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幕間 鏡と狐と

前回、前々回分を書き直しいたしました。

申し訳ありません。






「董子!! 董子――!!」


 雲外がカランコロンとなる鐘のついたドアから足を踏み出そうとするのを、玉藻は目をぎょっと見開いて後ろから抱き寄せた。


「放せ!! 董子がカラス天狗に連行されたんだぞ!!」

「それくらいいいじゃありませんか!」

「お前が勝手に連れてきたからだろう!!」

「勝手に飛び出したのは彼女です!! それよりも落ち着いて下さい。あなたが飛び出したところで、あなたは店から出ると、魂ごと消滅してしまうんですよ!! あなたが力になることなてできないんです!!」

「……くそ!!」


 雲外が膝から崩れ落ちるのを、玉藻は複雑な思いで見つめた。

 このカランコロンは、崩れ落ちそうな雲外魂を維持するための結界。それより一歩でも外に出ると、魂ごと消え去ってしまうという生命線。憎っくき敵であるはずなのに、この結界を維持しているのは実は玉藻だ。

 玉藻は膝をパンパンと払いながら、立ち上がりまだ座り込んだままの雲外を見下ろした。


(まったく、この人は……)


 二百年ほど前……、いやそれよりも昔、いや最近だったか? 戦もしないくせに人間の男が刀を持ち歩く時代の事を思い出した。あの時も、人間の娘のために、我が身を滅ぼそうとしていた。



   ◇◇◇◇◇



「……また来たのか」


 心底嫌そうな雲外の声に、玉藻の顔は綻んだ。

 玉藻はその昔、雲外とその主の陰陽師に、魂をいくつかに分けられて各地の殺生石という石に封じられていた。というか、おもしろがって、自ら封じられたといった方が正しい。つまり、封印を解くのもそう難しいことではないのだ。


 封印のまどろみを抜け出すと、世界は貴族や陰陽師が支配する世の中ではなく、武士という者どもが支配する世の中になっていた。心躍るような大きな戦もいくつかあった。そして戦がなくなり、武士の刀はただの飾りになりさがり、「侍」と呼ばれるようになった頃のことだ。


 その頃、雲外は鎌倉の小さな神社で、ご神体としてまつられていた。その神社を管理していたのは、雲外の持ち主で、共に玉藻を封じた陰陽師の子孫だ。

 けれどその頃には、陰陽師としての力を使える者もなく、雲外の声が聞こえる者も、雲外の力を使えるものもいなかった。ご神体としてまつられてはいても、大妖・九尾の狐である玉藻を封じた魔鏡としては、どうにもうらぶれた姿だ。


 平和に飽きた(・・・)玉藻は、そんな雲外をたまにからかいに行っていた。


「ええ。あなたがただの骨董品になっている様子を見るのが楽しくて」


 玉藻は口元を袖で隠しながら、クスクスと笑った。


「おっとっと行きやがれ!!」


 ご神体としてまつられているはずなのに、雲外の口調はなかなかに荒い。もっとも、その声を聞くことができるのは、今のところ玉藻やその辺にいる口を聞くこともできないような小妖(しょうよう)だけだ。


「私とあなたの間柄というのに、ずいぶんとつれないですね」

「どんな間柄だってんだ!! お前に振りまく愛想なんか、最初から持ち合わせちゃいねえ!!」

「まあまあ。あなたも暇をしているだろうと思い、お土産をもってきたのですよ」

「……土産?」


 玉藻は、雲外の目がキラリと光るのを見過ごさなかった。この単純な男は、子供のようなところもあり、玉藻が持ってくるいろいろな珍しいものには目がないのだ。

 玉藻は、もったいぶってたもとから布でくるりと巻かれた筒を取り出した。


「かれいどすこーぷというのだそうですよ」

「かれい……?」

「和名を更紗眼鏡(さらさめがね)というそうです。この筒の開いた穴からのぞき込んで見て下さい」

「あ……ああ」


 口は悪いのに、敵であるはずの自分の言葉に何も疑いもせずに素直に筒に目を当てる雲外を見て、玉藻はなにやら複雑な気持ちになる。

 雲外は、アッと声を上げた。


「こりゃあ……すごい。向こう側の色紙やなんかが三角にした合わせ鏡に幾重にも写って、本当に更紗のようだ」


 更紗というのは、細かな幾何学模様を描かれた布のことだ。

 雲外は自身が鏡の付喪神のためか、鏡のおもちゃに強い関心を示す。今回も雲外が驚き、喜んだ事に、玉藻は得意げな気持ちになった。


「筒を回転させると、模様も変わりますよ」

「あ、ああ……」


 しばらく、くるくると筒を回した後。雲外は、ほうぅぅぅぅっとため息をついた。


「すげえな。これは、更紗というよりも、まるで万の(はな)だぜ……」

「うまいことを言いますね。万の華……。さしずめ万華鏡というところでしょうか?」

「ああ、そんな感じだ!!」


 だから、敵だと言うのに……。玉藻から、そんなため息が漏れてしまいそうなほど、雲外はにこやかに笑った。


「……ずいぶんと、明るいのですね」

「ん? そりゃ、お梅のおかげだな」

「お梅?」

「ああ。俺の主の子孫。この神社の神主の娘さ。あの娘は、しっかりと俺を拭き上げてくれるもんでな。おれもこんな風にピカピカになったぜ」


 そう言って、襟首をビシッと伸ばして雲外はポーズを決めた。どうやら、玉藻の言葉を鏡面が磨かれて明るくなったのだと捉えたようだ。


「お梅ってのはな、最近の子孫の中じゃめったにないほど陰陽の力が強い娘だ。どうやら瘴気が見えるらしい」


 瘴気とは、呪いの力である。わら人形のような明確な呪いもあれば、心の奥底にある妬みや恨みなどが、本人の自覚無自覚を問わずにあふれ出たものだ。

 その瘴気に飲み込まれてしまうと、人は鬼に転ずる。陰陽師は、あやかしだけでなく、そうした鬼を狩るのを生業としていたため、瘴気が見えるのは、陰陽師の力の基底とも言ってよい。

 けれど、瘴気が見えるだけでは、鬼を狩る力はない。鬼を狩るのは、さらなる能力を修行によって開発し、先達からの技術を継承してこそできる事なのだ。


「へえ~。瘴気ねえ……」


 玉藻は興味なさそうに呟いた。玉藻にとっての関心はそんな人間の娘ではなく、かつて自分を封じるほどの力を持った雲外鏡が、使用者がいないままに力を徐々に力を落とし、さらにはわずかに残った力も半分ほどになっていることだった。


「……もしかして、その娘に鏡の結界でも張っているのですか?」

「ああ」


 雲外はひょいと肩をすくめて、さきほどもらったばかりの万華鏡を指で回した。

 鏡の結界は内側に貼り合わせた万華鏡とは反対に、お梅の周りに三角形に鏡の結界を外側に貼り合わせ、あやかしから見えないようにしている。特に鬼からだ。

 鬼は、陰陽師の力を持った人間を食えば力を増す。瘴気が見えるだけで、自分を守る陰陽師の技を持っていないお梅は、鬼の格好の獲物だ。けれど、鏡の結界で鬼からお梅の姿が見えなければその心配もない。もし万が一、その結界に気がつくような力ある鬼がいたとしても、魔鏡である雲外鏡は近づく鬼の姿を写す。元々が人であった鬼は、醜くなった自分の姿を見ることに耐えられずに、逃げていくのがおちなのだ。


「……そんなことよりも、ご自分の心配をすればいいのに」


 もともと力を失っていた雲外は、ご神体としてまつられてはいても、以前ほどの力はない。その半分もの力を使って、お梅を守っているとなると、自身を狙う者がいたならば身を守れないのは明白だ。

 玉藻の小さな声は、雲外には届かなかった。

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