花ひらく時
道端に揺れる花は墓標なのだと誰かが言った。
いったい誰の? 道行く人に尋ねても誰も何も知らないという。
最初は皆が足を止めて応じてくれた。行き交う人が増えるにつれ追い付けなくなり、やがて声をかけても振り向いてさえもらえなくなった。
人の行き来が一番少ない雨の夜、水たまりを踏み越えて黒い猫がやってきた。水を嫌わないとは珍しい猫だ。
呼びかける相手もいないのに猫が鳴いた。金色の目だけが夜の隙間に爛々と浮き上がる。
猫は目の前に立ち止まってもう一度鳴く。それから背後の草むらに潜り込み、身を丸めたようだ。それきりちっとも動かなくなった。
翌朝の光を受け、わたしはうんと腕を広げる。
わたしが誰かも忘れてここに咲く。
第14回 毎月300字小説企画、お題は「忘れる」でした。