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◆第五話『迷宮生成』

 頼りない灯の中、かつかつと響く足音。

 カオスは魔王城内の螺旋階段を下りていた。


 人間界に迷宮を生成するための設備。

《創殿の間》と呼ばれるものが地下にあるからだ。


「ついてきたのか」


 ずっと後ろから足音が聞こえていた。

 つかず離れずの律動的なものだ。


 いまや魔界でほかに2人しか活動していない。

 足音の性質を抜きにしても誰かを予想するのは容易なことだった。


「当然だ。大罪人を野放しにするわけがないだろう」

「好きにするといい。ま、お前がいれば少しは楽ができるだろうから俺様も歓迎だ」

「言っておくが、手伝う気はないからな」

「ではほどほどに期待しておこうではないか」

「だから──」


 なにを言っても無駄と察したのだろう。

 ヴィルシャが舌打ちをして押し黙った。


 再び静かな間が訪れる。


 背中に強い感情のこもった視線を感じた。

 ヴィルシャが背後に立って以来、ずっとだ。


 初めは怒りからくるものだと思ったが、違う。

 これはおそらく疑念からくるものだ。


「プリグルゥから聞いたか」

「……なんのことだ」

「そんな目で見られれば誰でも気づく。お前のことだ。まさか俺様が魅力的過ぎるからというわけではないのだろう?」

「冗談は死んでから言え」


 相変わらずつれない魔人だ。

 ただ、これまでより淡泊な声音だった。


 そうしてわずかな物足りなさを感じたとき──。

 後ろから聞こえていた足音が止まった。


「人間と共存する気なのか……?」


 予想できた質問だ。

 カオスは振り返ってにんまりと笑う。


「人間ほど可愛いものはない。そうは思わんか?」

「奴らが可愛いだと? あんな死をも恐れぬ奴らだぞ……!」

「それだ。俺様にとってあれは人間ではない」


 すべては《聖石》のせいだろう。

 そもそもの認識に違いがあった。


「本来の人間は弱く脆い。肉体だけではなく、心も」

「何度も言っているが、いまの人間は昔とは違う」

「だから戻してやらねばならない。……俺様の知っている可愛い可愛い存在へとな」


 圧倒的な力を前に作られる人間たちの顔。

 そこにどれひとつとして同じものはない。


 ただひとつ共通するのはむき出しになった感情だ。

 あれを感じ取ったとき、なにより愛おしいと思えた。


 しかし、どうやらヴィルシャには理解してもらえなかったらしい。依然として……いや、先ほどよりも強い不信感を宿した目を向けられていた。


「仮に奴らが戻ったとしても、それが共存する理由にはならないだろう」

「弱いものを守ってやりたいと思ったことはないか?」

「それは、あるが……人間には思えない。そもそも互いに数え切れないほどの血を流してきた。奴らは魔人を許さない。当然、わたしも奴らをとうてい許すことはできない。共存は不可能だ」


 憎しみの感情はそうそう消えるものではない。

 禍根は間違いなく残るだろう。


 だが、実践するだけの理由がある。

 それこそ人間になくとも魔人には──。


「ふむ、すぐに俺様の考えを理解しろとは言わん。だが、お前もいずれ理解する日が来るだろう。いや理解せずにはいられなくなる。人間との共存が必要である、と」


 ヴィルシャに納得した様子は見られなかった。

 本質を伝えることはできる。

 だが、いま口にしたところで理解はしてもらえないだろう。


 だからこそ土台を整えなければならない。

 人間たちを本来の姿に戻すまで……。



     ◆◆◆◆◆


「ここに来るのも久しぶりだな」


 しばらくして《創殿の間》に辿りついた。


 静謐な空気を漂わせる石造りの広間だ。

 中央には《転移門》と同様の円盤型の台座。

 その手前には2本の柱が床から伸びている。

 高さは腰ほどで、先端にはそれぞれ水晶が置かれている。


「しかし、なにも変わっていないな」

「ここも《転移門》と同じく六門の始祖によって創られたものだ。下手に弄れるわけがないだろう」

「お前が思っているほど始祖たちは大したものではないぞ」

「約1名においては完全に同意する」

「わかっているではないか。その約1名である俺様は大したものではなく、飛び抜けて大したものであったからな」


 言うや、冷たい目を向けられたが無視をした。


「さて、始めるぞ」


 カオスは2つの水晶に左右の手をそれぞれ置いた。

 途端、水晶がどちらもうっすらと発光しはじめた。

 連動して台座の縁も円を描くように白い光が走る。


 やがて円から浸食する形で台座全体が光で満ちた。

 瞬間、緑や茶、青と様々な色で彩られた。


 これは人間界の地表を空から見た光景だ。

 ただし、現在の様子を映し出したものではない。


 魔界が収集した情報で作られた仮想。

 つまりプリグルゥから見せられた地図と同じということだ。


 まずは地上の座標を右手側の水晶で設定。

 先ほど話した通りクイランからほど近い平原だ。

 だだっ広いうえに緑も剥げ気味な光景が映し出される。


 次に深度を左手側の水晶で設定する。


「4層設定か。戦力がない現状ではもっと深くするべきじゃないのか?」

「深くすればするほど魔素の取り込みも遅くなる。それにお前も知らんわけではないだろう。魔素が迷宮に入ってから薄れはじめることを」


 当然、迷宮を複雑にすればするほど攻略されにくい。

 それだけ魔物を配置できるし、人間たちを疲れさせられるからだ。


 しかし魔素は、これから生成する最深部──《支配者の間》まで運ばれて初めて魔界へと送られる。つまり効率よく魔素を取り込むのであれば、より地上との繋がりを短くする必要がある。


 もちろん、安全に取り込むに越したことはないが……。

 今回は時間をかけられる状況ではない。

 これが最善だ。


 カオスは水晶に当てた両手に力を込める。

 と、台座の縁が再び強く発光し、内側を浸食。

 映し出されていた地上の光景を覆いつくした。


「よし、これで完成だ。行くぞ、ヴィルシャよ」

「……命令するな」


 カオスはヴィルシャとともに台座に乗った。

 直後、足元からの光によって全身が包み込まれた。



     ◆◆◆◆◆


 視界を満たした光がふっと消える。

 と、多くが紫で彩られた広間が映り込んだ。


 何千もの魔人を収容できるほどの広さだ。

 天井も見上げるほど高く、施された意匠はうっすらとしか見えない。


 鉱石のごとく光沢を持つ壁面。

 そこに沿うように石像が並んでいる。


 どれもが自らを模したものだ。

 当然ながらすべてにおいて完璧で勇ましい。


 振り向いた先、最奥に鎮座するのは玉座。

 圧倒的な規模の中においてひどく浮いている。

 だが、それがより〝支配者のモノ〟であることを証明していた。


 この空間を一言で表すならば荘厳のほかにない。


 しかし、ヴィルシャにはそう映らなかったらしい。

 顔を顰めながら辺りを見回している。


「幾つもの《支配者の間》を見てきたが……これほど趣味の悪いものは初めてだ」

「最高に美しいの間違いだろう。この色の深み、艶はまさに俺様そのもの。この壮大さもまた俺様の器の大きさを見事に表しているとは思わんか?」

「……ああそうだな。まったくもってその通りだ」


 少しばかり淡泊な声音が気になったが……。

 考えを改めてくれたようでなによりだ。


 先ほど《創殿の間》で造ったのはこの《支配者の間》。

 迷宮の最深部であり心臓部でもある場所だけだ。


 当然ながら地上とはまだ繋がっていない。

 ここからはべつの手順で迷宮を生成することになる。


 右足の裏で床をとんと強めに叩いた。

 直後、壁面の一箇所が上へと開き、通路が出現。

 そこから茶褐色の肌を持つ芋虫が飛び出してきた。


 魔人約30人分に匹敵する大きさだ

 当然ながら、その口も相応の大きさを持つ。

 それこそ人間を簡単に一呑みできるほどだ。


 ヴィルシャが「ひっ」と短い悲鳴をあげて距離をとる。


「こ、この……っ! 出すなら出すと言えっ!」

「もしや蛇竜虫(ワーム)が苦手なのか?」

「むしろ好きな奴がいるかと問いたいぐらいだ!」


 あれは蛇竜虫(ワーム)

 人間は食べないが──。


 代わりに地中を食らい、地上とを繋ぐ道を作る。

 迷宮生成に不可欠な魔物だ。


「こいつほど働き者はいないというのに」


 そばまで来た蛇竜虫を撫でてやる。

 ぶにぶにと弾力のある表皮とあって少し押し込む感じだ。


 心地いいらしく、「みぃみぃ」と鳴いている。

 口内のギザギザの歯から溢れる涎もたっぷり。

 久しぶりだが、相変わらず可愛い奴だ。


 ヴィルシャはというと、やはり理解できないらしい。

 かなり距離をとりながら、警戒心交じりに声をかけてくる。


「そ、それでどんな構造にするつもりだ?」

「もちろん魔素の収集効率を最大にする形だ」

「まさか真っ直ぐ繋ぐつもりじゃないだろうな……? 最低限、複雑な通路を造るべきだ。それこそこ人間たちがここに辿りつくまで1日はかかるほどのものを」

「安心しろ。そんな面白味のない迷宮にするつもりはない」


 カオスは思いきり口の端を吊り上げた。


 あわせて再び足裏で床を叩く。

 と、壁面から蛇竜虫が追加で飛び出してきた。

 ただ、今度は一気に10体だ。


 迷宮を造るだけなら1、2体で足りる。

 ゆえに、これほど多くの蛇竜虫を出すことはまずない。


「いったいなにを考えている!? こんなに呼んでどうする気だ!? ひゃぁっ、涎がかかる! 近寄るなっ!」


 ただでさえ苦手なうえに異常な数とあってか。

 ヴィルシャが面白いほどうろたえていた。

 そんな彼女をよそに、カオスは声を張り上げる。


「さあ蛇竜虫たちよ! 存分に食らいつくせ! お前たちの餌はこの頭上にあるぞ!」


 蛇竜虫たちが一斉に動き出して壁面にへばりついた。

 そのまま上部まで辿りつくと、その大口で天井を食らいはじめる。


 まるで渦をまくように削られていく天井。

 荒々しい食べ方とあってか、瓦礫や土がぼろぼろと落ちてくる。


 やがて、蛇竜虫たちの動きが止まった。

 どすんどすんと音をたてて蛇竜虫たちが着地する。


 もはや天井だったものは綺麗になくなった。

 頭上に広がるのは、ただひとつ。


 魔界にはないもの。

 空だけだ。


「あ、ありえない……」


 ヴィルシャが空を見上げながら放心していた。

 そばに戻った蛇竜虫たちから逃げることを忘れるほどらしい。


 カオスは両手を大きく広げて空を見上げた。

 突き刺さる陽光の眩しさに耐えながら、目を見開いて高らかに宣言する。


「これが……これこそが! 俺様復活後、初の記念すべき迷宮だ……ッ!」



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[良い点] うん、面白くなりそうです! 更新待ってます。
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