◆第十二話『都市外壁戦②』
命令に応じて愚指の巨人が咆哮をあげた。
右手の指先すべてを伸ばし、勢いよく水平に薙ぎはじめる。やや遅れて追随した指先が外壁上を撫で、そこにいた敵守備隊を纏めて潰した。
続けてもう片方の左手を振り下ろすと、こちらもまた伸ばした指先が遅れて外壁にのし掛かり──豪快に粉砕した。地鳴りのような音が響き、粉塵が巻き起こる。
「あはっ、いい音~~ッ!」
ぶるりと震えながら恍惚の笑みを浮かべるエルリード。そんな彼女をよそに、骸骨兵たちが我先にと都市内へなだれ込んでいく。外壁を挟んでいたときとは違って接近戦が繰り広げられ始めたからか、けたたましい金属音が響きだした。
と、視界の端で転移の予兆である揺らぎが見えた。
まもなく現れたのは紫煙衆の長グウェルだ。
彼は片膝をつきながら、早々に報告を始める。
「カオス様、戦況のご報告っす。神聖都市ヴィフェレスに侵攻したほか5部隊のうち、2部隊が壁の破壊に成功。都市内部に侵入を果たしやした」
「つまり、ここを含めると3部隊が壁の破壊に成功したということか」
「そういうことになりやす。まだ壁の破壊ができていない箇所では愚指の巨人が倒された模様です」
「ふむ、敵もなかなかやるではないか」
すべての壁を破壊できると思っていただけに予想外な結果だ。とはいえ、大きな支障はない。こちら側の目的は都市内部にある《聖石》を奪取することだ。どこかしら壁を破壊し、都市内部に侵入できさえすれば問題はない。
「それで《聖石》の保管場所については見当がついたのか?」
「はい。おそらく都市中央に聳えるあの城にあるとみて間違いないっす。あそこから多くの兵士が戦場に戻っていくのを何度も確認しやした」
壁が破壊される前から幾つもの尖塔を覗かせていた城だ。所狭しと並ぶ建物群に隠れていまも下のほうは見えないが、その大半があらわになっている。
まるで山のように巨大な白亜の城だ。
絢爛さよりも荘厳さを重視したのだろう。
人間が神聖視するよう意識したことがありありと伝わってくる外観だ。
「わかりやすくていいではないか。グウェルよ、いい働きをしてくれた。紫煙衆は引き続き戦況の把握に努めよ」
「あの……俺たちも戦闘に参加しなくていいんすか?」
「必要ない。これはお前たちが命をかけるような戦いではないからな」
そう告げても、あまり納得がいっていないようだった。ただ、反論するほどではないらしい。「承知しやした」と言い残すと、早々に任務へと戻っていった。
「さて、愚指の巨人よ。お前の出番はここで終わりだ」
そう命じると、愚指の巨人が応じたように唸った。その身を無数の燐光と化し、ついには弾けるように散っていく。その光景を横目に見ていたエルリードが首を傾げる。
「あれ、連れて行かないの?」
「今回の目的は都市の破壊ではないからな。……では、そろそろ俺様たちも行くとするか。ついてこい、エルリード」
「は~い! やっとあたしも人間と遊べるのねっ。くひひっ」
カオスはエルリードを伴って都市内部へと侵入した。
すでに内部では激しい戦闘が繰り広げられていた。外壁での戦闘ではほぼ待機状態だった骸骨騎士がその俊敏さを発揮し、縦横無尽に走り回って敵兵を斬り伏せている。骸骨将軍も怪力で幾人もの敵兵を同時に相手し、圧倒している。
元はどんな景観だったのか、もはや知ることもできないほど都市は損壊していた。通りのあちこちには露店や荷車だったであろう破損物が散らばっている。売られていた食べ物や工芸品も転がっている。
逃げ惑う民衆の姿はあまり見かけなかった。すでに避難済みか。あるいは魔物に殺され、復活して《聖石》の付近にいるか。いずれにせよ今回の作戦において障害となる存在ではない。捨て置いて問題はないだろう。
「まずは1人目みーっけ。あ、2人目も確保~っ! さあて、いつまでもつかしら」
「あがっ……っぐぁっ!」
「化け物、め……っ」
エルリードがあちこちから飛び掛かってくる敵兵を捕らえていた。外壁の破壊まで出番がなかったこともあり鬱憤が溜まっていたらしい。普段よりも敵兵の悲鳴を愉しんでいるようだった
「むやみに殺すでないぞ。《聖石》に群がって面倒になるからな」
「そのときはまとめて殺せばいいじゃない。ま、あたしは1人1人、じっくりたっぷり愉しむ派だから安心して」
たしかにその点においてはヴィルシャよりも信頼できる。
ただ、最終的には殺すのでどちらも変わらないというのが結論だ。
「ルヴィエントのためにッ!」
「ルヴィエントの──」
「ルヴィ──」
路地に隠れていたのか、3人の爆突連兵が続けざまに飛び出してきた。気配がだだ漏れだったこともあり、全員が爆発する前にエルリードの鎖によって捕縛。肉がみちみちと悲鳴をあげるほどに締め上げられていた。
「ねえ、カオス様。なんか自爆兵がやたらと飛び込んでくるんだけど」
「自ら壁を壊さないよういままで控えていたのだろうが……壁もなくなったいま、遠慮なく自爆できるといったところだろう」
「ここで爆発しても自分たちの家を壊すのにね」
「俺様たちを仕留められるのなら安いと思っているのだろう」
「ふーん。同胞を大切にしないとか、やっぱり人間ってわからないわ。あ、この人間の鳴き声、良い感じ。ねえ、カオス様も聞いてよ! あぎぎって! あははっ」
まるで玩具で遊ぶ子供のようにはしゃぐエルリード。相変わらずの嗜虐思考だが、彼女の行動は人間を〝元〟に戻すには少なからず貢献しているようだ。
いまも鎖に締め上げられた敵兵の目が恐怖の色で染まりはじめている。方法はともかく良い傾向だ。
以降も敵兵を適当にさばきながら、都市中央を目指してのんびり進んでいく。やがて城の入口となる門がはっきりと見えてきた、そのとき。
「止まりなさい!」
進路を塞ぐように1人の女戦士が割り込んできた。
後ろで1つに結った短めの髪と、くりんとした目が特徴的だ。布が多めの軽鎧で身を包み、1本の剣を佩いている。
カオスは目を細めながら顎に手を当てる。
「……リエラに付き添っていた女か。たしか名前はクフィ──」
「クソ女ァッ!」
突然、エルリードが低い声で叫んだ。
その形相は、浮き上がった血管が幾つも視認できるほど怒気で満ちている。
エルリードは1本の鎖を思いきり握りしめると、1歩前へと出た。じゅるりとこぼれそうな涎を吸いながら舌を舐めたのち、女戦士──クフィに向かって声を張り上げる。
「あんただけはあたしがぶっ潰してあげるわ……っ!」




