◆第十二話『爆突連兵①』
状況は完全に一変していた。
門から絶え間なく現れては迷宮通路へ向かっていく骸骨戦士たち。つい先ほどまでは小声で喋っても響く程度に静かだったが……骸骨たちの足音のせいでもはや声を張らないと聞き取れないほどに騒がしくなっていた。
「ねえ、もう2層突破されちゃってるんだけど!」
エルリードの切羽詰まった声が支配者の間に響いた。
魔眼花の映像は相も変わらず明滅していた。
光を発しているのは人間の自爆兵たちだ。
奴らは映像に現れるなり、立ちふさがる骸骨戦士に特攻。
肉迫とともに爆発し、跡形もなく消えていく。
もちろん骸骨戦士を道連れにして、だ。
「ねえ、骸骨戦士より強いのいるんでしょ? もう出しちゃったら?」
エルリードが骸骨戦士たちを横目に見ながら訴えかけてくる。
人間に良いようにされている現状がもどかしくて仕方ないのだろう。
「あの威力だと騎士や将軍でもそうもたん。耐えられても2発程度だろう。戦士を大量に出して自爆兵の数を減らしたほうがまだマシだ」
「でも人間たち復活するじゃないっ」
「復活するのは都市内だ。迷宮に戻るまで時間はかかる」
とはいえ、あれだけの大部隊だ。
相当数の自爆兵を用意しているに違いない。
奴らが欲する《聖石》がかかっているとあればなおさらだろう。
「こんな奴らがいたとはな。いずれドゥーブたちに罠を造ってもらう予定だったが……」
「これじゃ出してもすぐに壊されちゃうわね」
「うむ、これは考えねばならんな」
今後の迷宮をどう運営していくのか。
どれだけ効率的に稼働させられるか。
エルリードと話しながら、そんなことを考えていたときだった。
魔眼花を食い入るように見ていたヴィルシャが、ぎろりと鋭い眼を向けてきた。
「貴様ら、なにを呑気に話している。いままさに敵が近くまで迫っているんだぞ!」
「お前がもっと早くアレのことを教えてくれていたら、対処できたかもしれんのだがな」
細めた目を向けながらそう責めると、ヴィルシャが「ぐっ」と呻いた。エルリードからも「そーよそーよ!」と追撃されてさらに縮こまっている。
「昔はあれほどの威力はなかったんだ。数も、あんなに多くなかった」
「ま、奴らも進化しているというわけか」
個人的には退化と言いたいところだが。
こと戦闘に関しては〝進化〟で間違いない。
「ねえ、〝時間稼ぎ〟が必要なんでしょ? やっぱりあたしが行ってくるわ」
「わたしもいこう。鎖を振り回すだけでは力不足が否めんからな」
エルリードに続いてヴィルシャも揃って通路へと歩き出す。「なによ、剣を振り回すしか脳がない筋肉のくせして!」、「誰が筋肉だ。この、巻きグ……変な髪型め」と言い合いをしながら──。
本当に仲が良い2人だ。
だが、だからといって勝手な行動を許すつもりはない。
カオスは「待て待て」と慌てて彼女らを止めた。
「お前たちはここで待機と言っただろう」
「でも、このままじゃ時間稼ぎどころじゃないでしょ?」
「初めに言っただろう、あまり殺し過ぎても困るとな。大体、守護者と対峙したらどうするつもりだ」
「この鎖で縛ってやるわ! それで、ぎゅうぎゅうって少しずつ締め上げてやるの。でねでね、もし泣いちゃったら言ってあげるの。ねえ、いま──」
涎を垂らしながら、興奮気味に話しはじめるエルリード。
大昔のリストレイン家の友人だった奴もそうだったが、相変わらず性癖披露がひどく得意らしい。本当に闇の深い家系だ。
暇つぶし程度にエルリードの性癖を聞くのは面白いかもしれないが──。
いまはそれより彼女らを止めるほうが先だ。
カオスは正常な状態のヴィルシャへと目を向ける。
「お前たちの戦い方からして広いほうが本領を発揮できるだろう」
「それはたしかにそうだが」
「焦る気持ちはわかる。だが、いまは待つときだ」
そう告げると、ヴィルシャが体から力を抜いた。
どうやらようやく納得してくれたらしい。
「その胆力だけは認めざるを得ないな」
「ねー。でも内心は焦ってたりして」
エルリードがケラケラと笑いながら言った。
いつの間にか妄想の世界から戻ってきていたらしい。
「……そんなことは断じてない」
「あ、いまカオス様どもって──」
エルリードがこちらを指差しながら声をあげた、瞬間。
ひと際強い揺れと爆発音が襲ってきた。
「どうやら談笑している間に到着したようだ」
通路から大量の土煙が噴出していた。
その中には幾つもの影が映り込んでいる。
「おやおや、なんとも魔人らしい趣味の悪い広間だ」
しゃがれた声とともに禿頭の人間が土煙から出てきた。
歳は人間で言うところの中年ぐらいだろうか。
見るからに上質とわかる赤い布服に身を包んでいる。
彼は支配者の間に踏み込むなり、眉をひそめながら辺りを見回していた。
口調や素振りのせいか。
いや、存在そのものが一瞬で不快に感じる手合いだ。
魔眼花を通して幾度も目にしていた。
人間の自爆兵に指示を出していた男だ。
おそらく指揮官級とみて間違いないだろう。
彼の後方では早くも土煙が収まっていた。
あらわになったのは多くのルヴィエント兵たちだ。
禿頭の男よりも質素だが、似た赤服を着ている。
彼らは支配者の間に入ると、左右に分かれ、入口側の壁面に沿う形で整列しはじめた。まさに一糸乱れぬ動きといった様相だ。よほど厳しい訓練を積み重ねてきたのだろう。
支配者の間に入ってきた赤服はおよそ400人。
魔眼花で確認した限りでは彼らが自爆部隊とみて間違いないだろう。
赤服ではないルヴィエント兵たちの姿も多く映っていた。
通路にぎっしりと詰まっている。
見える範囲では最後尾が見えないほどだ。
カオスは足を組みながら、禿頭の男を睨みつけた。
「開口一番に無礼な奴だな」
「そんな場所でふんぞり返っているウジ虫に言われたくはない」
「俺様が偉ぶるのは当然のことだ。なぜなら魔王だからな」
腕を組んで胸を張り、侵入者たちを見下ろした。
しかし、誰一人として畏怖するどころか恐怖した様子を見せない。それどころか無表情でじっとこちらを窺っている。
「六門と名乗る魔人はいたそうだが……魔王か。それはつまり魔人たちの王ということかな? ふむ、そんな風にはまったく見えないが……」
わざとらしくとぼけたように喋る禿頭の男。
挑発しているのがありありと伝わってくる。
ここは魔王として余裕を持った対応をするべきだろう。
などと考えていたときだった。
視界の端で頷くエルリードとヴィルシャを捉えてしまった。
「まー、たしかに魔王っぽくはないかも」
「そもそも自称だからな」
「おいお前たち、もっと俺様を敬わんか」
相変わらず忠義の足りない配下たちだ。
そこが面白いと言えなくはないのだが。
そんなやり取りを見てか、禿頭の男が「はっはっは」と哄笑しだした。
「臣下にもバカにされるとは。たしかに魔王とは名ばかりのようだ。まあ、我々にとって貴様が魔王かどうかは大した問題ではない。なにしろいまから死んでもらうのだからな」
言い終えるや、禿頭の男がこちらを指差してきた。
「第4から第8歩兵部隊、突撃。標的はあの赤角だ」
通路に待機していたルヴィエント兵が一斉になだれ込んできた。なかなか途切れなかったせいで数を把握するのに時間を要したが……およそ500人といったところか。歩兵部隊とあって全員が正統的な剣と盾を手にしている。
すでに門から出てきていた骸骨戦士約30体が応戦する。
が、ここは狭い通路と違って数的優位を活かしやすい広間だ。
いくら強化した骸骨戦士でも厳しかったらしい。
数と勢いの前にあっさりと倒されていく。
こちらを威圧する声。大量の足音。得物の衝突音。
一気に騒がしくなった空気のせいか。
ヴィルシャとエルリードが揃って身構えていた。
「おい、もういいだろう。殺るぞ?」
「あたしもあたしもっ、ねえいいでしょ?」
「待て待て。お前たちが戦ったらすぐに終わってしまうだろう。せっかくここまで来てくれたのだ。少し遊んでやろうではないか」
戦の香りはするが、まだ本番ではない。
相手方も自爆兵を出さないあたり様子見といったところだろう。
カオスは手を払って魔眼花を一旦消した。
ルヴィエント兵が支配者の間に踏み込んだ時点ですでに門の自立化を停止させ、主導権をこちらの手に戻している。ゆえに、ここからは即座に任意の魔物を出せる状態だ。
「――さて、まずはこいつらからだ」




