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◆第四話『鎖の魔人』

「ここっす。ここを進んだ先にアイツがいます」


 グウェルに案内された先は路地だった。


 ほかとは違って少し幅広でゆったりしている。

 なにより死体が1つも転がっていない。

 一目見ただけでも紫煙街では異様な空気感だ。


「ご苦労だった、グウェルよ。お前はここまででいいぞ」

「ですが……」

「心配はいらん。まあ、なにかあったとしても俺様にはヴィルシャがついているからな」

「ああ、貴様が死ぬときはわたしがしっかりとトドメを刺してやる」

「この通りだ。問題ない」

「は、はあ……承知しやした。どうかお気をつけてください。目覚める前は近づいた奴から襲われていたんで」


 なんとも物騒な相手のようだ。

 いったいどんな魔人なのか。

 もっと興味が湧いてきた。


 カオスは早速とばかりに歩を進める。

 まもなくして瓦解した家屋が左右に見えはじめた。


 荒々しい壊れ方であちこちに瓦礫が散乱している。

 道にまで転がっていて少し歩きにくいほどだ。


「ふむ、戦闘の痕跡があるな」

「それもかなり派手な攻撃のようだ。気をつけろ」

「俺様の身を案じるとは。ヴィルシャも配下として自覚が芽生えはじめたようだな」

「斬られたいのか? いや、いますぐに斬って──下がれ!」


 言われるがまま1歩下がった。

 直後、左前方から飛んでくる黒く細いナニカ。


 ヴィルシャが入れ替わるように前へ出ると、それを弾いた。響く甲高い衝突音。すでに彼女は2本の剣を両手に持ち、戦闘態勢に入っている。


 黒く細いナニカによる襲撃は1度で終わらなかった。

 前方のあらゆる方向から休む間もなく襲ってくる。


 そのたびに剣を振って迎撃するヴィルシャ。

 余裕は感じられるので手助けは必要ないだろう。


 それよりも気にすべきは黒く細いナニカだ。

 目を凝らして捉えたその正体は鎖だった。


「この幻影鎖術……リストレインの者か」


 見覚えのある技だった。

 投獄される前、ほぼ毎日のように見ていたので間違いない。


「リストレイン!? なんだそれは!?

「知らんのか? 俺様がいた頃は六門にこそ及ばないものの、名家の1つとして広く知られていたのだが」

「聞いたことも──ないッ!」


 ヴィルシャが叫びながら思いきり鎖を弾いた。


 彼女が世間知らずなだけか。

 いや、ミーレスは魔王直属の戦闘兵だ。

 魔界の勢力関係を把握していないはずがない。


 では、いったいなぜ知らないのか。

 もし考えられるとすれば──。


 そう可能性の1つに行きつこうとしたときだった。

 ずっと襲ってきていた幻影鎖術がぴたりと止んだ。


「とっくに廃れたわ」


 戦闘音がなければ元々静かな場所だ。

 かすれ気味の小さな声だったが、聞き取るのは容易だった。


 ぺたぺたと聞こえてくる足音。

 壊れた家屋の陰から1人の女が出てきた。


 肉付きが悪いせいで判断しにくいが……。

 歳の頃はおよそ18といったところか。


 ぼさぼさの長い髪に薄汚れた布着。

 さらには裸足と見るからに貧しさを感じる姿だ。


 服だけでなく、その薄紫の肌には幾つも汚れが見える。

 彼女がどのような生活を送っているのか。

 想像するのはひどくたやすかった。


「お前がグウェルの言っていた奴か。名はなんと言う?」

「どうして名乗る必要があるの?」

「呼びにくいからだ。ちなみに俺様のことはカオス様と呼ぶといい」

「そんなことあたしは一度も訊いてない」


 会話の最中、ずっと睨まれていた。

 彼女の目からは様々な感情が見て取れる。


 中でも警戒の色がかなり強かった。

 とても話し合いが出来そうな雰囲気ではない。

 だが、カオスは構わずに話を続ける。


「そしてこいつはヴィルシャ。俺様のもっとも忠実な配下だ」

「勝手に忠実とかつけるな。それとわたしは配下ではないと何度言えば──」

「訊いてないって言ってるでしょっ!」


 女が耳をつんざくような金切り声をあげた。

 同時、彼女の両手首にはめられた簡素なリングから黒い鎖が生成された。左右2本ずつの計4本。それらが縦横無尽に暴れながら襲いかかってくる。


 カオスはヴィルシャと反対側に飛び退いた。

 そのまま散開し、各々で鎖から逃げんと駆け回る。


「おい! 貴様の知るリストレインもあんな感じだったのか!?」

「なかなかに全員愉快な奴だったぞ! 事あるごとに俺様を追いかけてはあの鎖で縛りつけようとしてきたな!」

「それのどこが愉快だっ! 完全に頭のおかしい奴だろう!」


 幻影鎖術は魔力によって生み出されたものだ。

 対象を視認してさえいればどこまでも追いかけ、拘束する。

 逃れるには破壊するしかない。


 だが、鎖の先端が持つ破壊力のせいで容易ではない。

 先ほどから鎖を回避するたび、その先端が地面や建物を荒々しく穿っている。元から廃墟然とした場所だったが、よりひどくなっている。


「言うことを聞きそうにはとうてい思えないが──」

「たしかに生半可な説得では無理だろうな!」

「殺すならさっさと言え!」

「相変わらず物騒な奴だ!」


 逃げてばかりでは埒があかない。

 カオスは回避するのを止めて女の前へと躍り出る。


「俺様は平和主義者だ。さあ、対話で決着をつけようではないか」


 両手を広げ、無害であることを示す。

 が、当然とばかりに幻影鎖術に拘束された。


「なっ、自分から捕まりにいく奴があるか!?」

「来るな! 問題ない」


 救出に動き出さんとするヴィルシャを制止した。

 直後、待っていたとばかりにすべての鎖が接近。


 そのまま全身に勢いよく巻きついてくると、ぎゅうと絞めつけてきた。手足も動かせなくなり、ついにはその場に転がってしまう。


 ヴィルシャが再び駆け寄ろうとしてきたので改めて「も、問題ない」と伝えた。戦闘態勢は崩さぬままだが、ヴィルシャがようやく足を止めてくれた。


 そんなやり取りをよそに女が近寄ってきた。

 眼前に立ったのち、怪訝な目を向けてくる。


「あのミーレスの言う通りね。あなた、バカなの?」

「多くの者が俺様をそう評するが……あえて言おう。俺様は天才である、と」

「やっぱりバカなのね」


 言うや、女がさらに近づいてきた。

 屈んだのち、人差し指を頬にぐいと押しつけてくる。


「あたしはバカじゃないからわかってるわ。あなた、あたしより強いでしょ? どうして自分から捕まりにきたの? ねえ、どうして? まさかこういうのが趣味なの? ねえ、ねえねえ。ねえったら教えてよ」

ふぉ()ふぉへは(それは)ふぁいふぁほ(対話を)──」

「もし、からかってるだけなら許さないから。あなたがあたしを殺すまで一生追いかけ回してやるわ。くひひ」


 瞳孔を開きながら薄気味悪い笑みをこぼす女。

 プリグルゥのような純真な子が見れば卒倒しそうな顔だ。


 ただ、あいにくとこういった手合いには慣れている。

 カオスは慌てることなく、余裕たっぷりに笑いかける。


「それはそれで面白そうだ。試しにしてみせよ。一生追いかけ回すのだから、もちろん俺様のすべてを見るつもりなのだろう? 入浴姿も糞便姿も。情事すらもその目で捉えるわけだ。なんとも物好きな奴だな」

「じょ、情事って……な、なななっ! なに言ってるのよ!?」


 女が慌てて立ち上がって後ずさった。

 その顔にはもう先ほどの狂気はない。

 あるのは真っ赤に染まったうぶさだけだ。


「そんなえっちなことするわけないでしょっ! ぶ、ぶぁーかっ!」

「なんだ、そんなに興奮して。なんならいますぐにでも見せてやるぞ! 俺様のすべてを! さあ、この鎖で俺様の服をひん剥いてみせよ! さあ、さあさあっ!」


 手足を縛られて走れない。

 が、地面を転がることはできた。


 カオスは鎖を巻き取りながら接近する。

 と、女が慌てて背を向けて駆け出した。


「ちょ、ちょっと近寄らないで! そんなの求めてない! ねえそこのミーレス! あなたもなんとかしてよ!」

「悪いが、わたしも近寄りたくない」


 こちらを汚物だとでも思っているのか。

 逃げながら肩越しに振り返る女の顔は必死だ。


「もう、いやぁあああっ!」


 ついには女が幻影鎖術を解いた。

 このまま縛っていても利点はないと察したようだ。


「……あなた、本当になんなの?」


 息を荒げながら女が訊いてきた。

 どうやらようやく話をする気になったらしい。


 カオスはのそのそと立ち上がった。

 縛られた箇所が少しひりひりするが、構わずに胸を張る。


「初めにも言ったが、俺様のことはカオス様と呼べ」

「さっきも思ったけど、それなに? カオスって……まさかあの六門の1人、カオス・ゲートの真似でもしてるの?」

「真似もなにも本人だが」

「真面目な顔してなに言ってるの?」


 先の紫煙街の者たちの反応と同じだ。

 それほどまでに〝カオス〟が現れることはありえないらしい。


「あたしが外に出てないからってそんな嘘が通じるとでも思った? あのお方はいまも獄にいるのよ! こんなところにいるわけ──」

「現れろ、深淵と繋がれし門よ」


 本人であることを手っ取り早く証明せんと門を召喚した。

 直後、息まいて抗弁を垂れていた女があんぐりと口を開ける。


「……嘘でしょ」

「まだ信じられぬなら魔物たちも呼ぶが」

「いえ、いいわ……」


 女はしばらくして放心状態から戻ると、ちらちらとこちらを窺いはじめた。なにやらもじもじしながら、期待に満ちた目を向けてくる。


「じゃ、じゃあ本当にあなたがカオス様で……あたしの主様なの?」

「……ん、あるじさま?」


 つい先ほどまで暴力的な歓迎を受けていたところだ。

 その言葉をすぐさま受け入れるにはあまりに無理があった。

 ヴィルシャが混乱した様子で怪訝な目を向けてくる。


「おい、どういうことだ? 説明しろ」

「俺様もよくわからん。ただ……昔、俺様はリストレイン家の当主とよくつるんでいた。もしかすると、それが関係しているのかもしれん」


 男の中でもっとも親しかったのは間違いない。

 ただ、奴はよく狂気的なほどこちらに固執してきた。

 それは友情や愛情といった域を越えるようなものだ。


 いまにして思えば、あの男が〝カオス・ゲートが投獄された〟と聞いて大人しくしているわけがなかった。


「まさかリストレイン家が廃れたのは」

「ええ、ゼスティアル・カオス・ゲートの釈放を訴え続けていたからよ。そして次第に世間から孤立して地位も名誉も失った」


 やはり想像した最悪の状況となったようだ。

 なぜそこまでする必要があったのか。

 あの男を問い詰めたい気持ちで一杯だ。


「お前1人か? ほかの家族はどうした?」

「あたし1人だけよ。お母さんは元々虚弱だったみたいでわたしが幼い頃に死んだわ。お父さんはその少し前にどこかへ行ってそれっきり。噂じゃ死んだらしいけど……どうでもいいわ。お母さんをよく泣かせてたクズだったし」


 あっけらかんと語られたが、内容は壮絶だ。

 ただ、それも名家としての地位や財があれば防げた結末だったかもしれない。


「俺様を恨んだのではないか」

「バカにしないで。矛先を都合よく変えるほど落ちぶれちゃいないわ」


 強い意志のこもった目で返された。

 名家として気高くあらんとする。

 その心はどうやら失われていないようだ。


「ずっと言われてきたの。いつか必ずカオス様は戻ってくる。だから、そのとき力になるようにって。そして今度は──」


 言いながら、女が恍惚の笑みを浮かべた。

 さらにリングから伸びる鎖をぐっと右手で掴む。


「どこにも行かないように縛りつけておきなさいってね。……くひひ」


 ──鎖で拘束することに快感を覚える。

 よく知るリストレイン家の魔人の特徴だが……。

 疑いようもないほどに女はその特徴を継いでいるようだった。


「なるほど。ではやはり俺様のすべてを──」

「だ、だからそこまでするって言ってないでしょ! ぶぁーかっ!」

「お前の線引きがわからん」

「乙女の心は複雑なのっ! ねえ、あなたもそう思うでしょ!?」


 ヴィルシャに同意を求める女。

 しかし、返ってきたのは困惑気味な顔のみ。


「いや、わたしにはよくわからな──」

「ふはは! ヴィルシャが乙女!? 面白い冗談を言うではないか!」

「──斬られたいのか?」

「だから振りながら言うな」


 予測できた反応だったのでひらりと躱した。

 ちっ、とヴィルシャの舌打ちが聞こえる中、女に向き直って告げる。


「まあ、いいだろう。元よりそのつもりだったが、お前を俺様の配下としてやろう。ってなんだ? なにか言いたげだな?」

「べつにそういうわけじゃないけど。なんていうか……うーん」


 女がくりんとした目でまじまじと見てきた。

 かと思うや、考え込むように首を傾げはじめる。


「聡明で格好良くてとても優しい人だって聞いていたのよね」

「まさしく俺様そのものではないか」

「誰だそれは」


 そう言ったのはヴィルシャだ。

 どうやら彼女とはほんの少しだけ見解が違うようだ。


「でもま、全部が外れってわけでもなさそうかな」

「ん、なにか言ったか?」

「なーんにも言ってませーん」

「全部外れではないと言ったな」

「聞こえてるじゃん!」


 顔を真っ赤にしてふくれっ面を見せる女。

 ヴィルシャ同様、この女をからかうのも楽しそうだ。


「あえてなにがとは訊かんが……すぐにすべてが本当であったと思い知ることになる」

「だといーですけど」


 ふんっと口を尖らせて顔をそらす女。

 とても配下のとるべき態度ではない。

 だが、すべて恭順するよう強要するつもりはない。


 これもまた一興。

 なにしろ魔界復興への道のりは長い。

 ならば、みなと愉快に歩んだほうがいい。


「ひとまずこれで最低限の戦力は整った。また人間界へと赴き、奴らを可愛がってやろうではないか」


 遠くを望みながら高らかにそう叫んだ。

 瞬間、重要なことを思い出してはっとなった。


「と、そうだった。女よ。お前の名を聞いていなかった」

「あっ、そーいえば」


 女は芝居がかったように3歩下がった。

 ぼろい布着の裾を摘みながら淑やかに礼をする。

 格好こそみすぼらしいが、そのさまはまさに貴族の令嬢だ。


 いまや名家としての地位はない。

 だが、その気品はしかと受け継がれてきたようだ。


 彼女は再び顔を上げると、とびきり愛らしい笑みを浮かべた。


「エルリード。あたしの名前はエルリード・リストレインよ! これからよろしくね、カオス様っ!」



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