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◆第一話『愛しき人間よ』

 そこは閉ざされた場所だった。

 薄暗く、空気はほんのりと冷たい。


 またあまりに静かだった。

 それこそ耳鳴りが続いていると錯覚するほどに──。


「……あ~、暇だ」


 ゼスティアル・カオス・ゲートは気怠げに唸った。

 硬い地べたで寝返りを打ち、頬杖をつく。


 視界に映るのはごつごつとした岩肌ばかり。

 ここは地中なのだから当然と言えば当然だ。


 とはいえ、〝閉じ込められてから〟約500年。

 こうも変わり映えがないと飽き飽きしてくる。


 だだっ広い空洞にたった1人。

 せめて玩具の1つでもあれば退屈せずに済んだかもしれない。


 非力で臆病な……。

 そう、可愛い可愛い──。


「ん……?」


 わずかな振動を感じた。

 壁の一方からだ。

 どんどん近づいてくる。


 こんなことは初めてだ。

 いったいなにが起こっているのか。


 ──変化のない日常が終わる。

 そんな予感に駆られ、気持ちが高ぶりだした。

 すっくと立ちあがったのち、音の聞こえるほうへ目を向ける。


 ピシッと亀裂を走らせた壁が荒々しく四散した。

 もうもうと土埃が舞う中、無骨に開けられた穴に影が浮かびあがる。


「……ようやく空洞に出たな」

「まさか本当にあるなんてな。俺ぁてっきり嘘の情報を売られたと思ってたぜ」

「俺もだ。奴らにとって入口のない迷宮ほど意味のないもんはないからな」

「お前ら、安心するのは目的のものを見つけてからにしろよ」


 幾つかの野太い声が聞こえてきた。

 やがて土埃が晴れ、声の主たちの姿があらわになる。


 頭部に胴体。

 それに腕と脚が2つずつ。


 頭に角もなければ歯も尖っていない。

 耳も小さくて丸い。


 久しく目にしていなくとも間違いようがない。

 奴らは──。


「ニ・ン・ゲ・ンッ!」


 興奮から思わず大声を出してしまった。


 なんだなんだと反応する人間たち。

 こちらを捉えるなり、彼らは揃って目を見開いた。


 かと思えば、総じて口角を吊り上げている。

 どうやら人間たちもこの出会いを喜んでいるようだ。


「……こいつぁ大当たりだ!」

「まさかの赤角かよ……!」

「こりゃ一生遊んで暮らせるかもなっ」

「おい、すぐにほかの奴らにも報せろ! お宝を見つけたってな!」


 仲間を呼びに向かったのか、後続の1人が引き返す。


 残ったのは5人。

 全員が革の防具に身を包み、腰に剣を携えている。


 統一感もないし清潔感もあまりない。

 大方、夜盗といったところだろう。


「人間たちよ、よくここがわかったな」

「本当だぜ。ったく、入口も造らねぇでこんなところに引きこもりやがってよ。とんだ臆病な魔人だぜ」

「ま、だからこそこうして俺たちが最初に見つけられたんだけどな」


 違いねぇ、と1人が相槌を打つと、奴らは全員で笑いだした。決して臆病が理由でこんな場所にいたわけではない。だが──。


「こうして誰かの声を聴くというのは心地よい気分だ。ふむ、悪くはない。悪くはないぞ。そうだな、いっそ奴らを──」

「おい聞いてんのか、赤角っ! ほかに仲間はいねえのかよ?」

「ん? ああ、赤角赤角となにを言っているのかと思ったが、俺様のことか」


 この身にはたしかに赤い角が生えている。

 側頭部の両側から垂れ、そり返る形状だ。


 魔人の中で角を持つことはそう珍しくない。

 ただ、赤角は選ばれし者のみが持つものだ。

 夜盗たちが注目するのも無理もないことだった。


「お前たちが俺様の雄々しき角に心奪われ、それしか目に入らんのは仕方ないことだ。しかし! 俺様にはゼスティアル・カオス・ゲートという名がある。ふむ、そうだな……こんな場所で会ったのもなにかの縁だ。特別にカオス様と呼んでもいいぞ」

「……なんだこの赤角」

「赤角ってほかよりも知能が高いんじゃなかったのか?」

「つまり噂が嘘だったってことだろ」


 夜盗たちから向けられる冷たい目。

 どうやら魔人と人間の関係はいまだに悪いようだ。


「俺様たちがいがみ合っていることはよ~くわかっている。だが、俺様はずっと1人で退屈していたのだ。残念ながら茶はないが、少し落ちついて話でもしようではないか」

「おい、やっぱ仲間いねえみたいだぜ」

「見るからに頭おかしい感じだしな」

「ちょうどいいし、とりあえずさっさと殺っちまおうぜ」


 やはり人間とは分かり合えないらしい。

 とはいえ、やっと現れた退屈しのぎだ。


 ここは慎重に事を進めたい。

 そう思っていたのだが──。


「んじゃ、俺が1番乗りっと!」


 1人が我先にと飛びかかってきた。

 高く掲げた長剣を思いきり振り下ろしてくる。

 勢いのよさはあれど、なんとも工夫のない一撃だ。


 カオスは迫りくる剣を右手甲で弾き飛ばした。ガンッと衝突音が鳴り響く中、すかさず右手を刃のごとく尖らせ──無防備となった相手の胸を貫いた。


「しまったな、反射的に迎撃してしまった。しかし、いきなり襲いかかってくるお前が悪いのだからな」


 そう弁明しつつ、男の胸から腕を抜いた。

 胸の傷口を押さえながら、よろめく男。


「あ、あっ……」


 まもなく大量の血が傷口から噴き出した。

 どさりと倒れ、そのまま動かなくなる。

 なんとも呆気ない死に際だった。


 しかし、勇敢にもこの最強たる魔人に挑んだのだ。

 その栄誉を称え、しばらくはそっとしておいてやろう。


 そんなことを思ったときだった。

 男の体が弾けるように無数の赤い燐光と化した。


 それらはふわふわと浮かび上がりはじめる。

 やがてその光を徐々に弱めていくと、空気中に溶けるように消え去った。


「なんだこれは……?」


 いままで殺した人間は数知れない。

 数千、数万。いや、それ以上か。

 だが、こんな現象を見るのは初めてだ。


「派手に散ったなー、あいつ」

「うっはー、きんもちよさそーっ!」


 仲間が死んだ。

 にもかかわらず人間たちに動揺はない。

 それどころかゲラゲラと笑ってすらいる。


 異様な光景だった。

 人間は仲間をとても大事にする傾向がある。


 仲間を殺されれば感情を怒りで塗りつぶし──。

 我を忘れて飛びかかってくる者も珍しくなかった。


 そうでなければ圧倒的な力を前に恐怖するか。

 逃げ出す者もいれば失神して泡を吹く者もいたのをよく覚えている。


 だが、眼前の夜盗たちはどうか。

 いずれにも当てはまる様子がない。


「初めて目にしたときから違和感はあったが……お前たち、俺様が怖くないのか?」


 問いかけられた夜盗たちが顔を見合わせる。

 と、全員が「ぶぁっはっは!」と馬鹿にしたように笑いはじめた。


「なに言ってんだ、こいつ」

「俺たちが魔人を怖がるだって? ははっ、冗談にもほどがあるぜ」

「大体、死んでもまた復活するってのに怖がる奴がいるかよ」

「……復活する、だと?」


 なにやら信じがたい言葉が返ってきた。


 これまで多くの人間と対峙してきた。

 だが、そんな力を持つ者は見たことがないし、聞いたことすらなかった。


 この場所に隔離されたのは約五百年前。

 まさかその間に身につけた力なのか。


 いや、あまりに変化が大きすぎる。

 ただの進化とは考えにくい。


 問い詰めんと口を開きかけた、そのとき。

 夜盗たちの仲間がぞろぞろと到着した。


 先にいた者たちも加えて総勢約15人。

 こちらを囲うように陣取りはじめる。


 思っていた以上に多い。

 つまり奴らが恐怖を感じないのも数的優位からくるものだろう。


 そう結論づけようと思ったが……。

 やはり違うようだ。


 人間たちの態度には余裕がある。

 偽りのニオイは感じられない。

 なにより──。


 カオスはすっと目を細めた。

 この眼には恐怖を読み取る力がある。

 それが一度も捉えられていないことが証拠だ。


「……なんとも可愛くない」


 人間たちが大好きだった。愛していた。

 だが、それは奴らが弱く脆いという長所を持っていたからだ。それを失ったのなら、もう憂慮する必要はない。


「気が変わったぞ、人間ども。お前たちは俺様がここで皆殺しにしてやろう」

「はっ、この人数差だぞ。やれるもんならやってみろよ」

「お前たち、この角を持つ意味を忘れていないか?」


 カオスはにやりと笑みながら警告する。

 と、夜盗たちが揃ってうろたえた。

 カオスは構わずに両手を広げて高々と咆える。


「混沌を支配する者──ゼスティアル・カオス・ゲートが命じる! 古の盟約により繋がれた深淵との扉をいま、ここに開け!」


 呼応してそばに黒点が現れた。

 それは人間を容易に呑み込むほどの大きさへと瞬く間に変貌。まるで生物の集合体かのように蠢きはじめる。


 ──《ゲート》。

 魔物が存在する深淵と、この世界を繋ぐ。

 言葉通り扉の役目を果たす力だ。


「さあ姿を現せ、我が軍門に下りし無限の魔物たちよ! 勇猛たるその歩みをもって立ちはだかるものを蹂躙し、軌跡を混沌で塗りつぶすのだ!」


《ゲート》は最強にして至高の力。

 何百、何千もの人間を相手にできる。

 もはや勝利は揺るぎないものとなった。


 そう確信したのもつかの間──。


 カタカタ、と虚しい音が空洞内に響いた。

 門から現れたのは片手に剣を持った人型白骨。

 それも1体のみ。


 数ある魔物の種類。

 そのアンデット系において最弱の戦士。

 骸骨戦士(スケルトンウォーリア)だった。


「なにが無限だ! 1体しか出てねえじゃねえかっ!」

「しかもなんだよ、あの歩き方! 脚が震えてんぞ!」


 ぶはははは、と哄笑する夜盗たち。

 実際に脅威となることなく骸骨戦士は彼らに一撃で粉砕されてしまった。分裂した骨がカラカラと音をたててあちこちに散らばる。


「ふむ……やはり制限された身では難しいか」


 カオスは思わずため息をついてしまった。

 まるで呼応するように《ゲート》も勝手に消えてしまう。


 ここに〝閉じ込められた〟時点でわかってはいたが……。

 もうこの身には力がほとんど残っていないらしい。


「おい、お前ら。こいつただの欠陥品みたいだ。警戒する必要はねぇ。とっととやっちまうぞ!」


 荒々しく声を張り上げる頭目と思しき男。

 応じてほかの夜盗たちが獣のごとく目を光らせる。


 いまのままでも大半は屠れるだろう。

 だが、全員は少々厳しいかもしれない。


 さすがに負けは確実か。

 とはいえ、黙って殺されるつもりはない。

 可愛くない人間たち相手ならなおさらだ。


 そうして最後まで抵抗することを決意した瞬間だった。


 頭目の首が飛んだ。

 落ちた頭部がころころと地面を転がる。

 その表情は数瞬前の勇ましい状態を保っている。


 先ほどまでの盛り上がりが嘘のように静まり返る夜盗たち。


 いったい誰が頭目の男を殺ったのか。

 答えは頭目の首が飛ぶと同時に現れた影だ。

 それはいまや鮮明な輪郭を持ち、正体をあらわにしていた。


 女だ。

 右耳は銀のカフスで隠れてわからないが……。

 左耳の先はピンと尖っているのが見える。

 あの耳からして魔人で間違いない。


 ただ、女はただの魔人ではなかった。

 恐ろしいほどに美しい姿をしていたのだ。


 なにより目につくのは後ろで1つに結われた長い髪だ。金一色でありながら、まるで花束を思わせるほどの華やかさを持っている。


 黒軽鎧から覗く見るからに滑らかな褐色の肌。手に収まらないほどの豊かな胸。しなやかさも感じられる、すらりとした肢体。派手な登場を抜きにしても、むさくるしいこの場において誰より目立つ風貌だ。


 彼女は両手に1本ずつ正統的な長剣を握っている。


 どちらの刃も赤色だ。

 一瞬、人間を斬った血で染まったのかと思ったが、どうやら地の色らしい。


 彼女は肩越しに振り返ると、その深紅の瞳を向けてきた。


「貴様は下がっていろ。こいつらはわたしが始末する」


 事情はわからないが、同じ魔人だ。

 負けが確定していたとはいえ……。

 獲物を横取りされた気はしなくもない。


 だが、眼前の夜盗たちはもう〝どうでもいい〟存在だ。

 好きにしろとばかりにカオスは後退した。


 いつの間にやら人間たちが騒ぎはじめていた。

 頭目の男が死んだというのにやけに楽しそうだ。


「なんだ、このメス魔人」

「おいそれより見ろよ。あの体」

「いいねぇ~! 前座にもってこいじゃねえか」

「賛成だ。俺、いっぺん魔族の女を味わって──」


 最後に話しはじめた男が言い切ることはなかった。

 首から先が飛んだのだ。

 女魔人が血糊を払わんと剣を振るう。


「黙れ、人間ども。穢れた目をわたしに向けるな」

「このメス魔人っ!」


 夜盗たちが逆上して襲いかかる。

 だが、奴らの剣が肉を捉えることはなかった。


 女魔人が人間たちを圧倒。

 あっという間に斬り伏せてしまったのだ。


 あちこちに転がる肉の塊。

 池のごとく広がった真っ赤な地面。

 耳障りだった男たちの濁声はもうどこからも聞こえてこない。


 とくに驚くことではない。

 それだけの力量を女魔人から感じ取っていた。

 カオスは血だまりの上を歩いて女魔人へと近づく。


「助かったぞ、同胞よ。いまの状態では勝てるか怪しかったからな。しかし……何者だ、お前は? まさか俺様をここから出しにきたなんて言わないだろうな?」

「不本意ながら、そのまさかだ。大罪人にして《昏き闇の六門》の一門──ゼスティアル・カオス・ゲート」


 そう答えながら、女魔人が向き直った。

 牽制するように剣の先を向け、告げてくる。


「わたしは魔王直属の《戦闘兵(ミーレス)》、ヴィルシャ・ギズス。貴様をこの獄から解放するために遣わされてきた」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「五つの塔の頂へ」がとても面白くて、番外編でこちらの事を宣伝されていたので気になって来ました! この新作も大変面白そうなので、今後の展開を楽しみにしております。
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