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◆第十四話『聖騎士の実力』

 いまもなお戦闘は続いている。

 だが、辺りは妙な緊迫感に包まれていた。


 原因は間違いなくリエラだ。

 あまりにも大きな存在感ゆえか。

 誰もが注意を払わなければいけなくなっている。


「リィンズ殿……出撃命令は出していないはずですが」


 敵指揮官──ベイオーンが振り返りながら言った。

 どうやらリエラは歓迎されていないらしい。


 だが、彼女に臆した様子はなかった。

 それどころか敵指揮官を威圧している。


「この状況でもまだそんなことを仰るつもりですか。ご心配なさらずともここで得られた功績はすべてあなたに差し上げます」

「……その言葉、忘れませんぞ」


 なぜ守護者が前線に出てこないのか。

 疑問に思っていたが、どうやらベイオーンが手柄を得るための采配だったようだ。


 人間らしいと言えばらしい行動だ。

 ただ、今回に限っては余計だったとしか言いようがない。


 ふいにリエラの後ろから1人の女がひょこっと姿を現した。かと思うや、「このハゲっ」と敵指揮官に向かって悪態をついている。かなり小さな声だったらしく、どうやら敵指揮官には聞こえていないようだったが。


「こら、クフィ。やめなさいと言っているでしょう」

「ですが、あのハゲ──ベイオーン卿はいつもいつもリエラ様を蔑ろにして……」

「わたくしのことなら大丈夫です。なにも思っていませんから」


 クフィという名前で思い出した。

 たしかクアルデンでリエラとともにいた女だ。


 リエラ同様、ベイオーンとは属する部隊が違うのか。

 敬意を払っていないことからも、その可能性は高そうだ。


「下がれ、お前たち! いまから我らが守護者──リィンズ殿が戦ってくださるそうだ」


 ベイオーンが声を張り上げた。

 応じて敵の歩兵部隊と自爆兵たちが後退をはじめる。


 ヴィルシャとエルリードが追撃せんと駆け出す。

 が、すぐさま踏みとどまった。

 間違いなくリエラを警戒してのことだろう。


 そのリエラが前に歩み出てきた。

 敵の最前線とヴィルシャとのちょうど中間地点に立ち、こちらを見据えてくる。


「あなたがこの迷宮の主ですか?」

「いかにも。そして魔人の王でもある」


 いつもならここでヴィルシャが「自称」だなどと可愛い冗談を口にするところだが、今回はリエラを警戒してか、なにも言ってこなかった。


「わたくしはルヴィエント王国の守護者が1人。リエラ・リィンズです。あなたの名を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ふむ、そこの男と違って礼儀がなっているようだ」


 暗に揶揄されたと察したか。

 ベイオーンが、ふんっと鼻を鳴らしていた。


「ゼスティアル・カオス・ゲート。それが俺様の名だ」


 名を告げたところ、リエラがわずかに思案するしぐさを見せた。


「過去にゲートを名乗る魔人がいたという話を聞いたことがあります。彼らはほかの魔人とは比較にならないほど強い力を持ち、並の戦力では倒せなかった、と」

「だが、そのゲートは守護者によって倒されたのだろう?」

「その通りです。ゆえに──」


 リエラがゆっくりと剣を抜き、その切っ先を向けてくる。


「これからあなたも討伐されることになります」

「……言うではないか」


 同胞たちの仇なんて端からどうでもいい。

 ただ純粋に守護者の実力を知りたかった。


「ヴィルシャ、エルリード。下がれ」


 そう命じながら、カオスは魔物を呼び寄せた。


 門から現れたのは骸骨騎士10体、将軍3体。

 人間の歩兵部隊、数百に相当する戦力だ。

 果たして、どう対応するのか。


「リエラ様、わたしも──」

「必要ありません」


 クフィの加勢を断り、魔物たちに1人で対峙するリエラ。

 どうやら自ら向かうことはせず待ち構える気らしい。


 3体の骸骨騎士が早くもリエラに飛びかかった。

 正面、左右からの同時攻撃だ。

 いずれも大振りではなく速さを意識している。


 それゆえ、リエラの肌に迫るまで一瞬だったが、次の瞬間、赤いしぶきが散ることはなかった。リエラがわずかな隙間を縫うように前へ踏み出し、骸骨騎士たちによる攻撃をあっさり躱したのだ。


 さらに──。


 ばらばらになって崩れていく3体の骸骨騎士。

 継ぎ目が風化したり、腐ったりしたわけではない。

 リエラが回避しながら攻撃も繰り出し、刻んだのだ。


 ただ、戦闘はまだ終わっていない。


 1体の骸骨将軍が距離を詰めていた。

 その手に持った斧もすでに振り下ろしている。


 大きさのせいか、リエラの頭部が米粒のようにも見える。

 当たれば間違いなく砕けるが──。


 がんっ、と鈍い音を響かせて斧が捉えたのは、先ほどまでリエラが立っていた床だった。


 またしてもリエラが最小限の動きでゆらりと躱してみせたのだ。


 骸骨将軍が床に食い込んだ斧を引き抜こうとするが、それよりも早くリエラの剣が銀閃を走らせた。先ほど倒された骸骨騎士たちと同様、骸骨将軍もまたばらばらに刻まれて無残な格好で崩れていく。


「さすがリエラ様! 何度見ても舞いのように美しい剣技です……っ!」


 支配者の間に響くクフィの黄色い声。

 あの騒がしい女はともかくとして──。


 リエラの戦闘能力は驚くべきものだ。


 攻撃と回避。

 いずれもとても静かで、速い。


 最小限の動きで対応しているせいか。

 歩いているようにも見えるが、まるで隙がない。

 まさしくこれ以上ないほどに洗練された動きだ。


「なるほど、これは想像以上だ」


 思わず感嘆の声をもらしてしまった。

 ヴィルシャとエルリードも息を呑んでいる。


 残った骸骨たちも果敢にリエラへと向かっていく。

 が、見えた結果を覆すことはできなかった。

 総じてただの骨と化して床に転がった。


 先ほどまで魔物だった黒い靄。

 それら残滓を背に、リエラが再びこちらを見据えてくる。


「これで終わりですか?」

「ならば、これならどうだ?」


 カオスはまたしても手を払った。

 応じて広がった門から、ぬっと現れる巨大な影。

 それが床を踏んだとき、迷宮全体がかすかに揺れた。


「クイランの城壁を破壊したという巨人ですか」

「《愚指の巨人(ディ・ゴール)》だ。見ての通りこいつの攻撃は豪快だ。歩いて躱すには少し難しいかもしれんぞ?」


 赤黒く染まったその肉体は骸骨将軍よりも遥かに大きい。


 さすがに死を恐れぬ人間たちであっても、純粋に巨大な相手には脅威を感じるようだ。ベイオーンやクフィを含んだ敵兵たちが揃って体をこわばらせている。


 平然としているのは愚指の巨人にもっとも近いリエラだけだ。


 どしんどしん、と迷宮を揺らしながら前進する愚指の巨人。その巨体とあって3歩進んだだけでリエラのそばに辿りついた。


 おぉ、という低いうなり声とともに、愚指の巨人から突き出された右手。異様に長くだらんと垂れていた5本の指がたわんだかと思うや、一斉に伸びはじめた。向かう先はリエラだ。


 指先1つでも人間を軽く潰せるほどに大きい。当たれば間違いなく肉片となって飛び散るが、しかし、肉片となったのは巨人の指のほうだった。5本の指すべてがリエラに近づいた瞬間に斬り落とされたのだ。


 怒り狂った愚指の巨人がさらに左手の指を伸ばして攻撃をしかけるが、これもまた斬り落とされてしまう。もっとも得意とする攻撃を防がれたうえに返り討ちにされたからか、愚指の巨人が支配者の間を揺らすほどの咆哮をあげた。


 さらに指のなくなった両手を頭上で合わせ、そのまま勢いよく振り落とした。手の大きさも相まってまるで周囲の空気を呑み込むような豪快な一撃だ。これまでのようにただ剣を振るうだけで対応できるものではない。


 だが、リエラに逃げる様子は見られなかった。


 リエラは体を横に開いたのち、右手に持った剣を引き絞った。左手を添えた剣の先は真っ直ぐに愚指の巨人の両手を捉えている。


 愚指の巨人でもリエラ相手に勝てないことはわかっていた。

 見たかったのは、どのように倒されるかだが──。


 カオスは思わず目を開いてしまった。


 振り下ろされた愚指の巨人の両手。

 そこへまるで矢のごとく突き出されたリエラの剣。


 双方が衝突した、瞬間。

 リエラの剣に触れた愚指の巨人の両手が分厚い氷に包まれた。さらに氷結化は止まらず手首、腕、肩。ついには愚指の巨人の肉体すべてを瞬く間に凍らせた。


 リエラが静かに剣を引いたのち、歩いてその場を離れる。

 と、ぴくりともしなくなった愚指の巨人が緩やかに前へと倒れた。不格好に地面に激突した愚指の巨人は幾つかの破片となって消滅していく。


 いましがた愚指の巨人が倒れた際に起こったものか。

 支配者の間にひどく冷たい風が吹き荒れた。


「ほぉ~、面白い技を使うな」


 過去、人間と戦ったときには見なかった技だ。


 リエラの剣には大小様々な形状の氷結晶が渦巻きながらまとわりついている。リエラは剣を胸の前へ持ってくると、その切っ先を天に向ける恰好で構えた。


「わたくしたち聖騎士は神より授かった恩寵を自らの力とします」

「ふむ……恩寵だかなんだか知らんが、見たところ性質は魔法と同じ類だな」


 魔法は体内に取り込んだ魔素を変換することで成り立つ。

 そこから先は体外へと放出するか、体内で昇華させるかのいずれかだ。


 人間がよく使う《ファイアボール》は前者だが……。

 おそらくリエラが使っているのは後者の応用だ。

 体内で昇華させ、それをそのまま剣へと流している。


 以前、クイラン領主が見せた《ウォークライ》とよく似ている。だが、リエラの使う技のほうが比べ物にならないほど魔素の使用量が多く、また高度な技だ。


 と、なにやらクフィから思いきり睨まれていた。


「恩寵と言っているでしょう。魔法なんかと同じにしな──」

「そしてそれほど強力な力であれば扱える属性は1つに限られる」


 クフィの声を遮る形で、カオスはリエラに向けた言葉を継いだ。


 大方、〝神の恩寵〟をただの技と称されたことが気に食わなかったのだろうが、そんなことはどうでもいい。いまだに「なに無視してんの、あの赤角!」と喚いているが、無視するに限る。


「察しの通り、わたくしが扱えるのは〝氷〟のみです。ですが、それがわかったところであなた方に出来ることはなにもありません」


 言い終えるや、リエラが再び剣の切っ先を向けてきた。


 まさに勝利宣言ともとれる発言だ。

 傲慢とも言えるが、それだけの実力が彼女にはある。


 だが、エルリードにはそれがひどく気に食わなかったようだ。右の腕輪から出した1本の鎖をみちみちと音が鳴るほどに握りしめていた。


「さっきからあの女、なに? すかした態度でさ。自分が負けるなんて微塵も思ってなさそうなところとか本当にイラつくんだけど」

「たしかに負けるとは思っていませんが」

「そういうとこがイラつくって言ってんの!」


 エルリードが思いきり床を踏んで駆け出した。


 相手はあのリエラだ。

 感情任せの突撃では返り討ちにあうだけだろう。

 かといって逆上したエルリードは簡単に止まりそうにない。


 どうしたものかと悩みはじめた、そのとき。


「──あなた程度がリエラ様と戦おうなんて100万年早いのよ」


 間に割り込む形でクフィが飛び込んできた。

 とっさにエルリードが2本の鎖を前方に伸ばし、突き飛ばそうとする。が、クフィに触れる直前で鎖の先端が弾き返された。


「なっ」


 驚愕の声をあげて急停止するエルリード。

 その姿に満足したか、クフィが得意気な笑みを浮かべた。


 次いで彼女は見せつけるように剣を振るった。

 それはリエラの剣と酷似した変化を遂げていた。


 ただし、クフィの剣にまとわりついているのは氷ではない。

 緑色をした空気の流れ──純粋な風そのものだ。


「ちなみにわたしの恩寵は〝風〟です。そんなへにょへにょ動く鎖、弾き返す程度なら造作もありません。っていうか、なにその髪型っ。ぷっ……面白過ぎるんですけどっ」

「──ッ! カオス様、この女、あたしがもらうから! 絶対に捕まえて絞めつけて、しまいには内臓破裂させてやるわッ!」

「こっわ、やっぱり魔人って野蛮ですね」

「ひねり潰すっ!」


 もはやエルリードの目にはクフィしか映っていないようだ。

 4本の鎖すべての先端を突撃させている。


 まさにエルリードの怒りを現すかのような激しい攻撃だ。しかし、そのすべてがクフィの風纏う剣によって弾かれていた。


 さすがにリエラほどの力量はない。

 だが、その実力は決して低くはないようだ。


 エルリードもなんとか死角をついて攻撃しようとしている。

 だが、そのすべてに余裕をもって対応されていた。それどころか弾きながら前進しはじめたクフィに押されはじめた。たまらず後退しながら応戦している。


 殺されることはないだろうが……。

 間違いなく防戦が続くだろう。


 カオスはその光景を見ながら頬杖をついた。


「エルリードの奴、一瞬で気移りしよったな」

「だが、ちょうどよかった」


 ヴィルシャが低い声音で呟いた。

 昂ぶった気持ちを押し隠そうしているのだろう。

 だが、リエラに向けたその鋭い目が内なる感情を溢れさせていた。


「おい、アレはわたしが殺るぞ」

「構わんが……最初から全力でやらんと死ぬぞ」

「わかっている」


 いつものヴィルシャなら人間より下ともとれる発言に怒っていただろう。だが、こと今回に限っては素直に受け取っていた。それだけ相手の強さを認めているという証拠だ。


「──紅影」


 結びの言葉が紡がれた、直後。

 黒炎が渦巻きだした2本の剣を構え、ヴィルシャが叫ぶ。


「ここで殺しきる……ッ!」



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