第四話 怪獣 vs 戦艦
「巨大生物との距離は5千を維持。航空部隊は潜った奴の動きを逐次報せ!」
第三戦隊4隻の戦艦を率いる三川中将は、遠距離からの公算射撃では命中が期待できない事から、巨大生物に接近し直接照準による射撃を行う事を決断した。
航空部隊と水雷戦隊の戦闘結果から、敵の投擲攻撃が届かない距離を維持し、水中からの攻撃にも備えている。
単縦陣を組んだ金剛型4隻は、比叡を先頭に巨大生物の群れに突撃した。
「左砲戦用意!」
比叡は右に舵を切った。残りの3隻も一本の糸で繋がれたかの様に綺麗に追従する。主砲塔が最古参の戦艦らしい練度を見せつけるように滑らかに左へ旋回しピタリと狙いをつける。
「攻撃はじめ!」
三川の号令で4隻の戦艦は一斉に発砲した。全門同時の一斉射である。合計32発の14インチ砲弾が巨大生物に向かう。
その結果は圧倒的だった。
「命中!命中!砲撃効果認む!」
比叡の艦橋が沸いた。目標とされた小型の巨大生物の腕が、胴体が、頭部が、砲弾が命中するたびに大穴があく。青い血をまき散らし弾け飛ぶ。身体の重要な部分を失った巨大生物は次々に海面に倒れ伏していった。
戦艦の主砲は、これまでの苦戦が嘘のように確実に戦果をあげていた。
はじめての損害に巨大生物も明確に戦艦部隊を脅威と認識したのだろう。地上にいた個体も海に入ってきた。そして初撃で生き残った個体は水中に身を隠す。
「巨大生物、水中を向かってきます。方位40。数5。速度およそ25ノット!」
上空を舞う航空部隊と水偵から巨大生物の動きが逐次もたらされる。浅い海で水面近くを泳ぐ巨大生物は上空から明瞭に観察できた。目を凝らせば海面のわずかな盛り上がりが向かってくるのが三川にも分かった。
三川は巨大生物に近づかれないよう、巧みに戦隊を動かし攻撃を続けた。そしていつしか、残る巨大生物は中型2体に大型1体の3体だけとなっていた。
だが、ここで三川は壁にぶち当たった。いくら14インチ砲を浴びせても、これら3体は倒れないのだ。体の大きさだけでなく、その強靭さは小型の個体と比べて別格だったのである。
「もっと接近するしかないか……」
零距離射撃なら何とかなるかもしれない。正直に言えば、もっと大きな主砲を持つ第一戦隊の長門と陸奥に任せたい所だ。だが第一戦隊は長官とともにまだ遙か後方にいる。三川が攻めあぐんで悩んでいると、ようやく追いついてきた第二戦隊から通信が入った。
「あの大きさだと1万トンはあるだろう。金剛型だと神通のように掴まれると危ない。ならば図体の大きいこちらの方が安全だ。門数もうちの方が多いしな」
多少はウチに戦果を譲ってもらっても罰はあたらんだろう?という高須中将の言葉を受け、三川は一旦艦隊を下げる事にした。代わりに高須の指揮する第二戦隊の扶桑、山城、伊勢、日向が前進する。
確かに高須の判断も一理ある。だが第二戦隊を見送る三川の胸中には一抹の不安があった。
現在の砲戦距離5000mは戦艦の主砲にとっては零距離に等しい。ここから近づいても実は貫通力はあまり上がらない。もし接近しても仕留められなかったらどうなる?第二戦隊に所属する戦艦は皆脚が遅い。逃げ切れない可能性がある。本当に大丈夫だろうか?
そして三川の不安は的中する。
確かに接近した事で、中型2体はなんとか仕留める事ができた。だが大型の個体だけには零距離でも14インチ砲は効かなかったのである。
そして逃走しようとした扶桑がまず捕まった。舷側を掴まれ圧し掛かられた事で船体が大傾斜する。そこで巨大生物は特徴的な艦橋に長く醜いその手をかけた。華奢に見える艦橋が曲がり、半ばでへし折れた。船体がさらに傾斜する。そしてついに扶桑は完全に横転してしまった。
煙突からどっと海水が流入し高温のボイラーが水蒸気爆発を起こす。次いで第四砲塔弾薬庫が爆発し、扶桑は品川沖に大破着底してしまった。
巨大生物の魔の手はさらに山城にも伸びた。山城も必死に逃げたが速度の差から追いつかれ、艦尾を掴まれてしまう。山城は最後の意地を見せ第五、第六砲塔で反撃するが、巨大生物は意に介さない。悠々と山城の船体に圧し掛かる。そして山城も最後は横転し、扶桑と同じ末路を辿ってしまった。
あっという間に戦艦2隻を失った事で、戦艦部隊は一旦退くことを決断した。
結局、最後に残った巨大生物は、渋る山本長官を説得した第一戦隊の長門と陸奥の近接攻撃で、翌朝ようやく仕留める事ができた。
巨大生物には戦艦しか、特に大型の個体には16インチ砲以上の戦艦しか通用しない。それがこの一連の事件で日本海軍が得た教訓だった。
怪獣に対抗できるのは戦艦だけ。それがこの世界の真実です。
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