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◆第十五話『昇る黒炎と踊る氷片』

 平野に残るは苛烈な軌跡。

 青空に描くは花のごとく煌めき。

 縦横無尽に駆け巡る炎と氷の激流は、衝突しては雷鳴のごとき音を轟かせていた。


「くっ!」


 ヴィルシャ・ギズスは悔しさに顔を歪めた。


 いまも戦闘中の敵──リエラ・リィンズ相手に苦戦を強いられていた。まるで歯が立たなかった以前と違って動きについていけてはいる。だが、それだけだ。剣を交えるたびに傷を負ってしまっている。


「まだ理解して頂けないようですね。あなたではわたくしに勝てないと──」

「雑魚というのならっ! わたしを無視してさっさと戻ればいいだろうッ!」


 認めたくないが、力量差はある。

 だが、遠く及ばないほどでない。


 その証拠にリエラはこちらを無視して神聖都市に戻ろうとしない。カオスも相手にすることを考えて温存しているとも考えられるが……付け入る隙があるなら狙うほかない。


 みたび弾かれ、互いの距離が大きく離れた。直後、ヴィルシャは左手の剣を敵に向かって投擲した。矢のごとく向かった剣はあっさりと弾かれ、敵付近の地面に突き刺さる。有効な攻撃とはならなかったが、本命はそれではない。


 残ったもう1本の剣を地に叩きつけた。

 敵の足元へ亀裂が走ったのを機に叫ぶ。


「迸れ、獄炎ッ!」


 亀裂をなぞる形で炎が猛烈な勢いで噴出。リエラを呑み込まんと襲いかかるが、しかしその身を捉えることはなかった。リエラがまるで予期していたかのように悠々と右方に躱したのだ。


「その攻撃はもう何度も見ました」

「喰いかかれ、焔竜ッ!」


 反応したのは先ほど弾かれて地面に突き刺さった剣だ。竜の頭を模したその炎は勇ましき咆哮をあげるかのように口を開きながら、リエラの左手側から襲いかかる。


「そんな攻撃で裏をかけると──」


 リエラが迫りくる焔竜を迎撃せんと剣を構えた、直後。はっとした様子で肩越しに振り返った。さすがと言うべきか、どうやら気づいたらしい。


 亀裂から獄炎を噴出させると同時、リエラが回避した側と反対方向へと剣を投擲。獄炎をカーテン代わりにして発動させた焔竜を隠していたのだ。


 完全に裏をかけた。だが、あんな攻撃だけで倒せる相手ではない。ヴィルシャは即座に駆け出した。焔竜を放ち終えた2本の剣を魔力で手繰り寄せながら一気に距離を詰める。


 ほぼ同時、両側から挟みこむ格好で2つの焔竜がリエラに激突。爆発にも似た壮絶な音を響かせた。黒煙が巻き起こり、リエラを完全に覆いつくす。


 衝突の直前、リエラが剣を振っていたようには見えなかった。防御に徹したのか。以前にも氷壁で防がれてはいるが、今回は不意をついた格好だ。いくらリエラでも無傷とはいかないはずだ。


 そう確信したとき、まるで機をはかったように平野に強い風が吹いた。視界の大半を占めていた黒煙がさらわれ、リエラの姿があらわになる。


「なっ!?」


 ヴィルシャは思わず目を見開いてしまった。

 視界の中、リエラがまったくの無傷で立っていたのだ。

 以前と同様、氷壁に守られながらこちらを見据え、剣を構えている。


 まさか不意をついても傷を与えられないとは思いもしなかった。


 一度、後退して仕切りなおすか。だが、防がれたとはいえ、優位に進んでいる可能性は捨てきれない。その証拠に氷壁のあちこちが削れているようにも見える。だとすればこれ以上ない好機だが……。


 敵のひどく冷たい目を前に躊躇してしまう。

 攻撃すれば壮絶な反撃を受けるかもしれない。

 そんな不安を駆り立ててくる、威圧感のある目だ。


 ……どうする。

 一瞬の逡巡が頭の中を駆け巡った、そのとき。


 背後からとてつもなく大きな爆発音が聞こえてきた。


 近くではない。

 もっと遠く──おそらく都市からだ。


 いったいなにが起こったのか。疑問が頭をよぎるが、それを探ろうと振り返ることも考えることもしなかった。視界の中、リエラが驚愕に目を見開いていたからだ。


 ヴィルシャは思考から後退を瞬時に排除し、リエラに肉迫。2つの剣を合わせながら、出せる魔力のすべてを注ぎ込んだ。火炎迸る剣を押し込むようにして突き込む。


「ぁああああああああああッ!」


 氷壁を破壊し、突き進む刃。

 その切っ先がリエラの顔面を捉える──。


 直前、リエラが体をねじるように頭部を強引にずらした。剣がリエラの右頬のそばを通り過ぎていく。


 ヴィルシャは思わず舌打ちをしてしまう。これ以上ない好機だったにもかかわらず仕留められなかった。すべての力を注ぎ込んだのでいまさら切り返しもできない。下手に足を止めても反撃を受けるだけだ。


 ヴィルシャは歯がゆさを感じながら一気に駆け抜けた。地面に足裏を押しつけながら長い距離を滑ったのち、ようやく勢いが止まる。敵からの反撃を警戒してすぐさま振り返る。が、敵は先と同じ場所で足を止めたままだった。


 いったいどうしたというのか。無慈悲な印象しかなかったあのリエラが、この好機を逃すとは思えない。そんなことを思いながら、様子を窺っていたときだった。


 リエラの右頬から血が流れているのを見つけた。

 本当に薄く、小さな傷だが間違いない。

 先ほどの攻撃で与えた傷だ。


 ヴィルシャは胸がすくような思いに見舞われた。


 ついに届いた。


 たった1度。

 それも偶然とも言える1撃だ。


 ただ、それでも届くことがわかった。

 やはり力量差はそれほどではない。

 勝てる可能性はある。


 そう思った瞬間だった。

 ぞくりと総毛立つような感覚に見舞われた。


 視界の中、リエラが頬の傷に右手で触れ、付着した血をじっと見つめている。傷をつけられたことを怒っているのか、これでもかというほど瞳孔を開いている。


 リエラほどの実力者だ。もしかすると傷を負ったことで自尊心が傷つけられたのかもしれない。しかもその相手が敵対する魔人だったとすれば、なおさら強い怒りが湧いてもおかしくはない。


 そう勝手に解釈していたが……。

 リエラがゆっくりとこちらに顔を向けた瞬間、すぐに違うと悟った。


 いまや人間を相手に見ることは少ないが、知っている。

 あの目は──。


 思考が答えに辿りつく、直前。

 リエラを中心におそろしく冷たい風が吹き荒れ、一瞬にして辺りが銀世界と化した。


 想像を絶する変化だ。

 だが、戸惑う間もなかった。

 リエラが狂ったように剣を振りはじめたのだ。


 とても剣が届く距離ではないが、その刃から放たれる氷撃が吹雪のごとく勢いをもって襲いかかってくる。こちらも剣から発する炎を強め、対抗する。


 1撃、2撃と完全に防ぎ切った。だが、信じられないほど早い間隔で放たれる氷撃に押されはじめ、身体のあちこちに霜がつきはじめた。


 このままでは氷像となってしまう。すかさず後退せんと地を蹴ろうとした、瞬間。自身に大きな影が落ちていることに気づいた。慌てて上空に目を向ける。


「なっ!?」


 巨大な氷塊が勢いよく降ってきていた。その大きさたるや愚指の巨人を軽く上回るほどだ。もはや逃げる余裕はない。とっさに交差させた2本の剣を頭上で構える。


 激突と同時、とてつもなく重い音が鳴り響いた。手、腕、肩を伝って全身に襲いかかってくる凄まじい衝撃。このままでは押しつぶされる。


 いま、なにより優先すべきはこの氷塊を破壊することだ。あとを考えて余力を残すことではない。瞬時にそう判断し、ヴィルシャは体内に残るすべての魔力を剣へと注ぎ込んだ。これまでにないほど凄絶な炎が剣から迸る。


 決死の抵抗のおかげか、氷塊にわずかな亀裂が入った。そこから氷塊すべてに根のごとく亀裂が広がっていく。


「ぁああああああああああッ!」


 ヴィルシャは交差させた2本の剣を力の限り振り抜いた。全身に感じる圧が消え去るのと同時、氷塊が弾け飛ぶ。


 きらきらと陽の光を反射しながら落ちてくる無数の氷片。見惚れそうなほど美しい光景だが、いまはそれよりも敵の猛攻を凌いで生き延びたことへの達成感と昂揚感で胸が一杯だった。


 あれほどの攻撃だ。敵も勝負をかけていたに違いない。こちらも余力はもう残っていないが、泥沼な戦闘ならば負ける気はしない。そう意気込んで足を踏み出そうとする。


 そのときだった。

 足元から山のごとく巨大な氷塊が飛び出してきたのは──。


 気づいたときには空高くに打ち上げられていた。上手く体を動かせない。きっと勢いよくせり上がった氷塊に突かれたせいだろう。いまも全身に感じるひどい鈍痛がそう言っている。


 ここで終わりなのか。

 ここで死んでしまうのか。


 仮に死んだとしても刻印契約を結んでいる限り、主であるカオスの力で再び復活する。だが、これ以上あの男の手を借りたくない。なにより死を経験したくなかった。戦士としての明確な〝敗北〟だからだ。


 まぶたがゆっくりと落ちていく。

 暗い視界に、音のない世界。


 ……人間たちはこんなことをよく何度も経験できるものだ。

 そんなことを思いながら、ついに地面へと触れる──。


 直前、背中から包み込むようにしてなにかに支えられた。


 とても大きくて、とても温かい。


 いったいこれはなんなのか。

 正体を知りたい。

 そんな欲求から閉じかけたまぶたが自然と持ち上がっていく。


 青空を背景に誰かがこちらの顔を覗き込んでいる。ぼやけて見えなかったが、徐々に輪郭や色がはっきりとしていく。やがて完全に視界があらわになったそのとき、思わずまぶたを跳ねあげてしまった。


「──よく頑張ったな、ヴィルシャよ」


 この身を抱いていたのは現魔界の王。

 ゼスティアル・カオス・ゲートだった。


 どうやら最悪な相手に、最悪なタイミングで助けられてしまったようだ。ただ、自らの矜持が素直な感情を発することを許さなかった。ついぞ出た言葉は──。


「くそ……ッ!」


 そんな色気のない悪態だった。

 だが、カオスに気を悪くした様子はなかった。

 それどころかまるで子をあやすかのように笑っている。


 普段なら〝変態が格好つけるな〟と憎まれ口を叩いていただろう。だが、いまはその横顔がなによりも頼もしく感じられた。


「あとは俺様に任せるがいい」



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