『見た目いじめられっ子の俺は喧嘩売られたので反抗してみたif高校教師2 前編
自分の受け持つクラスの教壇に立った奏介は生徒達の様子を見回した。
「それじゃ、授業を始めるぞ。えーと、教科書の」
ふと、教室真ん中の机が空席なことに気づいた。
「ん? 真岡は?」
赴任して一ヶ月。ようやくクラスの生徒達の名前を覚えてきた。
そこは真岡美名乃の席だった。
「保健室か? 誰か知ってるか?」
教室中がざわざわ。
「せんせー」
挙手したのはニヤニヤと笑う茶髪ロングの女子生徒だ。
「真岡さんてぇ、めっちゃサボリ魔なんよ。気にしなくて良いと思うけどー?」
「昨日の数学もサボってそのまま帰ったよねー」
いわゆるギャル系の二人組が含みのある笑いを浮かべながら言ってくる。他の生徒は何やら気まずそうだ。
「そっか。まぁ、良いか。じゃ、教科書31ページ」
「先生」
教壇の一番前の席。いつもムードメーカー兼学級委員長の暑坂藤也が挙手をした。
「どうした?」
「昨日、抜き打ち小テストだったから今日自習にしない?」
にひっと笑う。
「このタイミングで何言ってんだ」
「はい、賛成っ」
さらに挙手したのは纏哀花だった。
「いや、副委員長?」
クラスのまとめ役が揃って何を言うのかと。
パラパラと拍手まで起こる。
「てか、先生さぁ、範囲予告なしでしかもこれからやるはずの範囲の問題をテストに入れてたっしょ。なんかズルじゃん?」
「う⋯⋯」
まだ授業で触れていない範囲の問題を出してしまったのは事実だ。謝罪はしたのだが。
「それ帳消しにするので自習でお願いします」
哀花の静かな物言いに教室内がしんとなった。26対1は中々辛いものがある。
奏介は肩を落とした。
「分かった分かった。後半自習にするから、前半は授業だ」
喜びの声が上がる中、生徒達がヒソヒソ。
「なんだかんだ、お願い聞いてくれるよねー」
「先生チョロすぎぃ」
普通に聞こえていてイラっときたが、仕方ない。
奏介は小さく息を吐いた。
約束通り後半は自習。しかし、実際に勉強しているのは3分の1で好きなことをしている。ほぼ自由時間だ。
仕方がないので3日後に迫る特別講義授業のプリントを作ることした。
「せんせっ」
数人の男女が奏介の机に近づいてきた。
「どうした?」
「そろそろせんせーの推し教えてよ。アイドル? 2次元?」
からかうように言ってくる。
「だから、先生はアイドルとか2次元は趣味じゃないって」
「内緒にするから教えてよ。グッズとか買ってきてあげる」
「⋯⋯何が目的だ」
片目を閉じる女子生徒。
「次の中間の問題教えて?」
「一緒に遊ぼうみたいなノリで言うな」
男子生徒に肩を叩かれる。
「まぁまぁ、せんせーの初彼女に可愛い子紹介するから、うちのクラスだけに! な?」
「買収しようとするな。てか、自習しろって」
なんだかんだあり、5時限目はすぐに終わった。
「考えといてねー」
教室を出ていこうとするとそう声をかけられ、キッと睨んでおいた。仲のいいクラスだが、クソガキが多すぎる。
「まったくっ」
教師の威厳など微塵もない。
「菅谷先生」
「⋯⋯ああ、甲斐田先生」
甲斐田櫻子、2年3組担任の彼女も授業終わりらしく、隣に並んで歩く。
「生徒と仲良いですよね。羨ましい」
「どこまでもなめられてるだけだと思います。まったくあいつら」
すると櫻子はふっと暗い顔をした。
「なめられるって、そんなもんじゃないですよ」
「え?」
「あ⋯⋯いえ、なんでも。それじゃ」
早足で、階段を下りて行ってしまった。
と、その時。
「先生」
手を振りながら走って来るのは、高見だった。
「どうした?」
「あ、あのさ」
「?」
小声になる。
「真岡さんのことなんだけど」
「ああ、サボり魔とか言われてたけど、何か知ってるのか?」
「昼休みに、宝積寺さん達と特別教室棟の方へ行ったのを見たんだよね」
さっきのギャル達、宝積寺と氏家だ。
奏介は少し考えて、
「分かった。何か含みのある言い方だったしな。ちょっと見てくるか。ありがとな」
6限目の授業は入っていない。特別教室棟を見回って見ることにした。
職員室に一度戻ってから、人気の少ない特別教室棟へ。音楽室を使っているクラスがあるようだ。
「ん」
一階奥、非常階段近くの女子トイレのドアの前に水たまりができていた。
「⋯⋯」
ざわっと嫌な感じがした。
女性職員を呼んで来ようかとも思ったが、その水が非常階段へ点々と続いていた。
奏介はトイレを調べる前にそれを辿ってみることにした。
思ったとおり、屋上だった。
屋上の扉を開けて、その先へ。
「⋯⋯」
高いフェンスのはられた屋上、息づかいに気づいて横をみると、
「真岡」
ずぶ濡れで体育座りをして俯いていた。
「⋯⋯菅谷、先生?」
青い顔をしてこちらを見上げた真岡は極限までぐったりしていた。
「大丈夫か?」
「あ、うん」
奏介は上着を脱いで真岡にかけてやる。
「風邪引くぞ。とりあえず保健室へ」
「今日温かいし、こうしてれば乾くって。⋯⋯スーツに臭い、つくよ?」
見ると、彼女の横に嘔吐した後があった。
「何があったんだ」
聞かなくても想像はついたが、一応確認する。
「⋯⋯」
「宝積寺達か?」
「あー、うん。まぁ。ちょっとお腹に一発、キツイの入っちゃって気持ち悪くなっちゃって。水かけられて冷えたのもあるかな。あはは」
涙が浮かんでいた。
「心配しなくても良いよ、最近ずっとだから。昼休み乗り切れば、大丈夫だから。帰りとかは絡まれないし、ね」
「真岡、あのな」
「先生、余計なことしないでね。あいつら捕まえて説教しようもんなら、チクったって言われて嫌がらせが酷くなるだけだから。意味、ないから」
ポロポロと涙を零して、震える声でそう言った。経験があるのだろう。味方をしてくれた教師はきっといたのだ。しかし、それが逆効果だった。
「分かった。説教はしない。ただ、毎日、昼休みなのか?」
「⋯⋯うん」
「あのトイレで?」
頷く真岡。
「分かった。先生は何もしないよ。でも話くらいは聞いてやれるから」
「あはは、ありがと。うん。⋯⋯ありがと。先生話分かるじゃん」
奏介は少し困った顔をする。
「ごめんな、平和的に解決出来る気がしない」
「良いって。心配してくれるだけでちょっと違うから」
奏介はふっと笑う。
(どう考えても平和的には無理だな)
〇〇
翌日昼休み。
3年生の授業を終えた奏介は少し早めに職員室へ戻ってきた。
壁時計を見ているとチャイムが鳴る。すぐにスマホに連絡が入った。
『行ったよ!』
メッセージアプリである。
奏介は校長と教頭が座るデスクへ歩み寄った。
「校長、少し気になることが」
「ん? どうされました、菅谷先生」
「特別教室棟一階の女子トイレの壁に大きなヒビが入っているとうちの生徒から報告がありまして。利用する生徒は多くないのですが、修理が必要かと」
「ひび、ですか?」
「ええ、周りが崩れているとのことなのですが、中へ入って確認するのが少し躊躇われまして。そうだ、教頭先生も一緒に見て頂けませんか」
女性教師が一緒なら女子トイレへ入るのも抵抗はない。
「修理⋯⋯予算はありますが、そうですね。見てから判断しましょう」
奏介は振り返って、保健室、養護教諭へ視線を向けた。
「篠原先生、少し職員室を任せても良いですか」
「え? あ、分かりました」
校長、教頭と連れ立って、職員室を出た。
特別教室棟、一階トイレの入り口が見えてきたところで、話し声がし始めた。罵倒するような声と、物音。
「何か、声がしますよね?」
奏介は早足で女子トイレの前に立った。
「生徒が使用中なのでは?」
校長が首を傾げる。
「いえ、何か揉めてます。教頭先生、ちょっと中を確認してもらえますか?」
そのタイミングで、
「いやーっっ!」
真岡らしき悲鳴が中から聞こえた。ビクンとなった教頭が慌ててドアを開ける。そこには、床の排水溝に頬を押さえつけられている真岡と、2人の女子生徒。1人が押さえつけて、1人が蹴りを入れているところだった。
「な⋯⋯な⋯⋯何をしてるんです!!」
教頭の怒声に女子2人がビクッと肩を揺らす。
「こ、これは」
校長の驚きの声に奏介急いでは中へ入った。それから、真岡を抱きかかえる。
「大丈夫か!?」
「せん⋯⋯せ?」
そのまま抱えて、トイレの外へ避難させる。
「あなた達、ここで一体何をしていたんですか?」
鬼のような形相の教頭に放心状態の二人である。奏介はスマホを取りだした。
『110』を打ち込む。
「校長、警察呼びます」
「へあ!? ま、待ちたまえ、菅谷先生。こんな、生徒同士のいざこざに」
奏介は真岡を床に下ろして、彼に顔を近づけた。
「校長、これは暴行傷害事件です。子どもだからと内々で処理して、被害者の保護者に裁判でも起こされたら、記者会見コースですよ。それなら、我が校の名誉を守るためにも、あの犯罪者2人を切り捨てましょう」
そう低い声でまくし立てた。