反省はしている。後悔はしていない
「憂炎を叱責したそうだな」
「……はい、申し訳ございません」
入室早々李偉陛下からそう言われ、言い訳もせず肯定した。
逃走しようと思えばできるが、リディアお嬢様のことを考えると出来ない。もうヨスズからしたら印象最悪の国となってしまいましてや貿易なんて夢のまた夢かもしれないが、せめて関係悪化して戦争を起こすまでは行かないで欲しい、と身勝手に思ってしまう
斬首でも絞首でも引き摺りでも何でも来いと身を固くして、刑を言われるのを待つ
「そう固くなるな。アレには少し甘やかしすぎた。叱る者が居らず、物事の善し悪しすら判別できずに成人するところだった。ここ数日だけだが、喚かず真面目に授業を受けていると報告を受けている。いい刺激になったろうから今回は不問とする」
「……ご慈悲に感謝致します」
「さぁ、本題はここからだ。其方に剣術以外で1人、話し相手になってもらいたい者がいる」
「かしこまりました」
「その相手だが」
現在いるのは、皇子宮の中の1部屋。少し埃っぽいベッドの中で上半身だけ起き上がらせ、こちらを生気のない瞳でじっと見つめている少年に目線を合わせる
「お初にお目にかかります第2皇子様。私アルカディと申します」
「…うん」
そう、目の前にいるのは第2皇子、劉龍様だ。歳は15だが、最初見た時は憂炎様と同い年かと言うくらい小さく、そして何より細かった。一般女性より細く骨と皮しかないように見える
生まれつき病弱で食べる度に戻してしまう。と予め教えられていたが、
私は劉龍様の震えている手元を見て目を細めた
「第2皇子様、私の母国オリフベルで有名な御伽噺をお話してもよろしいでしょうか」
劉龍様はゆっくり頷く。それと同時に下ろしている少し傷んだ真っ赤な髪が1束、前側に降りてきた
❀✿❀✿
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リディアお嬢様
青葉茂る初夏の候、リディアお嬢様はいかがお過ごしでしょうか
私がヨスズに来て4ヶ月が経ちましたが、相も変わらず剣術の鍛錬に勤しむ日々を過ごしております
さて、手紙とともに送りました珊瑚の髪飾りは如何でしたでしょうか。お嬢様の御髪にピッタリだと思い、つい買ってしまいました。気に入っていただけると嬉しいです
お嬢様の頑張りはお手紙からも伝わってきます。ひとまわりもふたまわりもご成長したお嬢様に会えることを楽しみにしています
アルカディ
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「殿下、そろそろ嫌われても可笑しくありませんぞ」
「うるさい…」
「チェイコフ公爵令嬢の御髪に異国の見知らぬ髪飾りが飾られていたからといって、女性に無闇に迫るのは紳士としてあるまじきこと。暫く反省なさいませ」
「セバスはあいつに似てきているぞ、説教の仕方なんてとくにだ」
「それはようございました」
イヴァンは軽く溜息をつきながら、アルカディの代わりとして婚約者の護衛をしているナーナとやらに先程読んだ婚約者宛の手紙を返しに席を立った
❀✿❀✿
コンコンコンとノックをし、返事はないが一声かけて入室する。いつもの通りベッドの中で上半身だけ起きて真っ直ぐ壁を見ている劉龍様がいた。
あれから4ヶ月、初めて会った時よりは生気を戻した様な瞳ではあるが、ほかの身体は改善どころか少し悪化しているように思える
「失礼致します劉龍様」
「…アルカディ、?」
「はいアルカディです。本日は勇気ある主人公が様々な壁に立ち向かうお話を」
「今日は、僕の話を聞いて欲しいな」
「!、はいお聞かせください」
そして劉龍様の口から出た内容は、劉龍様の通常では聞くに絶えない壮絶な人生を送ってきた話だった
赤髪を持って生まれた時の母の托卵疑惑。そして母は産後の肥立ちが悪く、すぐに息を絶ってしまったので、この話は宙ぶらりんのまま
次には黒髪が特徴的なヨスズの人間ではありえない髪色だから『血のような不気味な髪色を持った忌み子』と呼ばれるようになった。近づくと不幸が訪れると根も葉もない噂を流され、ほとんどの人が自分を忌み嫌い近づかなくなった。侍女すら名前を呼ばれることが不快だと本人に話したくらいだ
そして劉龍様が、薄々気づいていること
「僕には、毒味役が居ないんだ」
「」
言葉が出なかった。絶句というものを初めてしたが、それほどありえないことを聞いてしまったのだ
「父上からの命令か、侍女の個人的な行動か、分からない。けど僕は毒味役がいない状態で毎回食事をしてる。食べなかったら侍女から折檻を受ける。好き嫌いをするのは王族じゃないって、お前は不義の子だとも言われた」
私は静かに聞いている。恐らく劉龍様は同情や慰めの言葉が欲しいのではなく、ただ、そのような事実を知っていて欲しいだけだと思うから
「僕は、色々怖いんだ。もし本当にこの赤い髪が呪われていたのなら、もし父上が僕のことを疎んでいたら、………もし本当に僕が不義の子だったら。僕はここにいる資格なんてない」
「…」
「僕は、産まれちゃいけない存在だったのかもしれない」
「劉龍様」
真っ直ぐ劉龍様の目を見る。彼の瞳はとても弱々しく、涙の膜に覆われて少し潤んでいる
黙って聞いていようと思っていたが、これだけは否定したい
「この世に生まれてはいけない子供なんて居りません」
「でも、僕は居るだけで迷惑を」
「私は5つの時までスラムで育ちました。実の親の顔さえ知りません。養父に拾われてから暫くは貴族から散々虐められました。『またすぐに捨てられる』『下賎の血が居るだけで気分が悪い』様々なことを言われましたが、私は自分の出生を気にしていません。拾った養父が気にしていないと言ったからです
劉龍様はお父上である陛下から直接『自分の子じゃない』と言われましたか?」
「言ってない…でもみんなが思っているって」
「皆がとは誰ですか?侍女ですか?本人から聞いていないことを鵜呑みにしてはいけません」
「…じゃあ僕はどうしたらいいの…?」
「………1度、陛下とお話してみてはいかがでしょうか。短期間ではありますが、陛下は劉龍様を疎むような御方では無いと思ってます。何より、私をここに置いたのは陛下御自身です」
「父上が…、うん、ありがとうアルカディ僕父上とお話してみる」
決意したような面持ちにふっと力が抜ける。
「使者様お時間です」
ノックも声掛けもなしに扉を開けてズカズカ入ってくる劉龍様の侍女に眉を潜める
「毎回思いますが、ここは第2皇子様の部屋です。一介の侍女がノックもなしにいきなり入るなんて不敬罪に値しますが」
そう言葉に出すと侍女は隠す様子もなく大きなため息を着く
「だからなんです?そちらのオウジサマは呪われた髪を持ち、あの御方からも疎く思われている人です。そんな人にゴマすっても無駄じゃないですか。というか、部外者が口を出さないで頂けます?あの御方からの命なので部屋に入れましたが、調子乗ってるんじゃありません?他国の人は野蛮で嫌ですわ」
「ははっそうですね私達が野蛮なら入室のマナーすら出来ていないあなたは猿か何かですかね」
「なっ」
苦虫を噛み潰したような顔をしてわなわな震えている
少しスカッとしたが、この侍女なら私が退室した後劉龍様に八つ当たりをしそうだ。出過ぎた真似かもしれないが、クギを刺しておかないといけない
「ご存知の通り、私は命を受けてここに馳せ参じましたから毎日劉龍様のご様子を欠かさず伝えてます。仮にも劉龍様に何かあったなんて他国の人間が知れば、威厳を損なわせた犯人は斬首間違いなしですね」
侍女の顔も見ずに「劉龍様、失礼致します」と一言申し上げてその場を去った
去って直ぐにでっぷりと太った男がニコニコしながらこちらに近寄ってきた。劉龍様の元へ医師らしき男を連れてよく部屋に入っていく様子が見られるが、着ている上等な服の様子から恐らく上役の人間だろう。
しかしどうしてそんな人が毎回医師と部屋に入っていくのだろうか、別に侍女でも部下でもいいはずなのに
そんな考えを吹き飛ばすような言葉を、ニコニコしているこの男からかけられた
「女如きが首を出すなよ顔はまぁいいから後で俺の部屋に呼んでやろう。光栄に思うんだな」
「…………」
「おいどうした、早く頷け。異国人が調子に乗ったらどうなるか分からせてやる」
なるほど、このお偉いさんは言語が分かっていないだろう他国の人間に笑顔で歓迎しているような雰囲気を出していながら、こちらの言語でとんでもないことを話していたようだ
意味もわからず頷けば最後、何をされても「同意は得た」と言えばこちらは泣きつくしかないだろう
「今回来た奴らは女が少ない。前に来た商会の方がまだいたというのに」
幸いにも今回ここへ来た女性をはマリヤと私だけ。しかし、今の話を聞くと何度か赴いた商会の女性陣はもう手遅れだったのだろう。それは同意か否かなんてことよりこの様にして騙すやり方を私は許さない
「貴国では女性をそのように見下してお話されるんですね。反吐が出る」
まさか言語が分かっていたとは思わなかったのだろう、男はポカンとしてからすぐにそそくさと踵を返してどこかへ去っていった
それから数日、私はいつものように劉龍様の様子を陛下に報告していた時にそれは起こった
横開きの扉の向こうから何やら騒がしくなり、
「お待ちください!」
「中はまだ取り込み中で」
という声が聞こえたと思ったら扉越しに「父上、劉龍です。少しお話よろしいでしょうか」と劉龍様の精一杯出したであろう声が耳に入った
「許可する。入れ」
その言葉と同時に先程騒がしくしていた外野が黙る
扉をスライドして入ってきた劉龍様は寝間着のままで、走ってきたのだろう、息切れがしていて今にも倒れそうな様子だった。そして後からあわてて来た太った男と侍女
恐らく目を離した隙に劉龍様がここまでたどり着いたのだろう。怒りと焦りが混ざったような表情をしている
外野の1人である私は壁際に立ってじっとこれから起こるであろうことに傍観することに徹した