第十四話 怪獣 vs 大和 2
■昭和十九年(1944年)12月 品川沖
マリアナ海溝の調査で確認された怪獣の出現場所は『ゲート』と名付けられた。
また、同時に観測された新たな怪獣2種は、超甲種(Class 4)に分類された。その体高は150m、体重は2万トンを超えると推定されている。年末にはこの超甲種怪獣が襲来する可能性が高いという警告が、すぐさまPDO各国に出された。
そして、それはやって来た。
「陸軍航空隊、海軍航空隊による攻撃で乙種2体の撃破を確認」
「東京湾要塞の攻撃により乙種2体を撃破したとのことです」
東京湾を防衛する第一戦隊、旗艦大和に置かれた司令部に次々と報告が入る。
日本は信濃に次いで四番艦紀伊も就役し、三川中将の指揮する第一戦隊は大和型・改大和型のみで編成されていた。ちなみに改大和型は艦橋が小さいため、戦隊司令部は相変わらず大和に置かれている。
「これで残りは12体となりました。内訳は乙種9体、甲種2体、そして例の超甲種が1体です」
有田参謀の戦果集計に三川は頷いた。
日米英は5トン爆弾の投入に加え、守護聖人級やモンタナ級といった18インチ砲戦艦を就役させている。これで各国は万全の怪獣対策をとっていたはずだった。
だが超甲種怪獣の出現は、その自信の根底を揺るがした。これまでの経験から類推すれば、超甲種怪獣は18インチ砲戦艦でも苦戦する可能性が高かったからである。
日本も5トン爆弾を運用できる四式重爆撃機・四式大型陸上攻撃機を開発し、この戦いより作戦に投入していた。だが日本は米国のように5トン爆弾の大量投入はできず、効果は思ったほどは出ていない。
陸軍も扶桑・山城の14インチ砲だけでなく、陸奥の主砲も東京湾要塞に据え付け攻撃力を増していたが、怪獣の回避行動も進化しているため同様に思ったほどの戦果を挙げられずにいる。
しかも今回から丙種怪獣は姿を見せなくなり、怪獣の群れはすべて乙種以上となっていた。苦戦が予想される状況に、艦橋内には重苦しい空気が漂っていた。
「舵の改修が間に合って良かったです。今回はまた怪獣と近接戦闘が発生する可能性がありますから」
少しでも空気を軽くしようとしたのだろう。艦長の松田が言った。大和と武蔵はドックが空いた隙に入渠し、艦首舵の設置と主舵・副舵の増積という改大和型に準じた改装を受けていた。これにより第一戦隊の4隻は統一された艦隊行動がとれるようになっていた。
「来たようです」
そして遠浅の品川沖に、ついに12体の怪獣が姿を現した。
「攻撃開始!」
三川の命令に間を置かず各艦が発砲する。前回の戦いの反省から、砲撃は一斉射ではなく交互射撃となっている。
すぐに怪獣は海中に身を隠すが、逃げ遅れた乙種4体が青い血をまき散らして倒れ伏す。残り8体は海中を泳いで戦隊に接近し始めた。その動きは航空機から逐一報告される。
「左砲戦用意」
三川は優速を利用して戦隊を怪獣集団の右側面へと巧みに誘導した。冷静に怪獣と戦隊の位置関係を測る。距離は数百メートルほど。怪獣から見れば指呼の距離である。
第一戦隊の動きを不用意な接近と怪獣は思ったのだろう。戦隊に近い左端の3体が水中から身を現した。
「左舷咄嗟射撃!」
すかさず各艦が発砲し乙種2体と甲種1体を仕留める。残り5体。
超甲種が海中から姿を現し立ち上がった。先ほど倒した一団から離れているため照準が遅れる。その間に超甲種は驚くべき行動にでた。
なんと隣にいた乙種を掴んで海中から引きずり出すと、第一戦隊に向けて投げたのである。乙種怪獣の推定体重は5千トンを超える。それを超甲種怪獣は軽々と放り投げて見せた。
「各艦、各個に回避!」
三川が咄嗟に命ずる。あのような質量が当たれば、さすがに強靭な大和型でも只では済まない。
「艦首舵を使用する!総員傾斜に備えよ!」
松田艦長が伝声管に怒鳴り、同時に「艦首舵連動:緊急時のみ使用」と赤札の下げられたレバーを引いた。
艦首舵は普段は艦内に格納されており前部主錨巻上機の動力を利用して降ろす仕組みになっている。今日は近接戦闘が予想されたため戦闘前に既に降ろされていた。
松田は準備完了のランプが点灯したことを確認し、舵輪を大きく回した。
艦首舵の効果は絶大だった。改装前には反応するまで100秒はかかった艦首がいきなり向きを変えた。船体が大きく傾き、これまで聞いたことの無いような不気味な軋みを発する。三川らは機器や壁にしがみつき転倒しないよう強烈な横Gに耐えた。
武蔵以下の各艦も大和同様に大きく舵を切り、降ってくる怪獣を避けようとする。だが十分回避しきる前に乙種怪獣が四番艦紀伊のそばに着水した。
怪獣はすぐに紀伊に取りつくと、頭突きや打撃を加えてきた。あっという間に紀伊の六脚艦橋がひしゃげ煙突が陥没する。だが大和型の強靭な船体は乙種怪獣の打撃程度では小動もしない。
慌てて他の艦が砲撃しようとするが、その間に超甲種怪獣は次々と残り2体の乙種を投げてきた。瞬く間に戦隊は3体の乙種怪獣に取り囲まれる。そして武蔵と信濃も乙種怪獣に取りつかれてしまった。
「各艦は自艦ではなく他艦にとりついた怪獣の排除を優先しろ!本艦は残り2体を相手する!」
こちらが手間取っている間に、甲種と超甲種の2体が水中を接近してくるのが見えた。三川は唯一フリーハンドとなっている大和で2体を相手取る決断をした。
「艦長、厳しいが宜しく頼む」
三川が松田艦長に声をかける。
「司令、お任せください。砲術、怪獣が顔を出した瞬間を逃すな!一発で仕留めろ!」
そしてついに大和の数百mほど横に2体の怪獣が立ち上がった。すかさず主砲が放たれる。あらかじめ超甲種の盾になるかのように前に立った甲種怪獣が穴だらけになり倒れ伏す。
大和は続けて発砲しようとしたが、超甲種怪獣は再び驚くべき行動をとった。
なんと超甲種怪獣は海底を蹴って大和に向けて「走りだした」のだ。これまでの怪獣とは次元の違う巨体が可能とする行動だった。遊泳速度とは比べ物にならない速度で超甲種怪獣が大和に接近する。松田が再び舵輪を回すが間に合わない。
それでもこの状況の中で砲術長は主砲を放ってみせた。職人的な彼の技量は見事に怪獣の頭部に砲弾を命中させる。だが突進のため大きく下げられた頭部は、信じられない事に零距離から放たれた18インチ砲弾を弾き返した。
「総員、衝撃に備えよ!」
もう怪獣は目の前だった。避ける事はできない。松田は伝声管に叫ぶと自らも舵輪にしがみついた。
次の瞬間、大きな衝撃が大和を襲った。主砲発砲より大きな轟音が響き渡る。艦橋にいた全員が捕まっていたにも関わらず床に投げ出された。
超甲種怪獣は頭から大和の舷側中央に激突した。その衝撃で恐るべきことに400mmを超える分厚い舷側装甲が歪んでいた。大和型は軽量化のため装甲の一部を構造材としている。装甲の歪みは船体におよび、艦内に浸水がはじまった。
怪我を気にせず、いち早く立ち上がった松田が状況を確認する。床が大きく動いている。怪獣は大和の船体を掴んで大きく揺さぶり、打撃を加えていた。
頭上から激しい金属音が響いた。外を見ると、もぎ取られた艦橋上部が海面に落ちていくところだった。幸い艦橋要員や司令部要員は一番下の夜戦艦橋にいたため無事だった。だが恐らく射撃指揮所に居た砲術長は駄目だろう。松田はすぐに後部艦橋を呼び出した。
「こちら後部射撃指揮所。藤堂中佐」
「藤堂中佐、どうだ撃てるか!?」
「いま装填してある一発だけなら撃てます。しかし現在は近すぎて主砲旋回範囲外です。少しでも引き剥がして頂ければ仕留められます」
後部艦橋からは意外に冷静な声が返ってきた。向こうからは艦橋がどうなっているか良く見えるのだろう。既に状況とやるべき事は把握しているようだった。
外を見ると、ようやく武蔵に取りついた乙種怪獣が紀伊の射撃で取り除かれた所だった。信濃と紀伊はいまだに怪獣と格闘している。
「武蔵に指令。本艦に取りついた怪獣を撃て。本艦に当たっても構わん」
覚悟を決めた三川が指示を出した。艦橋上部とともに通信設備が消滅していたため、武蔵へは手旗信号と探照灯通信で指示が送られた。躊躇いなのか、一瞬遅れて武蔵から了解の意が伝えられる。
そして間をおかず武蔵が発砲した。既に大和の艦橋上部が無いため、向こうの砲術長はそこなら気兼ねなく打てると判断したのだろう。武蔵の放った砲弾は見事に怪獣の頭部を捉えた。
だが横から角に命中した砲弾は先ほどと同様に弾かれる。それでも頭部を激しく揺さぶられた怪獣は、脳震盪を起こしたかの様によろめき大和から一瞬離れた。
「撃て!」
その隙を逃さず藤堂中佐が命ずる。3発の砲弾が過たず怪獣の腹部に命中した。今度は弾かれず奥深くにめり込む。そして内部で爆発した。
一瞬、怪獣の腹部が風船のように膨らみ、破裂した。周囲に青い血がシャワーのように降り注ぐ。身体をほとんど二つに千切られた怪獣は、力なく海に倒れこんでいった。
「松田艦長、藤堂中佐、そして皆も良くやった」
三川が皆を労う。そして武蔵や他の艦へも感謝の通信が送られた。すでに信濃と紀伊に取りついていた怪獣も排除されている。松田は艦の損害把握と応急に忙殺されていた。今頃は他の艦も同様だろう。
「大和型ではもう無理だな……」
衛生兵の手当てを受けながら、三川はつぶやいた。超甲種に激突されたときの衝撃で、艦橋要員の全員が体のどこかしらに怪我をしていた。今回はなんとか勝てたが、艦も人も満身創痍だった。
より大きな、例えば20インチ砲を搭載した戦艦を建造すれば、あの超甲種にもまた楽に勝てるようにはなるだろう。
だが、もし更に大きな怪獣が襲ってきたら?結局は怪獣と戦艦のイタチごっこになりかねないのでは……今の状況は戦艦の限界も現わしている。三川にはそう感じられた。
この後、豪州と米西海岸も超甲種怪獣に襲撃された。なんとか撃退に成功しものの、やはり日本と同様に、彼らの新型戦艦をもってしても苦戦は免れなかった。
18インチ砲戦艦でも超甲種怪獣の相手は難しい。今後もっと強い怪獣が出現する可能性すらある。それがPDOの共通認識であった。
すでに独伊は、米国の巨大な支援を受けた日英連合軍とソ連軍に挟み撃ちにされ降伏している。欧州大戦は終結し、今や人類の脅威は怪獣だけだった。
PDOは最終解決のため、ゲートの早期破壊を真剣に検討しはじめた。
次回、最終回。




