◆第二話『区画浮上』
※本日(11/06)2度目の更新です。前話確認お願いします。
「――これからはクイランを足がかりとし、周辺の都市を陥落させていく。そうして版図を広げ、より多くの迷宮から魔素を取り入れる体制を作る」
「だが、今回の件で貴様が《聖石》の材料となる始祖であることはおそらく敵にも気づかれたはずだ。簡単にはいかないぞ」
「守護者も動くでしょう」
ヴィルシャに続いて、そう付け足すプリグルゥ。
守護者。
初めて耳にする言葉だ。
「なんだ、それは?」
「……ルヴィエントの《聖石》を守る者たちのことです。カオス様以外の始祖、そしてその血縁者はほぼ全員といっていいほど守護者の手にかけられています」
たち、ということは1人ではないようだ。
カオスはヴィルシャへと目線を向ける。
「お前より強いのか?」
「実際に戦ったことはないが……」
どうやら肯定のようだ。
始祖やその血縁者級が殺されている。
となれば、ヴィルシャでも厳しいのは当然か。
「俺様が知らん間に人間たちも進化しているな。しかし、守護者と言いつつ迷宮に攻め込むとは面白い話だ」
「貴様に同意するのは癪だが……まったくもってその通りだ。奴らには〝侵略者〟こそが相応しい名だ」
「ま、頑なに認めんだろうがな」
人間は魔人や魔物を〝侵略者〟や〝危険〟なものとしている。だが、今回の襲撃を除いて、こちらから仕掛けたことは知る限り1度もない。魔人はただ〝人間界に穴を造っていただけ〟だ。
「いずれにせよ、《聖石》は現在の人間たちにおいて非常に強力な力です。ルヴィエント王国は隣国のグラーシュダリアに気取られる前に奪取しようと考えるでしょう」
現状、両国の戦力は拮抗していると聞いている。
そこに新たな《聖石》が加われば情勢が変わることは間違いない。
「カオス様、あなたの力は信じております。ですからどうか油断だけはなさらないでください」
プリグルゥが改まって告げてきた。
心の底から言っていることが伝わってくる。
ここまで身を案じられたことはほとんどない。
そのせいか、とてつもなくむず痒かった。
「プリグルゥ様、それは無理があるかもしれません。なにしろこの男は油断の上に成り立っているような存在ですから」
「ヴィルシャ、いくらなんでもその言い方は──」
「先の戦闘で確認したので間違いありません」
ヴィルシャがはっきりと言い切ったからか。
黙り込んだプリグルゥから疑念の目を向けられた。
「油断とは強者のみが持ち得る権利だ。俺様はそれを堪能しているに過ぎん」
「カオス様、どうか……」
「……頭の隅においておこう」
どうにもプリグルゥ相手はやり辛い。
おかげで歯切れの悪い返しをしてしまった。
ヴィルシャがここぞとばかりに冷めた目を向けてくる。
「おい、プリグルゥ様とわたしとで対応が違い過ぎないか?」
「お前だけには言われたくないがな」
「従者なのだから当然だろう」
「いまは俺様が魔王だぞ」
「ふんっ、肩書だけの魔王に尽くす理由はない」
「その肩書を認めたのはプリグルゥだがな。なるほど、お前の忠義とは主に異を唱え続けることか。ふはははっ、面白い忠義もあったものだ!」
「ち、違う! わたしはそんなつもりで言ったわけでは──」
流れるように始まった口論。
もはやお馴染みとなったその光景を見てか。
プリグルゥがくすくすと笑いだしだ。
「プ、プリグルゥ様……?」
「ごめんなさい。ただ、ヴィルシャがあまりに楽しそうにしているので」
言われて、硬直するヴィルシャ。
一瞬、なにを言われているのかわからなかったようだ。
やがて意味を理解したか、慌てふためきだした。
「こ、これはべつに楽しんでいるわけではっ!」
「ですが、そんな風に活き活きと喋っているあなたを見るのは初めてです」
プリグルゥが心底嬉しそうに顔を綻ばせる。
対するヴィルシャはというと、ひどく複雑な顔をしていた。認めたくない反面、プリグルゥの〝気持ち〟を無下にできないといったところだろう。
「よかったな、ヴィルシャよ。俺様との相性は抜群らしいぞ」
「なにが抜群だ! プリグルゥ様もそこまで言われていないっ」
いまにも剣を抜きそうな勢いで荒ぶるヴィルシャ。
そんな様子もプリグルゥには楽し気に映ったようだ。
またその小さな肩を揺らしながら笑っている。
「下手な真似をしたら殺す、なんて言っていたのが嘘のようです」
「いや、それはいまも言われているが」
気づけばヴィルシャが面白いほどに大人しくなっていた。
もちろん、貴様のせいだとばかりに睨まれているが。
「さて、ヴィルシャをからかうのもほどほどに話を進めるか」
「そうですね。これ以上続けるとヴィルシャが可哀想ですし」
「プ、プリグルゥ様っ」
嘆くヴィルシャをよそに、カオスは本題に入った。
「ひとまず迷宮を増やすにしても人手が足りん。先刻、ヴィルシャにも話したが……クイランより供給される魔素分で新たな魔人を起こそうと考えている」
この件についてはプリグルゥのほうが詳しい。
目線で意見を求めると、彼女は察して話しはじめた。
「以前にもお話ししましたが、現在の魔界は区画ごとに封印された状態です」
「つまり新たな魔人を起こす場合、区画を指定する必要があるわけだな」
プリグルゥが「はい」と頷いた。
その後、体を少し横に開いたのち、改まって告げてくる。
「この話を続ける前に案内したい場所があります」
◆◆◆◆◆
「操盤室……か。昔、俺様が来たときはこんな部屋はなかったな」
案内されたのは執務室からほど近い部屋だった。
硬質な壁で囲まれ、明らかに厳重な管理がされている。
正面には高さが腰程度の台が置かれている。
ちょうど両手を広げた程度でかなり大きい。
左右の壁面には魔人を模った彫像が並んでいた。
どれもが片手に槍を持ち、中央を向いた格好だ。
実際はかなり広い空間なのだろう。
だが、あちこちに物が置かれているせいで少し窮屈だ。
また薄暗いせいか、まるで地下のような寒々しさを感じる。
「魔素の供給が減りはじめた折に造られた場所ですから。現在の状況になることを見越して先々代が用意してくださいました」
そう説明するプリグルゥ。
つまり、この部屋は魔素の供給に関するものらしい。
「左右に10体ずつ。計20体の彫像が置かれていますが、これらが現在の魔素供給量を示してくれます」
「いまは1体だけが赤く染まっているな」
入口から向かって右側手前の1体だ。
ほかが灰色の中、見るからに赤らんでいる。
まるで血が通った生物を思わせる力強さだ。
「供給量に余裕があればあるほど染まる彫像が増えます」
「つまりまだまだ少ないというわけだな」
クイランの周辺には豊潤な魔素が存在していた。
そんな場所に造った迷宮でも、赤く染まったのはたった1つ。わかってはいたことだが、魔界が元通りになるにはまだまだ遠いようだ。
カオスは歩を進め、中央の台前に立った。
台は石造で表面が多様な形状に掘られている。
最初は意味がわからなかったが、すぐにはっとなった。
これは魔人であれば思い当たる節のある図だ。
「この台に刻まれているのは……いまの魔界か」
「はい。現在、多くの魔人には地底に送ることで眠りについてもらっているとお話ししましたが、その際、区画ごとに必要な魔素供給量を把握。いつ浮上させられるかをわかりやすく示したものとなります」
「赤色と緑色にわかれているな」
幾つもある区画は多くが赤色に光っている。
そんな中、緑色はたった3箇所しかない。
「浮上させても維持可能な区域が緑色。対して赤色は維持できないことを示しています」
「なるほどな。しかし、3箇所か……この中で今回選べるのは1区画ということか?」
そう問いかけると、プリグルゥから首肯が返ってきた。
1区画を浮上させれば魔素供給量に余裕がなくなる。
当然ながら赤く染まった彫像も色を失うのだろう。
「もう少し供給量を安定させてからより強い魔人たちを起こす手もある」
「人手を増やすことも重要だと思いますが」
ヴィルシャに続いて、プリグルゥが提案してきた。
より強い魔人ほど魔素を必要とする。
つまり現状ではさほど強い魔人は起こせない。
起こすならば、ヴィルシャの言う通り溜める必要がある。
だが、認めたくはないがあまり余裕はない。
それに少し溜めた程度では中途半端な戦力になる可能性が高い。それならいっそ人手を増やしたほうができることが増えて戦略も練りやすい。それに──。
カオスはにやりと口元を歪めた。
「たしかにプリグルゥの話し相手が必要か。なにしろ俺様とヴィルシャが地上で戦っている間、1人で留守番をしているわけだからな」
「あの……カオス様? わたしはそこまで子どもでは──」
「わたしとしたことがっ、プリグルゥ様のことを考えずになんたる下策を……っ」
「もうっ、ヴィルシャまでっ」
その綺麗な眉を吊りあげながら、あたふたするプリグルゥ。
ヴィルシャは先ほど散々からかわれた意趣返しのつもりか。
と思いきや、純粋に後悔しているようだった。
「冗談はさておき」
「カオス様、意地悪です……っ」
口を尖らせたプリグルゥから睨まれた。
もちろん、その愛らしい容姿のせいで迫力はまったくなかったが。
「いまはなにより人手が欲しい。とくに頭を使って動ける者たちだ」
魔物たちは戦力にはなる。
だが、やはり単純な命令しか実行できない。
その点、自ら判断して動ける魔人の存在は大きい。
「とはいえ、俺様に従う者は少ないだろうな」
「わたしから事情を説明してなんとか納得していただきます」
「もしプリグルゥ様のお言葉を無下にするようなら……わたしがどうにかする」
「ヴィルシャがでしゃばると、せっかく起こした魔人が減りそうだな」
プリグルゥも「た、たしかに……」と苦笑しつつ頷く。
と、ヴィルシャがばつが悪そうに縮こまった。
プリグルゥは幼いながらも元魔王だ。
その言葉にはたしかな力がある。
だが、情に訴えかけてどうにかなるものではない。
それほど魔界に根づいた〝カオス・ゲート〟の名は穢れている。
「すまんが、実はもうすでに決めている」
基本的に魔王城の近くで暮らす魔人ほど力がある。
これは魔王城までの近さが権威の度合いをはかるものとされる中、より強い魔人ほど功績を得やすいからだ。
そんな魔界の都合上、浮上可能な3区画は魔王城から離れていた。
カオスは、その中でももっとも左端に位置する区画を指し示す。
「この区画だ」
「……紫煙街ですか」
難しい顔でそう呟くプリグルゥ。
ヴィルシャはというと、信じられないとばかりに目を見開いていた。
「貴様、なにを考えている!? ここは──」
「その反応、やはりどれだけの年月を経ても変わっていないようだな」
予想はしていた。
だからこそ選んだ場所でもある。
にたぁっ、と笑いながらカオスは告げる。
「そう、多くの者が魔界のゴミ溜めと呼んでいる場所だ」