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◆第十四話『聖石』

「カオス様は黙ってて! このクソ女はあたしを散々バカにしたのよ!? 相応の償いを受けさせないと気が済まないわ!」

「俺様に強制させる気か?」


 刻印契約の主として権限を行使すれば、強制的に従わせることはできる。だが、可能な限り使わない方向で進めたいというのが正直なところだ。こちらの想いを汲んでくれたか、エルリードが鎖を握った手を震えながら下ろした。


 そのまま放り捨てる形でクフィを解放する。

 どうやらいまこの瞬間に気を失ったようだ。

 クフィは不格好に倒れたまま目を閉じ、動かなくなった。


「よく我慢したな、エルリードよ」

「……カオス様、人間に甘過ぎ」


 消化しきれない怒りが残っているのだろう。

 エルリードがこちらを睨みながら頬を膨らましている。そんな子ども染みた姿にふっと笑いながら、カオスはおもむろに立ち上がった。


「誰にでもというわけではない。俺様が興味を持った者だけだ」

「もしかして持って帰るつもり?」

「いや、捨て置くつもりだ。そのほうが面白くなりそうだからな」


 思い通りの未来になるかはわからない。

 ただ、いまも考えていることが上手くいけば……とても愉快な状況となることは間違いなかった。


「さて思いのほか長居をしてしまった。さっさと《聖石》を回収してヴィルシャのもとに向かうぞ」

「そうね。早くいかないと殺されちゃいそうだし」


 いまも都市のあちこちでは魔物と敵守備隊との戦闘が繰り広げられている。クフィと対峙するまで戦況は互角に近かったが、現状は魔物たちが押している様子だ。


 敵は《聖石》の力により復活しているが、魔物側も迷宮から新たな個体が生み出されるなり都市に流れてきている。それも有利な戦況とあって魔物の損害が減り、戦場に滞在する戦力が増えている格好だ。


「うわぁ、ぎゅうぎゅうね……」

「都市中の人間たちが復活し、集まっているのだろう」


 ついに辿りついたルヴィエント中央に聳える城。

 その周囲を守る城壁上には隙間なく敵兵が並んでいた。


 敵はこちらを認めるなり大量の矢や魔法で攻撃を仕掛けてくる。が、そのどれもがエルリードの躍動する鎖によってあっさりと弾かれ、またかき消された。反撃とばかりに城壁上に伸びた鎖が敵兵たちを豪快に薙ぎ払いはじめる。


「カオス様、見て見て! どこに攻撃しても当たるわ! 爽快~っ!」


 エルリードが興奮した声をあげる中、魔物たちも城に続々と到着しはじめていた。敵兵からの攻撃を受けながらも徐々に包囲を狭め、城壁に取りついていく。骸骨戦士が肩車で梯子を作り、その上を骸骨騎士が駆けあがって城壁に着地。暴れはじめる。


 もはや敵の指揮系統は混乱しきっているようだ。

 まとまりがいっさいなく、こちらのやりたい放題だった。


「どっか~んっ!」


 エルリードが可愛い声をあげながら束ねた鎖で城門を破壊する。粉塵が舞い散る中、さらに進み、内庭を越えた先の内門も破壊。城内へと侵入を果たした。


 そこから《聖石》が保管された場所──聖庭館を見つけるのはたやすかった。戦線に復帰する敵兵の流れを辿るだけだったからだ。


 広間という言葉で表すには足りないほど巨大な室内だった。避難したと思しき民が何千人と見えるが、それでも空間が余っているほどだ。数えきれないほど多くの柱で支えられた天井も高く、これまでに見た聖庭館とは一線を画した規模だ。


 聖庭館の最奥では3人の女性像が巨大な球形をしたなにかを掲げていた。青空のごとく爽やかな光を放つそれの中、拳大の角ばった結晶が見える。……間違いない。


 六門の始祖──その心臓だったものだ。

 カオスは同胞の心臓を取り戻すべく歩を進める。


「道を開けよ!」


 こちらの忠告に従い、多くの人間が怯えながら左右に散っていく。だが、幾人かの民や、紛れていた敵兵が血気盛んに飛び掛かってきた。


「死ね、魔人!」

「ぁおおおおおおおッ!」


 ただ、それらの声はすぐさま消えた。

 エルリードの鎖があっさりと弾き飛ばしたのだ。


 殺しても復活することを考慮してか、死なないように上手く手加減したらしい。先の人間たちは遠くまで転がったのち、苦しそうに身もだえている。


「なに? せっかくカオス様が慈悲をくれたってのに飛び込んでくるなんてバカじゃないの? これから《聖石》はカオス様のものになるのよ。そしたらあんたたちはもう復活できない。わかってるの? ねえ、ねえねえっ!?」


 エルリードの忠告が効いたか。

 あるいは圧倒的な実力差に怖気づいたか。

 襲いかかってくる人間はいなくなった。


 ただ、外で戦闘が続いている限り新たに復活する人間は現れる。そのたびに先のやり取りをするのは面倒極まりない。


 カオスは右掌の上に影の球体を出した。

 これは端的に言えば、召喚した魔物たちとの繋がりを具象化したものだ。これらを通じて離れた魔物にも指示を与えることができる。


「我が忠実なるシモベたちよ。一時戦闘を停止し、後退。人間を1人も逃がさないよう都市を包囲せよ」


 指示を終えるなり、影の球体を握り潰す。

 と、エルリードが首を傾げながら訊いてくる。


「いまのって魔物への指示よね。どうして包囲?」

「じきにわかる」


 人間たちから向けられる敵意と怯えの目を一身に浴びながら、ついに女性像の足元付近に辿りついた。


 頭上で燦然と光を放つ《聖石》。当然だが、遠くで見るよりも強い輝きを感じた。それになにかに全身を包まれているかのような温もりを感じる。


「……間違いなく我が同胞のものだ。懐かしきニオイがする」

「そんなニオイしないけど。カオス様って耳だけじゃなくて鼻もいいのね」

「俺様は究極かつ完全な生命体だからな。すべてにおいて他を圧倒するのだ」

「へぇ~」


 興味がなさそうなエルリードの返事を受けつつ、カオスは足元から影を伸ばした。針のごとく伸びた影が女性像の脚を伝っていく。まもなく腰に達した、そのとき。


「う、動くな、化け物ども!」


 背後から覚えのある声が聞こえてきた。


 振り返った先、聖庭館の入口付近で1人の男が物凄い剣幕でこちらを睨んでいた。禿頭で小柄。赤い軍服に身を包んだ中年の男だ。記憶の中に一致する人物は存在する。エルリードが「う~ん」と首を傾げる。


「あのハゲ、どこかで見たような……」

「以前、爆突連兵を率いていた男だ」

「あぁ~、いたいた。なんかやたらと偉そうな奴ね。ぺいよーんとか呼ばれてたっけ」

「ベイオーンだ! あとわたしはハゲではない! 剃っているだけだ!」


 その弁明はエルリードにとってどうでもいいことだったらしく、「ふーん」と返していた。それがまた相手の怒りを強くさせたらしい。男──ベイオーンが目を血走らせながら息荒く話しはじめる。


「貴様ら魔人に《聖石》を奪われた時点で終わりだ。であるなら、このわたしが取るべき手はただ1つ!」


 ベイオーンが率いる爆突連兵は自爆を攻撃手段とする部隊だ。その長が同様の攻撃を使えてもおかしくはない。だとすれば、あの覚悟を決めた目からしてなにをしようとしているかは容易に想像がつく。


 カオスは「自爆か」と問いかける。

 と、肯定とばかりにベイオーンがにたりと笑った。


 その反応を見てか、エルリードが威嚇するように8本の鎖をうねらせる。


「でもあれってここまで届くほど破壊力ないでしょ。もし近づいてから自爆しようなんて考えてても、そんなのあたしが絶対にさせないし」


 たしかにベイオーンの戦闘能力では接近することは不可能だ。つまり、ベイオーンが出来ることはその場で爆発することのみ。だが……。


 互いの距離はおよそ大股15歩。これまで見た爆突連兵の自爆は、当人からおよそ大股5歩の範囲にしか影響がなかった。つまりいまの距離ではベイオーンが爆発してもこちらに危害が及ぶことはない。


 そのはずだが……。

 ベイオーンの表情は自信に満ち溢れている。


「なにやら思い違いをしているようだが……我々爆突連兵の隊長に施された自爆魔法の威力はほかの隊員を遥かに凌ぐ。貴様らはもちろん、この聖庭館ごと破壊するぐらいたやすいほどにな」

「そんなことしたら《聖石》も壊れるでしょ」

「貴様らに渡すぐらいなら破壊するほうがマシだ」

「うわ、あのハゲ完全にイカれてるわ」


 魔人の中でも暴力的なエルリードでさえ少し引いていた。《聖石》が壊れればもう復活できないにもかかわらず、ベイオーンはまったく恐れていない。おそらくもう死への恐怖感がなくなってしまっているのだろう。


「どうする、カオス様。あいつの言うことが本当だったらちょっと面倒だけど」

「……ふむ」


 カオスは思案しながら周囲の人間たちを見やる。

 事態を見守る彼らの目はもはや恐怖に支配されていた。


 素晴らしい兆候だ。

 遠き過去、愛しいと感じたカワイイ人間に戻ってきている。

 改めてベイオーンに視線を戻し、問いかける。


「この場には多くの人間がいるが、奴らはどうするつもりだ?」

「それがどうした。どうせわたしは死ぬのだ。だったら、あとのことなど……人間が何人死のうが知ったことではないッ!」


 その答えを聞くことが最後の一押しとなってしまったようだ。ベイオーンが口を大きくあけると、喉が潰れるのも厭わないといった様子で声を張り上げた。


「爆突連兵第3大隊長、ギハルド・ベイオーンッ! 真実の施しを授かるため、いまをもってこの身を我らが御神フィアムに捧げる……っ!」


 いまからなにが起こるのか。

 またベイオーンの決意がいかほどか。


 事態を見守っていた周囲の人間たちも察したらしい。悲鳴をあげながら我先にと聖庭館から逃げようと駆け出しはじめる。だが、もう遅いことはベイオーンの醜悪な笑みが物語っていた。


 ベイオーンが思いきり舌を出しながら、最期の言葉を口にする。


「──死ねェッ、魔人どもッ!」



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