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◆第十話『魔族の侵攻②』

 カオスの宣告が響き渡った。

 巨人たちの歩みにあわせて都市が揺れはじめる。


 通りは逃げ回る人々で溢れていた。

 死から守ってくれる存在──《聖石》を奪いにきた相手とあってか、直接的な脅威と感じたのだろう。最近、幾つもの都市が落とされたことも理由にありそうだ。


 そんな彼らの中をかいくぐる形でリエラは駆けた。

 向かう先はカオスを乗せた巨人がいる正面外壁だ。


 外壁上の守備隊が応戦を始めたらしい。

 あちこちの空で魔法や矢が舞いだした。

 周辺都市からの援軍もあってか、とてつもない数だ。


 もはや背景の空がほぼ見えない。だが、それほど激しい攻撃をもってしても、巨人の歩みを止めるには至っていないようだ。


 リエラは味方の応戦を確認している間も駆け続けた。


 やがて外壁上の守備隊をはっきり視認できるほどまで到達した、瞬間。眼前の外壁が轟くような音をたてて粉砕した。大量の粉塵が舞う中、あらわになる巨人の全身。巨人は外壁を破壊したことで興奮したのか、勝ち誇るように雄叫びをあげている。


「な、なんなんだ……この巨人……っ」

「くそっ……ほかの魔物だけでも中に入れるな!」


 巨人があけた穴を通って大量の魔物がなだれこんできた。以前、迷宮に入った際に見かけた骸骨戦士を中心とした死霊系の魔物たちだ。


 リエラは足を止めずに味方前線を追い越した。

 そのまま敵陣へと飛び込み、魔物たちを斬り伏せていく。


「リィンズ様だ! リィンズ様が来てくださったぞ!」


 味方の声が聞こえる中、いま一度巨人の肩に目を向けた。そこには標的とする魔人──カオスが依然として立っている。だが、こちらと目が合うなり巨人の肩から飛び下り、背を向けて駆けていってしまった。


 直接の戦闘では勝てないと判断し、後退を選択したのだろうか。だが、こちらに逃がすつもりはない。カオスを倒せば召喚された魔物は消滅し、敵戦力は大幅に低下。勝ったも同然の状態になるからだ。


 とはいえ、このまま魔物たちを相手にしていては追いつけない。


 リエラは即座にそう判断し、思いきり地を蹴って跳躍した。魔物たちの頭上を飛び越えるが、巨人が進路を妨げるように割り込んできた。両手の指先すべてを伸ばし、振り下ろしてくる。


 指1本だけでも人1人を簡単に押しつぶせるほどの大きさだ。当たればひとたまりもないだろう。だが、まともに受けるつもりはなかった。瞬時に剣を振ってすべての指を切断した。巨人が苦痛で呻く中、その胸元へとさらに剣を突き刺した。


 剣から広がる形で巨人の体が一瞬にして凍りつく。最後にトドメとばかりに剣を押し込むと、巨人の体が粉砕。黒い影へと変貌し、まるで燃え尽きた炎のように消えていった。


 残った無数の氷片がぱらぱらと中空に舞う中、リエラは淀みなく着地する。


「さすがリィンズ様だ!」

「やはりヴィフェレスを守ってくださるのはリィンズ様しかいない!」


 兵士たちから沸き起こる歓声。


 先日の迷宮攻略失敗もあり、味方からの信頼は完全に失われていたと思っていたが、どうやらまだ残っていたようだ。ただ、彼らの声に応えられるほどいまは余裕がなかった。


「ここをお願いします! わたくしは……あの赤角を追います!」


 端的にそう言い残し、リエラは再び駆け出した。


 すでにカオスの背は小さくなっている。

 このままでは追いつくまで時間がかかるかもしれない。

 そう思っていたのだが、標的の背はどんどん大きくなっていた。


 カオスの移動速度が思った以上に遅いのか。

 ……いや、違う。


 カオスは都市から充分に離れたところで足を止めた。

 どうやら追いつかれるようにあえて遅く移動していたようだ。

 こちらが近くまで辿りついたのを機にカオスが振り返る。


「まさか本当に追いかけてくるとはな。あいつの言った通りだ」


 そう言い終えた、瞬間。

 カオスの体が渦巻く影に包まれた。


 リエラはとっさに剣を構えるが、直後に思わず目を見開いてしまった。早々に影が収まり、再び現れたカオスの姿が一変していたのだ。


 角の色が赤から黒に。

 体も女性的なものになっている。


 もはやカオスだった名残はない。

 まったく違う魔人だ。


「あなたは……あのときの」

「先日ぶりだな。人間」


 切れ長の目で睨みつけられる。

 たしかヴィルシャと呼ばれていたか。

 先日、迷宮攻略の際に対峙した魔人だ。


 なぜわざわざヴィルシャが姿を偽ったのか。

 おそらく先の彼女の発言からして囮となった可能性が高い。


 ──カオスを見つければ必ず追いかけてくる。

 そう思われていたことは不快極まりないが、実際にその通りに動いてしまった身としてはなにも言い訳はできなかった。


 いずれにせよ、重要なのはなにを目的としてヴィルシャが囮となったのか、だ。ただ、その答えについては子どもでもわかるほど明快だった。ヴィフェレス最大の戦力である〝守護者〟を都市から離すことだ。


 一瞬の逡巡ののち、リエラは振り返って駆け出そうとする。が、予想していたとばかりにヴィルシャが進路を阻むように立ちふさがった。


「行かせるつもりはない」

「あなたではわたくしを止められない。そのことは先日、身をもって知ったはずですが」

「……たしかにわたしは実力で貴様に劣っている。だが、1つだけ訂正する必要がある」


 言い終えるやいなや、ヴィルシャが2本の剣をぐっと握りしめた。直後、その剣の刀身から爆発でもしたかのように勢いよく炎が燃え盛った。


「それはわたしが、以前までのわたしではないということだ」


 まるで放たれた矢を思わせる疾駆だった。


 瞬く間に眼前まで迫ったヴィルシャが右手の剣で突きを放ってくる。回避は間に合わない。リエラはとっさに剣を割り込ませ、受け止めた。瞬間、とてつもない衝撃が腕を伝って全身に襲いかかってきた。


「くっ……!」


 軽くしびれたが、支障はない。むしろ敵は勢いに乗った攻撃をしかけた直後だ。いまこそが好機とリエラは反撃を仕掛けんとするが、しかしそれは叶わなかった。敵が残した左手の剣を振り下ろしてきたのだ。


 半ば反射的に後退した直後、先ほどまで立っていた箇所に敵の剣が激突する。巨人の足踏みを遥かに上回る衝撃だった。大地が揺れ、太い亀裂がこちらの足元まで走ってくる。


「……迸れ、獄炎」


 敵の声に応じて亀裂から火炎が噴出してきた。


 左右のどちからに避けるか。いや、後退するほうが制限される場は少なくて済む。そうとっさに判断し、リエラは亀裂のないところまでさらに後退した。いまだ燃え盛る火炎を目にしながらわずかに息をつく。


 戦闘前、彼女自身が言っていた通りだ。

 以前、対峙したときとはまるで違う。

 一撃の威力だけでなく、技のキレも速度も桁違いに上がっている。


 どのようにしてこれほどの力を得たのか。

 疑問はあるが、いまそれを知ることは重要ではない。なにより先に彼女に対する印象を一新し、最大の障害と認識するべきだ。


「──燦爛たるその煌めきを我が剣の軌跡に乗りて示せ。……紅影」


 炎が轟々と燃え盛る音に紛れ、聞こえてきた詠唱。

 直後、噴出する炎の中を突っ切りながら、敵が再び肉薄してきた。露出した肌に描かれた炎を模した黒い痣。剣が纏う黒炎。その姿はつい先ほどから変貌している。 


 守護者が扱う《聖上讃華》と同様、魔力を用いて自身を強化する類の技だ。ただ、これもまた以前とは桁違いの効果を発揮していた。


 交差した敵の剣をリエラは自らの剣で受ける。が、あまりの衝撃にその場で耐えきれないと即座に判断。自ら後方へ弾かれる形で受け流した。


 ほぼ同時、敵がその両手に持った剣を投擲。

 こちらを左右から挟むように付近の地面に刺してきた。


「──喰いかかれ、焔竜(えんりゅう)


 敵の声に応じて剣から黒炎が噴出し、竜の頭部を模した形へと変貌。空に昇ると、弧を描きながら頭上から襲いかかってきた。人1人程度、容易に呑み込めるほどの大きさだ。それが2つ。受け止めるのは得策ではない。


 ぎりぎりまで引きつけて飛び退く。が、双頭の焔竜は地面に激突するだけでは止まらなかった。地を抉りながら浮上し、再び襲いかかってくる。対象に接触するまで追跡する類のものか。


 ──受け止めるしかない。


 リエラはそう判断するなり、地面に剣を突き刺した。そこを中心に全力で魔力を注ぎ込み、自身を守る氷壁を展開する。やがて全方位が青白い壁で包まれた、瞬間。双頭の焔竜が激突した。


 腹の底まで響くほどの衝突音が耳朶を打った。閃光が迸り、視界が明滅する。とてつもない威力だ。氷壁はすべて消失し、白煙と化している。……まともに受けていたらどうなっていたか。


「……たしかに以前までのあなたとは違うようですね。ですが、それでもあなたはわたくしには勝てません」


 敵は全体的に能力が向上している。

 中でも炎の威力の増加具合は異常だ。

 おそらく扱える魔力もかなり増えているとみて間違いないだろう。


 なんとも厄介な相手だ。

 これまで対峙したどんな相手よりも強い。


 だが、負ける気はまるでしなかった。

 なぜなら、この身には神より授かった恩寵があるからだ。


 リエラは天に切っ先を向けた剣を胸の前で構え、紡ぐ。


「一切の悪を断ち、善を守護する力を与えたまえ。……聖上讃華」



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