第二話 怪獣 vs 航空機
最初に攻撃を行ったのは、第一航空艦隊の空母部隊だった。指揮官の南雲中将は、魚雷輸送任務中だった加賀を除く5隻の空母に躊躇なく全力出撃を命じていた。
「攻撃隊の発艦は完了しました。しかし残念です。本来なら米艦隊が相手だったはずなのですが……」
源田航空参謀は、第一航空艦隊に着任して以来、米艦隊を撃滅するためだけに航空部隊を育て上げてきた。その初陣がこのような形になってしまった事が、彼の声に恨みがましさを滲ませていた。
「仕方なかろう。帝都はそれは酷い事になっていると聞いている。当分は対米戦なぞやれる状況じゃないだろう。それに我々の本分は国を守る事だ。それを忘れてはいけない」
遠ざかる攻撃隊を見送りながら南雲は源田を慰めた。
「横須賀からの報告では、航空攻撃は効果が無かったとありましたが……」
草鹿参謀長が不安を口にする。
「彼らが使用したのは陸用爆弾でしょう。我々の25番(250㎏)は通常弾ですし80番(800kg)は対戦艦用の徹甲弾を使います。所詮、相手は生き物。皮が多少厚かろうが問題ありません」
大丈夫。そう、源田は胸を張った。
これまで第一航空艦隊は、戦艦を仕留めるために訓練を重ね、装備を整えてきた。相手が生物ならば何の問題もない。彼らはそう信じていた。
だが現実は非情だった。
「おう、ぎょうさん居るな。あいつらか、帝都を荒らしまわっとる不届き者共は」
攻撃隊を指揮する淵田中佐は、九七式艦上攻撃機の偵察席から眼下の海岸線を観察した。
そこには10体以上の巨大生物が居た。報告にあった通りヤシガニや古代の恐竜を思わせる外観をしている。ただ長い腕や奇妙な形状の頭部に、淵田は良く知る生物とは何か違う気味悪さを感じた。
巨大生物の半数は陸上で暴れまわっており、残りは海岸に近い海中に佇んでいる。その中に一際大きな三体の個体が確認できた。地上はこれまでの攻撃で既に更地になっており、彼らが攻撃しても被害を気にする必要は無さそうだった。
さっと状況を確認した淵田は攻撃隊に指示を出した。
「艦爆隊は小型の奴を狙え。艦攻隊はでかい3体を相手しろ。米帝の戦艦より楽な相手だ。外すなよ。攻撃開始!」
淵田の指示で攻撃隊がさっと分かれて各々の目標に向かう。
25番通常爆弾を抱えた九九式艦上爆撃機が小隊ごとに1列となり、それぞれが小型の個体を目指す。3対の手足をもつそれらは小型とはいえ体高が80mはありそうだった。艦爆に気づいたのかクワガタの様な頭部を振り上げギチギチと威嚇する。
ダイブブレーキを開き65度の急角度で降下した艦爆隊は一斉に爆弾を投下した。米艦を仕留めるために血がにじむような訓練を経た彼らの技量は最高の状態にある。戦艦よりはるかに小さな目標であるにも関わらず、その命中率は3割を超えていた。
だが結果は無残だった。
急降下爆撃というものは意外とその速度が遅い。そして25番通常爆弾は50mmの装甲板を抜けるかどうか程度の貫通力しかない。その結果、命中した爆弾はすべて固い表皮に弾き返され、虚しく空中で爆発した。当然、目標となった個体に被害は一切見えない。
それでも艦爆隊は攻撃を続けた。被害はなくてもその攻撃を五月蠅くは感じたのだろう。目標とした小型の個体の動きに変化が生じた。一体が足元の瓦礫をつかんだ。そして今まさに降下に移ろうとしていた小隊に向けて瓦礫を放り投げたのである。
その投擲は生物が放ったにしては異様なほどに正確で速かった。予想外の反撃に対応が遅れた小隊長機、続いて2機目にも瓦礫が命中する。
瓦礫とはいえ重さ百キロを超える岩塊が相対速度数百m/sでぶつかったのだ。小隊長機は機首から機体半ばまで一瞬で押しつぶされ爆発した。2機目は機体中央に大穴が空き空中分解した。それを目撃した3機目が慌てて何とか瓦礫を回避する。
1体の巨大生物がとったその行動は、すぐに他の個体にも伝搬した。地上の巨大生物は瓦礫を拾い上げ、海中の個体は海底の岩を掬い、次々と投擲しはじめたのである。瞬く間に艦爆隊に被害が拡大していく。
「艦爆隊は攻撃中止!下がれ!」
淵田が慌てて指示を出した時には、艦爆隊に10機もの損害が出ていた。
随伴していた戦闘機隊は、目を狙って機銃掃射することを考えていたが、この艦爆隊の損害を目撃して攻撃を思いとどまった。
「クソッ!!せめて大物だけでも仕留めるぞ!」
決意をあらたに、淵田の乗機を含む艦攻隊が雁行に編隊を組み3体の大きな個体に向かう。
その3体は二足歩行する恐竜の様な外観だった。うち2体の体高は100mほど。縦長の人に似た頭部が気持ち悪さを倍増させている。
そして最後の1体は一際大きな個体だった。体高は120mほどあるだろうか。外観は二足歩行の恐竜の様だが、鮫に似た大きな頭部と強大な爪の生えた長い腕が、その凶暴さを主張している。
それら3体に向けて、淵田の指揮する艦攻隊は高度2500mから爆弾を投下した。
投下した九九式80番5号爆弾は、戦艦長門の41cm徹甲弾を元に開発されている。米戦艦の水平装甲を抜くためだけに開発された爆弾が畜生ごときに効かないはずがない。そう信じる淵田は機体をバンクさせ落ちていく爆弾を目で追った。
さすがに命中率は急降下爆撃ほど良くはなかった。巨大生物の全高が100mを超えるとはいえ、2足歩行している状態では上空からみれば20m程度の大きさしかない。それに不規則に動いている。それでも訓練された艦攻隊は20%を超える命中率を叩き出した。
だが結果は、やはり駄目だった。
対戦艦用の爆弾とはいえ、2500mから投下した九九式80番5号爆弾の貫通力は150mm程度に過ぎない。命中した爆弾は先ほどと同様に弾き返され、空中で爆発した。
「攻撃失敗!攻撃失敗!目標の投石により艦爆隊に10機の損害あり!急降下、水平爆撃はともに効果は認められず!」
淵田は攻撃結果を母艦に打電した。
「クソッ!」
そして偵察席の壁をこぶしで殴りつけた。
本作品は戦艦小説なので、航空機は活躍できない仕様となっております(暴論)
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