32.調査編⑤
本編「調査編⑤」の別視点です。
梶谷はプログラミングを終えた後、早速調査に入った。迅速に話し合い、結局のところ4人で見回ることとなった。そしてUSBも再びオレの手に戻ってきた。
「まずは、【退場情報】だね。……といっても碌な情報じゃないけど。」
「そうですね。【人物不明、日時場所不明】って意味ないですよね……。」
いつのまにかオンラインになってしまったオレの端末を見ると確かにそのような情報が記載されていた。
「それで、退場させた候補は酒門か、千葉の2択で間違いないわけ?」
「実はそうとも限りません。」
「「え。」」
梶谷の言葉に女性陣が注目する。
「……というのも、ご存知の通り【オレはまだ端末のロック解除をしていないから、オレのか、はたまた入れ替えられているか、不明なんす】よ。」
「じゃあ解除した方がいいんじゃ……。」
本山の提案にゆっくりと首を横に振った。
「確かにオレらに情報は落ちますけど、【スズキ】にも落ちる訳っすから。安直に行うことはお勧めしません。つまりは、退場させた人は酒門さん、千葉さんに加えてオレも含まれます。まさにダークホースっすね。」
「自分が消えちゃうかもしれないのに冷静だね……。」
「それより、アイツに一泡吹かせられるかも、って思えば頑張れるっすよ。」
そんなもの虚勢だ。
でも、ここで指摘するのは違う。オレは話を進める
「じゃあこの話は終わりにしようか。梶谷はプログラミングしている途中で気づいたこととかなかったの?」
「気づいたことっすか。それなら2つ。」
彼は人差し指を立てる。
「1つ目は、昨晩【酒門さんがネットワークに侵入しているということ。そして、膨大なデータの書き換えが行われています】。」
書き換えた内容については甚だ想像がつかない。酒門は何をしようとしたんだ。情報が足りない気がする。
「2つ目は、【【スズキ】の侵入経路がやっぱり端末の電源が入ったことで間違いがない】ということです。」
「端末の電源をつけたのは、酒門さんか千葉さんだよね……。」
武島の確認には誰もうなずくことはできなかった。
というのも、これが違うなれば4人の中に内通者がいる可能性が一気に高くなるのは容易に理解できていたから。
「……その判断は話し合いの時にしましょう。まぁ、【ロック解除をしなければ管理外らしいですし、他の機器も電源をつけられたことで管理下に置かれたみたいっす】ね。」
武島は納得いかないがとりあえず、という形で引いてくれた。
「じゃあ、調査に向かいましょうか。今回ばかりは全員で移動しましょう。」
梶谷の提案は悩む間もなく賛同された。
まず調査に向かったのは、はじめに隠し部屋を見つけた踊り場だった。梶谷が以前出入口が現れた場所をなぞっていたが、なさそうだ。
ふと、本山が何かを思い出すかのように呟いた。
「でも【千葉くんってさ、見た目に反して結構マメ】じゃない?」
「まぁ……そうっすね。」
梶谷は何を思い出したのか苦笑いを浮かべていた。
確かに、彼はカフェテリアで食事を終えた後や入浴後もかなり綺麗に掃除をしていたし、倉庫の管理もマメだったな。
「倉庫の件についても正直びっくりしちゃったもの。彼が見つけられなかったってことは、それだけ見つけにくいところにあるってことよね? 正直見つけるあてが……。」
「でも今回は酒門さんが協力を無理やりにしろ、何にしろ千葉さんに頼んだ訳ですよね……? 千葉さんが見つけた見つけてないは関係ないのでは?」
武島や本山が言うことも最もであった。
ただ、千葉にないものが酒門にはある。
「【酒門は元から梶谷と同じようにプログラミングに長けていた。それに【サポーター】として暴走するリスクもあった】。酒門が好きなところに倉庫の出入り口を設定できるってことでしょ? ……思考を読むなんて、この上なく難しいと思うけど。」
「うーん、どういう意図で協力したか、それか今までと同じ事故だったのか、それが分かるだけでも違うっすね。」
オレは薄く、梶谷の端末を持ち去った理由は【AIの寿綾音】なのではないかなと思っていた。もちろん犯人のカムフラージュの意もあるんだろうけど。
次に向かったのは、千葉がよく行っていた倉庫だ。
「ここにも手がかりなしっすか。」
「……ここって何となく調べにくいよね。あの動画のせいというか。」
「でも調べるしかないでしょ。」
誰かがやらなきゃいけない。オレは息を整えるとそのまま奥に突き進んだ。
ほらやっぱり何かあった。
「梶谷、これ。」
オレが見つけたものは【テープで貼られた紙片】だった。どうやら引きちぎったような跡だったが、紙は随分新しいものだった。
「何か文字とかあります?」
「新しいもののようだけど、流石にないよ。」
剥がして見てみたがなさそうだ。
「でも、私が隠れた時にはなかったと思いますよ。」
「ああ、そんなこともあったね。」
武島の証言に本山は思い出すかのように呟く。
その様子を見た彼女は何となく気まずくなったのか慌てて近場にあった紐を指した。
「そういえば、これって私を千葉さんが屋上から下ろす時に使ってくれた紐ですよね! ここにあったんだ〜……。」
なんでせっかく話題を変えて墓穴を掘るんだ。本山ががポンと彼女の肩を叩く。話題転換に使用された紐を見てふと梶谷は首をひねる。
「でも、これって1ダース毎に纏められているみたいっすけど、【武島さんが指したものだけ少し足りないっす】ねぇ。」
「本当だ。」
梶谷の言葉を受けて確認してみると確かに12本には満たなかった。
最後に向かったのは温室。
この世界で恐らくキーとなる場所だった。
「【PCが起動してる】。」
オレが点けたときにはUSBを挿さなければ起動しなかったのに。
「オレがUSB挿した時と様相が全く違うんだけど。」
「え? え? どういうことなの?」
状況が掴めていない本山が尋ねる。
「……前に屋上を調べてた時に見つけたUSBなんだけど、この世界で急に現れた温室のPCに挿したら起動したんだよ。PCが使えたかって言われるとそんなことはないんだけど、ここの過去の出来事の再現だけ変化するようになったんだ。」
「再現について梶谷くんと私で調べてたら、石田さんと合流して……。これ、私たちで調べた内容です。でも前に起動した時にはこんな画面でなかったですよね?」
疑問を口にする本山は武島からノートを受け取り、目を通し始めた。
起動したということはこれも【スズキ】の支配下にあるということか。自然と意識はポケットのUSBに移る。
3人でそちらを見ていると本山が何かを見つけたようで呼びかけてきた。
「……3人が調べた時、この【血の滲んだ引きずられた跡】もあったの?」
「いや、無かったと、思う。」
そんな跡見た覚えがなく首をひねる。
その横で梶谷が植物の合間から見たことのあるものを拾い上げた。
「それって【千葉の靴】?」
「……やっぱそっすよね?」
「何でそこにあるんです……。」
武島は最悪の展開が頭を過ぎったらしく顔をみるみる青くしていく。武島はそれを振り払うように首を横にぶんぶんと大きく振る。
一方で靴をまじまじと見ていた梶谷は、一通り見終えるとその場に戻し、皆に声をかける。オレはその時一瞬見えたものに目を細めたが、言及はしなかった。
「……とりあえず飯食って午後の時間に備えましょうか。それと、もし【スズキ】に聞きたいことがあれば今のうちに済ませた方がいいかもしれませんね。」
「つまり、梶谷はあるってこと?」
「石田さんのいう通りです。」
「なら武島さんと私でご飯準備しとくから2人で聞いてきなよ。もう時間もあまりないし。」
本山の提案に提案に梶谷は頷く。
言われてみれば腹も減るな。
オレがそんなことを考えていると武島がいいことを思いついたと手を叩いた。
「あ、それならもしPC端末とかあったら回収しようか? 梶谷くん、あった方が落ち着くんじゃない?」
「そんなわけないじゃない……。」
本山が諫めると彼女はしょんぼりと肩を落とした。そんな姿を見た梶谷は優しく笑った。
「ありがとっす、じゃあお願いしときます。」
「……! 分かった!」
彼女は嬉しそうに頷く。
何だ、案外いいペアじゃないか。
それから2人と別れて、梶谷とともにモニタールームに寄る。
「……確認したいことって結局なんなの?」
「【サポーター】のことっす。」
梶谷は淡々とメールを打ち込む。
何を打っているんだろう、オレはその文面を確認してつい表情を歪めてしまった。なぜなら、それは【サポーター】が不安定になっていく経過を問うものだったからだ。
返信はものの数分で短文が届いた。
『はじめは慢性的な疲労感と虚脱感を覚えます。中期的な症状として精神不安定性を呈し、脱力感、頭痛、目眩、嘔気を生じます。最終的には四肢の運動が困難となり、性格豹変が見られます。身体症状や精神症状の出るタイミングには差がありますよ。』
「何か、正直自分がなってないから何ともいえないけどじわじわ自分が喰われてく感覚ってこんな感じなんだろうな。」
「……そっすね。」
酒門の苦しそうな表情や、過去の再生の赤根茉莉花の末路を思い返すと気が重くなる。
よく、理性を保っていたものだ。そんな彼女を疑ってしまったことに罪悪感を覚える。
「そういえば、最後に聴きたかったんだけど。」
「何すか?」
「……梶谷はもう決まってるの?」
何が、とは言わない。梶谷には明言しなくても伝わるだろう?
しかし、梶谷は瞬くとふ、と口元を緩めた。
「オレは自分がやることをやるだけっす。どっちにしろ、やんなきゃやられる。もう覚悟は決まってんすよ。」
「……なら、多少無茶しても梶谷を信じるよ。オレ、そんなに頭良くないし。」
「鋭い人がよく言いますねぇ。」
軽口を叩きながらモニタールームから出るとすでに本山が軽食を運び出しており、武島がPCを立ち上げて自慢げにしていた。
梶谷は礼を言いながらどこか寂しそうに手を合わせていた。
石田視点の集まった情報です。
①退場情報
人物は不明、日時場所も不明
サポーターか否かも不明
②電源のついた端末
梶谷の端末が入れ替えられている可能性があり、調査することができない状況である。
③ ネットの侵入歴
酒門によるネットの侵入歴があり、膨大なデータの書き換えが行われている。
④【スズキ】の管理の範囲
端末の電源を入れてロックを外すと端末から状況を知られてしまうようだ。
他の機器も電源をつけられたことで管理下に置かれた。
⑤参加者のアリバイ
今回については互いのアリバイを証明できない
⑥千葉の性格
食事後や入浴後、自室はかなり綺麗に掃除をしていた。4つ目の世界では倉庫の片付けをしていたくらい几帳面な性格である。
⑦酒門の状態、スペック
酒門は【サポーター】となった影響で暴走しかけていた。加えて元よりデータの改変を行うことができていた。
⑧AIの寿綾音
梶谷と石田の端末に入っている、2つ目の世界から持ち込んでいる人工知能。高い処理能力を有しており、学習させれば箱庭の改変や分析も容易である。
⑨倉庫に残された物
倉庫の壁に紙片が残っていた。加えて、莉音を運んだ時に使用した長く丈夫な紐が無くなっている。
⑩温室にあるサポーター専用のPC
5つ目の世界で初めて現れた温室内のPC。古く廃れていたが石田がUSBを挿したことで起動している。過去の動画もここで発生したものだけ差し替えられる。
11温室の異変
床には血が滲んだような引きずった後と千葉のものと思わしき靴が転がっている。
12【サポーター】の末路
はじめは慢性的な疲労感を覚える。中期的な症状として精神不安定性を呈し、脱力感、頭痛、目眩、嘔気を生じる。最終的には四肢の運動が困難となり、性格豹変が見られる。身体症状や精神症状の出るタイミングには差がある。




