36.最後の調査
本編「最後の調査」の別視点です。
「さて、調査を始めますよ。」
「といっても何から調べればいいか……。」
本山の言う通り、4人はうーんと腕を組んで悩む。
改めて妙なことがあったかと言われると、全く浮かばない。
「そういえばですけど、久我さんの端末から拾った千葉さんのメモ、私読み切りました! 内容なんですけど、発表してもいいですか?」
「もちろんすよ! 読むの早くて凄いっすね。」
梶谷が手放しで褒めると武島はへらりと笑う。
「最初の方は、私たちの知っての通り、前回の世界のことが書いてありました。でも途中からは酒門さんも書いたような感じがするんです。」
「酒門さんが?」
「うん。まず、1つ目は【加藤さんの事件のこと】。」
確か彼女が起こした事件は以下の通りだ。
3つ目の菜摘の世界で、彼女は停電を引き起こし、香坂を気絶させた矢代と気絶した香坂を【強制退場】させたのだ。
彼女は酒門に問い詰められた時に、支離滅裂な言葉をこぼして戸惑っていた。
「……あれって妙だったよね。麻結ちゃん、変な人ではあったけど【箱庭ゲーム】に対して、美波ちゃん達に対しては凄く真摯に応じてたから。正直、彼女の意識でやったのかって言われると。」
「それに前回の【箱庭ゲーム】との共通点もあります。それは、【強制退場者が2人】ということです。」
武島はもじもじとしながらもはっきりと事実を述べる。
「……今は討論の時間でないので言及避けますが、他にも何か共通点があるかもしれませんね。」
オレからすれば、共通点がある、というより共通点を作った、という印象があるけど、どうなんだろう。
「それで2つ目は?」
「2つ目はですね、その、久我さんと寿さんのことについてなんですが、皆さん内容は覚えていますか?」
「……酒門さんの世界で、酒門さんが犠牲にならないよう寿さんが本山さんを【強制退場】させようとした。それを久我さんが食い止めようとして、結果として階段から転落、久我さんが寿さんを【強制退場】させた、こんな感じっすよね?」
この事件に関して、最も深く傷ついていた彼が語る。武島はこの言葉に返すのは、どうも足踏みしてしまったが意を決して口にした。
「……【久我さんと寿さんが階段から転落したのは2人に原因があるんじゃなくて、誰かに突き落とされた】、そう書いてあるんだよ。」
「は?! どういうことっすか?!」
武島から千葉のメモを取り上げて読み込む。
徐々に梶谷の表情は険しくなっていく。
「じゃあ、もしかしたら、2人は完全に何もしてないのに消されたってことっすか。……これに酒門さんは気付いて、」
許せない。
そう漏らした梶谷は下唇を強く噛んでおり、怒りを滲ませていた。
「……あとさ、私もその事件について気になってたんだけど、寿さんの端末って壊れてたじゃない? 莉音ちゃんのメモを見る限りだと、【端末って熱に弱いだけなんでしょ? 転落の衝撃で壊れるのかな?】」
「……確かにオレも屋上の梯子を降りてる時に落としたけど全然無事だったよ。」
オレの端末は確かに傷だらけであったが、先ほども接続できた通り、端末は正常に動いていた。
ちょっと呆れられた気がした。
「何か、この2つの事件には何かありそうっすね。」
「……そうだね、じゃあオレからも1つ疑問を。あのAIについてなんだけど。」
「AIっすか?」
ずっと引っかかっていたことがあった。
「……どうして【久我のが無かった】んだろう、って。もしかしたら他にもない人がいるのかもしれないから調べてみない?」
「そっすね。じゃあ、AIのフォルダも解析しましょう。」
「……それと、風磨の世界で確認したいことがあって。」
「1番疑問がなかったと言えば無かったけど。」
まぁ、疑問というより、オレにとっては確認作業なんだけど。
でも、前のゲームと比較してオレが残った理由を探るには必要なことだと思うのだ。
「じゃあ順番に回ってみましょうか。」
梶谷の言葉にオレ達は頷いた。
梶谷の提案に則り、まずは久我と寿の事件が発生した場所に向かった。
まさにその現場がここには切り取られているようで、寿のものと思わしき血液痕が残っていた。いざ近づいてみると、後ろに誰もついてこなかった。矢代達の時とは違う、生臭いにおいにオレは眉を顰め、3人に向かって首を横に振った。
それにあの時同様に消火栓は凹んでおり、勢いよく転がったことが見て伺えた。
「自然に落ちてここまで勢いつくもんすかね。」
「警察の人に聞けば?」
オレが指摘すると梶谷は慣れた手つきで千藤さんに繋ぎ、現場を確認してもらうと、彼は端正な顔を歪めてその場を解析する。
『恐らく【不意な転落の可能性が高い】。自ら転落した場合は受け身を取るはずだしね。それに、端末のことだけど【転落ごときじゃ壊れないはずだ】。』
『前のゲームで春翔が証明したもんね。』
『うるさいな。』
このやりとりから察するに、彼らは間違いなく端末を壊しているらしい。
そして、次に向かったのは2つ目の世界のPC室と風磨の自室だった。
「石田くんは何が引っかかってるの?」
「いや、風磨の世界かもしれないんだけど……、実はオレの世界だったんじゃないかなって思っただけ。」
「え、今更ですか?」
武島の意見はごもっともだ。
居心地の悪さを隠せないままオレは隠し棚にしまってある風磨のノートに手をかけた。
「……高濱さんのノートっすか?」
「うん。あの時の推理で、風磨のノートには間違いなく内容が記載されていた。でも、酒門が言った『日記の内容を知らない』ってことも正解だったんだよ。」
「どういうことですか? その酒門さんの推理から正解に辿り着いたんですよね?」
本当あの時の自分を殴りたい。もしもっとはっきりしていたら別の結末が、いやそのことを考えるのはやめよう。
幸い推理にはさほど影響しなかったが。
「オレもあの時は頭真っ白だったからあまり気にして無かったけど。ほら、この最新の日記。大体1週間に1回、大会の時なんかはほぼ毎日書いてあるけど、最後の日付は4月末になってるでしょ。」
「今は7月っすもんね。」
梶谷の言葉に頷く。
やっぱりレギュラー争いがあった中で風磨がノンストレスだったとは思えない。落ち着いて考えるとやはり風磨が日記をやめたというより、オレが最後に見た4月末で止まっている可能性が高いと思うのだ。悲しいけど。
「オレが最後に見た日記は4月末、要するに日記に基づけば、【ここはオレの世界だったんじゃないか】って思えない?」
「……その事実が示すことは?」
武島に改めて言われると形容し難い。
オレの口からは唸り声しかもれなかった。梶谷も考えが纏まらないらしくとりあえずという感じで発言した。
「でも、【2つ目の世界は最も【スズキ】の妨害が少なかった】。それがヒントになるかもしれませんね。」
「……手間取らせたね。AIの部屋行こうか。」
曖昧ではあったがここでうだうだ考えても仕方ない。
オレはノートをその場に置くと3人の後をついていった。
4人はPC室に入る。梶谷はすぐにAIが入っているPCを見つけると起動させて内容を確認し始めた。
「……妙っすね。」
「どうしたの。」
画面を覗き込むとすぐに梶谷の言いたいことはすぐ分かった。
「これって事件順に並んでるんでしょ? 【久我だけじゃなくて、木下と酒門もない】。」
「こっちの凍結されたファイルには、2つありますね。」
「解凍してみれば?」
オレが言うと梶谷は慣れた手つきでファイルを展開してデータを解凍した。しかし、そこで現れたファイルは予想をしていなかった名前になっていた。もう1人の該当者はみるみる顔を青くした。
「なんで【私と梶谷くん、本山さんのAIがすでに存在してる】の……?!」
「……試しにオレのを起動してみてもいいっすか。」
誰かが了承する間も無く、梶谷は自身のファイルをダブルクリックした。しかし、エラーの文字が出た。武島のファイルも同様だった。
「でもおかしいよね。石田くんのAIは無いんだよ。」
「何か意図をもって【スズキ】が準備してたってことっすよね。酒門さん、久我さん、木下さん、石田さん。何か共通点があればいいっすけど……。」
現状では浮かんでこなかった。
武島は何やら云々悩んでいたが、すぐには浮かばずにため息をついた。
それから図書館へと移動した。
オレが【攻略指南書】とりたいと言ったからだ。それをすぐさま見つけると、4人は隠し部屋に再度移動する。そこには4人はまだ確認していない資料が置いてあるからだ。
相変わらず時間を食う移動だ。
隠し部屋では梶谷は端末をネット回線に繋ぎ、何やら作業していたが、まったく理解できなかった。
作業が終わった梶谷は1番近くにいた本山に向けて声をかけた。
「本山さんは何を読んでるんすか?」
「これ? ここにあった資料なんだけどね。何か睡眠について書いてあったから。【アバターも人と同様に睡眠時が最も無防備になる】って。あと……ほら、ここ見てみて?」
「【意識がないアバターは別人格を以て捜査が可能となる】、すか。」
「【スズキ】さんとかだったらこれをうまく利用できそうだよね……。」
青い顔をして述べる本山の言う通りだった。
意識がない? オレは何か引っかかるなと思いながら顔を上げた。
オレを横切って武島は何かを梶谷の元に持って行った。
「これ、【今までのアリバイ】を纏めてみました! 私、錯乱していた時の記憶が曖昧で……間違っているものがあったら直してください。」
「分かったっす。」
梶谷と本山は頷くと武島が記載した【アリバイ】に目を通し、修正を加えていた。
「でも今更ですけど、加藤さんの気が触れた時は不思議でした……。どのタイミングで【スズキ】さんに介入されたんでしょうか。それに久我さんと寿さんの件も……。」
「それはこれが関わってくるかも。」
オレは【攻略指南書】のあるページを開いた。そこには驚くべき記述がしてあったのだ。
「【チート機能】……? なにそれ。」
「言葉のまま。【【スズキ】と直結するアバターはワープ機能を使える】。でもワープ先にいたアバターには不具合が生じるみたいだね。」
「不具合……すか、」
梶谷ははっとした顔をする。
さすが、すぐに気づいたか。実は3つ目の世界でオレはこの不具合を経験しているのだ。そしてその不具合が、あの悲劇を招いた。
「ロジックは整った?」
「……ええ、じゃあ早速モニタールームに行きましょうか。」
オレが少しだけ挑戦的に言うと、梶谷は自信ありげに頷いた。彼が2人を見やると本山と武島も頷いた。
「酒門さん、千葉さん……。オレ、必ずーーーーー。」
祈るように端末を握りしめた梶谷も何かを準備しているのだろう。
その動きに期待しよう。
そしてオレ達は最後の戦いに向かうため、隠し部屋を出るのであった。
石田視点の集まった情報です。
①加藤の異変
彼女は停電を引き起こし、華と香坂を【強制退場】させた上で端末を捨てた。
事実の確認をしている時に『この世界で自滅したら、世界がぶっ壊れて、あたしらも無事じゃ』と支離滅裂な言葉を残していた。
前回の世界の3つ目の事件と同様、2人の強制退場者が出た。
②久我と寿が階段から転落した理由
久我は誰かに突き落とされたと証言している。
急な目眩がして、妙な感覚に襲われたと自覚した時にはすでに転落していたそうだ。
現場の様子からも自然落下でなく、不意な転落の可能性が高い。
③階段から落ちた後に故障した端末
端末は滅多な衝撃で壊れることはなく、熱に弱い。
しかし、階段転落後の寿の端末は故障していた。
④ 2つ目の世界の主
高濱のものと思われていたが恐らくは石田のものらしい。
⑤ 【スズキ】について
2つ目の世界では妨害がなかったが、3つ目の世界以降は【スズキ】のものと思わしき妨害があった。
⑥存在しないAI
久我、木下、酒門を除いた犠牲者のAIが立ち上がっている。一方で、凍結されたフォルダには梶谷と武島、本山のAIファイルが存在していた。
⑦眠りについて
アバターも人同様、眠っている時が最も無防備であり、データをダウンロードすれば別人格を使用することも可能である。
⑧アリバイについて
石田を除く3人で全事件のアリバイを挙げる。
羅列した事実に矛盾はないが……?
⑨チート機能
【スズキ】と直結するアバターはワープ機能があったようだ。しかし、ワープ先にいたアバターには不具合が生じやすいらしい。




