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◆第十話『黒炎の魔人』

「どけよ、魔人の女……! お前も潰されてぇのか?」

「いまの状態からよくそんな口が利けるな、人間」


 至近距離で煽りあうヴィルシャとディガロ。

 現状は互いの得物をかち合わせながら膠着した状態だ。


 とはいえ、ヴィルシャのほうは剣を突き出したのみ。

 対するディガロは全体重を乗せるように腰を落としている。

 どちらに余裕があるかは明白だった。


 ディガロも膂力の差を悟ったのだろう。

 接触する右拳を引き、地を這うように疾駆。

 ヴィルシャの懐に潜り込み、左拳を突き上げる。


 が、空を切る音が鳴るのみに終わった。

 ヴィルシャが簡素な足さばきで回避したのだ。


 さらに流れるような動きでディガロの側面につけるヴィルシャ。いつの間にか抜いていたもう1本の剣を左手に持ち斬りかかるが、しかしディガロがとっさに身を投げたことで躱されてしまう。


 だが、ヴィルシャは瞬時に間合いを詰め追撃。

 2本の剣を合わせる形で勢いよく水平に払う。


 回避は間に合わないと判断したか。

 交差した腕で受け止めるディガロ。


 だが、勢いを殺すには至らなかった。

 そのままの格好で後方へと弾き飛ばされていく。


 ようやく止まったのはおよそ大股20歩程度。

 よくぞ倒れなかったと褒めてやりたいところだ。


 とはいえ、やはり実力差は明白。

 さすがにあの強気な顔も歪んでいることだろう。

 そう思ったが……。


 ディガロが下ろした両腕──その先に現れた表情からはいっさいの恐れを感じられなかった。それどころか楽しくて仕方ないといった様子だ。


「少しはやるみてぇだな。だが、これ以上やると女でも容赦はしねぇぞ?」

「人間がわたしを女扱いするとはな」

「当然だろ。そんだけいい体してんだからよ」

「下種が。……先の回答だが、戦場に女も男も関係ない」

「そういう考えなら、こっちも本気でいかせてもらうぜ」


 言うや、ディガロが勢いよく息を吸いはじめた。

 その胸が破裂しそうなほどに膨れ上がった、瞬間。

 すべてを吐き出すように口を開け、咆哮をあげた。


 空気を震わすほどの声が支配者の間に響き渡る。

 同時にディガロの全身が青い靄が包まれはじめた。


 その光景を目にし、カオスは感嘆の声をもらす。


「ほう、なるほど。奴に合った技だ」


 あの技は《ウォークライ》。

 魔法と同じく体内の魔素を魔力として変換。

 己の身体能力を大幅に強化するものだ。


 過去に対峙した人間の中にも使う者がいた。

 単純ではあるが、とても強力な技だ。


 ディガロが足場を抉るほどに蹴りつけた。

 どんっと酷く重い音を鳴らして駆け出す。

 先ほどまでより断然速い。


 瞬く間に肉迫し、拳を突き出してくるディガロ。

 ヴィルシャはとっさに体をねじり、回避する。


 だが、ディガロは躱されると踏んでいたのか。

 即座に体勢を整え、追撃を繰り出してきた。


「──くっ!」


 ヴィルシャが呻きながら剣の腹で受け止める。

 が、その威力を殺しきれず、後方へ弾かれる。

 転ぶことなく着地するが、ディガロの追撃は止まらない。


 己の剛腕を以て蹂躙せんと拳を全力で振り続けている。

 そのたび、ごうと虚空を殴る音が響く。

 当たれば肉だけでなく骨までもっていかれる威力だ。


 ヴィルシャは辛うじてすべての攻撃を凌いでいる。

 だが、彼女の顔には先ほどまでの余裕はない。


「苦戦しているようだな、ヴィルシャ。助けはいるか?」

「──必要ないッ!」

「ならばさっさと殺せ。暇で暇でしかたない」


 すでに乗り込んできた人間たちは死んでいた。

 いまや死体も残らず霧散し、消滅している。


 おかげで魔物たちは暇そうに待機中だ。

 ヴィルシャたちを遠巻きに囲んでじっとしている。


「いいか、お前たちは手を出すな! ヴィルシャがこの人間を圧倒するさまを観戦していろ! もちろん騒いでもいいぞ。どうせなら応援してやるといい! 負けるなヴィルシャ、頑張れヴィルシャとな!」


 そう盛り上げても待っていたのは静寂のみ。

 骸骨たちは喋れないし、喰人鬼も「うぅ」と呻くしかできないのだから当然だ。


「お前の主は随分と酔狂な奴だなッ!あんな魔人は初めて見たぜッ!」

「勘違いするな! あれはわたしの主などではない……!」


 ヴィルシャが苛立ちを爆発させるように叫んだ。

 剣でディガロを弾き、生まれた隙を使って距離をとる。


「このあとを考えて温存していたが、気が変わった」


 どうやら先の煽りが効いたようだ。

 ヴィルシャの顔つきが明らかに変わった。

 彼女は両腕をだらりと下ろしたのち、剣の切っ先も下向ける。


「冥の中にありて無二の盛りを見せる獄炎よ。燦爛たるその煌めきを我が剣の軌跡に乗りて示せ」


 なめらかに紡がれる言葉。

 外見的な変化はまだ起きていない。

 だが、たしかな圧迫感がヴィルシャを中心に渦巻きだしていた。


「……紅影(あかかげ)


 そうヴィルシャが発した、直後。

 彼女の露出した肌のすべてに黒い炎の痣が現れはじめた。


 さらに彼女の剣にも黒い炎は巻きついていく。

 赤で占められた刀身が一瞬にして大半を黒で彩られた。


 ヴィルシャが大きく風貌を変えたからか。

 ディガロは初めこそ面食らっていたようだが、すぐに嬉々として笑いだした。


「その姿、聞いたことがあるぞ。《黒炎の魔人》……お前がそうだったか!」

「──死ね、人間」


 ヴィルシャの疾駆は恐ろしく速かった。

 炎と影の入り混じった軌跡を残し、瞬く間にディガロへと接近。黒炎を纏う剣を振り下ろした。


 ディガロは《ウォークライ》で強化した自負があるのだろう。真っ向から右拳で応じてみせる。が、接触した箇所から黒炎がうねり、ディガロの腕を包まんと動き出した。


 とっさに危険と判断したか。

 ディガロが右腕を引くが、待っていたとばかりにヴィルシャがもう一方の剣を振り抜いた。ぐちっ、とわずかな切断音とともにディガロの右腕が落ちる。


「ぐっ……おらぁあッ!」


 戦士の意地か、あるいは不滅による恩恵か。

 ディガロはわずかに呻くだけで悲鳴をあげなかった。

 そればかりか残った左拳で反撃を繰り出している。


 人間とはいえ、大した戦士だ。

 しかし、相手が悪かった。


 ヴィルシャがいっさいの慈悲もなく、残る左腕も斬り落としてみせた。たまらず後退するディガロ。だが、すでに詰んでいた。


 黒炎の球が間近に迫っていたのだ。

 それはヴィルシャが払った剣から放たれたものだった。


 避ける間もなく、黒炎の球に衝突されたディガロ。

 低い呻き声をもらし、ついにはその場に倒れた。


 全身が焼け焦げたような状態だが、まだ息はあるようだ。

 ディガロが転がった状態のまま、近づいてきたヴィルシャに声をかける。


「はは、俺の負けだ。でも、忘れんなよ。俺は何度でも来るからな。勝つまで、何度も何度も、お前の前に現れて──」

「さっさと消えろ」


 ヴィルシャが無慈悲に剣を突き立てた。

 わずかな呻き声もすぐに途切れ、ディガロの体もまもなく消滅する。


 すべての侵入者を打倒したからか。

 ヴィルシャが大きく息を吐いていた。

 応じて彼女の体や剣を覆う黒炎も消えていく。


 これはわかりきっていた勝利だ。

 とはいえ、多くはヴィルシャと魔物による手柄。


 王として忠臣を労わなければならない。

 カオスは玉座から立ち上がったのち、ヴィルシャのもとへ向かう。


「予想より時間がかかったな。お前ならばもっと早く終わると思っていたのだが」

「……貴様に言われると嫌味にしか思えん」

「素直に受け取れ。お前が思う以上に俺様はお前を評価している。でなければこうして同行することを許していない」


 下手な戦力は邪魔になるだけだ。

 その点、ヴィルシャは合格と言える。

 今後、魔物で対処できない場合には出張ってもらうことになるだろう。


「それにしても先の技、誰から教わった? 過去に使っていた者を知っているが、なかなかに気難しい奴でな。受け継ぐ者がいたとは思えんのだが」

「……貴様に言う必要はない」


 ヴィルシャが目をそらしながら剣を収めた。

 なにやら話したくない様子だ。


「ふむ、まあいい。しかし……あまり使いたがらなかったことがよくわかる。いまも立っているのがやっとのようだしな」


 ヴィルシャの足はわずかだが震えていた。

 きっといますぐにでも倒れ込みたいはずだ。


 そうしないのはおそらく弱みを見せまいとしてか。

 なんともいじらしく、そして強情な魔人だ。


 ヴィルシャが舌打ちしたのち、ぼそりと呟く。


「……大量の魔素を消費する」

「命を削るようなものだな。そこまで勝ちたい相手だったのか?」

「貴様に舐められるのが我慢ならなかっただけだ」

「そこまで想ってもらえてなによりだ」


 勘違いするなとばかりに睨まれてしまった。

 どうやら嫌味も通じぬほど想われているらしい。

 とあれば、それに報いるのも王の務めだ。


「少し触るぞ」


 カオスはヴィルシャの左手を取った。

 戦士らしく、少し硬めで厚みもある。

 よく訓練されたとわかる良い手だ。


「い、いきなりなにをする! 触るな! 放せ! 犯罪者め!」

「暴れるな、すぐに終わる」


 言いながら、カオスは内包魔素の一部を収束。

 自らの右手を通じてヴィルシャへと流し込んだ。


 外にはない変化も内から感じられたのだろう。

 ヴィルシャが早々に大人しくなっていた。


 まもなく処置は終わった。

 解放された左手をまじまじと見るヴィルシャ。


「なにをした?」

「俺様の魔素をわけてやっただけだ。まあ、ここは魔素も充分にあるし、待っていればそのうち元に戻るだろうが。早く楽になるに越したことはないだろう」


 一度は体内に入ったものだ。

 嫌がられるかと思ったが、予想外の反応をされた。

 こちらに向き直ったヴィルシャが軽く目を伏せる。


「……感謝する」

「ほう、お前も礼が言えるのだな」

「うるさい。礼儀を重んじる性分なだけだ」

「なるほど、ではこれからお前に恩を売りまくればデレデレになるわけか」

「それだけは絶対にないから安心しろ」


 まるで鋭い剣閃のごとく返された。

 どうやら先はまだまだ長いらしい。


「それで、これからどうするつもりだ?」

「決まっているだろう。クイランを落とす」


 これは元から決めていたことだ。

 ヴィルシャも会議に参加していたので知っている。

 しかし、彼女の顔は見るからに険しかった。


「クイランは城塞都市だ。高く分厚い壁で覆われている。たしかに骸骨将軍や騎士は強力だが……これでも攻め落とせるとはとうてい思えない」

「たしかに攻城戦には不向きな顔ぶれだ」

「なら、復活した敵が再び来るまで可能な限り魔素を集めるべきではないか?」

「言っただろう。時間をかければ不利になるのはこちらだ」


 敵はクイランだけではない。

 奴らが救援を呼べば、その数はさらに増える。


 こちらが人間たちの呼称する〝赤角〟であることは知られている。

 つまり《聖石》や《聖片》の材料と見られているということだ。


 その重要性を考えても、《昏き闇の六門》やそれに連なる者たちを屠った戦力が出張ってくる可能性は大いにある。そうなった場合、現状で対応できるかは怪しいとしか言えない。


 つまりクイランを落とすならいましかない。


「心配するな。こいつらだけで挑むつもりはない」


 カオスは支配者の間で佇む魔物たちを見回した。

 久方ぶりの邂逅ながらよくぞ奮闘してくれた。


 そう心の中で労いつつ、右手を払う。

 と、残っていた骸骨戦士が揃って燐光と化した。


 せっかくの戦力をなぜ消すのか。

 そんな疑問の目がヴィルシャから向けられた。


「奴らを深淵に戻し、魔素を還元しただけだ。では呼ぶとするか」


 カオスは《ゲート》に向きなおり、両手を広げた。

 これから召喚するのは骸骨将軍よりも上位の魔物だ。


「現れよ、愚指の巨人、ディ・ゴール! 慈悲なきその指先を以て、立ちふさがるすべての者を薙ぎ払え!」


 呼応するように《ゲート》が蠢き、広がった。

 さらに聞こえてくる、骨まで響く低いうなり声。


 やがて異様に指の長い手がぬぅっと現れた。

 それは《ゲート》の縁を掴むと、まるでくぐるようにして頭部、胴体、そして足先までのすべてを現す。


 それが床を踏んだ瞬間、視界が揺れた。

 ただただ巨大だった。

 手を伸ばせば悠々と大穴の縁に手が届くほどだ。


 ほかに特異な点は赤黒い肌ぐらいか。

 衣類は股間のみ覆う形で、ほぼ露出した格好だ。

 おかげでその隆々とした筋肉がより際立っている。


 愚指の巨人、ディ・ゴール。

 骸骨将軍よりもさらに上位の格を持つ魔物だ。

 要求される魔素は骸骨戦士およそ1000体分に相当する。


「な、なんだこれは……見たことがないぞ」

「この巨体だ。迷宮の通路に解き放つのはなかなか難しいからな。俺様も数えるほどしか呼んだことはない」


 さらに言えば要求される魔素の量が多い。

 通常の迷宮通路からちまちま集めていたら、こんなにも早くに召喚できなかった。大穴をあけて魔素を一気に集めた自身の判断を大いに褒めたいところだ。


「まさかこれを初めから出すつもりで坂を……?」

「……その通りだ! よくわかったな!」

「おい、絶対に違うだろう。やはりその場の勢いだったな!」

「俺様は魔王としての器量を見せただけだ」

「だから、お前は魔王では──うぁっ」


 騒いでいたヴィルシャの声が途切れた。

 愚指の巨人が彼女を掴んだのだ。


 カオスは巨人の肩に飛び乗り、胸を張った。

 坂の先、城塞都市クイランのあるほうを見ながら叫ぶ。


「さあ、人間たちの住処を蹂躙しにいくぞ! 奴らに史上最強にして最高の魔人たるこの俺様が復活したことを知らしめてやるのだ!」



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