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◆第十一話『新たなる魔王』

 ディガロ・レイグは暗闇に意識を包まれていた。


 動くこともできなければ叫ぶこともできない。

 ただ、己という存在はしかと認識できる。


 ゆえに〝身体〟が再生する感覚も味わえた。

 まずは頭から。次に胴体。両腕、両脚。

 ……最後に足。


 身体が元通りとなったことを自覚できた、瞬間。

 とてつもない清涼感が押し寄せてきた。


 なにものにも代えがたい感覚だ。

 情事に勝るほどの悦も感じる。

 だが、やはり言葉だけでは表しきれない。


 それは体の内部にまで浸食しはじめた。

 やがて手足の指先に至るまで満たされた、そのとき。

 ようやく意識を覚醒できた。


 ディガロは勢いよく目を開いた。

 脳が揺れるのも構わずに首を振る。

 すぐにでも現状を把握したかったのだ。


 だだっ広い部屋だった。

 部下の兵士たちがあちこちで呆然としている。

 倒れたままの者もいるが、1人として外傷はない。


 ふと背後から仄かな緑光に照らされているのを感じた。

 誘われるがまま振り返った瞬間、思わず瞠目してしまう。


 それは細長い金杯に床と天井の両側から支えられていた。


 ──緑色の巨大な結晶。

 規則性のない面を持つ無骨な形状だ。

 しかし、不思議と洗練された美しさを持っている。


 なにより発する緑光が目をひいてやまない。

 胎動のごとく、ひどく緩やかに明滅している。

 また感じるわずかな温もりは生命の息吹を思わせてくれる。


 あれは《聖片》。

 死んだ者を蘇らせる奇跡の石だ。


 何度見てもその神々しさには圧倒されてしまう。

 だが、それが現状を明瞭に整理するのを手伝ってくれた。


 ここは聖庭館(せいていかん)

 クイランの中心に設けられた《聖片》の保管所だ。

 また死んだ者が復活する場所でもある。


「レイグ様、ご無事ですかっ!?」


 声をかけてきたのは補佐官の1人だ。

 早々に死んで復活していたのだろう。


「復活したあとに訊いて意味あんのか? あぁ!?」

「も、申し訳ございません……っ」


 震えて縮こまる補佐官。

 理不尽な怒りをぶつけた自覚はある。

 ただ、そうでもしなければ敗北の事実に向き合えなかった。


「まさかあのレイグ様が敗れるとは……」

「でも、問題ねえだろ。こっちは不滅だぜ」

「ああ、まだ終わっちゃいねえ。勝てるまで何度でも突撃してやるぜ」


 そこかしこから聞こえてくる兵の声。

 あまり緊張感はなく、どこか浮かれている。

 完全敗北を喫したあととはとても思えない。


 士気が衰えていないと言えるかもしれない。

 だが、奴らにぴったりな言葉はほかにある。

 いや、この結果を招いた己にも当てはまるだろう。


 慢心だ。


 ディガロは立ち上がり、両手に拳を作った。

 いまだ怯える補佐官に向かって指示を出す。


「すぐに再攻撃をしかけるぞ! いいか、守備隊を削ってもいい! このクイランの総力をもってあの迷宮を潰す! いいなッ!?」

「で、ですが、それではグラーシュダリアに気取られる可能性が──」

「んなもん、気にしてられる相手じゃねえだろうが! 俺にはわかる。あれは放置すりゃとんでもねえ脅威になる……!」


 補佐官とのやり取りはほかの兵にも聞こえている。

 重く受け止めた者もいるようだが、やはり少数だ。

 多くがいまだに緩み切っている。


 不滅の力がある人間に魔人は勝てない、と。

 そう長年に渡って形成された感覚はやはり厄介だ。


 いずれにせよ、緩み切っていても1人は1人。

 引っ張ってでも連れていき、戦わせるだけだ。


 そう思いながら、苛立ちを収めた瞬間だった。


 とてつもなく重い音が轟いた。

 視界もかすかに揺れている。

 突然のことに周囲の兵士たちも動揺している。


「なんだ、この揺れはっ!?」


 揺れも音も途切れてはまた襲ってくる。

 いったいなにが起こっているのか。


 ふいに聖庭館のあちこちで光がちらつきだした。

 それらは大きくなり、輪郭を持ちはじめる。

 やがて色がつき、ついには人間として形作られた。


《聖片》の力によって人間が復活した瞬間だ。

 いつ見ても不可思議な現象だ。

 しかし、問題はそこではない。


 迷宮に向かった中で最後に死んだのは自分だ。

 あとから兵士が復活するのはありえない。


 それもこれほど大量の兵士だ。

 ざっと見ても100人以上は復活している。

 しかも、いまだ復活は止まらずに続いている。


 そばで復活した兵士に詰めより両肩を掴んだ。


「おい、なんでこんなに復活してんだ!? なにがあった!?」

「きょ、巨人が……壁を壊して」

「巨人? 魔物か!? もっと具体的に話せ!」


 あまりに揺らしすぎたせいで気絶してしまった。

 仕方ないのでほかの兵士に詰め寄ろうとした、瞬間。


 1人の兵士がまろぶようにして駆け込んできた。


「た、大量の魔物が襲撃してきました! 数はおよそ200! 中には見たことのない巨人も──」


 その言葉が言い切られることはなかった。

 駆け込んできた兵士の背後──。

 入口側の壁がもろとも損壊したのだ。


 瓦礫となった壁が大量の埃を舞わせた。

 視界の多くがうっすらとした白い靄で覆われる。


「うぁっ」


 なにやらあちこちから短い呻き声があがっていた。

 ぐちゃ、ぐちゃという音も同時に聞こえてくる。


 目を凝らせば、その原因をすぐに知ることができた。

 細長いナニカが幾つも伸びては兵士を潰している。


「ディガロ様、お逃げ──」


 そばにいた補佐官までも潰された。

 残ったのは血と人間だったかどうかわからない肉片だけだ。


 その異様な光景を前に戦慄した、瞬間。


 ふははははははっ、と高笑いが聞こえてきた。

 つい先ほど聞いたばかりだ。

 忘れるはずもない。


 まるではかったように風が吹き込んだ。

 おかげで埃が晴れ、侵入者の姿があらわになる。


「ほう、それが《聖片》か。人間が造ったものにしては存外美しいではないか。いや、それもそうか。元は我が同胞の心臓なのだからな」


 やはりカオスだ。

 あの女の魔人もいる。


 奴らは巨大な人型の魔物に乗っていた。

 見るからに強靭な肉体に細長い指を持っている。


 巨人が咆哮をあげながら両手を前に突き出した。

 直後、合計10本の指が急激に伸びはじめた。それらは聖庭館で待機中の兵士や復活したばかりの住人たちを押し潰していく。


 先ほど多くの兵士の命を奪った攻撃。

 あれは、あの巨人の指だったというわけか。


 巨人の向こう側──聖庭館の外では骸骨の魔物たちが駆け回っていた。奴らが得物を振るうたびに悲鳴があがっている。


 復活した矢先に殺されるとあってか。

 兵士や住人たちの顔には見たこともない恐怖の色が滲みはじめている。


 ディガロは現状を正確に理解した。


 クイランが誇る分厚い城壁も。

 活気ある通りにぎっしりと並んだ店や家屋も。

 ここに至るまでのすべてを奴らは蹂躙してきたのだ。


「感謝しろ、ディガロとやら。今度はこちらから出向いてやったぞ」


 口元をいやらしく歪めながら喋るカオス。

 それはまさに死の宣告のように感じられた。


 魔人は迷宮を造り、侵入者を殺す。

 だが、地上に攻め込んでくることはなかった。

 ましてやこんな1つの都市を潰すなんてことは聞いたことがない。


「脅威になるなんてもんじゃねえな、こりゃ……」


 迫りくる巨人の指を前に、ディガロは思わず笑ってしまった。


 ──この魔人は、すでに人間の脅威だ。



     ◆◇◆◇◆


 魔王城、玉座の間にて。

 カオスは盛大な歓迎を受けていた。


 といってもまだほかの魔人は眠っている。

 迎えてくれたのは召喚した骸骨戦士たちだ。


 ずらりと両脇に並び、玉座までの道を彩っている。

 胸前で剣を両手に持ち、切っ先を天井に向けたさまはまさに壮観。


 これより新たなる魔王として君臨する。

 その式典を彩る光景として申し分ない。


 我ながら満足な出来だ。


 しかし、そばで控えるヴィルシャは納得していないようだった。骸骨戦士たちを見ながら、思いきりため息をついている。


「こんなことをして虚しくならないのか?」

「なにがだ?」

「式典を盛大に祝う理由の多くは、その威光を広く知らしめるためだ。だが、いまこの魔界に魔人はプリグルゥ様とわたししかいない。こんなもの、意味がないだろう」


 部分的に見ればもっともな意見だ。

 魔物を呼び出すのもタダというわけではない。


 相応の魔素を消費している。

 だが、無駄ということは決してないと言い切れる。


「ヴィルシャもプリグルゥも魔王となる俺様とともに1歩を踏み出した魔人だ。まさに忠臣であり偉大なる歴史の1枚を彩った生き証人でもある。そんなお前たちの記憶に刻むことはなにより重要だろう」


 なにもおかしいことは言っていない。

 だが、なぜかヴィルシャに唖然とされてしまった。

 少しの間、固まっていた彼女だが、やがて慌てたように睨みつけてくる。


「誰が忠臣だ……! わたしはまだ貴様を主と認めたわけではない。なにかおかしなことをすればすぐにでも背中から刺してやる!」

「相変わらず物騒な奴だ」

「なんだ、その余裕のある笑みは? 脅しではないぞ。本当に刺してやるからなっ」

「……お前はそのままでいい」


 腹の底になにか隠した者をたくさん見てきた。

 そんな奴らに比べれば、よっぽど信頼できる。


 少しばかり──いや、かなり当たりはキツイが。

 すべては魔界やプリグルゥを思ってのことだろう。


 そんなことを思いながらカオスは歩みだした。

 視線の先、玉座のそばではプリグルゥが待っている。


 いま彼女は心中でなにを思っているのか。


 魔王を譲る悔しさか。

 あるいは責務から解放された安堵か。


 いずれにせよ、憂いがなくなることは間違いない。

 完璧な魔人であるこのカオス・ゲートが魔王となるのだから。


 ついに玉座の近くまで辿りついた。

 プリグルゥが軽く目を伏せ、淑やかに紡ぎはじめる。


「プリグルゥ・アビス・ゲートは、いまをもって魔王の座をあなたに……ゼスティアル・カオス・ゲートにお渡しします」

「よくぞ魔界をこれまで持ちこたえさせた。この大義に俺様は必ず報いよう」


 すでにプリグルゥとは約束を交わした。

 魔界に史上最高の繁栄をもたらす、と。


 しかし、改めて考えれば約束の必要はなかった。

 なにしろ、このゼスティアル・カオス・ゲートが魔王となった時点で、それは確定しているのだから──。


 カオスはプリグルゥのそばを通り過ぎた。

 5つの段を上がり、鎮座する玉座を前にする。


 かつて望んだものの、届くことはなかった。

 いま、その座につこうとしている。


 これが感慨深いというものか。

 ……いや、違う。


 魔王となったところで絶大な力を得るわけではない。

 いまや廃れた魔界とあって権力を得たともいえない。


 あくまで魔王は称号。


 ゆえに、重要なのはこの座についてなにをするか。

 そして成し遂げるのか、だ。


 カオスは振り返り、玉座にゆっくりとついた。


 ただ周囲より少し高いところに上がっただけだ。

 見える景色はそう変わらない。

 だが、不思議と魔界のすべてを見渡せるような気がしてならなかった。


 これより己の声一つで魔界の行く末が決まる。

 そう考えると、体の奥底から興奮が湧きあがってやまなかった。


「プリグルゥ、ヴィルシャよ。俺様が魔王となったからにはもう案ずることはない。俺様はこの魔界を至高のものとする。そう、俺様のやり方でな……ッ!」



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