」
奏介は通話アイコンに手をかける。
「校長」
「わ⋯⋯わかった」
奏介は、『110』に電話を繋いだ。
スムーズに通話を終えると、トイレから罵声が聞こえてきた。
「おい、バカ女!! 教師呼びやがって!! 次は頭かち割るぞ!!」
「死ね! クソ女」
「止めなさい、なんてことを言うの!!」
教頭が止めているが、その勢いにやや引き気味だ。
座り込んでいる真岡はぷるぷると震えている。
奏介はトイレ内へ入って教頭の隣に立った。女子トイレだが、この状況ならお咎めはないだろう。
「お前ら、ちょっとは頭を冷やせ」
「はぁ? 黙れよ、クソ教師が。真岡とデキてんだろ? だから、乗り込んできたわけだ。変態ロリコンくそ教師が」
「きめぇんだよ、オタク教師!!」
本能に任せて肉を貪る獣のような勢いだ。
「くっ、あなた達ね、もう少し落ち着」
教頭の説教を、奏介が遮った。
「教頭、担任の私が相手しますので」
トイレの外へ出ていてもらうことにした。警察が来るまでの時間稼ぎだ。
「言いたい放題言ってるけど、真岡を殴ったり蹴ったり、トイレの床に押さえつけたり。怪我をしてたぞ?」
「だからなんだよ。あいつが全部悪いんだっつーの」
「そうそう。なんであたしらが説教されんの? てか、教師を誑かしてチクるとか最低だし、それに乗っかるお前みたいな奴も最低!!」
奏介は少し考えて、
「うーん。真岡が悪いにしても、怪我させてるんだからそりゃ説教されるだろ。お前ら、学校から出てその辺を歩いてる人を捕まえて顔を殴ってみろよ。その後、どうなるかくらい想像出来るだろ」
一瞬黙る2人。
「……だから、何? ここ学校じゃん」
「学校の外と一緒にしないでよ」
「心配しなくても警察は、こっちが呼べば、外と同じように来てくれるぞ」
「警察? 大袈裟。それって脅し?」
奏介は薄く笑う。
「大袈裟じゃないぞ。真岡は暴行されて負傷をしてる。あれは病院に行った方が良い」
「だからさ、大袈裟なの。病院行くって本気?」
「何もなければ良いけど、治療が必要なら手当てしてもらうから、その金はお前らが出すことになるんだ。殴ったり蹴ったりして怪我させてるんだからな。薬の処方と医師の処置で医療費がいくらになるか。入院したらかなりかかるぞ。お年玉でも用意しとけよ」
実際の医療費請求と慰謝料は親に行くだろうが。
「あたしらマジで関係ないし」
「ほー、関係なかったのか」
「あたしもしらなーい。証拠ないじゃんか」
急にニヤニヤしだす2人。トイレの外が騒がしくなってきた。
「証拠かー。確かにないけど、そもそも真岡はなんていうかな? 真岡は怪我してるけど、誰にやられたのか、お前らのこと庇うのかな?」
さすがに言葉に詰まる彼女達。
「あの卑怯女」
「最低な性格してる」
小声で話したところでトイレのドアが開いた。
学校には不釣り合いなきっちりとした藍色の制服に身を包んだ警官が2人。
「!?」
固まる氏家と宝積寺。奏介が小声で言う。
「犯罪者はうちのクラスにいてほしくないんだよ。後、俺は子どもに興味ないから、ロリコンとか適当なこと言ってんじゃねぇぞ」
低い声で唸るように言ってやると、青い顔で固まってしまった。警官を見たせいか、この瞬間に戦意喪失していたのだった。
●
数日後、校長室にて。
校長は事務机に座りながら、自身のスマホをスクロールしていた。
「……」
穴が空くほど見つめているタイトルは『いじめで警察介入』というもの。
記事は以下の通り。
『某高校にて発生したいじめ事件、直後に校長の判断で警察に通報し、加害者生徒2人が逮捕された。常習的に被害に遭っていた生徒は体に打撲や傷が残っており、傷害事件として捜査を』
意外なことに、記事のコメント欄は好意的な意見が多い。
『躊躇わずいじめっ子を警察に引き渡したってすげーな』
『こういうのって、隠蔽するよね?』
『学校の中で解決させようって思うと思うけど、一発逮捕かぁ。スカッとするね』
『ここの校長、ちょっと尊敬するわ。良いじゃん』
『殴ったり蹴られたりしてる時点で暴行だから警察は普通にあり』
そして、否定的な意見は数えるほどだ。
『え、まだ未成年の子供の喧嘩に警察……? この子達の将来を考えて指導するのが学校なんじゃないの』
『子供のイタズラで警察はないわ』
一通り目を通し、校長はふうっと息を吐いた。
「我が校の評判が、上がった……?」
警察からの事情聴取など、かなり面倒なことはあったものの、世間からの目は思ったよりも温かい。苦情もあるが、励ましの電話も多い。メディアの取材も申し込まれるほどだ。
「むむ……」
非常に複雑な気分にはなったが、心労は大分軽減されている。
数日後。
奏介は受け持つクラスの教壇に立っていた。
「というわけで、宝積寺と氏家のことは先生も残念に思ってる。⋯⋯小学生の頃から何十回も言われていると思うが、いじめなんてやるものじゃないぞ。必ずしも相手の気持ちを考えてほしいわけじゃない。自分のためにな。今回みたいに警察に逮捕なんてこともあるかもしれない。恨みをかって、10年後に後ろから刺されるかもしれない。仕返しされる可能性はゼロじゃないしな。それでもムカつくやつがいて、どうしても嫌がらせをしたくなったら、先生が愚痴くらい聞いてやるから、早まるなよ」
クラス内を見回す。ざわざわと。
「よし、ホームルーム終わりだ。また来週な」
「起立、礼」
奏介は内心でため息をついた。
(ゴミ処理を残念だったなんて言いたくないけどな)
正直な気持ちを教壇の前で発言するわけにはいかないだろう。
「菅谷せんせー」
近づいてきたのは三人組女子だった。
「どうした?」
「真岡さんて学校止めちゃうんですか?」
「⋯⋯本人が言ってたのか? まだ何も聞いてないが」
「そうじゃなくて」
左にいた女子がそう前おいて、
「氏家さん達ってちょっとでも気に入らないとクラス全員にまんべんなく嫌がらせしてきてたから。真岡さんは特別標的にされてたけど」
「なっ! そうだったのか、あのク⋯⋯あ、いや。それで?」
「あたし達も分かってたのに見て見ぬフリをしてたんですよね。それが、悪かったなって。庇ってあげられなかったから」
「いじめは庇うものじゃないぞ」
奏介の言葉に三人はぽかんとした。
「庇ったら、庇った方が標的になるに決まってるだろ? いじめられてたら助けてやれってのはそうかもしれないけど、自分に危害が及ぶならやるべきじゃない。それを美談にしてるやつもいるけど、自己犠牲が必ずしも良いとは限らない。やるなら、闇討ちとか落とし穴に落とすとか、自分の手を汚さない方法を⋯⋯」
奏介は、はっとした。
「先生⋯⋯めっちゃ恨みこもってるけど、もしかして元いじめられっ子ですか?」
「ありそ〜」
「いや、まぁ、想像に任せるよ」
奏介は冷や汗をかきながら視線をそらす。
「でもわかった。じゃあ」
「先生、さようなら」
「ああ、気を付けてな」
教室を出ていこうとしたのだが、
「おーい、菅谷ぁ」
後ろから名前を呼ばれた。
「おいこら、堂々と友達みたいに呼ぶな」
男子生徒2人組である。
「さっきの話だけどさぁ、ムカつくやつがいてボコりに行く前にせんせーに許可取ればオッケーってこと?」
「なんでそうなるんだ。愚痴は聞くけど、その上でボコりに行くなよ」
「えー?」
「えーじゃない」
氏家と宝積寺の逮捕、そして強制退学は、クラスメイト達の意識に少なからず影響を及ぼしたようだった。
教室を出ると、高見が追いかけてきた。
「やっぱり先生、凄いです!」
もちろん小声で。なんのことなのか? 主語を抜いているのは意図的だろう。
「あー、いや。うん。連絡ありがとな」
彼が気にしていたようだったので、真岡、氏家、宝積寺達が例のトイレへ向かったら連絡をくれるように言っておいたのだ。
「でも、俺は様子を見に行っただけだし、たまたま校長先生や教頭先生がいたからな」
「そうなんですか? でも、よかったです」
にこにこと笑い、
「それじゃ、また」
ぺこりと会釈をして、高見は教室へ戻って行った。
◯
週明けの月曜日、放課後。
奏介は屋上の扉を開けた。
「真岡」
この前と同じ場所に体育座りをして、 紙パックジュースのストローをくわえている真岡がいた。この前とまったく同じ姿勢、恰好なのだが、今日は随分と余裕があるように見える。
「あ、せんせ」
奏介は扉を閉めて、息をついた。
「どうだった、教室は」
「あー、うん。皆思った以上に優しくてさ、なんか怖いくらいだった」
氏家と宝積寺の行いに不満を持っていたクラスメートは多かったようなので当然だろう。
「そっか。良かったな。通えそうか?」
「んー、まぁなんとか? てかさ、あの子達、本当に退学になったの? 停学じゃなくて?」
「ああ、俺が……先生が校長に言って退学にしてもらったからな。停学にしたところで反省しないし、真岡への逆恨みでまたやるしな」
真岡は苦笑を浮かべる。
「先生さ、自分のクラスの生徒を守ってあげようとか思わないの?」
「いじめやって喜んでる奴はただの犯罪者だし、俺の生徒だと思ってないし」
「……私も悪かったと思うんだよね」
「ん?」
真岡は憂鬱そうに膝を抱えた。
「元はといえば、私がメッセージに気づかずに返し忘れたのが原因でさ。それがなかったらここまで関係が悪化しなかったと思う。一方的に責められた時に、こっちも反論しちゃったからさ、それでこじれたんだ。あの子達だけが悪いわけじゃないっていうか」
「メッセージを返し忘れたとしても、その腹いせに他人の顔をトイレの床に押しつけて遊んだ時点で頭おかしいだろ。床だぞ? よりによって排泄する場所の床だぞ? 犯罪者は考えることが違うよな」
真岡は目を瞬かせる。再び苦笑い。
「うん、確かに。それくらいで、そんなことしないか」
「するわけないだろ。このまま無事卒業されると、大学や会社のトイレでもやるだろうし、結婚して子供なんか生まれたら、気に入らない奴はトイレの床に顔を押しつけていじめろって教育しそうだろ? 退学処分で間違ってない。真岡は罪悪感なんか感じなくて良いぞ」
「せんせー、目が真剣で怖いって」
奏介、こほんと咳払い。
「そういうわけだから、学校来いよ」
「うん。……ありがと」
真岡は笑顔で頷いた。