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◆第十三話『雪辱戦』

 鼻息荒く戦闘体勢に入るエルリード。

 だが、相対するクフィに応じる様子はいっさい見られなかった。


「あなたに用はありません。用があるのは、そこの赤角です」


 言って、こちらに視線を向けてくるクフィ。

 その目は見てわかるほどに憎しみで染まっている。


「お前と出会ってからだ……お前と出会ってからリエラ様はおかしくなった。お前がなにかしたんだろうっ!」

「ほう、リエラに変化があったのか」

「リエラ様のことを気安く名前で呼ぶな! けがらわしいっ」


 その金切り声は戦場でもよく響いた。

 以前、対峙した際にもうっすらと感じていたが……どうやらこのクフィという人間はリエラに特別な感情を抱いているようだ。


「言っておくが、俺様はなにもしていないぞ。魔法も使っていなければ魔人としての力も行使していない。……いや、1つだけあったか」


 カオスはにやりと笑いながら言葉を継ぐ。


「愛を囁いた。カワイイ、とな」

「バカにして……ッ!」


 真実を伝えたのだが、からかわれたと思ったらしい。クフィが構えた剣に〝恩寵〟を迸らせた。緑に染まった風の奔流が剣に巻きつくようにして吹き荒れる。


「お前さえいなければ──」

「あたしを無視してんじゃないわよ、クソ女ァッ!」


 エルリードが叫びながら2本の鎖を伸ばした。それらはクフィへと一直線に伸び、勢いよく襲いかかる。


 とっさに振り抜いた剣によって鎖はあっけなく弾かれてしまうが、エルリードは2本の鎖を間髪容れずに追加。計4本の鎖で猛攻撃をしかけ、クフィに防戦を強いていた。


「カオス様、こいつはあたしにやらせて!」

「元よりそのつもりだ」


 カオスはそう応じたのち、1人先へ進もうとしたがすぐに足を止めた。


 この場をエルリードに任せて《聖石》の奪取に向かいたいところだが、如何せん魔力に余裕がなかった。


 近場に生成した迷宮や、ほかの迷宮を介して溜め込んだ魔素も、魔物の大量召喚や《恩讐の鎧》の付与によって多くを消費してしまっている。


 不測の事態を考慮に入れればここで無理をすべきではない。それに部下たちが死んだ場合、蘇生するための魔力を残しておく必要がある。


 カオスは逡巡したのち、近場に転がっていた木箱に腰を下ろした。足を組み、ふんぞり返りながら「あまり時間はないぞ」と声をかける。と、エルリードから「大丈夫! すぐにぶっ潰すからッ!」と返ってきた。


 そんなやり取りを聞いていたクフィがわずかに眉根を寄せた。かと思うや、剣に巻きついた風を放出せんと力任せに振り抜き、いまも襲いかかる4本の鎖をまとめて弾き飛ばした。


 鎖に釣られる形でよろめいたエルリードを目にしながら、クフィが小馬鹿にしたようにふっと笑う。


「先日、手も足も出ずに負けたのを忘れたみたいね」

「覚えてるに決まってるでしょ。だから、あんたにも同じ屈辱を味わわせてやろうとしてるんじゃないっ」


 エルリードが再び4本の鎖で攻撃を仕掛けるが、しかしそのどれもがクフィの風纏う剣にあっさりと弾き返されてしまう。


 だが、エルリードは防がれるのをわかっていながらも攻撃を仕掛けつづけていた。弾かれた鎖や、また吹き荒れる風で周辺の建物がどんどん崩れ、瓦礫が散乱していく。


「学習もせずに同じ手を何度も何度も……魔物よりは頭が働くと思っていたのですが……どうやら同程度の知能しかないようですねっ!」


 普段のエルリードなら相手の煽りにすぐさま反応するところだ。しかし、顔色1つ変えずに鎖を操り続けている。その態度に違和感を覚えたか、クフィが警戒心をあらわにする。


「あなたのつまらない攻撃に付き合うのも飽きてきました。そろそろ終わりにさせてもらいます……!」


 クフィが地を蹴り、勢いよく駆け出した。襲いくる鎖を弾きながら強引に距離を詰め、力の限り剣を振るう。エルリードがたまらず飛び退いて回避するが、逃がすまいと再び距離を詰めるクフィ。


 以前の戦闘で両者とも手の内をある程度見せている。おかげでなかなか攻撃が当たらない時間が続いている。ただ、徐々にエルリードのほうに余裕がなくなっていた。


 やぶれかぶれといった様子でエルリードが付近の大きな瓦礫を鎖で拾って投げつけた。あっさりと壊されてしまうが、破片や粉塵がクフィの周りを覆った。


 どうやらエルリードはこの状況を作りたかったようだ。待っていたとばかりにすぐさま4本の鎖を1つに纏め、放った。当たれば間違いなく勝負を決められる一撃だ。


 しかし鎖が敵に辿りつく、直前。

 クフィを覆っていた粉塵が彼女の〝神の恩寵〟である風によって晴らされた。


「こんな子ども騙しの攻撃っ」


 クフィが正面から襲いくる鎖の束を力任せに弾いた。さすがにエルリード渾身の一撃とあってそれなりの衝撃があったのか、わずかな硬直が生まれる。


 その瞬間だった。


 側面からもう1束──。

 4本の鎖が猛烈な勢いで襲いかかる。


「なっ!?」

「あひゃひゃ! 潰れろクソ女ァァアッ!!」


 エルリードが勝ち誇るように声をあげた。

 直後、鎖の束がクフィの脇腹に激突した。


 鈍い衝突音が鳴り、豪快に弾き飛ばされるクフィ。その勢いが止まったのは半壊した家屋の壁にぶつかったときだった。むせかえるように息を吐きだしながら、ずるずると倒れ込む。


 なぜ8本に増えた鎖を4本しか使わないのか。

 そう疑問に思っていたが……。

 すべてはクフィを出し抜くためだったというわけだ。


 クフィが剣を支えにふらふらと立ち上がる。

 どうやら先の1撃でかなりの深手を負ったようだ。


 そこからはもう一方的な展開だった。


 エルリードが8本の鎖を駆使し、何度も弾くようにして攻撃。初めは必死に耐えていたクフィも剣を弾かれ、ついには立てなくなるまでになった。エルリードは1本の鎖でクフィを締め上げ、見せびらかすように高く掲げる。


「あははっ、見てカオス様! あたしの勝ちよ! それも圧勝!」

「油断するな。まだ勝負はついとらんぞ」


 そう忠告したのもクフィの目がまだ諦めていないからだ。現にいまも右手に風を集め、反撃を試みようとしていた。だが、エルリードもさすがに警戒していたらしい。べつの鎖で両手両足も縛り、完全に自由を奪ってみせた。


「だ・い・じょ・う・ぶ! ちゃ~んと見てるから」

「ぐぁっ……」


 磔にも似た様相で空中に浮くクフィに、エルリードが悠然と近づく。


「あたしの鎖ね、実は増えただけじゃないの。これを見なさい、クソ女」


 言って、残った1本の鎖をクフィの眼前に持っていった。その先端からは紫色の瘴気がもうもうと発生している。その異様な空気から察してか、クフィが顔をこわばらせながらぼそりとこぼす。


「……毒」

「よくわかったわね。その通り、これは毒よ」

「下品な、髪型の魔人に……お似合いの能力ね。臭くて鼻がもげそうだわ……」


 髪型を揶揄されたからか、エルリードがすっと笑みを消した。先ほどまでの機嫌のよさが嘘のように冷めた目で静かに告げる。


「いますぐに泣いて謝ったら許してあげるわ」

「誰が魔人なんかに屈するものですか……っ!」

「……そう、じゃあお望み通り味わわせてあげるわ。あぁ、そうそう……言い忘れていたけど、この毒ね、魔力の込め具合で面白いことができるの」


 言うや、エルリードが1本の鎖を操り、その先端をクフィの太腿に押しあてた。直後、じゅうと肉の焼ける音が鳴った。


 あとから判明したことだが、エルリードの鎖は毒だけでなく、強く魔力を込めることによって強酸のごとく効果を発揮するようだった。


 さらに元の能力である毒が流れ込み、押しあてた箇所の周辺の肌が紫に変色しはじめる。とてつもない苦痛が押し寄せているはずだ。しかし、クフィは歯を食いしばるだけでいっさい声をあげなかった。


 その忍耐強さを前に、カオスは思わず感嘆してしまう。


「ほう、悲鳴をあげんか」

「強がってるだけよ。どうせすぐ泣き喚きくに決まってるわ」


 当然ながらエルリードには面白くなかったらしい。続けてほかの部位──腹や胸部、肩、二の腕に毒つきの鎖を押し当てはじめた。


 じゅうと音が鳴り、そのたびに苦悶するクフィ。ただ、目鼻口から色んな液体を零してはいるものの、やはり悲鳴だけは漏らさなかった。


「どうして鳴かないのよ……ねえ、どうしてッ!? ……わかったわ。やっぱり《聖石》のせいね。どうせ死んでも復活できるからどうでもよくなってるんでしょ!?」


 クフィにはもはや言葉で応じる力が残っていないようだった。だが、代わりに敵意に満ちた目が〝絶対に屈しない〟と伝えてきている。


 その目が気に食わなかったか、エルリードが逆上した様子で1本の鎖を自らの手に持った。そのまま毒つきの先端をクフィの目に押し当てようする。


 このまま放置するのも一興だ。

 しかし、途中から圧倒的優位であるはずのエルリードが惨めに見えて仕方なかった。主として、可愛い部下にそのような姿を披露させつづけるわけにはいかない。


「そこまでだ、エルリード」



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