『閑話』師であり姉であり
イヴァン視点(過去含む)です
俺はオリフベル帝国皇太子、イヴァン・オリフベル。つい先程最愛の婚約者との時間を、護衛のアルカディに邪魔されたところだ
「何故あいつは皇太子である俺に文句が言えるんだ」
そう自分で言ってはいるが、邪魔されたのは納得行かないものの別に不快ではない。
彼女は昔からあのような感じだった。俺が皇太子だからと持ち上げもせず、貶しもせず、その飾らない態度が当時は心地よかった
昔、俺はなんでも出来ると思い込んでいた。勉学においては1度聞いただけで出される問題は全て当たり、音楽は短期間でいくつもの楽器が扱えるようになったり、貴族の名前も暇つぶしに完璧に覚えていた。
そして大人でも時間がかかる書類処理も難なく出来てから思うようになったことがある
(何故俺よりできない奴の言うことを聞かなければならないのか)
完全に舐め腐った生意気な子どもだったが、自他ともに認める鉄仮面のおかげで誰にも悟られること無くサボる日々を過ごしていった
そんな時、アルカディに会ったのだ
陛下から「剣の師をつかせるから、剣を覚えろ」と言われたが、言うことを聞く気はサラサラなかった
剣なんて、すぐに習得する。剣を振るだけなのだから教わる必要が無いと本気で思っていたからだ
俺は指定された場所には行かず、王城内の庭園にある木の上で昼寝をしていると、それは突然来た
ドンッッッ!!!!
最初は驚いたが地盤が揺れたのかと思い、すぐ収まるだろうと再び意識を落とす
ドンッッドンッッバキッ!!!
明らかにおかしい音と揺れに、この木が攻撃されていることに気づき、苛立ちながら下を見る
短い灰色の髪、それと同じ色の瞳の女がこちらをじっと見ながら木を蹴っていた
服装からして騎士の所属、そこで俺は気がついた
こいつが剣を教える奴だ。と
「降りてきてはいかがですか。これ以上は木を倒しかねません」
淡々と言う口調と態度に、今まで会ったことの無い人種で少し戸惑ったのがいけなかったのか、
女は木に掛けていた片足を下ろし、助幅なしに木に衝撃を与えた
バキッバキバギバギッッッ
ドーンという音とともに木は倒れ、俺も落ちた
なんて奴だ。5回蹴っただけで木が折れることなどありえない
奴は落ちた俺に怪我の心配をすることなく、模擬刀を傍に投げた
「御手合わせ願います」
何を言ってるんだこいつは。まだ何も教わっていないのに、
「勝てるんでしょう?」
まるで心の内を見透かされたような言動に、今までの俺の思考がバカにされたような気がして模擬刀を握った
結果は当然惨敗。皇太子相手に容赦ない攻撃で太刀打ちできなかった
「殿下」
傷1つついてない女を見る。よく見ると灰色の瞳は日に当てるとキラキラ光ってまるで月のように綺麗だった
「当たり前のことを言いますが、今の殿下はとてつもなく弱いです。戦場に立ったら一番最初に刺されます」
「…………」
「弱い殿下を強くするために、剣の扱い方を教えるために私が呼ばれました。それは他でも同じこと、知識がない殿下を1から教えた教授殿や政治のいろはを教えた宰相様も、全て貴方様にこれからに必要な力を与えるために、呼ばれたのです」
そんなのは当たり前だ。俺は
「皇太子だから当たり前だなんて思いは今すぐ捨てなさい」
「!」
どうしてこいつは俺の考えていることが分かるんだ
「確かに殿下は全てに高い能力をお持ちです。しかしそれは教えてもらう相手が居る環境が整っていたからこそ気づいたこと。皇太子だから感謝こそすれ、無下にするなど言語道断」
全てを見透かし、ハッキリとした言葉が心に刺さる。
「無下にする人間に真剣に教える者など居ないでしょうね。
…さて殿下、剣を振るだけのお遊びか、己を守るための剣術、どちらがよろしいか」
ここで俺は初めて相手に教えを乞うた
毎日が地獄のようで何度もやめたくなった訓練だったが、今までの何よりも充実していたと思えた
女……アルカディは普段厳しいが、他のようにただ褒めたり持ち上げたりすることはなく、ダメだったところ良かったところをはっきり言ってくれる。
何故か俺の思っている事が分かり、嫌だった舞踏会や茶会の日なんて、どこに隠れていようが5分もせずに見つけて引きずり出される
俺の思っていることが分かるのか、と聞くと「顔に出ているからです」と絶対言われないだろうセリフをサラリと言い、あぁ、俺はこいつに勝てないと悟ったのは今でも覚えている
そんな日々が続き、気がつくとセバスの次にそばにいる人間になっていたアルカディが俺にとっては正に姉のような存在になった。
そしてある日、俺に婚約者ができた。ペトロフ公爵家の令嬢で何度か茶会で見かけたことがある。プラチナブロンドの髪と青い目で容姿は美しいが、性格が悪そうな顔だった
婚約者に興味が無いが、問題はそこじゃない
「どうしてアディが公爵家の護衛騎士にならなくてはいけないんだ!俺に剣を教えているんだから、別の者に頼め!」
護衛騎士になったら公爵家に仕えるということになり、王城に来るのは格段に少なくなる。初めて泣きながら抗議した俺にセバスすらも戸惑っていた
そんな時に喝を入れたのはやはりアルカディで
「私は殿下の家族になる御方を守るのです。自分の欲を優先するアホに剣を教えた覚えはありません。」
王族にアホと言ったのは不敬罪で投獄待ったナシだが、そこに居たのは俺とセバスだけだったのが救いだ。
「………アディも家族だ、護衛なんてやったら命が危なくなる時があるかもしれないだろう」
アルカディは少し目を見開き、黙っていたがそれは心からの言葉だった
「殿下、その為に私は戦い方を覚えたのです。私が培ってきた今までの努力を発揮出来る機会を、殿下は危ないからそばに居ろと言うのですか?」
言外に私をナメてるのかと言ってるようなものだが、今まで聞いたことの無い優しい声音に、ますます涙が出てくる
「もし殺られたら公爵家に文句言いに行ってやるからな」
「それは困りますね、頑張って生きます」
「絶対戻ってくるんだぞ」
「それは陛下次第です」
渋々見送り、また昔のような生活に戻ったのだった。しかし前とは違って教えてもらう相手に敬意を示し、真剣に物事に取り組むようになった
次にアルカディに会ったのはそれから約1年後、俺の10歳の誕生日パーティだった
婚約者の護衛としてそばにいたアルカディはしばらく見ないうちに身長が伸びていた。
アルカディには報告したいことが色々ある。今まで苦戦していた技ができるようになったとか、城の者達と上手くコミュニケーションが取れるようになったとか
そう考えているとドレス姿の女が、とてつもない速さで婚約者に向かっていた。そして間に入ったアルカディに捕まりその女は奇声を放ちながら気を失った
先程まで賑わっていた会場が一瞬でシン、と静まり返った
そして次に「アディ!」と叫ぶ高い声
ドサッと音を立てて、アルカディが倒れた。よく見ると腹部に 赤 い 血 が
ザワっとする周囲と、泣きながらアルカディのそばにいる婚約者。目の前が真っ暗になった
アルカディが死ぬ。そう思った時には身体が動いていた
「衛兵!その女の捕縛と負傷した騎士を医務室へ!セバス、王宮医の手配をすぐに!」
パーティを早めに終わらせ、迅速な対応と父である陛下の協力もあり、それほど大きな混乱を招かず終息できた
それを見届けた後、怒り心頭に医務室へ向かう。アディが死んだらどうする、お前の護衛騎士にアディを付けたせいだ、と完全に八つ当たりをする気で婚約者に最低なことを言う準備をしていた
医務室に着くと扉は開いたままで、中から嗚咽と泣き声が聞こえた
そっと静かに中を見るとベッドで眠るアルカディとその傍で、侍女になだめられている婚約者がいた
「お嬢様、1度帰りましょう」
「いやっ!あでぃのそばにいる!アディ、アディ!死んじゃやだぁ!」
アルカディの傍から頑なに離れようとしない婚約者の瞳から大粒の涙がボロボロ落ちていた
深い青色の目にキラキラとこぼれ落ちる涙が、本当に瞳に海が入っているんじゃないかと言うくらい綺麗で
顔を真っ赤にして必死にアルカディを呼ぶその姿に、胸の高鳴りを覚えた
しばらくして、アルカディを刺した女は、ペトロフ公爵家を目の敵にしていた侯爵家の長女だったようで、婚約者…リディアが居なければ自分が婚約者になっていたのにという妄想に走り、犯行を行ったようだ
未遂とはいえ命を狙った罪は重く、侯爵家は降格して子爵位に、長女は辺境の地で療養という名の監禁生活が始まった
アルカディが刺されて5日後、目を覚ましたという知らせを受けて公爵家に訪問した。その時リディアが目元を赤くしながら対応して、先程まで泣いていたのだろうなと思うと更に胸が締め付けられる感覚に陥る
そこからリディアに恋をした自覚を持ったのはもう少し後だ。初めの印象と違いリディアは公では凛としているのに対し、アルカディがそばにいると気が抜けてソワソワし始めるのがなんと言っても可愛らしい
アルカディには最初から見破られていたようで、「己の欲を優先すると一生後悔しますよ」と言われた
本当に彼女には敵わない