7.覚悟の夜
本編「独りの夜」の別視点です。
2日目も3日目も正直進展はなかったと思う。
あ、でも梶谷のおかげで【アイテム使用歴】が確認できるようになった。
さすがに早朝のランニングはする気力は無かった。けど代わりに少しだけ調査をしてみた。
まずは、【箱庭ゲーム攻略指南書】。背後を奪いコードを読み取る方法、アリバイを作る方法、【強制退場】や捕縛の詳しい使い方など。読んでて不快なものばかりだった。
荻が持ってきた他のルームの動向を見るノートも見てみたけど、数ルーム消えているとだけ書かれていた。なぜ消えてしまったのか語るのは要らないだろう。
次に見たのは倉庫。
これははじめの世界で千葉達が調べた通り、ズボラなオレが見た程度では特に変化は感じなかった。
最後に屋上。初日に感じた視線は相変わらずあるけども、身体の不調は特になかった。でも、なぜか何となく温室が気になってしまった。
その足で植物園を構える温室に向かった。
現実ではあり得ないサイズの植物が鎮座していた。根元とかどうなってんだろ、覗いてみたけど不審なものは存在しなかった。
ただ。
「妙に落ち着く。」
何だろう、このホッとする感じ。
花壇に腰をかけると眠気が襲ってきそうな。
そういえば他の参加者はどうしているんだろう。梶谷と香坂、荻、加藤はPCに向き合ってるし。
ふと端末を見てみると荻からメールが来ていた。どうやら調査が済んで何か分かったらしい。オレはすぐに立ち上がるとカフェテリアに向かった。
部屋に行くと半数くらいは集まっていた。ずっと寿がPC調査班に詰め寄っている。それを見守る風磨の横に座ると彼は苦笑いをしながら首を横に振っていた。
すぐにモニタールームから梶谷と酒門も出てきた。
「新しいこと、見つかったんだよね?」
梶谷が座って画面を凝視する横で寿が相変わらず問い詰めている。
「あれ、僕が最後か。ごめんね、待たせて。」
すると急に寿が振り向き、久我を睨みつけていた。
たぶん焦り、それとちょっとの嫉妬だな。
そんなことに構わずマイペースに梶谷が口火を切った。
「みなさん集まったっすね。」
「で、新しいことは見つかったのか?」
風磨が尋ねた。モニターの中では何かのソフトのプログラムが書かれた意味のわからない画面が映し出されていた。
「ここに書かれているのは外部とのやりとりの履歴っす。」
「それはあたしらのか?」
「いえ、これはおそらく【サポーター】のものっすね。」
加藤の質問に梶谷は答えた。
「昨日から酒門さんが【スズキ】にメールを送信した履歴があるっす。それを除くと、何者かがこの部屋にちょこちょこ出入りしてるっす。しかも初日からね。」
「それは何者だ?!」
「……使用者は【サポーター】と記されているっす。」
全員の中に緊張感が走る。
「つまりは【サポーター】は何らかの方法で【スズキ】とやりとりしているってことかしら?」
「はぁ?! マジでざけてんな!」
木下の言葉に、千葉が青筋を立てて怒鳴る。そばの気の小さい面々が驚いて肩を震わせた。
さすがに彼女らが可哀想になって彼を諌める。
「千葉、落ち着いて……。」
「んなの落ち着いてられっかよ!」
千葉は興奮しており聞く耳を持たないようだ。全く困ったものである。
「うるさい。冷静でいられないならここから出ろ。オレたちは考える必要がある。」
「あ? んだよ。」
「千葉くんの気持ちは分かるけど、僕も思考を止めるべきでないと思うね。ルール説明の時とは異なる、明らかな矛盾が含まれているよね。」
「……矛盾?」
久我の指摘に何名かは頷いていた。今の指摘で何がわかるんだろう。
「ルール説明の時、【サポーター】は人に近づけるため自覚しないようにプログラミングされているって梶谷言ってたよね?」
「そうっすね。……言ったオレが言うのもアレですけどもしかしたら【サポーター】は従来のようなものではないのかもしれないっす。」
「例えば、内通者として明確な意識を持っている、とかー?」
矢代が呑気に、残酷な可能性を告げた。
確かにそれなら【スズキ】からすれば好都合。
すると間髪入れずにギラギラとした瞳をした寿が提案をした。
「なら、みんなのメール機能を1人1人確認しない? そうすれば裏切り者が分かりますよね?」
この語気では逆らえまい。皆素直に端末を開く。
結果から言えば無駄骨だったのだが。
「……履歴が残ってないってどういうことっすかね。しかも消去履歴さえもないっす。」
1つ1つの端末をPCに繋ぎ、メッセージの消去履歴も探したのだ。しかし、芳しい結果は得られなかったようだ。
殆どの者がその結果に落胆を見せていたが、梶谷は梶谷で結果をしっかり解釈したらしい。
「なら、この世界に存在するネットワーク回線を介したってことっすね。オレが今から固定ネットワーク調べ回るっす。この世界にノートパソコンってありますか?」
「私の部屋に1台、リビングに確か母さんのがある。あと図書館にもあるけど、私は触ったことがないから使えるかどうか。」
「なら、オレが手伝おう。さっさと準備しろ、梶谷、荻。」
「えぇ〜、オレも? ま、いいけど!」
「なら、あたしが梶谷のサブに入ってやるよ。それなりに触れるしな。」
「助かります。」
「なら、私も……。」
本山と寿が立候補したが、加藤が鼻で笑う。
「寿は別にプログラミング明るくねーだろ。それに本山は今朝図書館で寝こけてたじゃねーか。戦力にならねーからしっかり休んでから言えよ。ま、他だと酒門も明るそうだが……別のことやってるしな。」
珍しくまともな意見を落とす彼女に、2人はおし黙る。
意外としっかり見てるんだな。オレは素直に感心してしまったが、風磨や千葉も同じことを思っていたらしく口を半開きにしていた。
調査をするも成果なし。
本当は温室に行こうと思ったけど、渦中の2人が行くのを見たからやめておいた。何だか2人は秘密を共有している気がする。首を突っ込むのは賢明ではないだろう。
夕食の時間になり、カフェテリアに向かうとたまたま風磨と須賀がいた。オレが食事の準備を終えたくらいで久我もやってきて同じテーブルについた。
「なぁ、3人よ! オレは思いついたぞ、脱出の手段をな!」
碌なことを言わない気がする。
疑うオレをよそに真っ直ぐな風磨と優しい久我は真剣な顔をして聞いていた。
「何を思いついたんですか?」
「この施設の外には林があるだろう? それに着火してはどうかと思ったんだ!」
「……へぇ。」
さすがの久我も笑顔だったが完全に固まっていた。でも、風磨はおおと手を叩いていた。須賀も風磨も絶対オレより勉強できるくせして馬鹿だろう。
「昼間見た時、倉庫に着火剤もあったし、何もやらないよりはマシだな!」
「そうだろうそうだろう! 明日早速やってみないか?」
「よっしゃ、オレも協力するぜ! 遼馬と久我も頼むな!」
「えぇ……。」
「僕はちょっと気になることがあるので、間に合ったら合流します。」
「頼むな!」
オレは有無を言わさず頭数に入れられているらしい。
できることもないし、やらないよりは良いんだろうけど。でも、やった後の荻とか香坂とか、加藤に馬鹿にされる未来や酒門とか梶谷の憐れんだ視線が想像しただけで痛かった。
そのあと、風磨に倉庫を確認しに行かないかと誘われたけど慎んでお断りした。
オレはそのまま植物園に向かい、少し調べ物をしていた。ここが怪しいと思うんだけど、と本能的に思った場所を探っていた。
「……ない。」
その時、背後の扉が開いた音がした。
振り向くと、久我が目を丸くしていた。
「……何か見つかりましたか?」
「何にも。久我も調査?」
「え、あ、まぁ。それより千葉くんは見てませんか?」
「千葉? 見てないけど。」
確かにさっきの集まりの時、寿と揃って危うげな感じがあったけど。そんな急を要する用件なのだろうか。
「手伝う?」
「大丈夫ですよ。」
そう、とオレは背中を向けた。
その時の彼がどんな顔をしていたかなんて、その時のオレは知らず。ただ、ぽつりと聞いたことのないような声でオレに一言尋ねてきたのだ。
「石田さんは参加者の中で誰を2番目に信頼していますか?」
「え、久我だけど?」
1番が風磨であることは自明だったのだろう。
オレがそう告げると久我は珍しく幼なげな表情をしていた。嬉しそうな、でも寂しそうな。
「3番目は?」
「……梶谷かな。」
アイツ、演技力お粗末そうだし。やっていることが敵側からすれば鬱陶しそう。
「なら、困っていたら彼のこと、助けてあげてくださいね。」
「は?」
振り返った時にはもうすでに久我の姿はなくて。
何だったのだろう、胸騒ぎがする。
オレは暫くうろうろしていたけど、久我は戻ってこなかった。探しに行こうか、そんなことを思った矢先、突如アナウンスが鳴り響いたのだ。
【強制退場】が施行された、とゲームの開始を告げるアナウンスが。




