デジャブ
「これはこれはこんな朝早くから鍛錬とはさすが武官といったところでしょう雲嵐殿」
「はは、それはどうも」
「嫌味だと分かっていないあたり、やはり我々よりも頭が足りないですなぁ」
ニコニコと毒を吐き続ける細身の男性は先程雲嵐が言っていた『お偉いさん』の1人なのだろう。第三者の私からでも会話の内容は最悪だとわかる
「分かってるからこっちが下がってやってんだよ」と相手に聞こえない程度の小声でグチグチ言ってる雲嵐から標的を横にいる私に変えたようだ
「おやおやおや!あなたはもしや他国から来た使者様ですな!?」
「はい、私」
「あぁ、いいですいいです。私価値のある人間しか名前覚えませんから、自己紹介してもらわなくて結構」
…………なるほど、これは常人ならキレてる。同じ国の騎士だったら関わりを持ちたくない程度には印象最悪だ
「いやはや、他国の人間は女すらも戦場に立たせるなんて、我々では到底理解できない素晴らしい風習ですな」
これは、いや、これはダメなのではないか?個人を貶すならともかく、国自体を否定しにかかっているぞこれは
男性の顔は、他国から来たからこちらには逆らえないだろうと分かりやすく下に見ている様子で、口元なんてにやにやしている。
「申し訳ない、私は思ったことをすぐ口に出してしまうものですから、いや悪気なんて少しもありませんよええ。」
……そろそろ現実を教えるべきではないだろうか
あっちから突っかかってきたのだから多少言い返しても文句は言われまい
「あの、貴方様は失礼ながら文官様でいらっしゃいますか」
「いかにも。私は文官の中でも上役の」
「あ、いいですそこら辺はどうでもいいので」
ぶふっと隣から吹き出す音が聞こえるが構わず話を続ける
「思ったことを口にする癖がある…とおっしゃいましたが、私の記憶が正しければ文官は機密事項の多い書物も扱う役職のはずですが…よく文官になれましたね、あ、もしかしてコネですか?」
グフッ
「そもそも私共は押し掛けではなく、貴方様の国の尊い御方が、私共に御手紙をお送りなさったので参上したまでです。つまり私共は尊い御方の客人、そんな人に最初からそのような面白いことを仰るなんて、余程スリルがお好きらしい。女の私には到底理解できない素晴らしい頭脳をお持ちですね」
「なっ、なっ…!!」
男性は青くなったり赤くなったり忙しなく顔色が変わるが何も言い返せていない
「失礼いたしました。私も思ったことを口に出してしまう癖があります為、悪く思わないで下さい。えぇ、悪気はありませんので困ったものです」
「っ!!失礼する、!」
踵を返してそそくさとその場を去るのを見届けると、隣から大きな笑い声がする。声の主はもちろん先程文官に色々言われた雲嵐で
「はっはっは!!!見たかあの悔しそうな顔!ざまぁみろってもんだ!」
余程日頃から何か言われていたのだろう、しばらく笑い続けて、終わる頃にはどこかスッキリしたような顔をしていた
「ここまでスカッとしたのは久しぶりだありがとうよ嬢ちゃん、あ、いや使者様ありがとうございました」
先程私が言っていたのを思い出したのか口調を変えたがもう最初からお嬢ちゃん呼びだったからちょっとむず痒い
「私の国では剣を交えた者同士は良い友になるという教えがあります。…お時間あれば少しだけお手合わせを頼んでもよろしいですか」
ポカン、としていた雲嵐がすぐに笑って「手加減はしないぞ」と私の頭をわしゃわしゃっと撫でた
この後行った手合わせは、私が思っていた以上に強いと分かり、お互いに全力になり手合わせから割と本気な闘いに変化していくまでさほど時間がかからなかった。
雲嵐は見事な大剣使いで身体の大きさや大剣を扱う必要な筋力など、不利な部分は幾つかあるはずなのにそれを思わせない反射神経と判断力。誘い込みで私がわざと隙を見せれば、間合いを詰めずに1歩下がる、それが本能か理性かなんでどうでもいい。力で押し通すそこらの脳筋とは全く異なった本当に強い人間
30分程だった頃だろうか、私が雲嵐の模擬刀を折ってしまったのでそこで終了となってしまった。
私達の周りには砂埃が舞い、目の前の雲嵐はしゃがんで地面を見たままゼーハー肩で息をしている
「お、お嬢ちゃんとんでもねぇ強さだな…ぜー、ぜー、俺も久しぶりにこんなに動いて歳感じたぞ…」
「とても楽しかったです。まだ私も学習不足だと感じた1戦でした。またやりましょう」
「ぜぇ、ぜぇ、…ははっ暫くは遠慮しとく…」
そんな会話を知ってか知らずか、先程ニヤニヤしていた男たちは顔が青白くなって2人を見ていた
「おい、あの女…この国で史上最強と言われていた雲嵐さんと互角でやりあえたって、化け物じゃねぇか…」
「しかも息の乱れなんてこれっぽっちもねぇ…」
男達は絶対に彼女に手を出さないと心に誓ったと同時に、あの強さをものにしたいと教えを乞う者が居たのは言わずもがな
朝食の時間になった頃、迎えに来た浩然が見た光景は子供だったら泣く程、軽くトラウマものだったと後に彼は語った
─────────
「あ、アルカディさーん」
剣の授業は午後に始まる為、屋内を把握しようと廊下を歩いていると、ニコロフが手を振りながらこちらへ来た
「いやぁアルカディさんヨスズの言葉が分かるならそう教えてくださいよ〜俺だけ分からないってなんか恥ずかしくて昨日からサイに教えて貰ってるところっすよ」
「………私が昨日話していた言葉はヨスズの言葉だったか?」
「え、何言ってるんすか、もうペラッペラで俺たちびっくりしていたところなのに」
私には外国語も母国語に聞こえるなんて言ったら恐らく変に思われるだろうな…
「剣術だけじゃなくて座学も得意だったなんて、もう悪魔に勝てるんじゃないっすか?」
「私は怪物かなにかと言いたいのかねニコロフ」
多少口の軽かった部下をひと睨みすると、あはは…と妙な汗をかいた様子で乾いた笑い方をされた
そんな話をしていると向かい側から同じような服を着た女性が数人こちらを見ながら何かを話していた。衣類を持っているところを見ると、恐らく使用人だろうか
「どっちかしら…」「でも…」と部分的なところしか聞こえないけど気分は悪い
「あの子たち、ここに入った時にすれ違った女の子じゃないっすか?」
「よく覚えているな」
「そりゃ女の子は全員覚えてますよ」
「そうか、ニコロフ・ナタバーナ、先程もそうだがかなり浮かれているな」
「い、いやちがうんすよ!これから他国にも交流を広げようかな〜って思っただけで!」
「安心しろ、貴様がそんな配慮しなくとも他が何とかしている。ということで明日共に広場へ来い」
まるで絵に書いたような青白い表情で口をパクパク開閉しているが、結局何も言えずその場で項垂れた
呆れたように溜息をつき、ふとさっきの女性たちの方に目を向けると、………目が合ってしまった
無視することも出来ず、ゆっくりと歩を進めて距離を縮める
向こうは多少たじろいだが、逃げることなく待っていてくれた
近づけば近づく程、170越えの私よりやはり小さく、目測155〜160辺りだろう
「私に何か御用でも?」
威圧しないように、できる限り微笑んで彼女らに問いかけた。小さな悲鳴は聞こえるが話せることはできるようで、1人女性が
「し、失礼ですが、貴方様はベルダ様でしょうか…っ!」
と頬を染めて恥ずかしそうに質問を返してきた。ベルダ…メアリーから聞いた麗人という意味での私の勝手に付けられた2つ名らしいが、まさかそれを言ってるのか…?
「1部の方からそう呼ばれているみたいですが…本名はアルカディと申します」
ついでに自己紹介しておくと、復唱して皆口々に「アルカディ様…」とどこかに刻みつけていた
「それで、先程私たちを見て何かを話しているようでしたが、何か不快なことあるようでしたら、どうか直接お話しください」
悪口であろうとなかろうと、コソコソされるこっちは気持ちの良いものでは無いと察してくれたのか、慌てた様子で話し始める
「違うのです!あの、私達噂に聞くベルダ様を一目見たくて」
「噂?」
話に聞くと、国外から来る商人達から『北の国にはベルダと言われている宝石よりも美しく、強い女騎士がいる』と皆口を揃えて言ってるらしく、前々から興味があったが国外なんて行けず、諦めていたところそのベルダが王宮にきたらしく、見に来たという
どこまで拡がっているんだその噂…商人達ということは恐らく旅商人らも含まっているだろう。他の国にも言いふらしている可能性が十二分に高い。
知り合いの商人達を思い出し、帰ったら宣伝の手伝いを断ろうと誓ったところで、彼女達からの視線に気づく
「勝手に勘違いしてしまい申し訳ない」
「も、問題ありませんわ!お噂の通りお美しく、ついつい見惚れていた私達がいけませんもの!」
そう言って顔を赤くしながら反対側に走り去っていかれた
「モテモテっすねアルカディさん」
「複雑だ」
「そういえばここって所謂皇子様が住んでいる城っすよね、もしかしてお妃様たちの城もすぐ近くに!?」
「あそこは男性立ち入り禁止だと聞かなかったのか。どうしても入りたくば男を捨ててくるんだな」
ここの皇帝は一夫多妻制のようで、幾人もの妃を迎えている。その妃らが住んでいる城は男性立ち入り禁止で、もし入るとしても男を捨てた者しか立ち入ることが出来ない。それが赤子を取り上げる医師だとしても
想像したのかニコロフはまた元気を無くし、「やっぱいいっす…」と力のない声で答えた
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「こちらに皇子がいらっしゃいます。暫く御待機を」
淡々と言った後、皇子を呼びに宮殿に戻って行った浩然を見送り、改めて鍛錬場を見渡す
…1人、もう来ていることに浩然は気づいていたのだろうか
隅に生えているとある1本の樹木の前に立ち、懇親の力で幹を蹴りあげた
ドォン!!と樹木がゆらゆら揺れて生い茂る緑葉がハラハラと舞い落ちてくるが、目的のものは落ちてこない。
もう一度ドゴォッと蹴り、幹が悲鳴を上げ始めたころ、
「わ、わわわわ!」
ドスン、と落ちたそれは光沢ある長衣装を身にまとい、金色の細かい装飾が施された棒で艶のある長い髪を纏め、いかにも高貴な身分といいそうな、手入れの行き届いたきめ細やかな肌の持ち主で
「おっ、お前!俺を誰だと思っている!」
顔を真っ赤にして激怒しながら、指をさしてくる高貴な少年は恐らく9-10程の歳で、相当甘やかされて育ったのだろうと察せる
すぐ木に隠れるなんてどこかの誰かさんとそっくりだな
イヴァン「ハックション!」