37.真実を告げた
本編「真実を告げる」〜「箱庭の終焉」の別視点です。
モニタールームに参加者4人が集まる。
今までと異なるのは、いや正しくは前回の世界と似た状況ではあるが、前回参加者である乙川さんたちが推理を聞いているということだ。
『全員揃って戻ってきたね。なら、15人目がどこにいるか、って話からかな。』
「そもそもなんだけど、15人目ってあり得るのかな……。【スズキ】さんのこともあるし、3人のこと信頼できるのかな?」
本山の不安もごもっともである。
動揺する乙川さんの横から千藤さんが顔を出した。
『なら、長くけど、僕らのゲームについて語るよ。矛盾があるなら疑えばいい。』
彼は時間が惜しいのか有無を言わさず話し始める。
『まず僕らは箱庭ゲームの13人部屋に招集された参加者だった。でもそのゲームは通常と違った、乙川さんの先生でありストーカーだった男が受付嬢から機器を手に入れ不正アクセスをしたことが事の発端だ。
各ルームに1人、ウイルスに汚染されたプレイヤーがいる状態から始まる。
1つ目の事件、久我くんの先生の先輩がウイルスに汚染されたプレイヤーを【強制退場】させた。そのおかげで僕たちの部屋はウイルスの影響を受けずに済んだけど……。先輩さんはウイルスが持っていた情報が古いことをきっかけに疑った。その時にウイルスがバグって2人まとめて転倒、ウイルスの端末からはウイルス自身の【強制退場】が実行できず、先輩さんがそのウイルスを【強制退場】させた。
2つ目の事件、僕がアンチプレイヤーであることが判明、それを敬愛していた男が暴走した事件だ。この世界は舘野さんの世界で彼女と仲が良かった女性が僕を消そうとした、けどその男が僕を庇って女性を消しちゃったんだよね。
3つ目の世界は2人犠牲になった。恋情の縺れだね。ここで初めて自分の端末で自分自身が【強制退場】できることが判明した。
4つ目、ここも僕が関わってるんだけど、僕が風花くんを消そうとしたからある男性が隠し部屋に僕を連れて行って止めたって話。結果から自身を【強制退場】させたことが世界の崩壊に繋がった。
5つ目、【赤根さん】の世界で、彼女を救うため、自分らが助かるため、風花くんのアバターが【赤根さん】に譲られ、【サポーター】である彼女の導に従い僕たちは真実にたどり着いた。』
『……そして今回のゲームの詳細、一般的なニュースでは、14名の高校生が行方を眩ましていること、容疑者は元【箱庭ゲーム】に関わっていた者とされ、指名手配されていた女性は、データを管理していた人間を殺害し、裏社会の人間を使ってみんなを誘拐していたことが報道されてたよー?』
梶谷がその話を聞いて口を開いた。
「3人の言うことに矛盾はないっす。それに木下さんの世界で聞いたあのニュースとも内容はほぼ同じ。3人を疑うのはナンセンスかと思います。」
「そ、だよね……。ごめんなさい。」
本山が肩を竦めると慌てて乙川さんが手を横に振る。
何だか落ち着きのない人であるが誰かに似ているように思った。
「じゃあ3人が言うことが信用できることって前提ができたわけだし、話を進めよう。」
本音で言えばオレもほんの少しだけ疑いはあったけどそんな時間の方が無駄だろう。
「なら、私1番気になるのが【スズキ】さんがなぜ3つ目の世界から介入してきたのかが気になります。」
「……それからいってみますか。」
武島の話題提供に梶谷が頷いて話し始める。
「武島さんは何でだと思う?」
「ええ、と。」
武島が自分の考えや事実を書いたノートをパラパラとめくり出して考えを纏める。
以前なら逆ギレをしていたような彼女がごく短期間で成長したものだと乙川さん達も感心していた。
「私は、その、【スズキ】さんが怒ってたことに由来すると思う。」
「と、言うと?」
「ほら、彼女って【箱庭ゲーム】を自分の思い通りにしたいって感じだったでしょ? 3つ目の世界、華ちゃんの計画通りに進んでたら前のゲームの4つ目と同じ、【強制退場】される人は1人だけになったはずじゃない?
それが気に食わなかった……とか? だから15人目は加藤さんなんじゃないかなって。【強制退場実行可能な時間には制限があるはず】だったけど無かったし……。」
武島の言うことは筋が通っていた。
オレは疑問を持ったことを口にする。
「なら、久我を突き落としたのも加藤ってこと? でも、【久我と寿が転落した時アリバイがあった】よね? 直接的な犯人とは思えないけど。」
「あ、そうでした……。」
気づかされた彼女はしゅん、と肩を落とす。
その様子を見た梶谷が慌てたようにフォローする。
「いや、でも武島さんの推理はいいところ突いてた気がするっすよ。その調子でお願いします。」
「うん、頑張る!」
分かりやすすぎるとオレは小さく吹き出した。3人の視線が集まったのを感じてなるべくポーカーフェイスを保ったけども。
さてごまかすがてから尋ねよう。
「……今の武島の話を踏まえて、だけど。なら2つ目の世界と、4つ目の世界は何で妨害されなかったんだろうね。」
「2つ目ははっきり言えませんが、4つ目の世界はしたかったけど出来なかった、もしくは酒門さんが先手を打ったせいだと思います。」
「先手?」
梶谷は答えにくそうにしながらもはっきりと述べた。
「酒門さんが、もし【AIのこと】について知っていたら、っすけどね。木下さんが須賀さんを【強制退場】させるように仕向けたんだと思います。」
「というと?」
「過去のゲームや矢代さんの行動を妨害した意図を踏まえると、単独での【強制退場】はバグのきっかけになる。そして、過去のゲームに準じた形をとるとすると、1つ目の世界で2人、2つ目の世界で2人、3つ目の世界で3人、4つ目の世界で2人、5つ目の世界で2人。こうすると残りの人数はどうなりますか?」
「4人、あ!」
急に声をあげた本山にオレと武島は肩を震わせる。
本山がが大声で自分の考えを告げた。
「この人数って、今の人数と一緒だよね? それに凍結ファイルに石田くんを加えた人数とも……。つまり、【スズキ】さんが考えていたのはこの場に酒門さん、久我くん、木下さんがいる光景。
なら、その案でもこの場にいたであろう石田くんが怪しいんじゃない?」
「は?」
この期に及んでオレに疑いをかけてきた本山にオレは声を低くしてしまう。
その気配を察した梶谷はわざわざ挙手をした。
「待ってください! 確かに途中までは合ってますけど、石田さんのAIが存在しない理由は恐らく違うっす。……それが2つ目の世界が妨害されなかった理由に繋がるんすけど。」
「2つ目の世界が【オレの世界だった】ってことも関わる?」
オレの言葉に頷く。
先程まで喉につかえるようにしていたものがやっと取れた気がした。
「そうか、動機は違えど2つ目の世界の主だったオレが助かる形になったってことだね。しかも、オレと風磨は幼馴染だったし仲は良かったからその片割れが犯人っていうのも前のゲームと似てる。
……オレのポジション、まさに舘野さんと同じってわけね。」
「そっす、アンタははじめから残る人間だったってことっす。……だから、【赤根さん】はアンタにUSBを託したってのも考えられますけどね。」
やっとオレに目をつけた理由がはっきりした。
画面の向こうでも呑気な声が私と一緒かぁ、と呟いていた。
「このことから石田さんがウイルスである可能性は低いと思います。そして、突き落とされて気絶していた久我さんと寿さんも、端末を故障させることはできないはずっす。」
「なら、1つ目の世界で【アリバイ】があった人も可能性は低いの?」
「そっすね。」
つまり自室でずっと一緒だった木下と矢代と武島、酒門兄の部屋でずっと作業していた香坂と荻と加藤は15人目でないということだ。
そして乙川さんが追加で意見を出した。
『恐らく15人目は、互いの顔見知りではないはずだよ。でなきゃ誘拐の時とか、うっかり所作でバレる可能性もある。』
「なら、2つ目の世界で消える予定だった高濱さんも違うと思います。」
「確かにね……。そこが確約されてるなら操る必要もないし、そもそも石田くんと顔見知りだもんね?」
「なら、梶谷と酒門だって違うはずでしょ? プログラミングの大会で会ったことがあるんだよね?」
残るは、須賀、千葉、本山だった。
最早、答えは出たも同然だった。
「……オレは、本山さん、アンタが15人目だと思ってます。」
「……え?」
彼女の額からは急激に汗が噴き出した。
「ちょ、梶谷くん……、さすがに早計すぎない?」
慌てて擁護するのは武島だ。
オレは何も言わずにポケットの中のUSBを握りしめ、その蓋を外した。
「他にも理由はあります。さっきのAIの話、恐らくオレは酒門さんの代わりに、武島さんは木下さんの代わりに消えるはずだったんすよ。
なら本山さんは、って考えた時にどう考えても寿さんに【強制退場】させられる道しかなかったんすよ!」
「なら、突き落とされた時の話は?」
「……ッ、もしかして。」
ここで武島も納得のいく答えに至ったらしい。
肝心の本山は黙ったままであるが。
「アンタは確かその時【眠っていた】。だから【スズキ】からのコントロールを受けることができた。そして【スズキ】と直結したアバターはワープ機能という【チート機能】が使えたはずっすよ。」
「……確か、その出先にいたアバターは不具合が生じやすいって。」
オレも3つ目の世界で1人、ブレーカーの番をしていた時に何者かが現れ、眩暈のような症状に襲われた。だから、その【チート機能】の可能性が浮かんだのだ。
なぜなら、その時ほぼ同時刻でオレ以外の参加者は気を失っていたのだ。
「久我さんは転落の時に目眩があったって言ってたらしいっす。これが、不具合じゃないっすかね?」
「なら、麻結ちゃんの件は?」
平坦な声が問い詰めてくる。
武島も不気味に感じたのか顔を青くした。
梶谷は脂汗を滲ませながらも意を決して口にする。
「……アンタは、加藤さんと仲が良かったし部屋も一緒だった。そして、眠っている間介入を受けるんだったら、尚更操りやすい対象だったんじゃないすか?」
誰も口にしなかったが、【故障した寿の端末】についても自明であった。
あの時点で、端末が熱に弱いことを知っていたのは間違いなく【スズキ】と直結したアバターのみだ。
「なぁ、なんとか言ったらどうなんすか? 【スズキ】さん。」
固唾を飲んで彼女の返答を待つ。
そして彼女は人間と思えない、不気味な笑みを浮かべたのだ。
「凄いね、梶谷くん。正解だよ。」
そこからは速かった。
【スズキ】とオレが同時に動いた。
【スズキ】はモニターへ、オレはUSBを彼女に挿しに動いたのだ。
しかし、【スズキ】は今までの本山からは想像し難い速さの拳がオレに向かってきた。流石に想像できなかったが、咄嗟に顔の向きを変えて頬に食らう。眩暈も生じたが、3つ目の世界と同様に彼女がオレに気絶することを許さなかった。辛うじて踏みとどまる。
あ、でも追いつかないかも。
でも、オレに拳を振るったせいか、【スズキ】より速く梶谷の端末操作がなされた。
一瞬だけ【赤根茉莉花】が現れたかと思いきや、【スズキ】は急に呻いて倒れた。
オレは容赦なくUSBを挿した。その感覚は可能であれば一生味わいたくない生々しいものだった。
【スズキ】は悲鳴をあげながらその場で悶えている。
武島は小さく悲鳴をあげると後退し、それを庇うように梶谷が立ちはだかった。
どうやら本山はまともに動けないらしい。
口の中には血の味が広がる。行儀が悪いが許してもらおう。オレは部屋の角に血の混ざった唾を吐き出してから、2人に歩み寄った。
「梶谷、何したの?」
「【赤根さん】のプログラムの残骸を使って、【捕縛】を物理的に行えるようにしたんすよ。」
梶谷が隠し部屋の調査の時に、他の作業そっちのけで行なっていたことだ。ほー、と呑気に感心してみせる。
「結果としては違いましたけど、万が一のためアンタに対抗する術が必要でしたからね。」
「なるほどね、でこの後どうするの? 見た感じ、アレも長くは保たないよ。」
彼女はこちらを鋭く睨みつけながら獣のような声を出しながら硬直させていた。
化け物じゃないか。
「ほ、ほかの皆さんのデータをどうにか引っ張り出すんだよね?! できるの?!」
『いや、……できな…よ。』
焦った武島の言葉に対して、冷静に述べるのはザップ音にかき消される千藤さんの僅かに焦った声だ。
段々と本山楓だったものが変貌していく。それが完遂された時、彼女はただのデータの塊となり3人、いや14人を消しにかかるのだろう。さすがにデータじゃ勝てないぞ。
その時、画面の向こうから乙川さんの叫び声が聞こえた。
『ロ……アウト……で、互……じょうを!』
梶谷にはそれで十分だったらしい。
オレ達に向かって叫んだ。
「とりあえざログインルームに移動します! それでいいんすよね? 乙川さん?!」
影と化した彼女が頷いた。
腰の抜けかけた武島の手を梶谷が引き、モニタールームを飛び出す。そのまま近場のログインルームに飛び込み、梶谷はすぐに操作を始めた。
「石田さんはオレの端末で自分のコードを、石田さんの端末で武島さんのコードを読んで! 武島さんはオレのコードを読み込んでください!」
「……分かった。」
「そっか、全員で【強制退場】してダストボックスに行くんだね!」
否定の言葉を述べないことが肯定だった。
一か八かの案なのだ。
ダストボックスに入ってしまえば、あとは自分たちでできることは何もなくなる。
逃げることも、もがくことも。
「ダストボックスとつながりました!」
「なら、ハイ。梶谷の3、2、1、ハイのカウントに合わせて【強制退場】ね。」
「……信じるよ、梶谷くん、石田さん。」
武島の言葉に頷き合う。3人で互いの【強制退場】先が間違っていないことを確認した。
時間は一瞬だったが、オレ達の覚悟は既に決まっていた。
梶谷の合図に、オレ達は順々にカウントをしていく。
「いきます。」
「3」
「2」
「1」
梶谷のハイ、の掛け声と同時に目の前が真っ暗になった。
『【スズキ】さん、いや、ヤマモトさん。貴女は、本物の赤根茉莉花の横で何を見ていたの?』
「うるさい……、私だって必死に助けようとしたんだ! なのに、私のルームの奴らはむざむざ消えていった! 何でルーム番号が1つ違っただけで、アイツは世間のヒーロー、私は無能な職員に成り下がる!
何で規則を違反したアンタが責められず、規則を守って助けようとした私たちが責められる?!」
あの事件、責められたのは責任者の政治家だけではなかった。会社単位で責任の所在を追及されたのだ。
結果として赤根茉莉花は功労者として多額の保証金を渡されることとなった。
しかし、他の職員に対して当たりは強かった。
再就職先は半数の者にしか用意されず、また再就職先でも無能と罵られることも少なくはなかった。
当時のゲーム、赤根茉莉花の隣の席にいたヤマモトも同じだった。
「私だって、助けたかった。私だって、ヒーローになりたかった。みんなに会えて良かったって言われたかった……!」
果たしてその言葉は、本山楓としてのものか、【スズキ】としてのものか、それは定かではない。
かつてそれを言われた【赤根】は優しくデータの残骸を抱きしめた。
『もう苦しまなくていいんだよ。人を傷つけて、自分を傷つける必要はないんだよ。
見送ろう、あの子たちを、あの子たちの未来を。』
データの残骸は不協和音を鳴らし続ける。
とても不快な音だ。
しかし、それは【赤根】からすれば懐かしくも悲しい音で、消える世界の中で2人は静かに泣くことしかできなかったそうだ。




