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◆第十話『迷宮攻略開始』

 翌日。

 遠征軍は日の出とともにクアルデンを出発。

 陽が中天に至るよりも早く目的の迷宮へと辿りついていた。


 すでに陣は迷宮入口を包囲する形で構築済み。

 辺りにも数えきれないほどの野営用テントが張られている。

 それこそ、ここがなにもない荒野であることを忘れるほどだ。


「おっきぃですねー」

「ええ、わたくしが以前に見たものよりも遥かに」


 リエラ・リィンズは補佐官のクフィ・ピアードとともに大穴を前にしていた。入口こそ陽光で窺えるものの、なだらかに下る坂の先は暗闇でなにも見えない。


 通路の高さは人を3人縦に重ねた程度。

 横幅は10人が並んで歩けるほどゆったりしている。


 この穴は自然に出来たものではない。

 当然ながら動物が掘った穴でもない。

 紛れもなく魔人が造り出した迷宮だ。


「始まったばかりですけど、結構苦戦してるみたいですねー」


 クフィが淡々とした口調で言った。

 彼女の言う通り遠征軍はすでに迷宮への侵攻を開始していた。


「いいか、前が詰まっても止まるな! ただただ進み続けろ! 死んだらクアルデンの南門に集合し、補給部隊を連れて速やかに戦線に復帰しろ!」


 迷宮内の暗闇で先の部隊が見えなくるたび、遠征軍は新たな部隊を送り込んでいた。部隊の数は10人。完全に数で押し切る作戦だ。


 迷宮内からは金属音や兵たちの叫び声。

 獣のものらしき呻き声などが聞こえてくる。


 攻略が順調であれば、こんな音は聞こえてはこない。

 クフィの言葉通り苦戦しているのは間違いないだろう。


「1体抜けたぞ!」


 迷宮内から聞こえた叫び声。

 直後、カタカタと音を鳴らしながら魔物が飛び出してきた。


 片手に剣を持ち、いっさいの肉がない魔物──骸骨戦士(スケルトンウォリアー)だ。それも黒色に染まっている。


 一斉に応戦体勢に入る周囲の兵たち。

 だが、誰よりも早く動いたのはクフィだった。


「もう、なにやってるんですか」


 彼女は剣を抜きざまに身を低くしたかと思うや、勢いよく地を蹴った。


 そのまま地を這うように駆け、瞬く間に敵へと肉迫。薙ぎの一撃を繰り出した。虚空に引かれた銀閃はまさに美しいの一言。技量を買われて聖騎士となった彼女らしい攻撃だが──。


 カンッと甲高い金属音が響いた。

 彼女の剣が骸骨戦士の胸部に弾かれた音だ。


「……あれ?」


 呑気に首を傾げるクフィへと、骸骨戦士が勢いよく剣を振り下ろす。が、ぶんっと虚空を斬るだけに終わった。クフィがひょいっと身軽に躱してみせたのだ。


「なら──っ」


 クフィが素早く剣を4回振るった。

 四肢の関節部を切断する軌道だ。

 それもすべてが綺麗に振り抜かれている。


 敵が崩れていく最中、さらにもう1撃を繰り出す。

 と、胴体から頭部が斬り飛ばされた。


 カラコロと乾いた音を響かせながら、転がる骸骨戦士だった骨。それらは黒い靄となり、やがて空気に溶けるように消失した。


 リエラは色を戻した虚空を見つめる。


「いまのが噂の黒い骸骨ですか」

「たしかに聞いてた通りちょっと硬いですね。まー、思いきりやれば強引に破壊できなくもないですけど。あと戦闘能力も通常の骸骨戦士より強いみたいです」


 クフィが弾かれた剣を見つめながら言った。


 1体程度なら大したことはない相手だ。

 だが、迷宮にはあの個体が何体も集まって立ちふさがっているという。


 兵たちの誰もがクフィのように敵の関節部をすんなり切断できるわけではない。迷宮攻略が開始されて以降、戦果が芳しくないものも無理はないだろう。


 改めて迷宮のほうを見ていた、そのとき。

 パチパチと拍手が聞こえてきた。


「さすがは王国が誇る聖騎士殿。ただの兵たちとは格が違いますな」


 声の主は今回の遠征軍の指揮官。

 ギハルド・ベイオーンだ。

 彼はそばまで来てからようやくわざとらしい拍手を止めた。


 剣を収めたのち、慌てて姿勢を正すクフィ。

 ただ、相変わらずギハルドのことを毛嫌いしているらしい。「ハゲに褒められても嬉しくないですけど」と小声で呟いていた。


 リエラはクフィを隠すように前へ歩み出る。


「苦戦しているようですね、ベイオーン卿」

「ええ、なかなかに骨のある相手でしてな。ふっふっふ……おや、面白くなかったですかな?」


 心底納得できないばかりに首を傾げるギハルド。

 相変わらず顔を合わせるたびに無駄な話を挟んでくる男だ。


「やはりここはわたくしが陣頭に立ち、速やかに攻略を──」

「そう焦ることもないでしょう。迷宮を攻略する際はいつもこんなものです。あぁ! そう言えばリィンズ殿はこの規模を攻略するのは初めてでしたな」


 そもそも近年では洞窟が現れることすら稀だ。

 ここにいる兵にも未経験者は大勢いるだろう。

 だが、だからといって臆する理由もなければ、引け目となるわけでもない。


「たしかにその通りです。ですが、必要な知識は頭に入れています」

「頼もしいお言葉だ。とはいえ、わたしもそう安易に頷けない立場でしてな。なにしろリィンズ殿は今回の遠征軍の象徴でもあり切り札的な存在でもありますから。あなたになにかあればわたしの首が飛んでしまいます」


 ──それも気持ちよさそうではあるのですが、と。

 ギハルドはそう話を結んでにんまりと笑った。


 相変わらず下卑た感情を隠さない男だ。

 リエラは目を細め、人知れず拳を作る。


「黙って見ていろということですか」

「もちろん、あなたの力が必要になればそのときはお願いします。なにしろ新たに現れた赤角は相当ヤバいらしいですからな」


 そう言い残して、ギハルドは去っていった。

 そんな彼の背へと、クフィがべーっと舌を出す。


「昨日は活躍を期待してるとか言ってた癖に……あのハゲっ」

「やめなさい、クフィ」

「ですが、リエラ様にあんな無礼な振る舞いをっ」

「ありがとうございます、わたくしのために怒ってくれて」

「……リエラ様」


 うっとりとした表情で頬を緩ませるクフィ。

 どうやら少しは落ちついてくれたらしい。

 ただ、怒りは完全に収まってはいないようだった。


「きっと心配しているんですよ。戦功を全部持っていかれるんじゃないかって」

「わたくしは戦功が欲しくてこの場にいるわけではありませんから。無事に迷宮が攻略されるのであれば、それで構いません」


 リエラは自身の胸元に右手を当て、「ただ」と続ける。


「わたくしは無駄に犠牲を増やしたくないだけです」

「ああ、なんてお優しいリエラ様……っ! でも、大丈夫ですよ。どうせ死にませんし、あんな奴らでも何回か突撃を繰り返してたらいつかは攻略できるはずです」


 あっけらかんと応じるクフィ。


 たしかに彼女の言う通りだ。

 遠征軍に〝犠牲〟は出ない。


 だが、言いたいのはそういうことではなかった。

 とはいえ、彼女に説明するのは難しいだろう。

 それほどまでに互いの見解に違いがありすぎる。


 いずれにせよ、迷宮が攻略されることは間違いない。

 なにしろ今回の遠征軍には──。


「第3爆突連兵大隊、前へッ!」


 辺りにひと際大きな声が響き渡った。


 直後、迷宮入口前に陣取っていた兵たちが慌てて散開した。代わりに占拠したのは赤い軍服姿の兵たちだ。数はおよそ800人ととても多い。


 彼らが第3爆突連兵大隊。

 つまりギハルド直属の部隊だ。


 彼らの前にギハルドがゆったりとした足取りで現れた。

 整然と並んだ部下たちを見てか、満足そうに頷いている。


「きみたちも知っての通り、いま迷宮攻略が難航している。これは新たに現れた黒い骸骨とやらが原因だ。とても硬く従来の骸骨戦士よりも強いらしい。ふむ、たしかに厄介な相手のようだが……我々の前では障害とはならない」


 話しながら、部下たちの前を往来するギハルド。

 その異様な空気のせいか、辺りはしんと静まり返っている。

 おかげで彼らのやり取りが否応なく聞こえてきた。


「なぜかわかるか? 5番、答えてみよ」

「爆発すれば倒せるからです!」

「その通り! だが、もっと強い敵が現れたらどうする? 11番」

「また爆発して倒します!」

「正解だ! ではもし爆発が効かない敵が現れたら? 54番」

「そんな敵は存在しません!」


 兵が誰より声を張って答えた。

 直後、ギハルドがぴたりと足を止めた。


 回答者の兵の顔をぬっと覗き込みにいく。

 ギハルドが望んだ回答ではなかったのか。

 兵たちの間に緊張が走る中、ギハルドが思いきり破顔した。


「素晴らしいっ! この世の心理とも言うべき回答だ!」


 どうやら満足のいく回答だったらしい。

 ギハルドは元の位置に戻ると、再び兵に向きなおった。


「爆発は死を超越した我々にだけ与えられた至高の攻撃手段だ。これを防げるものなどいはしない。だが、新たな敵が立ちふさがるたびに疑問は生まれるものだ。本当に倒せるのか、と」


 言い終えるや、ギハルドが目を思いきり開いた。

 それこそ眼球が飛び出るのではと思うほどだ。


「ゆえに我々は証明し続けなければならないッ! 爆発こそが最強であるとッ!」


 強まる語調とともにギハルドの表情が崩れていく。

 まさしく巷で言われる死に快感を覚える〝狂悦者〟のそれだ。


「きみたちに神の加護をッ! そしてなによりの悦びをッ!」


 爆突兵たちの足元に青い魔法陣が現れた。

 それらは光となって筒状に浮上。

 兵たちを包み込んだのちに消失した。


 外的な変化はない。

 だが、いましがたの現象はたしかな証となる。

 兵たちによる〝自爆魔法〟が使用可能になったという証だ。


「第3爆突連兵大隊──」


 ギハルドが迷宮に体を向けるや、思いきり舌を出した。

 そこにつけられたピアスを煌めかせながら、舌足らずな声で叫ぶ。


「と・つ・げ・き・だぁッ!」



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