(5) 宮殿
......?
私は、目をつぶったまま衝撃に備えているが、いくら待っても衝撃は襲ってこない。
その状況を不思議に思い、私は恐る恐る目を開ける。
「えっ?」
私は驚きを隠せずに、目の前に広がる情景に困惑する。
先ほどまで私を襲おうとしていた男たちは全員倒れ、サファリーさんが謎の青年に、首元に剣を当てられていた。
謎の青年は私に背を向ける形で立っており、私の位置からは顔が見えない。
「誰だっ!?貴様は.....!」
サファリーさんは呆気にとられながらも、青年に声を荒げながら問いかける。
そんなサファリーさんの問いかけに、青年はふんっと鼻で笑いながら口を開く。
「貴様こそいったい誰だ?それに、この俺が誰だか分かっていて、そのような口をきいているのだろうな?」
「は?どうせそんなの脅しでしょう?」
「――ほう、貴様は今の状況をまるで理解していないようだな。」
青年は、サファリーさんに失望のこもった声でそう言い、首元に当てていた剣を構え直し、サファリーさんの首を切り裂こうとする。
「だめっ!!」
私は、その様子を見て、思わず声を出して止める。
そんな私の声に、青年は剣を下ろし、驚いたように私の方を見てくる。
青年の顔は路地のせいで光がなくよく見えなかった。
「貴女は......どれだけ優しいのですか。」
青年の声は、先程、サファリーさんと会話をしていた時とは比べ物にならない程に優しく、高い声。私は、そんな青年の声に聞き覚えがあり、軽く狼狽える。
「え?あ、貴方、まさか.....!?」
「まあ、話は一旦置いといて。ひとまずこっちをどうにかしなければ。」
青年がそう言うと、サファリーさんの方を振り返る。
サファリーさんは、首元に剣を当てられたことに恐怖し、腰を抜かしたのだろう。みっともなく地面を這いつくばり、その場から逃げ出そうとする。
そんなサファリーさんを、青年は冷ややかな目で見つめ、懐から縄を出し、サファリーさんをぎゅっと縛り上げる。
「これでよし......っと、そんなことよりも大丈夫ですか?怪我はないですよね?」
「ええ、大丈夫。ありがとう。」
「それはよかった。それと、俺のことを覚えていますか?」
「........ヴェルガート......でしょう?」
私がそう答えると、青年.......ヴェルガートは嬉しそうに顔をニコニコさせる。
「はい、その通りです。というか、ずっと貴女を地面に座らせながら話をさせてしまっていましたね......たてますか?」
そう言って、ヴェルガートは私に手を伸ばし、心配そうに私を見つめてくる。
私は、恩人の親切を断るほど非情にはなれず、素直にヴェルガートの手を取って、ゆっくりと立ち上がる。
「......ありがとう」
私がそう一言、小さくお礼を言うと、ヴェルガートはさらに嬉しそうに、顔を笑みで満たした。
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その後、私はあれよあれよという間に、王都にある宮殿に連行された。
勿論、サファリーさんや、私を襲おうとした男たちも一緒だ。
宮殿内ではヴェルガートは堂々と歩き、彼は本当に、アーラス国の王なのだというのを認めざるを得ない。
「さ、ここに入って。」
しばらく宮殿内を進むと、ヴェルガートが一つの部屋のドアの前で立ち止まり、その部屋のドアを開け、私にその部屋の中へ入ることを促す。
「失礼します.......」
宮殿は、国王が居住する場所であることを思い出し、私は、緊張しながらもヴェルガートに促されるままに、部屋の中に入る。
「あ、君はそこに座ってね。」
ヴェルガートがそう言って、私に部屋の中にある椅子に座ることを促す。
その間も、部屋に控えていたメイドさんが、私を怪しいものでも見るような目で見ていた。
そりゃぁ、そうだよね。なんてったって、私の今の恰好は平民そのもの。そんな平民が国王が住む宮殿にいるなんて、怪しいにもほどがある。
私はそう考え、何故か落ち込んでしまう。
って、そんなこと考えても無駄だ。さっさとヴェルガートの話を聞いて、開放してもらおう。そうしよう。
私は少しでも明るくなれるよう、暗いことを考えるのを、一時的にストップさせ、椅子に座ることにする。
私が椅子に座ると、ヴェルガートは部屋に置いてあった王座に座る。
「それでは、話を始めようか。それじゃ、まずは君の名前を教えてよ。」
「.........は?貴方、私の名前も知らないのに、私を妻にしようとしたの?」
私はヴェルガートの一言に、驚きを隠せない。
「?そうだけど、何か言いたいことあるの?」
ヴェルガートは私の問いに、問いで返す。
――ダメだ。こいつと話しても埒が明かない。
私は顔をしかめながらヴェルガートの問いに答えようとするが、私が口を開こうとした瞬間、ヴェルガートがぶっと吹き出す。
そして、「あはは!!」と笑いだす。
「え、な、なんで急に笑い出すんですか......?」
「あはははっ!!だ、だって!」
ヴェルガートは笑いをこらえようとするが、なかなか止まらない。
しばらくして、ヴェルガートの笑いがおさまると、やっとヴェルガートがあんなに笑っていた理由を教えてくれる。
「さすがに俺でも、好きな女性の名前ぐらい調べるよ。いや~それにしても、君は人のことを簡単に信じすぎでしょ。」
だ、騙された......!
私はヴェルガートの言葉に悔しさを覚えながらも、冷静を装う。
そんな私の様子を、ヴェルガートは笑みを浮かべて見つめながら話を進める。
「それよりも、どうして君はあの時、自分を襲おうとした人間を止めたのかな?」
「――リーナで結構です。あの時止めた理由.....は、分かりません。ただ、死んでほしくなかった。それだけです。」
「なるほどね。リーナのその優しさは、エゴか博愛か......どちらにしても、君は優しいね。もっと好きになった。」
「迷惑です。」
ヴェルガートの言葉に、私は思わず口を挟む。
ヴェルガートは、私の声をさして気にしていない様子で話を続ける。
「閑話休題。とにかく、君には頼みたいことがあるんだよ。」
「頼みたいこと?」
私は、ヴェルガートの突然のお願いに反応してしまう。
「ああ。実は君に、あいつらの裁きを頼みたいと思っていてね。」
あいつら......というのはきっと、サファリーさんたちの事だろう。
「わかりました。そのご依頼、引き受けます。」
――きっとこれを引き受けなくては、解放されないだろう。
私は瞬時にそう思い、さして悩まずにヴェルガートの頼みを引き受ける。
「ありがとう、リーナ。それじゃ、君には着替えてもらうよ。」
「は?」
私がヴェルガートの突然の言葉に疑問を抱く前に、ヴェルガートはパチンと指を鳴らす。すると、私の服は先ほどまでの平民らしい服ではなくなり、ヴェルガートの髪の色とおそろいの、限りなく黒に近い紺色のドレスに変わる。
「こ、これって、まさか、魔法っ!?」
「あぁ、そうだよ。それじゃ、移動しようか。」
ヴェルガートは私の問いに答えながら、もう一度、指をパチンと鳴らすと、
私は一瞬で、違う部屋に移動させられた。