◆第十一話『都市外壁戦①』
「どうやらヴィルシャの囮は上手くいったようだな」
「言動とか全然カオス様っぽくなかったし、すぐにバレるかもって思ったけど意外と大丈夫なものね」
カオスはエルリードとともに、囮役のヴィルシャとは反対側──西方の神聖都市付近で待機していた。いまは2人揃って愚指の巨人の肩に乗りながら、丸めた指で眼鏡を模って遠くを眺めているところだ。
「《幻想鏡》は外見だけならほぼ完全に模倣できるからな。遠くからではそう見抜けるものではない」
「ふーん」
「……興味がなさそうだな」
「だって実際にどうでもいいし。それより早く攻めないのかなって。あたしたちだけずっと待機じゃない。1、2人ぐらい締め上げてそいつらの悲鳴を聞きながら観戦したらまだ楽しめそうだけど……とにかくつまらないわ」
1本の鎖をぶんぶんと振り回して気を紛らわすエルリード。漏れ出た彼女の悪趣味な願望は置いておくとして、〝攻める〟にはいい展開になってきた。
「ふむ、まあそろそろ頃合いか」
「じゃあ、もう行っていいのっ?」
「残念だが、お前はまだ待機だ」
「えー、なんでよ!?」
「お前の出番は壁を破壊したあとだ。それからなら暴れて構わん」
エルリードが「ぶー」と口を尖らせる。
「じゃあ、さっさと破壊してよ」
「言われずともそのつもりだ」
眼下──《愚指の巨人》の足元周辺に目を向けると、待機中の魔物が多く映り込んだ。
骸骨戦士1000。
骸骨騎士30。
骸骨将軍5。
ほかの襲撃箇所もこれと同じ編成だ。
こちらは個体能力で勝る。その利点を活かし、6箇所から攻めることで敵の戦力を分散。互いにより少ない数で対峙できる状況を作り出した形だ。
「さあ、進め。俺様の可愛い可愛いシモベたちよ!」
先んじて駆け出す骸骨戦士。
そのあとに骸骨騎士、骸骨将軍が続く。
神聖都市ヴィフェレスを囲う外壁には、すでに魔物の軍勢が数か所から攻撃を仕掛けている。そのため、敵は戦力を分散せざるを得ない状況となっているはずだが……。
相対する外壁上には多くの人間たちが待ち構えていた。
大方、視界内に魔物の大部隊が待機しているせいで、ほかの外壁に救援部隊を送ろうにも送れなかったのだろう。ほかの侵攻部隊の負担が減ることもあって、こちらとしては願ったり叶ったりな状況だ。
「魔族ども、ようやく動き出したか! 弓兵部隊、構え! …………放てッ!」
外壁上の敵弓兵部隊から、空を埋め尽くすのではと思うほど凄まじい数の矢が放たれた。城壁に取りつかんとする骸骨戦士たちが次々に射られては倒れていく。
大量に転がった骨の山を前に歓声をあげるヴィフェレスの守備隊。だが、次の瞬間には動揺の声があちこちであがった。骸骨が黒く染まった状態で復活したのだ。
「あ、あれが黒い骸骨……」
「噂には聞いていたが、本当に生き返ったぞ……っ」
「なにをしているお前たち! 驚く暇があったら矢を放て!」
「ですが矢が弾かれてっ!」
「そんなもの、何度も当てれば倒せるはずだ! とにかく絶対に近づけさせるな!」
なおも矢は射られ続けるが、そのことごとくを弾きながら骸骨戦士たちは前進。ついに外壁に辿りついた。壁をよじ登りはじめる個体もいれば、門に攻撃を仕掛ける個体もいたりと自由に動き回って敵に圧をかけている。
そんな中、骸骨将軍が遅れて門に到達。その巨体に似つかわしい膂力をもって斧を叩きつけた。がごん、と鈍い破砕音が戦場に響き渡る。
さすがに頑丈なようで一撃で破壊するには至らなかったが、門に縦長の穴をあけていた。骸骨将軍は斧を引き抜いて何度も何度も門に叩きつけはじめる。
あの調子ならすぐに破壊できるだろう。
そう思った矢先、門の中から緑色の風が斬撃となって勢いよく飛び出してきた。避ける間もなく直撃を受ける骸骨将軍。全身が四散することはなかったが、幾つかの骨が破壊された。たたらと踏むようにして骸骨将軍がたまらず後退する。
「へー、やるじゃない」
「門の内側に魔術師がいたか。それもなかなか高位の使い手だ」
さらに穴からは槍も飛び出てきていた。
穴から侵入せんとする骸骨戦士たちがことごとく返り討ちにあっている。
「さすがは敵の要所といったところか」
「そんな呑気にしてていいの? どうみても劣勢よねこれ」
「お前もわかっているだろう。本命があれでないことを」
「まあ、そうだけど。そろそろコレ出すの?」
「うむ。ということで降りるぞ」
カオスはエルリードとともに揃って愚指の巨人の肩から飛び降りた。その後、戦場に響き渡るほど大きな声を張り上げる。
「さあ、愚指の巨人よ! その勇ましき肉体をもって外壁を粉砕しろ!」
低い咆哮で応じた愚指の巨人が前進を始める。さすがの巨体とあって敵もその存在を警戒していたようだ。弓兵部隊の一部が迎撃せんと矢を放ってくる。だが、大半が硬い表皮に弾かれて刺さらず落ちていった。
「下がっていろ。あれは我々が処理する」
弓兵部隊を退ける形で2人の重装兵が姿を見せた。彼らの右手には揃って杖が握られている。おそらくは魔術師だろう。その予想通り彼らが杖を掲げた瞬間、上空に巨大な魔法陣が描かれた。
「「《ブレイズランス》!」」
声に応じて彼らの上空に現れた火の粉。それは瞬く間に大きくなり、ついには槍の形となった。計2本。ごうごうと燃え盛るそれは魔術師たちの手が振り下ろされるのと同時、それらが勢いよく愚指の巨人のもとへと向かっていく。
ただの矢とは段違いの脅威を孕んでいる、と愚指の巨人も本能的に感じたのだろう。1本目を右手で受け止めようとするが、掌を貫かれ、そのまま右肩に突き刺さってしまった。
体勢を崩したところにもう1本が襲いくる。が、今度は迎撃が間に合わず胸部に命中。慟哭をあげながら崩れ落ちてしまった。
「や、やったぞ! あの巨人を倒した!」
「さすがは王宮魔術師様だ……あの方々がいれば我々の勝利は間違いない!」
「みな、王宮魔術師様に続け!」
敵陣からあがる大歓声。
どうやらあの重装備の魔術師は王宮魔術師と呼ばれているらしいが……彼らが《愚指の巨人》を倒したことで敵の勢いが一気に増してしまった。城壁に取りついた骸骨兵たちが次々に剥がされはじめている。
そんな光景をエルリードが細めた目で眺めながらぼそりと呟く。
「ねえ、カオス様。本命が早速やられちゃってるんだけど」
「……ここまでは想定内だ」
「絶対嘘でしょ」
「だが、奴がまだ負けたわけでないことはたしかだ。──さあ、愚指の巨人よ。黒き衣を纏い、いま一度立ち上がれ!」
そう命じた、直後。
愚指の巨人を包み込むように黒い影が現れた。
巨人が影を纏いながらのそりと起き上がったのち、雄たけびを上げる。呼応するように影がその身に取り込まれていく。やがて完全に影が消えた、そのとき。
愚指の巨人の体は黒く染まりきった。
魔法攻撃で負った傷痕もなくなり、何事もなかったかのように前進を始める。
「嘘だろ……骸骨だけじゃなくて、あの巨人も復活するのか……!?」
「なにを呆けている! また倒せばいいだけのことだ!」
愚指の巨人の復活に王宮魔術師たちも少なからず動揺しているようだ。半ば反射的に《ブレイズランス》を再び放ってきた。
だが、2本の炎槍はどちらも愚指の巨人の肉体を貫くどころか傷ひとつつけられなかった。衝突と同時に弾けるように散ったのだ。
「バカなっ、魔法が効かないだと……っ!?」
「無敵なんてことはないはずだ! 攻撃し続けろ!」
王宮魔術師たちがなおも魔法を撃ちつづける。だが、そのどれもが愚指の巨人を傷つけるには至っていない。その光景を見ながら、エルリードが疑問を投げかけてくる。
「あの黒くなる鎧って硬くなるだけじゃなかったの?」
「恩讐の鎧は魔物によって得られる恩恵が変わる。骸骨兵たちの場合は硬化だが、愚指の巨人の場合は──」
「魔法の無効化ってことね」
「うむ。とはいえすべてを完全に無効化できるわけではなく、一定の威力までに限るが。まあ、あの程度の魔法であればもはや脅威にはならん」
話しているうちに愚指の巨人が壁付近に辿りついていた。敵は王宮魔術師だけでなく、周辺の守備隊を総動員して必死に応戦している。だが、愚指の巨人に怯んだ様子はいっさい見られない。
「さあ、愚指の巨人よ。いま一度、命じる。立ちはだかる障害を排除せよ!」




