第十二話 怪獣 vs 日米連合艦隊(モンタナ級の解説図付き)
■昭和十八年(1943年)4月 横須賀海軍工廠
くす玉が割られ、軍艦マーチが鳴り響く中、ドックから大きな船体が引き出されていく。周囲には多数の軍人や関係者が集まり、その中には外国人の姿も多く見えた。フラッシュが焚かれ、国内外の報道陣がその様子を撮影する。
大和型三番艦、あるいは改大和型と呼ばれる戦艦信濃の門出は、ひっそりと隠れて行われた二人の姉の門出に比べて、とても派手で華やかなものであった。
設計や艤装の簡素化に加え、なによりも最優先で建造された事から、信濃の進水は計画より2か月も早いものとなった。なんとしても年末に予想される怪獣の大襲来までに戦力化したい海軍の意向が反映された結果でもある。
このため大和や武蔵では1年ほど掛かっていた進水から就役までの期間も、艤装と試験の簡略化によりほぼ半分にまで短縮されている。
「実にうらやましい……これで日本は3隻目の18インチ砲戦艦を持つ訳だ」
米国海軍関係者の一人として式典に参加していたウィリス・A・リー少将が思わずつぶやく。
「貴国でも、もうすぐ新型戦艦が進水するでしょう?それも6隻も同時に」
うらやましいのは我が国の方ですよと、リーの隣に立つ松田少将が混ぜ返す。彼は同階級で、しかも有名な大和の艦長であることからリーに色々と話しかけられ、いつの間にか親しくなっていた。
松田の言う通り、現在米国も急ピッチで18インチ砲戦艦の建造を進めていた。モンタナ級と呼ばれる新型戦艦は、3番艦以降のアイオワ級と4番艦以降のエセックス級の建造をすべてキャンセルし最優先で建造されていた。驚くことに本年度中だけで6隻が同時に進水する予定である。
武装も当初は16インチ砲が3連装4基12門であったが、18インチ砲の連装4基8門に変更されている。英ソへの大規模な支援をしながら、一方で大和型に匹敵する巨大戦艦を同時に6隻も建造できる所が米国の恐るべきところであった。
こんな国と戦争なんかしなくて本当に良かった。笑顔の裏で松田は内心で胸をなでおろしていた。
「まあな。だが艤装と慣熟訓練をどんなに急いでも、戦力化できるのは早くても来年春だろう。今年末に予想される大襲来には間に合わん」
松田の内心を知らずリーは素直な不満を口にする。モンタナ級が就役するまで、米国は今年いっぱいは16インチ砲戦艦で怪獣に対峙せざるを得なかった。その16インチ砲戦艦も甲種怪獣との戦闘でコロラド級やノースカロライナ級戦艦が失われている。リーの不安はもっともな事だった。
「それでも苦労するのは今年が最後でしょう。来年からは楽になります。PDOを通して各国の協力も進んでいますし、いずれ一緒に戦える日がくるかもしれませんね」
松田はあくまで社交辞令を言ったまでだったが、その言葉は意外に早く現実となる。
■昭和十八年(1943年)12月 ハワイ
「松田少将、デカいのは任せた」
「任されました。リー少将もご武運を」
昭和十八年末、なぜか戦艦大和は米海軍とともにハワイ防衛の任に就いていた。
これは米国の要請に基づくものであった。日本が3隻目の大和型を就役させたことで日本に戦力の余裕ができたと見た英米が、大和型の1隻を支援にまわして欲しいと要請してきたのである。
結局、様々な政治的・経済的な支援をちらつかせた米国が交渉に勝利し、日本は大和をハワイへ派遣することに同意した。なお交渉に敗れた英国に対しては、米国が16インチ砲戦艦2隻(コロラド級とノースカロライナ級の生き残り)を豪州にまわすことで納得してもらっている。
大和は11月に真珠湾に到着し、リーの指揮する任務部隊に組み込まれた。これはサウスダコタ級4隻で構成された純粋な戦艦部隊である。
ちなみに大和型とサウスダコタ級は設計思想が極めて似ている。集中防御を徹底した太い船体。小振りな艦橋と三連装三基の砲塔。内部の装甲配置まで相似形である。並ぶとまるで年の離れた姉妹か、収斂進化の見本のようだった。
「まさか本当に米軍と肩を並べて戦うことになるとはな……」
操艦特性の差からリーの戦艦部隊と少し離れて大和を進めながら、松田は怪獣の出現と、それに伴って大きく様変わりした世界情勢を思っていた。
いつの間にか、日米英はかつてない程の蜜月状態となっていた。あれほど日本を嫌っていたルーズベルト大統領が、今では東条首相と笑顔で肩を叩きあう仲だと言う。チャーチルやスターリンとも親しく会談し酒まで酌み交わしたそうだ。自分も日米英ソが協力する事になるとは思っていたが、こうなると本当に訳が分からない。
そして逆に、あれほど親しかった独伊とは今では絶賛戦争中だ。怪獣相手に活躍できなかった航空隊は、陸軍とともに北アフリカに赴いて鬱憤を晴らすがごとく獅子奮迅の大活躍をしたらしい。北アフリカに続いてシチリア島も落とし、今では地中海は連合国の海となっていた。いずれ欧州への上陸作戦も行われることだろう。
実は日本軍の最大の敵は独伊軍ではなくパン食だったそうだ。日本軍兵士らは米国製の装備や糧食に喜んでいたが、パンだけはどうしても駄目だったらしい。競う様にエジプト打通作戦を敢行し、とって返す刀でシチリア島を怒涛の勢いで攻め落とした理由は、そこに米があったからだとか。
空母部隊も独伊の艦を悉く沈めつくして、今では開店休業状態らしい。そりゃ日本と米国(正式参戦していないので義勇艦隊)の機動部隊をまとめて相手できる存在なんて世界に居やしないだろう。噂では南雲中将とハルゼー中将は、毎晩酒を飲んで互いに慰めあっているとかなんとか。
それに比べて水雷戦隊は苦戦していた。欧州派遣早々に独潜水艦相手に極めて高い授業料を払う羽目になったらしい。おかげで彼らの高いプライドは粉々に打ち砕かれ、今では英米の専門家に素直に従っているという。
潜水艦隊だけは今も太平洋で活動している。もっともその任務は米艦隊から怪獣の監視に変わっている。聴音手に求められるのは敵艦のスクリュー音ではなく鯨と怪獣の音を聞き分ける能力だそうだ。
日本国内に目を移せば、とにかく景気が良い。米国から様々な機械や資源を輸入できるようになって物資不足は遠い過去のものとなった。欧州とソ連支援の注文が山の様にあるので、戦争中にも関わらず未曽有の好景気となっている。米国から入ってきた様々な娯楽や食べ物も大人気らしい。いずれ満州も日米英で共同開発するという噂すらあった。
もうここまで来ると、ほんの2年前に戦争直前まで行っていたあの状態は何だったのかと呆れてしまう。やっぱり世の中、金が全てなのだ。
「目標見えました。丙種3体、乙種2体、甲種2体です!距離およそ8000、方位270!」
見張りの報告で松田は意識を目の前の怪獣にもどした。たしかハワイを襲ってきた個体は16体だったはずだが、報告ではその数を大きく減らしている。要塞砲と2000ポンド爆弾を用いた爆撃が丙種の数をだいぶ削ってくれたらしい。
「目標、甲種怪獣2体!打ち方はじめ!」
戦闘が昼間だった事から、大和とリーの艦隊は怪獣の接近を許すことなく、危なげなく排除に成功した。
日本本土と豪州、米国西海岸も同規模の群れに襲われていた。だが、いずれも無難に排除に成功している。
日本の場合は武蔵と信濃の活躍によるものだが、豪州と米国西海岸は理由が違っていた。ここでは今回はじめて5トン爆弾が実戦投入されていたのである。
日米英で共同開発されたこの重い爆弾を搭載するため、英米はランカスター爆撃機やB-17爆撃機から武装や装甲まで外して軽量化した特別仕様の機体を用意した。
この爆弾は高度5000mから投下すれば、コンクリート目標ならば5m、装甲板でも1m以上を易々と貫通できる。今回の迎撃では高度2500mから投下されたが、それでも命中すれば甲種怪獣でも一撃で倒すことができた。
課題は命中率であった。無線誘導等の導入が研究されてはいるが、当面は数で補うしかない。日本も開発中の機体が完成すれば運用可能となる予定である。
とにかく、ついに相手が甲種怪獣であろうと戦艦と航空機で確実に討伐が可能となった。
ほぼ怪獣の封じ込めに成功したPDOは、いよいよ怪獣の発生源の探索と対策に軸足を移していく事となる。
米は大事です。
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