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◆第九話『商業都市クアルデン③』

「なんで連れてってくれなかったのよ!」


 魔王城の執務室にて。

 カオスは帰還するなりエルリードに詰め寄られていた。


 部屋にはヴィルシャとプリグルゥもいる。

 2人ともエルリードの興奮する姿に苦笑中だ。


「お前もヴィルシャと一緒で連れていったら暴れそうだからだ」

「べつに暴れないわよ。ただ適当な人間を縛って持ち帰るだけで」

「それを暴れるというのだ」


 むぅ、とエルリードが頬を大きく膨らませる。

 どうやらまるで納得していない様子だ。


「大体、ヴィルシャみたいな乱暴者と一緒にされるなんて心外だわ」


 眉をひそめながら、ぼそりと口にするエルリード。

 直後、ヴィルシャがぴくりと片頬を動かした。


「それはこちらのセリフだ。近づいただけで襲ってくる奴に言われたくはない」

「あれは自衛のためよ。それにあたしは、あんたみたいにちょっとしたことで剣を振ったりしないわ」

「わたしも自衛のためだ」

「どうだか、いまも剣に手を当ててるじゃない」

「こ、これは……帯の位置が少しずれたのが気になっただけだっ」

「苦しい言い訳ね。って、ほらまた手が剣を握ろうとしてるじゃない!」


 どうやら口論ではエルリードに分があるらしい。

 ただ、勝ち誇る彼女の顔もすぐに崩れた。


「こ、この……下品な髪型が!」

「なっ! 誰の髪型が巻きグソよ!」

「はっ、なんだ自分でも認めてるではないか」

「みんなが言うからよ! この暴力女!」


 そこから始まる売り言葉に買い言葉。

 いまにも取っ組み合いが始まりそうな勢いだ。


 ただ、そばにいる身としては面白い見世物だった。

 プリグルゥに至っては温かい笑みを浮かべている。


「2人ともいつの間にかすごく仲が良くなったみたいです」

「ふむ、これが大の親友というやつか」

「「絶対に違う!」」

「ふふ、息もぴったりですね」


 プリグルゥのほんわかした空気に当てられてか。

 喧嘩していた2人はなんとか怒りを収めていた。

 ヴィルシャが力を抜くように息を吐いたのち、訊いてくる。


「で、どうだったんだ?」

「なかなかに面白かったぞ」

「面白かった? 偵察にいったんじゃなかったのか? まさか遊んでたわけじゃないだろうな? おい、目をそらすな」

「心配するな。ちゃんと会ってきたぞ」

「会ってきたって……まさか」


 言って、ヴィルシャが顔をこわばらせた。

 カオスはにやりと微笑んで応じる。


「戦闘の準備をしろ。来るぞ、守護者が」



     ◆◇◆◇◆


「リエラ様相手にあんな無礼な態度をとって。あんな男、見たことありません!」

「そうですね。たしかに不思議な人でした」


 リエラ・リィンズは補佐官のクフィ・ピアードとともに商業都市クアルデンの大通りを歩いていた。


 都市の空気はいつもより張り詰めている。

 おそらく、つい先ほど騒ぎを起こした兵を取り締まったからだろう。


「ただ頭がイカれていただけだと思いますけど。大体、リエラ様が声をかけて下さるだけでもありがたがるべきことなのに、あの男、あんな尊大に振舞って──」


 クフィが出会った男の悪口を言うのはいつものことだ。

 とくに気にすることではない。


 ただ、いつもより口調が荒々しかった。

 それだけ印象に残ったのだろう。


 たしかに、〝彼〟はこれまで会ったどんな人とも違った。

 子どものように無邪気に振る舞いながら、どこか底の見えない奥深さを感じられた。


 なによりこちらを見る目が強烈だった。

 ただ、性欲をあらわにされた不快さではない。

 純粋な好奇心を満たすものだ。


 この身のどこに興味を抱いたのか。

 彼と出会って以来、ずっと気になって仕方なかった。


「あの、リエラ様?」


 なにやらクフィが顔を覗き込んできていた。

 リエラはわけもわからず目を瞬かせる。


「はい? どうかしましたか?」

「いえ、その……ぼーっとされていたので」

「少し考え事をしていました」

「……はっ、まさかさっきの男のことを考えていたりとか? って、まさかそんなことあるわけ──」

「そうですが、なにか問題でもありますか?」


 首を傾げながら問いかける。

 と、クフィがなぜか唖然としていた。


「嘘でしょ……まさかあんなのが? わたしのリエラ様が……あんなただの旅人を?」

「……クフィ?」


 なにかよくわからないことを口走りはじめた。

 とはいえ、あの旅商人のことを話していることぐらいは理解できる。


「彼自身も〝ただの〟と強調していましたが……わたくしにはなぜかそう思えませんでした。どこかざわついて……そう、この辺りが」

「む、胸のざわつき……っ!」


 クフィがその場でくずおれてしまった。

 まったく意味がわからないが……。


 よほど心の痛むことがあったのだろう。

 仕方ないので慰めるために寄り添おうとした、そのとき。


 整然とした複数の足音が聞こえてきた。

 見れば、こちらに向かってくる10人ほどの集団。


 全員が赤の軍服に身を包み、大通りを我が物顔で歩いている。

 彼らはそばまで来ると、ぴたりと足を止めた。


「ここにおられましたか、リィンズ殿」


 先頭に立つ小柄な男が声をかけてきた。


 彼はギハルド・ベイオーン。

 爆突連兵の第3大隊長だ。

 今回に限っては遠征軍の統括者でもある。


 ギハルドを見るなり、「げっ」と漏らすクフィ。

 ただ、管轄は違うものの立場的には上の存在だ。

 彼女は慌てて立ち上がるや、姿勢を正していた。


 そんなクフィをよそに、リエラは静々とギハルドへと向きなおる。


「なにか御用でしょうか?」

「こう見えてわたしも男でしてね。美しい女性と話したいと思うときもあるのですよ」

「手短にお願いします」

「まったく、連れないお方だ。あなたが先ほど諌めた件について色々とお話ししたかったのですがね」


 同じ王国軍ではあるが、厳密には違う。

 言うなれば、聖騎士は外様に近い。


 ゆえに、よそものに口出しをされたようなものだ。

 王国軍の中核とも言われる爆突連兵からすれば良い気はしないだろう。


「わたくしは間違ったことはしていません」

「ふむ。ま、正直あんな兵の1人や2人、どうでもいいのですが」


 どうやら心底そう思っているらしい。

 言葉の中に一切の偽りを感じなかった。


 ギハルドの仲間意識の無さに助けられた格好だが……。

 なんとも言い難い複雑な気持ちだ。


「さて前置きはこの程度にして本題に入りましょう。つい先ほど報告が入りましてな。昨日、襲撃されたフロット村近辺に新たな迷宮を発見した、と」

「……では」

「ええ、出陣は明日の日の出とともに。ご活躍、期待しておりますぞ。我らが遠征軍の美しき象徴──《氷連の聖女》殿」


 向けられるねっとりとした声と微笑。

 いつもならば不快感で心が満たされるが、いまだけは違った。旅商人と出会ったときから続く胸のざわめきが占領しているからだ。


 ──迷宮で魔物と戦えばきっと消えるはず。


 リエラは自身にそう言い聞かせながら、明日の目的地──迷宮のほうへ目を向けた。



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