4.ゲームのはじまりだ
本編「後悔なきゲームを」〜「ゲームのはじまりだ」の別視点です。
早朝、オレは目が覚めた。
バーチャルリアリティの世界でもきっかり5時半に目が覚める。精神世界の中でも人の習慣は侮れないんだな。風磨はぐっすり眠っているけど。
ただ、起きてからここにはバスケットコートがないことに気がついた。せめて走っておくかと、部屋を出るとすでに梶谷と千葉が起きていた。なんか意外だ。
「おはようございます、石田さん。」
「おう。」
「……おはよう。」
寝起きらしい千葉はぶっきらぼうに、梶谷は大して変わらず挨拶をしてきた。
でも、千葉はかっちり服装や髪を整えているのに梶谷は猫っ毛が爆発している。真反対ではないか。ちょっとだけ笑いそうになった。
「早起きなんすね!」
「まぁ……習慣?」
「それ久我も言ってたぞ。アイツ起きがけから走りに行ってよ。バケモンだな、アンタら。」
梶谷がその言葉を聞いて目を細めた。
絶対にお前の体力も、梶谷からすれば同じように思う所だと思うんだけど。
適当に朝食を作って食べてオレも走りに向かう。ちょうどすれ違いに久我が戻ってきた。何時から起きてたんだろう。久我はどうも〜なんて言って軽やかに帰って行ったけど。
ちょっとしてから風磨も走りに来た。ゲームに参加してても変わらない日常でないか。
何やらカフェテリアが賑やかになっているらしいが、風磨もあまり興味を示さなかったようだ。
2人でクールダウンをしていると、風磨が話しかけてきた。
「そう言えば、このスマホもどきの端末、触ったか?」
「ううん。風磨は?」
「ちょっとだけな〜。ほれ。」
風磨はいくつか端末の機能について細かいことを教えてくれた。
まず1つ目。端末をカメラモードにして参加者の首裏にあるコードを読み込むと、【捕縛】機能が発動し、約2時間ほど継続するそうだ。
2つ目。【アイテム使用】を選択した場合、薬はアイテムが実体化せずにそのままアバターに反映されるそうだ。実体化を選択するとアバターには取り込まれず手元に出現する。しかし、薬に関しては風邪薬と鎮痛剤、外傷治療薬しか使えない。
「外傷治療薬、って何。」
「ほら、ゲームの回復アイテムみたいに瞬時に怪我を直してくれるそうだ。でも、1ゲームにつき1回、使用期限があるみたいだから乱用はやめた方がいいみたいだけどな。」
「本当にゲームみたい。」
「ゲームっしょ。」
まぁ、そうなんだけども。
でも、痛いと思えば、実際に痛いんだろうな。頬を捻ってみると痛みは生じるし、完全にニセモノってわけでもないみたい。
ここで起きたことは現実にもきっと反映される。
ちゃんと風磨と向き合おうと思えば。
「……帰ってからでいいか。」
「お、どうした?」
「何でもない。」
そう、所詮ゲームなんだ。
オレはストレッチをしながらそのまま芝生に横たわると、眩しい太陽から逃げるように手で顔を覆った。
2人で話しながら倉庫を見回っていた。
というのも、いざできないとなると手持ち無沙汰になり、何らかのボールに触れたいという話になったからだ。途中、須賀や千葉を誘うと、彼らも何か遊びたいという話になったしちょうどいいだろう。
風磨は善は急げ、のタイプ。
早速探そうと2人で行動していると、突如世界に異常が発生したのだ。
辺りに【danger】の文字が浮き上がっている。
「遼馬、梶谷からメールきてるぜ。」
風磨に言われて見てみると彼からメールが来ていた。『緊急事態発生、すぐにモニタールームへ。』と端的に書かれていた。
オレ達はすぐに言われた通りモニタールームへ向かった。すでに他の参加者達は来ており、オレ達が最後みたいだった。
オレが扉を閉めると同時、風磨が梶谷に尋ねた。
「オイオイなんだよこれ!」
「やっと皆さん集まりましたね。」
冷静な梶谷は淡々と答える。
周りには不安で震える者、興味深げにモニターを見つめる者、冷静に梶谷の話を待つ者、反応はそれぞれだ。
その中で荻が愉しげに目を細めながら口を開いた。
「で、メールでみんなを集めたってことは何か梶谷クンには心当たりがあるってことでしょ?」
「もちろんすよ。モニタールームに集まってもらったのもこのエラーへの対策っすから。」
梶谷は続けた。
「さっきから本部の方に連絡をしてるんすけど、全く応答できず、しかもメールもエラーで送信できません。ついでにメールについては個別も送れず、グループでのみ送れるような状態っす。」
加えて、空間に広がる【danger】の文字。不穏すぎる。
「……アンタが作成した顔認証システム、それについて何らかのバグが発生した可能性は?」
「顔認証システム?」
酒門の質問に、加藤が弱々しく聞いた。早朝何人かで集まっていたのはそういうことか。梶谷は自己紹介で言っていた通り、プログラミングに明るいようで色々弄っていたみたいだ。
「まだ試作段階でモニターを千葉さん、酒門さん、久我さん、寿さんに依頼したんすよ。こっちの本体の方には特に異常は見られませんでしたし、万一端末の方に異常が見られる場合には自動でアンインストールされる予定でした。」
「私たちの方には特に何もなかったよ?」
「なら、おそらくっすけどそれによるエラーは起こりにくいと思います。作成の段階で警告は出ると思いますし、それを作って実際使いはじめたのは今日の午前中っす。」
「……今はもう夜になりかけだもんな。」
千葉は今の説明で納得したらしい。
残念だけどオレはその辺はめっぽう弱いものだからほとんど聞き流していた。
「で、運営の状況もわからないんでさっきハッキングして他のルームの様子も見てみたんすよ。」
「……この数字からわかることは?」
香坂が渋い表情を浮かべながら尋ねた。
その前にハッキングという言葉に引っかからないのか。
数字を見ながら梶谷と酒門は冷静に会話を続ける。
「簡単に言うと、他の部屋も運営とは通信が断絶している状態、つまりはエラーで外部と連絡が取れない状態になっている。」
「原因は? ウイルス、プログラム改竄、はたまた運営の操作ミス、なんでもあり得ると思うけど。」
「それは酒門さんのおっしゃる通り、でもそれさえも分からないんすよ。」
そんな話をしていると、ブゥンと不穏な音を立ててモニターに女性のシルエットが映った。女子は数名が悲鳴をあげ、部屋から飛び出ようとする者もいたが、とっさに久我が止めた。
「やめてよ! こんな所に閉じこもってたら頭がおかしくなる!」
「やめるのは君だよ。外の様子がおかしい。」
相変わらず冷静だな。でも、落ち着きすぎているような。
酒門も扉の隙間から外を覗き込むと怪訝な顔をした。次に扉に近かったオレも覗くと、文字化けしたような、まさにバグっているような世界になっていた。
『参加者の皆さん、怯えているようですね。』
「……まるで監視してるような口ぶりだな。」
須賀が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
女性はただ愉しげに口元をゆがめた。
『この【箱庭ゲーム】は、【スズキ】が乗っ取りました! 参加者、あなた達にはゲームに参加してもらいます!』
「……ゲーム?」
何言ってんだこの女の人。
たぶん殆どのこの場にいた参加者は思っただろう。
『その前に、参加者に相応しくない危機意識に欠けたものを消去しなければいけませんね!』
その言葉とほぼ同時であっただろうか、扉の外から高音の不快な音が響き、世界が揺れる。
咄嗟に近くにいた久我が扉を閉めたものだからびっくりした。部屋には、参加者の半数以上があげた、驚きと恐怖と、さまざまな負の感情が混じった悲鳴がこだました。
数分もすると揺れは収まり、自ずと悲鳴も収まった。
「みんな、怪我はないか?!」
風磨が辺りを見回して尋ねた。
「なんとか……。」
「うぅ……ぐすっ、なんでこんな事に……。」
「莉音ー、深呼吸だぞー?」
「……扉が開かないね。」
久我が呟くと、須賀と千葉が駆け寄ってきたため、オレは少し離れた。
「ぶち破るか?!」
「今は何もしない方が賢明だと思うよ。小窓から外を見てみなよ。」
「あ……、はぁ?」
千葉は扉の小窓から外を覗くと言葉を失った。何を見たのかは知らないけど恐ろしいものだったのだろう。
でも、久我は冷静にモニターに向かった。
「スズキさん、でしたっけ? 僕たちはどのようなゲームをすればいいんですか?」
「お前本気でやる気かよ!」
風磨が掴みかかろうとしたため、オレは咄嗟に抑え込んだ。たぶん、久我は無策でそんな発言をするほど馬鹿ではない。
『102ルーム中、ゲームの参加資格を得たルームは67ルーム。その参加者の皆様に今からルールを話します。』
「……スズキさん、なのかな?」
「確かに自動応答っぽいかもね。」
本山が不安そうに尋ねたが、酒門は冷静に答えた。
『今からあなた達には【サポーター】を見つけるゲームをしていただきます。』
「……【サポーター】?」
「ええ、【サポーター】とは、本来ならばあなた方の【箱庭ゲーム】を支援する所謂AIの存在。しかし、その【サポーター】にバグが発生しているのです。あなた方にはその【サポーター】を見つけ、【強制退場】をしていただきたいのです。」
「なら簡単じゃねーか! さっさとでてこい!」
千葉がそう言うけど出てくるわけがない。
梶谷は苦笑いしながら答えた。
「確か、っすけど。【サポーター】はより人に近づけるため自覚しないようにプログラミングされているんじゃなかったすか?」
「そうなのかよ……。」
千葉は悔しそうに俯きながら拳を震わせた。
『そして、ゲームには制限時間を設けたいと思います。』
「制限時間……。」
怯えた声で寿が復唱した。
画面の向こうの影が少し揺らめいた。
『この説明が終わった後、モニタールームの外の世界を、参加者の誰かの記憶に基づいて再編します。そして1つの世界に対して、制限時間は4日間。
それを超えた瞬間に、記憶を使われた参加者は消滅します。』
「しょ、消滅ってどういうことだよ!」
加藤が取り乱す。その近くの女性陣も些か顔色が悪かった。
『消滅を防ぐ方法は、3つ。
①【サポーター】を消滅させ、このゲームを終わらせる。
②記憶を使われた参加者当事者が誰か他の参加者を【強制退場】させる。
③別の参加者が他の参加者を【強制退場】させた上で、その参加者がログアウトをする。
以上です。』
本当にゲームみたいだ。ここにいるNPCを容赦なく消せっていうことなのだろう。そんなことできるのか。
シルエットはゆらゆらしながら続ける。
『……③において、【強制退場】させた人物がログアウトしなかった場合、その人物以外の参加者が制限時間を迎えるとともに退場する事になります。
その時には、残った1人だけは、安心安全でゲームからログアウトできるかもしれませんね。』
そんな手段があるのか。
何かを察知したらしい風磨は声を荒げた。
「みんな、惑わされるなよ。絶対他に解決策はあるはずだ。」
「……そうだね。僕もまずは【サポーター】を探すことを優先すべきだと思うよ。」
2人の言葉を聞いて何人かは同意する声をあげた。
しかし、武島は真っ青な顔のまま震え、悲鳴のように言葉を発した。
「でも、ここにいる誰かが自分を狙ってきたら? 私たちはどうしようもないですよね? それをしないって保証はあるんですか?!」
「武島さん……。」
「触るな!」
慰めようとした木下の腕を振り払う。そんな中途半端な言葉、今は不要だろうに。
だが、暴れる彼女に優しく触れた人物がいた。
「大丈夫だよー。少なくとも、華は絶対に莉音の、ううん、みんなの味方だもん。信じれば、きっと救われるよ。」
「そんな……ッ、私……!」
「じゃあまず、華から信じてみてー? それで、どんどん信じられる人を増やしていこー?」
その言葉でやっと彼女の震えは止まる。
涙で濡れたぐしゃぐしゃの顔を上げ、矢代に泣きつく。そんな様子を見ながら須賀が拳を掲げた。
「そうだな! 矢代のいう通りだ! オレも武島を信じるぞ!」
「……ッグス、っうぅ。」
いや、絶対聞こえてないでしょ。
そんな光景に一切興味を示さず、酒門は梶谷の横に座るとキーボードを叩き、何かメッセージを送る。それを不安げに寿が見つめている。
「……み、美波ちゃん、何したの?」
「声が届かないなら、って。『ゲームオーバーの条件は? 世界から退場した参加者はどうなるんですか?』ってね。」
ああ、確かに気になるかも。
そのメッセージが届いたのか、ああ、とシルエットが声をあげた。
『ゲームオーバーの条件は、
①記憶を提供できる参加者がいなくなる。
②【強制退場】させた参加者をログアウトさせられなかった。
以上の2つです。そして、ゲームオーバーした者は……そうですね、万が一その世界の中で死ねば肉体も死を認識しますし、目覚めません。世界が消えてしまえば、もしかしたらそれきりかもしれませんね。』
おそらく、オレを含めてその場にいた全員が恐怖を感じただろう。
『では、皆様、10分後に世界の再編を行います。モニタールームにて暫しお待ちください。質問があればモニタールームよりご連絡ください。』
それだけを述べるとモニターはプツン、と落ちた。
その場を沈黙が流れるが、ふと酒門が口を開きモニターを指差す。
「梶谷、他ルームには繋がらないんだよね?」
「まぁ、はい。」
「なら、ここの回線、何に繋がってるの?」
「これはーーー、ぁ。」
小さく梶谷が呟くと、彼女と視線を合わせて頷きあう。
「皆さん、希望を捨てるのは早いっすよ。」
「何か分かったの?」
久我が尋ねると彼は頷いた。
「ええ、今酒門さんが指した場所は、他ルームでなくまた別の場所に繋がる回線っす。正体は分かりませんけど、絶対にオレが見つけてみせます。」
「……それに、これは私個人の考えだけどあくまでもゲームって言ってるし、このエラーについては人為的な物。なら、システム自体が死んでるわけじゃないし、ログアウトや【強制退場】したからといって全てが絶望ではないよ。梶谷だってああ言ってるし、できることをやろう。」
2人の姿はあまりにも頼り甲斐がありすぎてほぼ全員言葉を失った。
酒門は気まずそうに顔をしかめ、久我と寿の方を見やる。
「……ちょっと、何か言ってよ。」
「いや、そうだね。酒門さんの言う通りだ。できることを、しっかりやる。それが解決の糸口になるかもね。でも、君がそうやってみんなを励ますのは意外だったかも。」
「……うるさいな。」
「ごめんって。」
2人の和やかなやりとりに場の空気が和らぐ。
オレ自身も肩の力を抜いた1人だった。
「そうだよな、美波ちゃんの言う通りっしょ!」
「おー、見直したわ。」
「そうね、私も頑張る!」
「私も、微力ながらお手伝いします。」
奮起する参加者の様子を見て、彼女は安堵していた。
クールな人と思っていたけど、面倒見がよく責任感の強い人なんだなぁ、とぼんやりと思っていると彼女は迷わず扉に向かって行った。
「……まぁ、幸い最初の世界はそう心配ないから。」
彼女は扉を開け、躊躇なく外に出る。
風磨や須賀が止めようとしたが、彼女は遠慮なく進み、中庭、そしてグランドを一瞥した。
何かを呟いた後に全員にあっさりと告げた。
「これなら全員冷静に動けるね。」
「……どういうことっすか?」
「まさか、」
わざわざ言葉にしなくても分かる。
彼女に希望を見出した、誰もが顔を青くした。
「最初の世界は、私のものらしい。」
彼女はそのように言いながら、何もない青い空を静かに見上げた。