◆第九話『魔族の侵攻①』
リエラは急いで窓を開け放ち、身を乗りだした。
直後、思わず目を見開いてしまう。
都市を囲う外壁の向こう側──。
報告通り巨人の魔物の姿を見つけた。
以前、迷宮で目にした愚指の巨人だ。
角度的に見えるのは3体。
正面、左右の方向だ。
振り返ると、クフィが反対側の窓から身を乗りだしていた。どうやらこちらと示し合わせて外の様子を確認してくれたらしい。
「クフィ、そちらはどうですか!? こちらは3体の巨人を確認しました!」
「こちら側からも3体確認できます!」
計6体。
その数の多さを知った途端、会議の参加者たちがあからさまに動揺しはじめた。あまりに想定外の事態とあってか、幾人かがベイオーンに詰め寄っている。
「ベ、ベイオーン卿! 敵は1箇所から来るはずではなかったのですかっ」
「わたしはそんなことなど言っていない! ただ、敵が攻めてきたところに戦力を集中して対応すると言っただけで──」
「敵は6方向からも来ているのですぞ! どこにどう集中して守るというのですかっ」
「……くぅっ!」
ベイオーンが対応に困っているときだった。
外から「聞け! 愚かなる人間ども!」と大声が聞こえてきた。
リエラは目を凝らして声の主を探る。
と、正面の巨人の肩に人影を見つけた。
あまりにも遠すぎるため、はっきりとは見えない。だが、その頭から生えた角や、その色が赤であることだけはわずかに確認できる。
「我はゼスティアル・カオス・ゲート! 魔界を統べる王である!」
魔術を使っているのか。
都市全体に響き渡るような声だ。
「リ、リィンズ卿、あれが例の赤角ですか……?」
「遠いのではっきりとは確認できませんが、おそらくは」
「まさか赤角が外に出てくるとは……」
いまだ直接的な脅威が眼前に迫っていないからか、会議の参加者たちにそこまで混乱した様子はない。ただ、事態悪化の起因となりえる存在──カオスへとその視線を集中させている。
「我が姿を見せた目的はただ1つ! 貴様らが《聖石》とのたまう同胞の遺物だ! 我が10数えるまでに大人しく《聖石》を引き渡せば見逃してやろう! だが、そうでなかった場合は……貴様らの命はないと思え!」
あまりに唐突な要求だった。
遠いこともあって抗議することすらできない。
「では始めるぞ。い~ち……!」
間延びした声で数えはじめるカオス。
ゆっくりとした数え方だが、充分な時間があるわけではない。当然、《聖石》を渡すなんて選択肢はない。ただ、仮に渡すとしても決断や運搬も考慮すれば不可能。つまり敵が攻めてくることは確定しているようなものだ。
ほかの会議の参加者もその答えに至ったのだろう。
次なる対応を求めて視線をベイオーンに向けている。
肝心のベイオーンはというと、口をぱくぱくと動かしながらひどく狼狽していた。
「こ、これは不測の事態です。ですが、心配はいりません。すぐにでも対応を考え、奴らを殲滅してみせましょう」
中身のない返答だ。
ただ、徹底抗戦であることは明確に織り込まれていた。
すでにカオスのカウントは〝5〟に到達している。
時間はない。
リエラは遥か先のカオスをちらりと見やったのち、すかさずベイオーンに意見する。
「ベイオーン卿、当初の予定通り赤角の討伐をわたくしに任せて頂けますか?」
「ほかの魔人や魔物はどうするつもりだ!? あれよりもっとタチが悪いだろう!」
ベイオーンの言葉遣いが荒くなっていた。
迷宮攻略の際もそうだったが、どうやら彼は平静を失うと素に戻ってしまうようだ。
「赤角を倒せば魔物は召喚主を失って消滅するはずです。残りの魔人は──」
「リエラ様、わたしに任せてください」
クフィが自身の胸に右手を当てながら言った。
彼女だけで2体の魔人を相手に勝てるかどうかは難しいところだ。ただ、仮に負けたとしても多少の時間は稼いでくれるだろう。つまりそれまでにカオスを倒し、救援に向かえば問題ないということだ。
ただ、ベイオーンは納得していない様子だった。
指揮官という立場にいながら、相変わらず責任を負うことを避けたいらしい。
「ベイオーン卿の采配で赤角を討伐できた、と報告しましょう」
「…………その言葉、忘れませんぞ」
「感謝します」
指揮官としては最悪だが、いまは彼の扱いやすさはありがたかった。リエラは窓の縁に片足を乗せながら、肩越しに振り返る。
「クフィ、ここは任せます」
「……はい! 命に代えても《聖石》は守ります!」
強い決意が窺える目と声だ。
ただ、命という言葉のせいでとても空虚に感じられた。
とはいえ、わざわざ指摘するようなことではない。
リエラは喉に突っかかった違和感を呑み込みつつ、窓から飛び出した。
ヴィフェレント城の会議室は3階に位置する。
だが、一般家屋の高さでみればおよそ6階相当。
その長い浮遊時間を経て、地面に着地した瞬間──。
「10。時間だ。侵攻を開始する……ッ!」




