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◆第七話『商業都市クアルデン①』

「おい、わかってるだろうな。帰るときもだぞ」

「ん、出るときももらってたっけ?」

「バカ。もらえるもんはもらっとくんだよ」

「たしかに。じゃ、そういうことだからよろしくな!」


 後ろから下卑た笑い声が聞こえる中、カオスは商業都市クアルデンに足を踏み入れた。


「どこの世界にも意地汚い奴はいるものだな」


 つい先ほど都市に入る際のことだ。

 渡航許可証とやらがないせいで通行料を払うハメになったのだが……どうやら余分に払わされたようだった。


 とはいえ、とくに失望も落胆もしていない。

 人間には色んな者がいるし、いまさらだ。


 それに渡した〝通行料〟は元々迷宮に来た人間から奪ったもの。痛くも痒くもない。


 それよりもいまは──。

 カオスは大通りを歩きながらあちこちに視線を巡らせる。


「ほう……ほうほうほう……っ!」


 いまでこそ多くの区画が失われた魔界だが……。

 昔は大通りもあったし店も並んでいた。

 目を瞑れば活気に満ちた光景も思い出せる。


 だが、人間の大通りは毛色がまるで違う。

 こちらのほうが商品の種類が明らかに多い。


 また陽光の下にあるからだろうか。

 建物から商品までどれもが色鮮やかに見えた。


「しかし、随分と様変わりしたものだな」


 大昔に訪れた人間の都市はもっと前時代的だった。

 いまは建築様式がどれも丈夫そうなうえに小奇麗だ。


 いずれにせよ素晴らしい光景だ。

 叶うならばずっと観察していたい。

 だが、視界に映り込むあるものが自制を呼びかけてきた。


 ルヴィエント王国兵だ。

 都市外にも相当数を確認したが、中にもかなりの数がいるらしい。どこに目を向けても最低1人は確認できる。


 今回の潜入目的はルヴィエント王国兵の動きを探るためだ。

 決して遊ぶために来たわけではない。臣下の信頼を裏切らないためにも、責務をしかと果たさなければならない。


 ──そう、魔王として。



     ◆◆◆◆◆


「これも美味いな。ほう、これもなかなか」


 カオスは口一杯に食べ物を頬張っていた。


 大通りを歩きはじめてから約半刻。

 目に入った屋台を片っ端から回っていた。

 途中から数えるのをやめたが、最低でも10店舗は回った。


 基本的には肉や芋を中心としたものだ。

 ただ、どれ1つとっても同じ味がない。

 串焼きだけでも香辛料で違いがわかるぐらいだ。


 昔も人間のほうが食に対して貪欲だったが……。

 どうやらいまも変わらないようだ。


 ちなみに雑貨を売る露店も目に入ってはいる。

 ただ、いまは圧倒的に食い気が勝って興味が湧かなかった。

 長い間、獄に入れられていた反動だ。間違いない。


 両手が軽くなったところでまた新たな店を発見した。


 今度は大きな芋を蒸した料理だ。

 中になにかを入れて外に黒いタレをかけている。

 やはり見ただけでは味の想像がつかない。


「1つ頼む」

「あいよ」


 店主は40代ぐらいの男だ。

 特徴的なのは少し後退しはじめた前髪か。

 ただ、ほどよくついた筋肉のおかげで若々しさはほんのりと残っている。


 ほどなくして店主から品を渡された。

 湯気が出て、包み越しでも熱を感じる。


 ちなみに包みは木目が見える厚めの紙だ。

 いや、紙というよりただ削っただけのものか。


 ほかの店もそうだったが、費用的な問題だろう。

 少し硬くて包み続けるのに力はいるが、とくに気になるほどではない。


 早速、豪快にかじりつく。

 と、思わず目を見開いてしまった。


 外のタレの味があまりにも濃かったのだ。

 最初は甘く、あとから辛味がゆっくりと来る。


 ただ、それもすぐに和らいだ。

 口一杯のしっとりとした芋。

 そして中からとろりと出てきたチーズのおかげだ。


 外のタレと上手く合わさるように考えたのだろう。

 コクよりもまろやかな感じが強いチーズだ。


 わかりやすく味の変化を楽しめる料理らしい。

 全体的に濃い味付けだが、それがまたやみつきになる。


「兄ちゃん、見ない顔だな」


 店主が話しかけてきた。

 カオスは食べながら応じる。


「ついさっきこの街に来たところだからな」

「ってことはやっぱり旅人か」

「そうかもしれん。いや、そういうことにしてくれ」

「なんだ、わけありか?」

「俺様を詮索するとろくなことにならんぞ」

「ははっ、面白い兄ちゃんだ。じゃ、店の安全のためにもそっとしておくよ」

「懸命な判断だ。んむ、美味かったぞ」


 話している間に食べ終わってしまった。

 早いな、と驚かれたが、すぐさま笑顔になる店主。

 どうやら「美味い」の一言が効いたらしい。


「しかし、旅人か……出来れば平時のクアルデンを見てもらいたかったよ」

「いまとは違うのか?」

「もっと活気があって明るい感じだ」

「やはり兵士のせいか」

「あんまり大きな声じゃ言えねえがな」


 とはいえ、都市の誰もが思っていることだろう。

 ほかの店主もみな同じように浮かない顔をしていた。


「最近、魔人の動きが活発化してきたってのは本当みたいだな。兵士たちの話を聞いちまったんだが、昨日も近くの街が襲われたらしい」

「魔人が外に出てきたのか?」

「俺も最初は耳を疑ったぜ。あの魔人がってな。ってこんなこと言っといて魔人の姿なんて見たこともないんだけどな。角が生えてるらしいし、きっと顔も怖いんだろうよ」

「これは噂だが……魔王はとても格好いいそうだ。それこそ人間の女が一目見ただけで惚れてしまうぐらいにな」

「そりゃあ大変だ。娘を会わさねえようにしねえと」


 冗談を言っていると思ったのだろう。

 大して本気にされず、からからと笑われた。


「ほう、娘がいるのか」

「それもとびきり可愛い、な。もう少ししたら買い出しから帰ってくるはず──って、話をしてたら来たみたいだ」


 店主がそらした目線の先を追う。

 と、妙齢の女性が目に入った。

 小さな荷車を引いてこちらに向かってきている。


 おそらく彼女が店主の娘だろう。

 ただ、言うほど〝とびきり〟可愛い印象はない。


 とはいえ、見るからに器量が良さそうだ。

 それに優しそうな眼をしている。


「どうだ、我が娘ながら良い女だろう?」

「うむ、良い女であることは間違いなさそうだ」


 ──好みではないが。

 と付け加えようとした、その瞬間。


 店主の娘に2人の兵士が歩み寄った。

 一言二言交わしたかと思うや、露骨に警戒しはじめる娘。だが、そんな彼女の手を強引に引いて兵士たちは路地に入っていった。


「おい、路地に連れ込まれたぞ」

「イレーナッ!」


 屋台から慌てて飛び出す店主。

 そのまま自身の娘が消えた路地へと走っていった。


 先の様子から状況に想像はつく。

 ただ、どんな顛末となるのか。

 人間大好きな身としては気になるところだ。


 カオスは浮かれた足取りであとを追った。


「俺の娘になにしてやがる!」

「お父さんっ」


 路地を覗くなり大声が聞こえてきた。


 どうやら間に合ったようだ。

 娘を背に置いた店主が兵士2人と対峙している。


「なんだ、親父のお出ましか」

「俺たちは娘さんとただ話してただけだよ」

「ただ話すだけならこんなところに連れ込まないだろう!」


 激高しながらもっともな意見をぶつける店主。

 相反して兵士たちは下卑た笑みを浮かべていた。


「そりゃ男と女なんだからな」

「下品な言い回しを避けたんですよ。お父さんのた・め・に」

「誰がお父さんだ!」


 店主はそう叫ぶと、「下がっていなさい」と娘に告げた。

 両手に拳を作って戦う気満々といった様子だ。


 そんな店主を前にきょとんとする兵士2人。

 だが、すぐにバカにしたように笑いだした。


「わかってんのか? 俺たちに歯向かうってことは王国に歯向かうってことだ──ぞっ」


 兵士の1人が躊躇なく店主の顔面を殴った。

 ごっ、と鈍い音とともに豪快に倒れる店主。


「お父さん!」


 娘が悲鳴のごとく叫び、店主に駆け寄る。

 が、すぐさま兵士に掴んでどかされた。


「復活できるからって安心してんだろ? ざ~んねん。死なねえようにいたぶることもできるんだ──ぞっ」


 兵士が店主の顔面を勢いよく踏みつける、直前。


「そこまでにしておけ」


 カオスは路地に姿をさらした。

 いきなりの割り込みに兵士が足を止めた。

 その隙に娘の手を借りて後退する店主。


 機を逸した兵士が舌打ちをして睨んでくる。


「なんだ、お前?」

「俺様はまお──ただの旅人だ」


 あやうく魔王と言いかけた。

 気づかれなかっただろうか、と心配したが、どうやら違う点が気になったらしい。兵士2人が顔を見合わせてけらけらと笑いだした。


「こいつ自分のことを様づけしてやがる」

「お前たちのような下卑た者たちはもとより、誰よりも優れたまじ──存在なのだから当然だろう」

「あ? なんだって?」

「だが、安心しろ。お前たちのような者は嫌いではない。まさしく人間の欲望を表したかのような薄汚さ……ああ、見ているだけでぞくぞくする」


 言い終えるや、舌なめずりをする。

 きっとこちらの好意は伝わったはずだ。


 そう思っていたのだが……。

 兵士たちが顔をしかめて1歩下がってしまった。


「なんだこいつ、気持ち悪ぃ……っ」

「てかさっきから俺らのこと貶しまくってねえか?」

「たしかに。調子に乗るなよ、旅人風情がっ」


 兵士1人が殴りかかってきた。

 とても遅く、避けるのは造作ない。

 だが、あえて額を突き出す形で受けた。


 ごっ、と響く鈍い音。

 予想通りまるで痛みがない。

 反面、兵士のほうは手を引いて顔を歪めている。


「ってぇ! なんだこいつ硬え!」

「1つ訊きたい。ただ突っ立っているだけでも調子に乗ったことになるのか?」

「このっ! だったらこいつで!」


 もう1人の兵士が剣を抜いて振り上げた。

 この程度の相手でも、さすがに刃物を使われると傷つけられる可能性はある。


 今回は偵察が目的だ。

 無駄に人間を殺すつもりはなかったが……。


 このままみすみす傷つけられるのも癪だ。

 残念だが、殺すしかないか。

 そう意を決して右手の指先を尖らせた、瞬間──。


「なにをしているのですか?」



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