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子犬育成チャレンジ

「アルカディさん!剣を教えてくださいアルカディさん!」

ああ…また来た

 最近必ずと言っていい程、訓練所へ赴くと私の名を呼んで付いてくる犬……年若い男騎士が1人

 彼は2期作の登場人物の1人で、名前はグレイ・ルドウィン現在第2騎士団所属。初めて配属された第3騎士団から数ヶ月で要戦力枠である第2騎士団に昇進した期待の新人

 私のひとつ上で今年22歳、栗色のふわふわな毛が子犬を連想させる。身長は並の男性より高く、185はあるだろう。筋肉も程よく付いていて、剣の筋も悪くなく騎士としては及第点である

登場人物なだけあって整っている顔で、幼い頃は周りから可愛がられたのだろうと思える

 数年後にはどうやら王室騎士団団長を務めるはずだが、記憶にある彼と目の前にいる彼とでは印象が全く違う。物語ではどちらかと言うと落ち着き払った好青年なのだが、目の前にいるのはどう見てもしっぽをブンブン振っている子犬…げふん、犬だ


 私が見すぎたのだろうか、さながら乙女のように頬を赤らめて

「アルカディさんに見つめられると、すごい恥ずかしいです」

と、照れ照れされた

「あぁ、失礼しましたルドウィン殿」

「い、いやっアルカディさんが謝らなくて大丈夫です!あ、でも貴重なアルカディさんとの会話…俺幸せです」

 後半は聞かなかったことにしよう。変態属性が付かれても困る

「ところで、何故年下で、女である私に剣を教わりたいと」

この世界は男尊女卑な思考が少なからずある。女である私に教わろうなどしない者は大抵己のプライドが許さない者ばかり

女に教わるなら素振りをしていた方がマシだという者も然り


 そんな中、躊躇いもなしに私に剣を教わろうとする彼は真面目なのか怖いもの知らずなのか

「剣を教わるのに男も女もないです」

真剣な顔でそう言われ、少しだけ見直した。子犬と思っていたことを心の中で謝罪するくらいに

「そしてアルカディさんを選んだのは俺の個人的な理由です」

これさえなければ前言撤回することがなかったのに

ダメだ、こんな調子ではお嬢様の命が危ない

 リディアお嬢様がもしこのまま皇太子妃になったとしたら、傍に居て護衛するのはコイツだ。もしも刺客が来てお嬢様に何かあったとき、目の前の敵に集中してお嬢様の護衛が手薄になったら元も子もない。

未来のお嬢様のために、ここは一肌脱ぐしかない


「分かりました。その申し出引き受けましょう。ただし生半可な気持ちでは到底追いつけない訓練内容です。最悪体の一部が動かなくなるかもしれません。それでもよろしいでしょうか」

動かなくなるのは少し言いすぎたが、それくらいの気持ちでいてもらわなくては困る

 その言葉を聞いてもなお、一切の迷いなく嬉しそうに「よろしくお願いします!」と喜ぶ彼に、本当にこれで良かったのか不安になった

 空き時間に少しずつ教えればいいかなど思っていたが、その後数人が私に指導を願い出て来たので、ペトロフ公爵に許可を貰い、公爵家所有の訓練所で一斉指導を行うことにした


 それから度々訓練所から響く叫び声に、何も知らない者達は「一体中で何が起きているのだろうか」と恐怖した

実際、中はまさに地獄絵図

「脇が甘い!素振り200回!!」

「ひいぃぃぃ!!!」

「腰が引けているぞ!外周40周!」

「はいいぃ!」

模擬刀片手に、向かってくる騎士たちを1人ずつ丁寧になぎ倒し、不足している部分とそれを強化させる為のメニューを述べる。個人に合わせたメニューとはなんて私は心優しいのだろうか

「剣を弾かれてよろけるなど体幹がない!90回腕立てスクワット!次!!」

次は最初に申し出てきた犬、グレイだ

両者模擬刀を構えると、ふいにグレイが話しかけた

「アルカディさん、もしこの模擬戦で俺が貴女に勝てたらご褒美に頭撫でてください!」

メニューを必死にこなしていた周りはその言葉を聞いてポカーン。私も何言ってるんだこいつと呆れていた

「お願いします!やる気を上げるものだと思って!」

必死な様に周りはドン引きで「あいつあんな性格だったのか」と聞こえてくる

 確かにやる気を上げる為に褒美を約束してもいいかもしれない。頭を撫でるくらいなら簡単だしまぁいいだろう。

「分かりました。ルドウィン卿の言う通り私に勝つ事が出来たら頭を撫でようが殴ろうが何でもしましょう」


 始めの合図が鳴ったと同時にそこにいたはずの彼が目の前に来ていた

「…っ」

カァン!と音は軽いものだが、攻撃を受けた模擬刀から重い感覚がビリビリと腕に伝わってくる。

伊達に注目を集めているだけではない。こちらが立て直す時間も与えずどんどん打ち込んで来て、動きも最小限で無駄がなくそれでいてパワーがある。だが

 グレイがこちらに踏み込んで懐に入り込もうとするのを見切り、踏み出した足を着地する前に足で払う。予想外のことが起きたのか目を見開いて足元を見たその僅かな隙に、相手の手首を叩いて模擬刀を吹っ飛ばした。

「っ、俺の負けです」

笑っていて少し悔しそうにしている彼だが、私も不意をつかれて危なかったところもある。

 10年前だったらそんなことなかったはずなのに

「周りが見えていないようですね。相手に集中しすぎて他が疎かになっています」

「そうなんです、俺ひとつの事に没頭する性格みたいで、直そうとは思ってるんですけど」

「そんなルドウィン卿に取っておきのメニューを申し上げます。私もこのメニューのおかげで常に全体把握と洞察が上がりました」

「アルカディさんと一緒のメニュー…!一体どんな」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに私はニッコリ微笑んで言った



「3日山に籠ってください」



 それから三日後、ボロボロになって帰ってきたグレイをタイミング悪くリディアお嬢様が発見なさり、私にやりすぎだと小一時間説教をした

 指導していた騎士たちからは私が悪魔のように見えたようで、すれ違うだけでも全力で謝られる始末だ

それとは反対に私を叱ったお嬢様を女神として1部騎士たちから大人気になった

 ただ、相変わらずグレイ・ルドウィンは「アルカディさん」と見えないしっぽを振って近づいてくるのであった





それから1年後

「リディ会いたかった」

「私もですわイヴァン様」

殿下の私室ソファで手を握りお互いを見つめあっている

あれからどんどんお二人の仲は深まり、周りに人がいてもお構い無しに2人だけの世界に入ることが多くなった

 そしてしばらくすると始まる接吻。最近になって始めたようでお嬢様がこのところずっと惚けている

チュッチュチュッチュ、チュッチュチュッチュまぁよく飽きないものだ。唇腫れ上がるんじゃないか

なんて思いながら、隣の侍女をチラリと見ると顔こそ無表情だが耳がほんのり赤い。

 さすがプロ。恥ずかしい気持ちを押し殺し己の仕事を真っ当にこなそうとしている。それに比べ…

そっと反対側を見やると視線をキョロキョロと動かし、顔を真っ赤にしながらプルプル震えている()()

 何故かあれから強化養成所として、昔からお世話になっていた第1騎士団副団長から「こいつらも鍛え上げてくれ」と定期的に3、4人ほど送り込まれ、仕方なく指導していたらいつの間にか「教官」と呼ばれるようになってしまった


 今回同行させているのは、4回目の送り込みで来た初めての女騎士で名前はナーナ、歳は18。腕は良いがどうやら嫁ぎ前の女性には刺激が強かったみたいだ。

 彼女には後で指導するとしてそろそろ止めないといけない。

「!い、ゔぁん…さ」

「そこまでです殿下」

失礼しますお嬢様、と一言申し上げて殿下からべりっと引き剥がす

「っ!……アルカディ」

「そんなに睨んでもダメなものはダメです。お嬢様がお帰りです。馬車の所までご案内を」

 恨めしそうにこちらを睨む殿下をものともせず、お嬢様をナーナと侍女に任せて殿下と対峙する

「毎度毎度毎度…失礼ながら申し上げますが、殿下は理性というものをお持ちでないように見受けられる」

「今まで我慢してきたんだ。多少のことは良いだろう」

「だから接吻を黙認しています。しかしドレスに手をかけるところは頂けない。公爵様が見たら怒りのあまり結婚式まで接触どころか手紙すら送らせないでしょう、お嬢様を悲しませたいのですか」


 公爵様はお嬢様ラブで殿下との婚約も、陛下がどれだけ頼んでも首を縦に振らなかったのにお嬢様が殿下がいいと仰るから渋々了承したくらいだ。ただし、お嬢様と婚約する代わりに「結婚式を行うまで互いに健全なお付き合いを」という条件が加わった

そして接吻はどちらかと言うと健全では無い。それを黙認しているだけでも充分譲歩しているというのにこの皇太子(アホ)

ギロリと睨むと少し怯むも、睨み返してくるのは愛の力とやらなのか

しばらく沈黙が続くと、後ろでお茶の片付けをしているセバスさんが私の援護射撃をする

「殿下、アルカディ殿の言う通りですぞ。紳士ならばそれなりの順序を踏むものです」

「…………チッ」

今回は引いたようだがこう毎回毎回こんな感じでそろそろ嫌気がさしてきた。だから文句と釘差しのため、お嬢様をナーナ達に任せて私が残った



「殿下は私が居なくなってからどうやら気が大きくなっていたようですね。己の欲のために動くと一瞬の幸せと一生の後悔が出ると昔あれほど申し上げたのに、これは再度訓練が必要ですね」

「………セバス」

「諦めてください殿下」

「次、また同じようなことをした場合ご容赦致しませんので悪しからず」

一礼して部屋を出ていく私を、大量の汗をかいて見送る殿下だった




─────────────


「何故あいつは皇太子である俺に色々文句が言えるんだ」

アルカディが居なくなった部屋で、ポツリと愚痴をこぼすイヴァンは不満げにどっかりと、高品質なソファに座る

「誰もが手を焼いたお小さい殿下を唯一動かすことが出来た方だからでしょうな。陛下も彼女を目に掛けております。発言力は無くとも多少の融通はきくくらいにはなります」

特に殿下には。とは口に出さない出来た執事セバスは昔のことを思い出す

 

 この国で高貴なる御方のご子息であり、この国の皇太子であらせられるイヴァン・オリフベル様は、今では表情筋は動かずとも感情は豊かでいらっしゃる御方だが、

昔は一言も喋らず誰も考えていることが分からない子どもだった。音楽を流しても、おもちゃを与えても、お菓子をあげても全く笑わない当時の殿下を皆少し不気味がった

 しかしそれでも全てに優れており、大人でも1年はかかる執務を当時8歳だった殿下は半年でこなしてしまう。その頃何を思ったのか殿下は誰の言うことも聞かなくなった。

 当時国王陛下はその事に大層頭を悩ませていたが、現在第1騎士団副団長である男から「面白い騎士が居るので、殿下と会わせてみてはどうでしょうか」と言ってきたのだ


 それがアルカディ殿。当時14歳の少女だった

 










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