35.首謀者の思惑
本編「首謀者の思惑」の別視点です。
やっぱりオレが1番最初に起きるんだな。
目覚めた時の感想はそれだった。オレ達は引き続き隠し部屋にいたが先ほどまで【寿】が映っていた画面は暗転していた。
「……お疲れ様。ありがとう、【寿】。」
無機質な画面にオレは呟いた。
さて、他を起こす前に見られるところは見ておこう。
オレは本棚から1冊本を取り出すと先程出入り口となっていた場所に勢いよく投げた。
壁には見えるがあっさりとすり抜けて向こう側に飛んでいった。
オレはさらに近くの椅子を手に持ちその出入口を行ったり来たりさせていた。どうやらここから出られそうだな。
『石田くん。』
「赤根さん。」
3人がいるのに出てきてもいいのか、いや。
『この外、元の【箱庭ゲーム】だよ。出ても大丈夫。もう一息、きっと君たちを待つ大人達がいるよ。私はここまでかな。』
やっぱり別れを言いにきたのか。
オレは身体を動かさずに小さくつぶやいた。
「……赤根さんにはたくさん助けられました。ありがとうございました。」
『……うん。さようなら。』
それだけを言うと光は消えた。
それと同時に梶谷がものすごい勢いで身体を跳ね起こした。
「酒門さん、千葉さん、【寿さん】!」
びっくりした。でも、今回は珍しく寝起きがいいらしい。自分のいる場所を確認すると安堵したように息をついた。
「どうやら、元の【箱庭ゲーム】の世界らしいよ。」
「石田さん!」
梶谷は露骨に嬉しそうな顔をした。うう、と本山から唸り声が聞こえる。
「……あれ、ここは隠し部屋? ゲームは?」
「まだ終わってないみたいだよ。ほら武島も早く起きて。」
オレが揺するともにょもにょと何かを呟きながら彼女は起き上がった。
「……う、さっきは何が起きたの、」
「どうやら世界が切り替わったんすかね? とりあえずモニタールームの方に行ってみます?」
「そうだね、ならさっさと行こう。」
オレは武島の傍らから立ち上がると躊躇いなく隠し部屋から出た。
屋上から出ると、似つかわないほどに穏やかな天気の【箱庭】が広がっていた。
はじめてきた時の溌剌とした空気。はじめは15人だったのに。そんなことを思いながら降りると自然と梯子を降りる速度も速くなってしまう。
上の方から悲鳴が聞こえて、そういえば武島降りるの遅かったなと思い出した。
4人でモニタールームに向かった。
決して電源が切れている、ということはなく正常に動き始め、モニターは以前のような問い合わせの際の画面が表示される。
「……これって元の世界に戻ったんだよね?」
「誰かの記憶、ってことは無さそうだからね。といってもB棟は見てないからはっきりとは言えないけど。」
梶谷の作業を見守りながら本山とオレが言葉を交わす。一方で武島は黙々と千葉の残したノートに目を通している。気絶している時から抱え込んでいたもんな。
「あ、繋がったっす……。て、」
『あ、繋がったよ!』
画面の向こうの声と梶谷の声が重なる。
目の前に映ったのは【スズキ】とはまるで雰囲気の違う大人の女性だった。
『君が梶谷くん? 映像は見られないけどこっちの映像は見えてるかな?』
「見えてます!」
良かった、と黒髪の清楚な女性は微笑んだ。
『初めまして、私は乙川恵、かつての【箱庭ゲーム】の参加者です。』
「恵って、確か3つ目の再現で、【強制退場】させられた人が繰り返していた名前じゃ……。」
ふと顔を上げた武島が指摘する。
確かに8年前高校生ならもう大人だよな。その横から、線の細い男性がひょっこりと顔を出した。
『僕らの時と違って4人か。初めまして〜、千藤春翔だよ〜。君たちの身体はもう1人の参加者の舘野琴乃が上手くやってるから安心してね。』
「……千藤も、2つ目の再現で出た名前だよ。」
「5つ目の再現の時に風花さんが3人、って言ってたから必然的に舘野さんがその3人目かな。」
武島とオレの言葉に梶谷は頷いた。
『さっそく本題なんだけど、そちらに起きていることを説明するね。
さっき【スズキ】本体の身柄を確保して、あなた達の体の安全も確保したんだけど、【スズキ】が負け惜しみでウイルスを放ったみたいで、あなた達のログアウトができないの。』
「あなた達って、何百人も被害者いるんすよね? それが全部?」
『あー、そこから勘違いしてるわけ?』
本山の言葉に千藤さんが手を止めてこちらに向き直る。強引に割り込む彼に乙川さんは仕方なさそうに画面の半分を譲った。
『そもそも事件の全貌を君たちは分かっていないんだねぇ。今回の【箱庭ゲーム】は、君たち14人の誘拐が行われて、かつて使用されていた【箱庭ゲーム】の残骸に14人だけかけられてるってわけ。
つまりは誘拐されたのは君たちだけなんだよ。だから何を見せられたかは知らないけどそれはまやかしってこと。』
「……つまりは今まで見てた他のルームの動画とか、残ってる部屋数とかは。」
『全部嘘だろうね! 過去の箱庭と同じような環境を作るための!』
梶谷は納得したような顔をしていたが、千藤さんは明らかにおかしいことを言った。
梶谷の裾を武島がちょんちょんと引く。
「……ちょっと、今千藤さん、14人って言わなかった?」
「確かに。」
梶谷が向き直って尋ねた。
「千藤さん、オレ達は15人すよ。ルーム構成も15人す。」
『ええ? バイタルは14人分の表示しかないけど。ねぇ、舘野さん?』
『そうだね〜……何でかな?』
『単純に14人しかいないってことでしょう? 君馬鹿なの?』
千藤さんと舘野さん、喧嘩してるけど大丈夫か?
呆れ顔の乙川さんが無視して話を再開した。
『おそらく、前の【箱庭ゲーム】と同じ。15人目は、架空の人物。誰かの記憶を模した人。私たちの方からカプセルに入ってる人は見えないから誰とは明言できないんだけど。
千藤くん、参加者14人を一箇所に集めることでまとめてログアウトさせられないかな?』
彼女は少し思案するとすぐに打開策を背後の千藤さんに打ち明けた。
どうやら軍配は舘野さんに上がったらしい。引っ掻き傷をこさえながらも彼は真面目な顔でモニターに向き直る。
『できないことはないけど……、でもその場に15人目がいたら恐らくバグるよ。どっか別のとこにいてもらわないと。』
『…….そうだね。梶谷くん、提案なんだけど。』
「はい、」
梶谷はゴクリと唾を飲み込む。
さすがに梶谷でもこの雰囲気には緊張するか。
『15人目が誰だかわからないけど、その人を別空間に分けて、他全員が同じ場所に集合するってことできそう?』
「……できるできないじゃなくて、やります。それしか方法はないんすよね?」
『そうだね、15人目と君たちが一緒にいる時点で私たちは君たちのアバターを操作することができない。隔離されてくれればその空間と一緒に15人目を消しちゃうんだけど。』
「でも、15人目さんも、仲間だったんですよね? それは……なんか、」
武島は眉をひそめてぽつぽつと語る。
同じように、【サポーター】であった赤根茉莉花を失ったことのある画面の向こうの3人は僅かに悲しげな表情を浮かべた。
『……私たちも、かつて【サポーター】だった【赤根茉莉花】さんの犠牲があったから、今ここにいる。私たちだけじゃない、多くの高校生たちは彼女のおかげで救われた。
彼女は、彼女の元データになった人に、『……私は生まれて良かったって、幸せだった、と思う』って言ってくれた。だから、私たちは今でも忘れずに、いる。心の中で生きてる。』
乙川さんの横から見慣れない顔がひょっこり出てくる。
彼女が舘野さんか。垂れ目の彼女は優しく微笑む。
『綺麗事かもしれないけど、想いはデータでも、リアルでも、死なないよ。私はそれを知ってる。』
「……乙川さん、舘野さん、」
武島は2人の言葉を受けて頷く。
そこに現実をぶつけてくるのは、千藤さんだった。
『2人が名言を言ってるところ申し訳ないけど、【スズキ】が放ったウイルスは確実に君たちを害するものだから、正体がわかったら容赦なく潰さなきゃダメだよ。石田くん、だっけ? 君、何か妙なデータ持ってるよね?』
「……もしかしてこれですか?」
オレが差し出したのはUSBだ。
赤根さんが最終兵器と言っていたもの。
それを見た千藤さんは、先ほどまでのおちゃらけた様子を一切潜めて真っ直ぐにオレを見て告げた。
『15人目にはそれが身体のどこにでも刺すことができる。見つけたら迷わず刺すんだ。体格のいい君ならできるね? 最年長なんだから頑張りな。君の仕事だ。』
「……勿論。」
オレが残った理由。
そうだ、3人よりもオレが優れているのは身体能力だ。例え相手が誰であろうと、オレがやってみせる。
オレはUSBを握りしめた。
『他の3人も、必死に考えるんだ。僕たちも必死に考えて、君たちを助ける。それが僕ら大人の役目だ。』
「「「はい。」」」
『もし何かわからないことがあれば、モニターから呼んでほしいです。全員の端末を繋いでもらえる? そこからみんなの会話を傍聴できるようにするから。』
「分かりました。」
梶谷が順々に4人の端末を繋ぐ。
その間にも彼はずっと考えている様子だった。
『ちなみに、この世界は継ぎ接ぎみたいな世界だから、過去の色んな人の世界があると思う。どうにか、【スズキ】さんと繋がりのある人を見つけてね。』
乙川さんの言葉を最後にオレ達はモニタールームから踏み出した。そう、これが最後の調査になるのだ。




