◆第九話『上級骸骨』
増援の出現をあえて報せたかいがあったようだ。
人間たちの注目は骸骨騎士と骸骨将軍に集まっていた。
「どうせあれも大したことはない!」
「あいつらも同じように槍で粉砕しろ!」
すでに勝ちを確信しているのか。
もはや警戒心を失っているらしい。
騎馬隊から30ほどが抜け、突っ込んできた。
策もなければ連携もないばらばらな突撃だ。
早くも先頭を走る騎兵が骸骨騎士に肉迫。
勢いが乗った槍の先端を突き出していた。
だが、骨が弾ける独特の破砕音は響かなかった。
接触直前、骸骨騎士が最低限の動きで躱したのだ。
さらに骸骨騎士は回避にあわせて剣を一閃。
そばを通りすぎる馬の脚を切断してみせた。
滑るように転がった馬から敵兵が投げ出される。
「くそっ」
敵兵が慌てて立ち上がって逃げようとする。
が、その周りは骸骨騎士だらけだ。
逃げられるはずもなく、あっけなく斬り伏せられた。
そんな結果を見ても後続の騎兵の突撃は止まらない。
いや、もはや勢いを止められないといったほうが正しいか。
突っ込んできた騎兵が次々に骸骨騎士と肉迫。
先の結果と同様、あっけなく地に伏していった。
「なっ、骸骨のくせに速いぞ!」
「こいつら本当に骸骨かよっ!?」
あっさりと敗北した30の騎兵を見てか。
敵兵たちが見てわかるほどに動揺していた。
骸骨戦士がぎこちないせいか。
骸骨系の魔物は総じて遅いといった印象があるようだ。
だが、印象を改めたところで実力差は埋まらない。
骸骨騎士たちがゆったりとした足取りから進軍開始。
上半身を倒すように身をかがめると一気に駆け出した。
支配者の間は広いが、すでに戦線は玉座を除いてほぼ全域。
早々に骸骨騎士たちは敵兵とぶつかり、交戦状態となった。
敵歩兵は盾を構えて迎撃体勢に入っている。
だが、骸骨騎士たちは回り込んたり隙間を縫ったりと巧みに攻略。
早くも敵陣を破壊し、食い込んでみせた。
まるで風のごとくなめらかに体を動かし、剣を振るう。
その技量はまさしく人間でいうところの達人の領域だ。
あちこちで血が飛び交いはじめる。
もはやこれで決まったかと思った。
だが、相手も一応は知恵がある種。
隊長格と思しき者たちの指揮により防御陣形を構築しはじめた。歩兵の盾を密集させ、後続に騎馬を配置した、ほぼ隙のない態勢だ。
あれには骸骨騎士たちも迂闊に手を出せないらしい。
だが、膠着しかけた戦況は早くも崩壊する。
「お前たち、こいつの存在を忘れていないか?」
骸骨騎士たちを押しのける形で骸骨将軍が最前線に到着した。あまりに巨大な相手とあって、防御陣形を組む敵兵たちがさらに密集する。より強固となったが、骸骨将軍は構わずに歩み出た。
荒々しく振り下ろされる斧。
その大きさや勢いからして防げるはずがない。
誰もが理解していたはずだ。
実際にその通りとなった。
斬るではなく潰すといった表現が正しいだろう。
3人の兵がまとめて肉片となって散った。
「な、なんなんだよ……あれは!?」
「くそっ、完全に規格外じゃねえかっ!?」
骸骨将軍の一撃は巨獣のごとく破壊力を誇る。
並の人間では束になっても受け止めることはできない。
密集隊形をとれば逆に多くの被害を生む。
そう判断した敵たちが散開しはじめた。
だが、待っていたとばかりに骸骨騎士たちが追撃。
その並外れた剣さばきで次々に屠っていく。
戦況は完全にこちらの有利と言えるだろう。
にもかかわらず、そばに立つヴィルシャは難しい顔をしていた。
「どういうことだ……? 貴様は封印により魔素の内包量に制限を受けているはずだ。骸骨戦士だけならまだしも、なぜこれほどの魔物を召喚できる……?」
戦況を気にしてのことだと思ったが、違ったらしい。
だが、魔人が抱く疑問としてなにもおかしくない。
それほど特殊な手段を用いた召喚術だからだ。
「たしかにいまの俺様は弱体化している。だが、魔素を扱えないわけではない」
「……まさか迷宮核の魔素を利用したのか?」
「正解だ。迷宮核は魔界に魔素を送るもの。当然ながら一時的に魔素を溜められる器を持っている。その器を俺様が直接管理し、中の魔素を使ったのだ」
魔界に戻れても封印が残っていたらどうするか。
その対策を獄の中で構築し、練磨していたのだ。
もちろん、この技は管理下にある迷宮核でしか使えない。
そのうえ魔界に送る分も考慮して魔素を使う必要がある。
そういった制限はあるが……。
この程度の人間を相手にするにはまったく問題ない。
むしろ充分過ぎるぐらいだ。
「幸いここには人間たちの死により行き場をなくした魔素がたっぷり漂っている。ぞんぶんに使わせてもらおうではないか」
魔素を集める方法は大まかにわけて2つ。
地上と繋いだ道から時間をかけて取り込むか。
迷宮内で人間を殺してその体内の魔素を収集するか。
1つ目は安全だが、集まるのが遅い。
反面、2つ目は集まるのは早いが……。
人間との戦闘があるため、当然ながら危険が生じるといった形だ。
これら2つの手段で魔素を集め、魔物を召喚。
迷宮に魔物をはびこらせ、防備を固める。
そして最後に迷宮を自立させる。
今後はこの流れをとることになるだろう。
「かつての六門たちが貴様を危険視した理由がわかった気がする」
「おそらく妬んでいたのだろう。完璧すぎてモテモテだった俺様の存在を」
「それだけはない」
はっきりと言われてしまった。
今後、正式な部下となることが〝確実〟なヴィルシャだが、果たして従順となるのか。
恭順を強要することはないし、するつもりもない。
が、彼女のしおらしい姿も気になるところだ。
などと近い将来のことを考えていたときだった。
視界の中で鬱陶しく明滅する光が映り込んだ。
どうやら魔術師たちが坂を下りてきたようだ。
次々に放たれる《火炎球》。
赤い閃光と化したそれらが支配者の間を飛び交いはじめる。
骸骨たちは物理攻撃には強いが、魔法には弱い。
残っていた骸骨戦士たちがどんどん屠られてしまう。
骸骨騎士は流麗な動きで危なげなく回避。
一方、骸骨将軍のほうは斧で払ったり受けたりと防御に徹している。
どちらもそう簡単には倒されないだろう。
このまま敵の疲弊を待てば勝利は確実だ。
ただ、それでは終わるまでに時間がかかる。
カオスは肩越しに振り返り迷宮核を見やった。
いまも魔素は迷宮核に溜まりつづけている。
追加で魔物を召喚しない手はない。
「魔術師を下ろすなら騎兵とあわせるべきだったな。もっとも、それでも結果は変わらなかっただろうが。……お前たちには特別にこいつらの相手をさせてやろう」
手を払うことで再び《ゲート》が蠢きだした。
聞こえてくる獣のごとく唸り声。
出てきたのは二足歩行の魔物だ。
姿だけならば人間と酷似している。
大きな違いは赤い目に尖った歯。
そして青くただれた肌だ。
奴らは四つん這いになるや駆け出した。
迫りくる《火炎球》の間を縫うように疾駆。
魔術師たちに肉迫し、首元に噛みついた。
「このっ、離れろ獣ッ!」
なんとか引きはがさんと暴れる魔術師たち。
奴らがいまも生きていられるのは全身鎧のおかげだ。
しかし、鎧にも関節部に隙間がある。
それを広げるように獣たちが歯をねじ込み、食いちぎった。
そこかしこであがる魔術師たちの慟哭。
もはや坂下は血の海と化した状態だ。
しかし、獣たちは止まることを知らない。
まるで遊ぶようにびちゃびちゃと駆け回って肉を探している。
そんな凄惨な光景を目にしながら、ヴィルシャが問いかけてくる。
「喰人鬼か。……あれもまた強化しているな?」
「奴ら程度の魔法ならば多少攻撃を受けても突き進む。たとえ欠損しても肉を食べれば再生する」
実際に幾体かの個体は《火炎球》を受けて体を欠損させていた。
だが、肉を食べれば胴体から生え、元通りとなっている。元より高かった再生能力をさらに強化したことで、あのように瞬時の再生能力を得た格好だ。
弓兵が坂の中腹に陣取り、矢を放ちはじめる。
当然ながら矢のほうが《火炎球》よりも速く鋭い。
だが、《火炎球》よりも隙間が多いせいか。
喰人鬼たちはたやすく躱し、弓兵たちに接近していた。
そこからは魔術師と同じだ。
肉を食いちぎられた者から順に慟哭とともに息絶えていく。
さすがに圧倒的な戦力を前にしてか。
敵にも恐怖を見せるものが多くなってきた。
だが、それも刹那の瞬間のみ。
死を目前にしたとき、総じて簡単に諦めている。
死んでもどうせ生き返る。
きっとそんな考えが心に深く根づいているのだろう。
「……つまらんな」
久しぶりの人間との戦いだ。
なにか面白いことは起きないか。
そう思っていただけに残念だった。
限りある命で必死に抗っていた人間たち。
可愛かった彼らはいったいどこへいってしまったのか。
本当に本当に残念でならない。
「──なら、俺が楽しませてやるぜ」
突如として聞こえてきた図太い声。
言い放ったのは穴の縁に立つ敵指揮官。
ディガロ・レイグだ。
彼は坂を使わずに縁からそのまま落下。
どすんと重い音を鳴らして支配者の間に着地した。
ようやく指揮官のお出ましらしい。
ディガロの得物は拳武器か。
その大きな拳を甲から指の大半まで覆う形状だ。
気合を入れるように胸の前で両拳をかちあわせている。
本能から脅威と感じ取ったか。
2体の骸骨騎士がディガロに襲いかかる。
が、1体は剣を振る前に、もう1体は躱されたのちに粉砕された。
一瞬の出来事だった。
「ほう、言うだけのことはあるではないか」
骸骨騎士をあれほどたやすく倒すとは。
どうやら人間の中でもとくに強い個体のようだ。
ただ、巨体にはもってこいの相手がまだ残っている。
ふいにディガロに影が差した。
接近した骸骨将軍が斧を振り下ろしたのだ。
ディガロがとっさに右拳を突き出した。
直後、重い音を鳴らして激突する両者の得物。
あまりの威力とあってディガロの足が床にめり込んだ。
しかし、その身は潰れていない。
「ぉおおおおおおおおッ!」
顔面に血管を浮き上がらせ、左拳で斧の腹を叩いた。
さらに体勢を崩した骸骨将軍へと肉迫し、脛を粉砕する。
「邪魔すんじゃねえ! 俺の相手はあいつだけだ!」
くずおれる骸骨将軍に向かって叫ぶディガロ。
その目は真っ直ぐにこちら──玉座へと向けられている。
「っらぁああああああああああッ!」
ディガロが裂帛の気合とともに突っ込んでくる。
骸骨騎士たちが阻まんとするが、接触した矢先に粉砕されている。
もはや止められる魔物はここにはいない。
ついにディガロが骸骨たちの中を抜けた。
残りの距離は大股5歩程度といったところ。
だが、その距離が縮まることはなかった。
ガンッと響いた重めの衝突音。
それを機にディガロの突進が止まった。
「相手をしてやりたいのはやまやまだが……悪いな。あいにくと、こちらにはまだ飢えた獣がいてな。とびきり乱暴で手に負えんのだ」
言葉とは裏腹に、カオスは楽しみで仕方なかった。
この戦に勝ったのち、配下となる者の本気を見られるからだ。
ディガロの突進を止めたのはヴィルシャだった。
しかも、片手で持った剣の先で悠々と止めた格好だ。
彼女は肩越しに振り返ると、その鋭い目を向けてきた。
「──誰が獣だ。この変態魔人がッ」