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◆第一話『ミーレスの正装』

 カオスはヴィルシャとともに再び城塞都市クイランを訪れていた。


 いまいる場所は中心部。

 聖庭館と呼ばれる建物があった場所だ。


 ただ、名残はほとんど残っていない。

 瓦礫が乱雑に転がっているだけだ。


 ちなみにクイランの住民は1人としていなかった。

 全員が魔物に殺されるか、自害したからだ。


「よし、これで完成だ」


 足元にあいた穴を見下ろしながら言った。

 いましがた迷宮の入口を繋げたところだった。

 中を覗けば緩やかに下る形で奥へと続いている。


 横は人が5人並んでも通れるほど。

 高さは人が3人分といったところか。


 ヴィルシャが隣に立ち、同じように穴を覗き込む。


「てっきりあの大穴を使うのかと」

「あんな目立つものをそのままにするわけがないだろう。バカなのか?」

「……貴様に言われると凄まじく腹が立つな」

「あれはあくまでその場凌ぎのもの。長期的に見れば、やはり正統的な構造が最適だ」


 前回の迷宮は閉鎖し、改めて新造した形だ。


 今回の迷宮は4層から成っている。

 道中は適度に複雑化させ、骸骨たちを徘徊させている。所々に骸骨騎士を配しているため、並の戦力では攻略できない造りだ。


「迷宮の自立化、か。支配者がいなくとも迷宮が機能するなんていまだに信じられないが……よくこんな技術を編み出せたな」

「獄中の暇な時間を使って完成させた。また外に出られるともわからんのに健気だとは思わんか?」

「思わない」


 相変わらず冷たい奴だ。

 果たして魔王として扱われるのはいつになるのか。

 そんなことを思いながら、〝迷宮の自立化〟について話す。


「俺様が迷宮に指定することは、そう多くない。まずは魔物の召喚に使う魔素と、魔界に送る魔素。この2つの割合を決めることだ。そして、どんな魔物をどれだけ召喚するか。そしてどこに配置するか」


 迷宮に配置する魔物の数は種毎に決めている。

 そして魔素に余裕がある限り、その最大数を保ちつづける。つまりは迷宮の戦力を確保しながら、余剰分の魔素を魔界へと供給する仕組みだ。


「決められたことしかできない迷宮か。なんとも攻略されやすそうだ」

「もちろん、管理する者がいたほうがより強大な魔物は召喚できるし、侵入者に対して適格に応じられることは間違いないだろう」

「ならば、なおさらそうすべきだろう」

「これから俺様は1人で多くの迷宮を造ることになるが、そのすべてを付きっきりで管理することはできない。やはり自立させる必要がある」


 魔界において、ゲートの使い手である支配者が迷宮にいることは当然のことだった。ゆえに、迷宮を自立化させて放置することをありえないと思うのは無理もない。案の定、ヴィルシャの顔はいまだに渋いままだ。


「迷宮が潰されればまた魔素の供給が途絶える」

「だから、そうならないように調節する。それでも潰されれば仕方ないと諦めるしかない。いいか? 迷宮はまた造りなおせる。だが、俺様が死ねば終わりだ」


 保身で言っているのではない。

 これは事実だ。


 ただ、どうにも自身の発言に忌避感を覚えた。

 反射的に空気を変えたい欲求に駆られてしまう。


「つまり俺様がなにをしても殺してはならないということだ」


 ヴィルシャに向かって下卑た笑みを浮かべる。

 と、射殺さんとばかりに睨み返された。


「では、死ななければなにをしても構わないということだな」

「……相変わらず物騒な奴だ」

「ふんっ、心にもないことを言うからだ」


 言って、すぐに険を解くヴィルシャ。

 どうやらその気がないことを察していたらしい。


 仮に魔界が平時であれば、その狂暴な素振り込みでもヴィルシャは多くの魔人から求愛を受けていただろう。


 鍛え上げられながらも女性特有のしなやかさを残した長い手足。戦士であるがゆえの傷痕をあちこちにつけた肌理細やかな褐色の肌。そしてそれらを彩る、1本に結われた金色の髪。小奇麗な令嬢とは違えど、その美しさは比類なきものがある。


 ヴィルシャの外見的な魅力は充分だ。

 しかし、それらは性的欲求に結びつかなかった。


 長い獄中生活で男として枯れ果てたわけではない。

 単純に昔から外見の美しさだけでは欲情しないだけだった。


 わずかに流れる気まずい空気。

 それを嫌ったか、ヴィルシャが迷宮の入口に視線を戻した。


「ひとまずこれで当面の魔素は確保できたわけか」

「最低限ではあるがな。とはいえ、3人で使うには有り余るほどだ」


 言葉の意味することをヴィルシャも理解したらしい。

 顔を和らげたのち、その目を期待の色で満たしていた。

 そんな彼女の反応に満足しつつ、カオスは得意気に笑みを作る。


「ヴィルシャよ。魔界に戻って〝誰から起こすか〟をプリグルゥと話し合うぞ」



     ◆◆◆◆◆


 魔王城に帰還し、執務室に向かっているときだった。

 壁に寄り掛かりながら待つプリグルゥを見つけた。寂しそうな様子だったが、こちらを見るなり一転。ぱあっと明るい笑みを浮かべる。


「おかえりなさいませ、カオス様っ」

「うむ、出迎えご苦労」


 歩み寄ったのち、頭を荒々しく撫でた。

 プリグルゥは縮こまってされるがままだ。

 なにやら「あぅ、あのっ」と呻いて物申したそうだったが。


「ヴィルシャもおかえりなさい」

「ただいま戻りました。プリグルゥ様」


 ヴィルシャが頭を下げながら応じる。

 ただ、再び上げられたその顔は少し困惑気味だ。


「あの、1つ気になることがあるのですが……」

「はい……? どうしたのですか?」

「な、なぜそのような格好を?」


 プリグルゥはこれまでと違って給仕服に身を包んでいた。

 黒基調に白のフリルがふんだんにあしらわれたものだ。落ちついた雰囲気でまとめられ、淑やかさが強調されている。


「あっ、これのことですか! せっかくですので魔王城にいるときは着てみようかなと思ったのです。すごく可愛いですしっ」


 言いながら、白のヘッドドレスを両手でつまむ。

 そのしぐさがまたいまの格好を愛らしく際立たせている。


「たしかにとてもかわっ──お似合いですが……それはミーレスの給仕服であってプリグルゥ様がお召しになるようなものではっ」

「もう魔王ではなくなりましたし。それにこれのほうが前よりも動きやすいですから。ほら、見てくださいっ」


 その場でくるりと回ってみせるプリグルゥ。

 まるで踊っているかのような優雅な動きだ。

 ふわりと舞ったスカートの裾が下り立ったのを機に、にこりと笑みを向けてくる。


 そんな楽し気な姿を見せられてか。

 ヴィルシャも諭すことを諦めた様子だ。

 仕方ないとばかりにため息をついていた。


 一連の会話でプリグルゥが本来ではありえない格好をしていることは伝わってきた。ただ、その肝心の格好についてなにも情報がなかった。


 カオスは首を傾げながら問いかける。


「そもそもその給仕服はなんだ?」

「ミーレスが魔王城でお仕事をする際に着るものです。カオス様はご存じなかったのですね」

「少なくとも俺様がいた頃にはなかった慣習だ」


 戦闘衣はどうしても物々しさがある。

 大方、そういったものを日常的に感じることを嫌った魔王が定めたのだろう。そんなことを考えながら、カオスは視線をヴィルシャに向ける。


「ふむ……その格好についてはわかった。では、もう1つ質問だ。ヴィルシャがそれを着ている姿を見たことがないのはなぜだ?」

「単純に着る必要がないからだ」

「だが、正装なのだろう?」


 そう問い詰めると、ヴィルシャが「ぐっ」と呻いた。

 そんな彼女を横目に見ながら、プリグルゥが困った様子でぽつりとこぼす。


「恥ずかしがって着てくれないのです」

「け、決して恥ずかしいわけではっ! ただ、わたしに似合わないことはわかりきっているので……お目汚しになると判断し、着ていないだけです」

「そんなことはないと思うのですが。ね、カオス様」


 仮にヴィルシャが給仕服に身を包んだ姿を想像してみたが……戦闘衣との差異もあって多少の違和感を覚えた。ただ、普段の彼女にはない柔らかさもあってなかなかに良い感じにまとまりそうにも思える。


 そもそも手足がすらりと長いヴィルシャのことだ。

 たいていの服が似合うことは間違いなかった。


 ということで力強く「うむ」と頷いたのだが……。

 即座に射殺すような目つきで迎えられた。


「適当なことを言うな」

「思うままに頷いただけだが」

「貴様のことだ。着た瞬間にからかうに決まっている」


 相変わらず信用はないらしい。

 ただ、プリグルゥは諦めていないようだ。

 いつか必ず着てもらいます、と決意を新たにしていた。


 立ち話もほどほどに歩みを再開する。

 と、プリグルゥがとてとてを早足で隣に並んできた。

 先ほど乱れた髪を整えつつ、ちらちらと視線を向けてくる。


「あの、カオス様。1つお願いがあるのですが……」

「言ってみよ」

「次からはわたしも同行させてください」

「却下だ。必要ない」

「ですが、わたしだけ魔王城に残るのは──」

「お前の心を満たすために俺様は戦っているわけではない。それにお前は六門の血を継ぐ者だ。いまでこそ弱いが、いずれ魔界の力となる可能性がある。そのときを待て」

「……はい」


 頷いたのち、悔し気に下唇を噛むプリグルゥ。

 きつい言い方だったかもしれないが、すべて事実だ。

 取り消すつもりはいっさいない。


 と、ヴィルシャがすっと反対側の隣に並んできた。

 なにか罵ってくるかと思いきや、どうやら違うようだ。


「プリグルゥ様にはやけに優しいな」

「なんだ、嫉妬か?」

「そんなわけがないだろう、斬られたいのか」


 相変わらず冗談が通じない魔人だ。

 とはいえ、向けられた顔にはいつもの険がない。

 プリグルゥの安全が約束されたことによほど安堵しているようだ。


 話している間に執務室へと辿りついた。

 2人を連れて中に入ったのち、椅子にどかっと座る。


 最近の比較対象が獄中の硬い岩だが……。

 尻が痛くならない快適な座り心地だ

 なにより魔王専用という響きが最高だった。


 カオスは椅子の座り心地を堪能しつつ、口を開く。


「さて今後の方針を決めるぞ──」

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